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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#9 胸いっぱいの愛と
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胸いっぱいの愛と②

 後片付けが終わった後のがらんとした視聴覚室で、円状に並べたパイプ椅子に七人で座る。燈先輩が「お疲れ様でした」と、乾杯の音頭をとり、ライブの打ち上げが始まる(私は帰りたいです)。

 燈先輩はゆるふわ茶髪キザ男の隣。梓はバカ金髪瀬名の横に陣取っていて、私のサイドは剣崎とカエル男だ。どうして、この並びなの? 普通は同じ所属で固まるでしょ。そんなにハートブレイカー弦音の横が嫌かしら? 二人とも、もう殴らないから私のそばにいらっしゃいな。


「どうだった? ボクたちの演奏」出し抜けにキザ(キモ)男が聞いてくる。

「素敵でした。特に()()()()」梓が即答し、男の方は落胆してそうな表情を作った。なんだかわからないけど、いい気味。

「ハート作戦も成功だね」ちんちくりんでアホな平板胸女がほざく。

「新歓となにが違ったんだか。やっぱフロントマンは女のが一般受けすんのか。情けない世の中だぜ」

 金髪がそう言いながらコーラを飲み、げっぷする。これが梓お気に入りの瀬名か。この男のどこがいいのかしら。見た目の通り、下品の塊でしかない。

 なのに梓は目を輝かし、バカ金髪を見ている(あなた、男の趣味悪いわね)。それと、アホ剣崎とバカ瀬名が会話をしている時に般若ダークサイドの顔になるのはやめなさい。私の心臓が砕けるから。


「そういえば、あれはどうしたの? 二曲目の奴」

 燈先輩が剣崎に問いかける。アニメの楽譜化されてないアレのことか。

「アニソンのヤツですか? リュウ君が耳コピして作ったんです。さっすが部長ですよね。ちなみに二番の歌詞はまだ発表されてないから、あたしが考えました」

 カエルを見ながら誇らしげに語る剣崎女子。これ部長なんだっけ……声は好みなんだけどな。

「凄い……よかったら、バンドスコア貸してください。練習したいの」

 ショートボブを傾けて奴らに懇願する燈先輩。自分たちでやりましょうよ、譜面起こしくらい。こんな連中に頭下げなくたっていいじゃないですか。それに、私だって相談してくれれば一緒にやるのに。ちょっと悔しい。


「いいよ」カエル部長が言って、その楽譜であろう物を、教室の端にまとめてあった紙の束から引っ張り出してきた。大きな口を湾曲させながら燈先輩を見下ろし、ソレを左手に持ち渡してくる。

 やっぱり……指が二本無い。だからギターを生意気にもジミヘン持ちしていたんだ。失礼なようだけどまじまじと見てしまう。

 そしてヤツは続けざま私たちへ向かって、

「これでストック一曲増えたな()()さん」


 言われた瞬間、私の怒りが爆発! 光速でカエルの左手を叩き、紙が舞い散り、譜面に描かれた音符たちがオタマジャクシのように床に広がっていった。

「だれが、前座だ! アンタらなんか去年まで同好会だったくせに!」

 私は怒鳴りカエルを睨みつける。が、どこ吹く風でまったく動じていない。その態度がよけいに私の神経を逆なでする。むしろ、おたおたしてるのは燈先輩と梓の方だ。情けない二人が視界の端っこに映り怒りが増していく。


「ちょ、ちょっと、リュウ君どうしたの。いつもならーー」

 剣崎がカエル(なにがリュウ君だ)に言う。すると彼女のセリフにかぶせるようにカエルが鳴く。

「お前は黙ってろ! いいか、今年はオレたちが大会に出る、この学校の代表でな。おまえらは指くわえて見てろ。そっちが取ったことのない全国一位も貰うぞ」

「出来るかクソカエル! そんな手で! ギターなら私のが上だバカ!」

 いくらなんでも暴言が過ぎるけど、言い出したのは向こうだ。構うもんか。

「へー、ならこっちの部にこいよ。鬼に金棒だぜ」

 なんだと? 絶対入るもんか、お前の下になんか。そう思った時にあるひらめきが(そうだ、嫌いな人ランキングだ!)。

「じゃあ、条件があります」

「おほ? なんだ?」

「対バンして観客に投票をさせる。多く支持された方が勝ち。そっちが勝ったら私は『重音楽部』に入る」

「なるほど。で、そっちが勝ったら?」

「今の条件の逆。そうですね、こっちは〝女子〟軽音楽〝部〟なんだから、そっちのボーカルーー剣崎さんをいただきましょう。それで全国大会にエントリーする」

「ほほー、おもしれ。やろうぜ」ゲコゲコとカエル笑う。

「細かい条件は後日、決めましょう」

 私は怒気をふんだんに練り込ませた声で吐き捨て、視聴覚室を出る。後からバタバタと二人が付いて来た。



 旧校舎一階・音楽室、私たちの部室に帰ってきた。女子軽音楽〝同好会〟の。

 たてつけの悪いドアを引きずるように開けると、額縁に納められ壁一列に掛けられた遺影のような音楽家達の無表情が現れる。……それらが今は私を嘲笑してるように思える。その下に並べられたアンプがホコリを頭に乗せ、こちらを睨む。

 私はアンプを視線で刺しながらギターを入れたハードケースを壁に立て掛け、息を吐いた。

「弦ちゃん。さっきは、どしたの? そりゃワタシも少しは腹がたったけど……」

 燈先輩が不安そうな顔で聞いてくる。()()()ですって? 


 私は彼女のそんな言葉にもイライラして「だったら、あの場ですぐ反論してください。あいつら私たちの事バカにしているんですよ」と、当たり散らす。

「愛ちゃんは、そんな失礼なこと一言もいってません」

 梓が擁護する。かばうなんて仲いいのね、あのボーカルちゃんと。

「そうね。だからあの中で唯一、礼儀正しい剣崎さんを貰うっていったの。我ながら名案でしょ? ま、彼女()()()けど」

 それを聞いた梓が、何の話だとばかりに「はあ?」と言って、大首をかしげた。


「それにしたって急すぎるよ。部長のワタシに相談もなしで」

「部長であるなら! だからこそ……燈先輩に言ってほしかった。『前座』なんて言われて、悔しくなかったんですか。あんなスコアだって。自分たちで起こせばいいじゃないですか」

「あの場の『空気』があったじゃん。弦ちゃんには、わからないだろうけど」

 そう言ってハッとする先輩。


 やっぱり煙たがられてたんだ、私…………今までずっと、ですか?


 燈先輩にそう言われて胸が苦しくなる。私は部室から飛び出て廊下を駆け、二人から逃げ出す。

「弦ちゃん待って!」という声だけが私の背中を追いかけてきた。

 でも、足は止まらない。止めたくなかった。

 校舎から飛び出して見上げた夜空は、都会にしては珍しく満天の星空だ。……目が滲んでいたから多分だけれど。

 今日が週末でよかった。明日も部活があったらどんな顔して部室に行けばわからないから。でも月曜日になったら、どうしよう……。ギターも置いてきちゃったし。



 悶々としたまま週が明け、憂鬱な気分で学校に来た。お昼休みの時間になり、私は一人でお弁当を食べている。「ええ、友達いませんけどなにか?」とばかりに開き直って、黙々と食べ進める。私は孤独……じゃなくて孤高の存在。人とは群れないので。


 ご飯を食べ終わってから手持ちぶさたになったので、暇をつぶすべくカバンをあさる。するとケータイが。孤高の私だから携帯電話なんか今まで必要じゃなかったけど、部活に入ってからは連絡手段がいるという名目で父に買ってもらったパステルカラーのカワイイやつだ。孤高の私は必然的に登録相手がごく限られていて(自宅、父、高橋先生、燈先輩、梓。以上の五名だけ)ほとんど鳴らないケータイ。なのに、土日は定期的に着信があった。おそらく燈先輩か梓でしょうね。でも、私は無視した。最低だ。


 自己嫌悪に陥いりながらも、カバンあさりを継続する……あった、カバンから心の友ーー高橋先生が部室に置いていた古典文学小説を探し出した。その続きを読もうと机の上に取り出し広げる。クラスメイト達がくだらない雑談をしている騒がしい教室で、孤高の文学少女は崇高なる芸術に触れ一人高みに登っていく。

 そんな妄想をして「ふふっ」と声が出た。おっといけない、変なヤツと思われちゃうじゃない。危ない危ない、私は孤高で超絶美貌文学美少女ギター弾きなんだから、気をつけないと。


 その小説を読み進めていくと読めない漢字に出くわした……よし、ここは飛ばそう。そうやって次々と飛ばし読みしていくと一気に半分くらい読破した。さすが私。

 ……正直に言うと内容はさっぱり頭に入ってこなかった。だって、暗い・退屈・難解の三重苦を抱えた、戦争小説なんだもの。せめて漢字にルビふってほしい。

 高橋先生お願いします。部室に置くのはマンガにしてください。胸がキュンキュンしちゃうような少女漫画がいいです。漫研にでも移籍しようかしら。


 無心になりページをめくるだけの文学少女ごっこで昼休みをやり過ごそうとしていたら、学校のダサいエンブレムが本に当たった。どっかの男子がフリスビー代わりにしておもちゃにしているのが飛んできたらしい。私は無言でそれを持ち主に返してあげた。本当は「死ね」って言いたいけど。失くしてしまえ。ムダ金使えっ(たしか一個五千円だ、高っ!)。


「え~、みなさんこんにちは~。今日は女子軽音楽同好会さんと重音楽部さんから重大な連絡があるそうで。それではどうぞ」ふいに校内放送が流れ、私の殺気が散った。

 部で何かあったのかなと思い、私はスピーカーに視線を移す。


「あっと、ええっと。女子軽音楽同好会の部長。橘です。皆さんこんにちは」

 燈先輩の上ずった声が聞こえ、相当あがっているのが目に浮かぶ。ちょっと後に「燈先輩、落ち着いて」と、励ます梓の声も流れてきた。

 それから落ち着きを取り戻した燈先輩の言っていることを要約するとこんな内容だった。

 私がこの前提案した通り、対バンライブ後に観客たちに良かったバンドの方に投票をしてもらい、得票の多い方が勝利。私たちが勝てばボーカルの剣崎がこちらに加入し「部活動」に格上げされ全国大会にも出場可能となる。

 向こうが勝てば、私はあちらに移籍。五人組として全国大会に挑む。条件的にはあっちの方が不利な気もするが、それだけ私が欲しいという事か(さすが私)。

 どっちみち各高校に出場枠は一つしかないのだから、どっちかが出場資格を得る。勝者が「総取り」それがベストね。


「そして、投票の場は九月下旬ーー文化祭のライブ後に行う。みんな聞きに来いよ!」

 あのカエルの声。クソッ。声だけなら綺麗。この状況、得してる。

「女子軽音楽同好会。よろしくお願いします。ワタシたち、負けません!」

 燈先輩、気合十分。初めて聞いた、あの人のこんな声色。

「雑魚が吠えてるのう。重音楽部『ダンデライオン』よろしく」

 バンド名を名乗った方が印象に残るか。私たちも何かないかなと思っていると。

「女子軽音楽同好会、改め『()()()()()』です。雑魚じゃありません! 弦ちゃんごめんね、勝手につけちゃった。発案者は梓ちゃんだよ」

 たしか花だよね〝フリージア〟って。いいじゃない梓。可憐で清楚で華やかな私たちにふさわしい。

 うん、気に入った。後で二人とも褒めてあげる。

「高橋センセーは、和名呼びの〝浅黄水仙あさぎすいせん〟にしようとしてたけど。ないよね」

 あ、ないです。高橋先生、なんでも漢字にするのはやめましょう。いつまで思春期引きずってるんですか。痛いですよ。


「どう考えても、フリージアの一択でしょ。センスないよね~、スイちゃん先ーー痛っあ! ……ゴメンナサイ、高橋センセ、話を戻します。ちなみに花言葉は赤色のフリージアで『純潔』だって。ワタシたち彼氏いたことないからピッタリだよね。弦ちゃんもしかり」

 やめて、校内中の人が聞いているのに……個人情報漏らさないで。友達もいないのに、彼氏なんかいたわけないでしょ。燈先輩のバカ。


「はっはっは。ウブよのう。『バージンズ』のがよろしいんでなくて?」

 いい声のカエルが鳴く。バカにしやがって。

「あら~、そちらも彼女出来たことあるんですか? 高校五年生さん」

 梓先輩が言い返す。よしいいぞ、リーダー!(五年生!? あいつどんだけ高校生やってんだ)

「…………『ダンデライオン』が『フリージア』を叩きのめす」

 心なしかさっきより元気がないカエルの声。図星か。

「こんな()()()()さんなんかに、いい演奏はできません。私たち『フリージア』に清き一票を!」

 先輩、百点花丸。最後は政治家の演説みたいだったけど。結果良ければすべて良しです。


 放送部が「以上、連絡終了です」と締めくくり、スピーカーが鳴りやんだ。教室はかえってガヤガヤしている。

 でも締めの後に少し間をおいて、また校内放送が。

「この場を借りてお詫びします。弦ちゃん、この前はごめんね。今日、部活……やろう。ギターは、ちゃんとチューニングしておくから」

 ……燈先輩の大バカ。私用で校内放送しないでよ。

 周りの連中の「あれが〝フリージア〟だっ!」っていう視線に、私耐えられなくて。昼休みが終わるまで机におでこをこすりつけ、やり過ごす。

 

 早く放課後にならないかな、最初にどう謝ろうかな。なんてことを考えながら。


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