愛にバクダン②
午後の授業が終わり全校集会の時間が来た。ぞろぞろと皆で体育館に移動して整列をし、校長先生のありがた~いお話が始まる……ねむすぎて、ゆれる頭を必死の思いで固定する。
そんな苦行を耐えて、いよいよ各部活動の新入生歓迎(募集アピール)が始まった。
なかなか、どこの部活も趣向を凝らしていて面白かった。特に男子水泳部の陸上シンクロは笑いの嵐だった。
あたしとちょっと離れたとこにいる和泉ちゃんが、壇上で躍動する男子たちを舌なめずりしながら物色してる。肉食獣のような鋭い目だ。ブラックマジックウーマン和泉ちゃんめ、どの美形をイケニエに選ぶんですかね。
見てると、うちの学校は運動系の部活の方が盛んなようで人数が文化系の部活とは倍単位で違ってた。まあ、どこの学校もそんなもんかな。こりゃ部費にも差が出るわけだ。
しばらくして、黒髪ロング&黒髪ショートボブの美人の二人組が壇上に現れ、テキパキと機材の準備をし始める。ギターやらなんやらを大きい箱にコードでつないでいく。
ははあ。これが高橋先生が顧問の『名物女子軽音部』か。
あたしはスマホ持ってないから和泉ちゃんに動画を見せてもらったけど、演奏もビジュアルもかっこよくて、これなら人気なのも確かだと思った。
でも、動画だと四人だったような? 卒業して人数が減ったのか……いや、きっと高橋先生の暴力に耐えかねて辞めてったんだ。だから、あたしみたいな初心者でも必死に勧誘してきたんだろうな。
準備が終わったらしく、ショートボブの人が挨拶をして演奏が始まった。ボーカルのない楽器だけの構成曲『いんすとぅめんたる』ってヤツだ。始まってしばらくすると、ドラムがいないせいかテンポズレしてる。残念。
そんな中、黒髪ロングさんは赤色の矢印みたいなギターを膝に挟んで、ガンガン速弾きをしている。うーん、女だてらにカッコいい。ただ、聞いてる側としては置いてきぼり感がハンパないです。
それにベース(ギターより大きくて弦が四本だから、確かそうだ。にわか知識で推察)。そっちを担当のショートボブさんは完全にギターに飲まれてしまってるのかな。ガタガタだ。まあ、低音パートってわかりづらいし、大体でいいか。雰囲気だよ、フンイキ。
そして会場の反応はいまいちのまま彼女たちの演奏終了。こんなんじゃ新人、入ってこなそう。正直にそう思う。ざまあみろ高橋先生め。
そのまま美人二人組が壇上からはけて、他集団が現れドラムを持ち出してきてセット始めた。ギターやらベースやらも各個人のもので、そのまま大きいボックスに繋いでた。
ベースの人がマイクのテストをしている。ほかの楽器との音量を調節してるのかな。ギターの人もそれにあわせてつまみやらなんやら調整してる。
その人たちは、身なりにまったく統一性のない三人組だった。ベースを持ってマイクテストしている人は中性的な美形で、髪の毛は茶髪のミディアムロング。トイプードルのようなクリクリフワフワの毛がどうにも愛おしい。(こいつはモテるぞ、たぶんチャラ男だ! あたしの女の勘がそう言っている!)背も高い。
ドラムの人は掘りの深い顔立ちで鼻が高く、髪の毛は金髪。超ツンツン。なんだか凄く不機嫌そう。足元のデカイドラムをドンドン叩いて(蹴って?)いる。ベースの人よりさらに身長は高いけど、華奢だ。それに男子が着用するネクタイをつけてない、ノーネクタイ。見た目通りにガラ悪そうな人だ。不良だ、ヤンキーだ、チンピラだ。
でも、一番異様なのはギターを持ってる人。ものすごい猫背で、あたしと同じ背丈くらいか。髪の毛は黒で、音楽家のようなボサボサ具合。無造作ヘアーというより、無頓着って感じ。おまけにカエルのような顔……うん、前述の二人とはビジュアルが大きくかけ離れている。失礼だから美醜どちらに寄っているとは言わないけど。
そのカエルさんはギターをベースの人と左右対称な持ち方をしているから多分左利き。そしてなによりも特徴的なのは、左手の指が三本しかないこと。薬指と小指がない。あれでギター弾けるのかな。
そんなイケメン、不良、カエルの個性派三人組が、あたしから見て真ん中にドラム、右にベース、左にギターの位置に。ベースとギターがVの字を描いていてステージ栄えしてる。
「では、重音楽部演奏させていただきます」
ベースの人がハスキーボイスでそういって演奏が始まり——体育館がどよめきだった。曲は最近人気のアーティストのカバーで、あたし達の世代なら人気曲。メジャーなところで攻めてきましたな。でも、さっきの女子軽音部とは違い、楽器間のバランスは完璧。
ドラムは正確なリズムを刻みつつ迫力があって、叩く人の金髪は、風に揺れる草のよう。
ベースはドラムを受けて、リズムに厚みをもたらす。ラウドでポップなゆるふわヘアーそのままな、その人の音だ。さらに歌もお上手。
その二人の協奏を包み込むように、カエルさんギターが軽妙なメロディを奏でる。
チームワーク抜群の流麗なセッション。まさに、『キャッチーでメロウ』だ。これぞバンドです。
あ、和泉ちゃんが声にならない声を上げている。ふん、ミーハー女め。イケメンに弱いな。
あたし生バンドの音楽がこんなに迫力あるって初めて知った。オーディオなんかで聞くのとは全然違う。全身で〝音〟を浴びてるみたい。お腹のそこに重低音が響いてきて、自然と体を揺らしリズムを刻みたくなる。
こんな部活なら少し入ってみたいかも、楽器出来ないけど。そもそも、楽器持ってないから買わないと……いやいや、バイトがんばらないと。うちの家計に楽器を買う余裕なんてないし、部活にかける時間もございません。
にしても、あのベースの人のハスキーボイスって高校生で出来るもんなのかな。あんなビジュアルと声じゃ、(和泉ちゃんみたいな)女の子なんか寄ってたかってくるだろな。餌を食べようとする金魚みたいに口をパクパクさせている和泉ちゃんを横目に見つつ思う(うわ、白目むいてる)。
ドラムさんもただリズムを刻んでるだけじゃなくて、ところどころ原曲にアレンジを加えた叩き方をしてる。しかも、曲の邪魔にならないように気を使いつつかな。バンドの事なんかわからないけど、そう感じた。結構見た目に反して繊細な人なのかも。
ギターのカエルさんは親指と人差し指で弦を弾くやつ(ピックだっけか)をはさみ、残った中指も使い、メロディを巧みに奏で続ける。あれなら三本指のハンデも関係ないってことか。それにしても、凄い楽しそうに弾くあの人。音楽が好きで好きでたまらないって感じ。見てくれはともかく、壇上では一番輝いて見えるよ。
そして、いよいよサビのところに入って、会場は大盛り上がり。皆で手拍子しつつ、男子たち野太い声で叫びます。女子たち黄色い声援上げます。なんだかんだ、あたしも体揺らしてリズム刻んでます。
そして、この曲の最高の盛り上がりのサビで、奏者三人同時に手を上げた! いや、ハートマークだ。え?
いや、今何が起こった? この曲のサビの箇所『ハート』の歌詞の瞬間三人ともハートを手で作った? ギターさんとベースさんは両指でだけど。ドラムさんにいたってはスティックを持った両手を使い大きなハートマークを掲げてた。
ドラムの金髪さんは顔真っ赤になって、テンポズレる。ベースの人は遠い目をしながら二番の歌詞に入る。ギターのカエルさん、めちゃくちゃいい笑顔でギター弾く。……発案者、絶対カエルだろ。マジメに考えたんだか、ふざけてんだか。
ハートポーズは破壊力抜群で会場の一体感を作っていた手拍子は完全に停止したもよう。
あ、二番のサビでも、また〝ハート〟やった。やだトキメクぅ。はうぅ、心臓がぁ!
のはぁっ! 最後のサビでもまた〝ハート〟。みたびですぅ! もう、あたし我慢できないよぉ……。
「ダッセぇ!」
ふう~、声、出ちゃいましたぁ。
あ、うるさくしてすいません。いや、思わず、ついね。
演奏が終了して体育館には冷えた空気だけが残ってた。すべては幻だったもよう。曲が終わったあとにも、アイツらまたハートやった。おかわりは結構です。
ていうか、もう、なんていうか、最初の感動を返せ。
「えーと……重音楽部よろしくおねがいしま~す」
ベースの人が消え入りそうな声で言ったが、もはや聞いている人はいなかったであろう。ドラムの人は演奏終了後即座に、真っ赤というより真紅の顔色になって、がに股で出ていき、カエルさんはしたり顔。
うわ、カエルさんが満面の笑みに切り替わって、ピックを壇上からこっちにばら撒き始めた(ミュージシャン気取りですかぁ!?)。こちらに飛んでくる大量のピックは、桜吹雪の様で、キレイ(?)だった。どこに隠し持ってたんですかね。
ヤツはジャケットの内側に手を突っ込んで、取り出して投げる。無限に投げる。
ピックが飛んできた場所にいた人たちは、他の人を押しのけて逃げ回る。爆弾か何かですかね。
そんな人たちを横目で見てたら、あたしのおでこにも何かが当たった。前の床でピックが反復横跳びしとる。
痛って……あいつ爆発しろ。
そんな形で新入生部活歓迎会は終わりを迎えた。良くも悪くも最後の『重音楽部』とやらが全部を持っていっちゃった。
あたしは放心状態になり、跪いて両手で大きなハートを作り天に捧げている和泉ちゃんも視界に入らなかった。いや、無いものとした。