マイ・ヒーローズ②
演奏開始前になって、緊張で、震えて、きた。なぜなら、視聴覚室は溢れんばかりの人でごった返しているから。
スクールカースト最底辺の不人気重音楽部のライブなんて誰もこないと考えてたら大誤算だ。五十人はいるぞ、これ。ソウ君効果なのか女子率高めだし。男女比がどうだろうと、緊張するのに変わりはないけど。うおお、みんなカボチャかジャガイモだ。落ち着けあたし、クールビューティーになるんだ!
ちょっと前まであたしだってオーディエンスの一人だったのに……こっち側にいるなんて、不思議だ。
人が落ち着いてきたらカーテンを閉め、部屋は半暗闇になる。
そして、いよいよ五時になり演奏開始、ではなく前口上を述べる。
「えー、本日はお彼岸も良くじゃなくて、お日柄でもなくて、ええと、お忙しい中おあっつ、お集まってくだしゃって、あがっと、あがりが、あがりとうございまっしゅ……今年から入りました剣崎愛と申します。精一杯頑張りますので、聞いてくだしゃい」
カミがかったあたしのセリフでシラケムードが漂う。けど、コーキ君のスティックがカウントをし演奏が始まったら、そんなもの吹き飛んだ。うわっ、部室の練習では感じないくらいの大音量だ。これにあたしの声なんか乗せれるのかな。
さらにソウ君のベースがドラムと融合してリズムの下地ができ、それに乗っかるカエルのギター(お上手です!)。三つの楽器が合体して、あっという間に音のビッグウェーブだ。あ、他人事じゃない、あたしも乗るんだ。この波に乗らなきゃ。
最初はあたしの選んだ曲で、シンプルなロックナンバー。子供の頃やってたアニメの主題歌だった曲。結構好きだったんだよな、あのアニメ。おばあちゃんと見たのが懐かしい……いや集中だ、コロガシだ。足元をガン見して、待機しーーあれ? あ、え、もう入ってる!? ボーカルの入りが過ぎてる!? 置いて行かれたぁ! 余計な事、考えてたせいだ。
焦って歌い出して演奏組に追いつく。が、全身が硬直してて、全然声が出ない。せっかくマイクの音量調整したのに、完全に楽器の音に飲まれてる。それに、スピーカーから飛び出る声は、自分の物じゃない感じがする。
ぼそぼそ歌いつつ、一番の歌詞が終了。最悪。心臓が破裂しそう。全身から噴水のごとく汗が噴き出してきた。
続いて二番の歌詞に入ったけど歌い出しが頭に浮かんでこない。あれ、そんな、さんざん歌った曲なのに。あんなにバイト後カラオケで暗記してきたはずなのに。なんで。
ここはカラオケと違って、モニターなんかなくて、歌詞は見えなくて、音程を確認できなくて、歌いなおしもできなくて、点数付けもされない、あるのは見ている人の反応だけ、みんながあたしを見てるんだ。あたし、どこ見ればいいのか、わかんない。
……わからないから、下を向いた。
二番の途中からソウ君が歌っているのが聞こえる。そうだよ、あたしなんかいなくても、今まで三人でやってたんだし、問題ないよね。リュウ君もソウ君も歌うまいし。あたし、おじゃまだったかな。なんでここに居るんだっけ。
あの日、リュウ君と一緒に歌って楽しくて。三人にカラオケでおだてられて、天狗になって。一人でいるのがふと寂しくなって、勢いで入部して。バンドの名前決めて。行きたくもない高級焼肉、行って。コーキ君とちょっとわかり合って。ソウ君をからかって。みんなで曲決めて練習して。この数週間、久しぶりに楽しかった。ここに居たいって思えた。
そんなこと考えて現実逃避してたら、二番も終了。最後のサビの前の間奏に入った。
あたしやっぱボーカルなんか出来ない……こらえ性のない根性なしめ。
部活辞めよ。でも、みんなと離れたくない。そうだ、マネージャーになろう。頑張って下働きするからいいでしょ? 同好会になったって、きっと楽しいよ。大会なんか目指さなくても、放課後のライブだけでもいいじゃん。裏方こそあたしにピッタリです。
自分に都合のいいことばっかり。ずるいあたし、いつだってーー
「ふわあっ!?」
うつむいて歯を食いしばってたら、スカートがふわっとして、声が出た。え、なに? 目の前の男子たちが両手でファイティングポーズしてる。み、見られた?
右後方に振り返ると、そこにはギターを抱えたカエル男がしゃがんでた。何してくれちゃってんの、このスケベカエルめ。いまはライブ中だぞ、変態。
「お、花柄カワイイね。なあ、ケンちゃん。いつもみたいに叫べばいいんだよ。どうせヘタクソなんだから、カッコつけるな」
リュウ君の木訥とした声は、どの楽器の音よりも澄んでいて、沈んでたあたしを浮かしてくれた。
ごめんなさい、あたし逃げ出そうとしてた。もう大丈夫。入れよって言ってくれたこの人の……理由も聞かないで受け入れてくれた、この人たちの為に歌う。頬を叩いて気合注入。
思いが伝わったのか、あたしの目を見てソウ君もうなずいてくれた。今、サビだけでも歌うから。さっきはフォローありがとう、ソウ君。
いつの間にかドラムは最低限のリズムだけとってる。曲に入りやすいように、待っててくれたのか。感謝しかないです、コーキ君。
間奏で、ギターソロを「聞け」とばかりに弾いてるリュウ君。楽しそうだね。あたしも乗っかるよ、あなたの演奏に。負けないから。
これまでの迷走を払拭すべく、あたしはがなり立てるようにサビに入る。今、初めて重音部のメンバーだって胸を張って言える。
あたしがボーカルだ「ダンデライオン」の。
一曲目を歌い終わって、間髪入れずにコーキ君が選んだ二曲目が始まる。パンクの元祖のテンポが速いだけの単純な曲。洋楽だけど歌詞も簡単で、ほとんどサビの繰り返し(ヘイホー!)。コーキ君、あたしがいっぱいになるの見越して、この曲にしてくれたのかな。
三曲目はソウ君が選んだやつ。韻を踏んだ歌詞のラップ調ロック。これは難しいので、メインボーカルをバトンタッチ。あたしがコーラスに回る。
この歌あたしも好きだけど歌える自信ない。でも、いずれはあたしだって! ……なんて、さっき固まってた人間が言うセリフじゃないね。反省、猛省です。
ソウ君が歌い始めて、女子たちが色めきだつ。うん、カッコいいハスキーボイスです。セクシーだね、色気の権化め。
あたしはコーラスに回って、お客さんを見渡す余裕が出てきた。
いたいた、和泉ちゃん。教室の真ん中のあたり。そして、彼女を筆頭に女子たちが歓声を上げる。いいね、盛り上げてちゃってください。でもお客様、椅子の上には乗らないでください。壊れますので。そして三曲目が終わり、女どもは燃え尽きて、セピアの色に。
「ケンちゃん、メンバー紹介して」
「えっ、うん」
リュウ君ってば、いきなりなにさ(打ち合わせという概念はこの部にないんですか)。えーい、勢いでやったれ。
「ここでイカれたメンバーを紹介するぜっ!」
間違えた、イカしただった。ま、ある意味正しいけど。
「えと、ベースマン! イケメン王子こと如月蒼! メンタルは豆腐並み!」
個人的なことはプライバシーに関わるし、避けないといけないから、こんなんでいいか。
で、あたしの紹介後に気の抜けたベースが鳴る。ここはもっとかっこよくバシッと弾いてよ。まったく、ヘタレ王子が。なんか、いじけた顔してるし。はいはい、イケメンで~す。
「お次は、ドラムマン! 金髪ヤンキーこと瀬名光樹! 最近は徒歩通学だっ」
さあコーキ君、ドラムをかき鳴らしてよ。ジャンジャン、バンバンってね。……しーん、無音。なんで? いいや、次いっちゃお。
「そしてわれらが部長! ギターマンーー」
「もういい。なにが『マン』だ、俺たちはヒーローか」
コーキ君が怒鳴ってドラムを叩き、会場には笑いがこだました。あたし、なんか間違ってました? リュウ君は笑ってるしいいか。
でも、噓偽りなくみんなヒーローだよ、あたしにとってはね。
グダグダになったメンバー紹介の後に、四曲目の演奏スタート。リュウ君の選んだやつだ。
なんだか小難しい曲で演奏組は難易度が高いって文句言ってた。ボーカルだってオクターブ高すぎで、楽器サイドに負けじと辛いですよ。
有名なハードロックバンド(金属の飛行船とかなんとか)のカバーとか言ってたな。英語の歌詞は文訳が分かっても、曲として何を表現したいのかわからない。
『五月女王のために春の掃除をしてるだけ』ってなんだよ。意味不明です。考えるな、感じろ、ってことか。
そんな曲だから、聴いている人たちも小首をかしげるか、牧歌的な調べに導かれ首をこっくりこっくり。そりゃそうだ、つまんないもの。フレーズも暗いし、落ち込んでくる。後半のボーカル、ホント辛いんですけどね。みんな、よかったら聞いてね。あたし頑張るから。
あれれ、歌の途中でソウ君の時にきゃあきゃあ騒いでた女子たち(蒼ガールズと命名しよう)が、教室からコソコソと出ていく。お目当ての人の番が終わったからかな? それにつられて和泉ちゃんも出ていく。おいおい、せめて最後まで聞いてってくれ、級友よ。
あ、よかった。あたしの思いが通じたのか、和泉ちゃんが戻ってきてくれた。よしよし。ご褒美にソウ君とコーキ君の隠し撮り写真を進呈しよう(デジカメでも買うかな)。
はらはらドキドキしているあたしを置いてきぼりにして、リュウ君は両ひざをつきギターを天に向けて、ソロを弾いてる。……自分一人でひたってんじゃねーよ、アホ部長。あ、演奏のフィニッシュとともに後ろに倒れた。みなさま、世にも珍しいカエルの昇天でございます。お楽しみいただけたでしょうか(え、見たくない? ですよね~)。
これにてライブは終了。最初満員だった聴衆は、最終的に三割程度しか残ってなかった。恐るべし、リュウ君ズチョイス。あとであたしと一緒に反省コースだね。
「本日はご清聴ありがとうございました」
あたしが礼をすると、拍手が起きた。嬉しい。こんなあたしでも人から賞賛されるなんて。いや、あたし一人じゃない、みんなだね。そう思いながら三人の顔を見る。うん、清々しい表情だ。きっとあたしもそんな顔。また来月もやりたい。あたし、ここにいる。そう決心した。
席を見ると、見知った顔ぶれがいる。和泉ちゃんはもちろん、松田先生、高橋先生(ありがたいような、そうでもないような。梅干しでも食べてそうなシブい顔で拍手しとる)、それに梓ちゃん。来てくれたんだ、よかったじゃんソウ君。きっとお嬢様は見直してくれたよ、わかんないけど。
梓ちゃんは女子軽音の先輩を誘ってくるって言ってたから、横に座ってる美人二人がそうだね。黒髪ショートボブさんは穏やかな表情で拍手を続けてる。見た感じは優しそうなおっとり系のタレ目美人(手足長っ! モデルかよ)。
もう一人の黒髪ロングの人は腕と足を組んだまま、パイプ椅子にどっしり鎮座しておられて、女王様のようだ(あの~、ライブお気に召さなかったんでございましょうか?)。
黒髪ロングの美女は切れ長の目をさらに研ぎ澄まし、こちらを、というかあたしを睨んでる(あたし、なんか悪いことしましたでしょうか?)。
あたしは女王様の視線をかわしながら、手を振る梓ちゃんに大きく両手を振り返す。
すると女王様は梓ちゃんの手を取り、猛スピードで教室から出ていった。え、よくわかんないけど、あたしのせいか? あたし、あの人なんか苦手。
聴衆が引いて、あたしは後片付けを始める。すると、教室の後方でリュウ君が女子軽音の黒髪ショートボブさんと何か話してるのが視界に。あれま、身長差がえげつない(もちろんリュウ君が下)。知り合いなのかな? リュウ君とコーキ君は、この高校に四年いるもんね。
ふと、時計を見ると結構な時間になってた。片付けが全然進んでないじゃん。まったく、使えない先輩たちだ。そう思いながら一人で黙々と作業を続ける。ふんが、ふんが!
「お疲れ様!」
重音部全員でプラスチックの湯飲みをぶつけ合わせる。勢いが強かったのか、中に入ったお茶がはねて少し指にかかった。熱いっす。
記念すべき『ダンデライオン・初ライブ』の打ち上げということで、あたしたちみんなで回転寿司チェーンに来たとこだ。場所を決めるときにリュウ君とソウ君は回らない寿司がいいとダダをこねたけど、コーキ君が「割り勘だからな?」と聞くと、二人はしぶしぶ了承し、その結果ここに決定。まったく高校生で贅沢しすぎだよ。いままでコーキ君が甘やかしすぎたせいだね。
テーブル席に案内されて、あたしの隣にソウ君が。向かいにリュウ君とコーキ君が座る。
「今日のライブは十点ってとこだね、ケンちゃん」
「え、十点満点で? やった~!」
「そんなわけないでしょ、愛ちゃん。どんだけ楽天家なの。百点満点中だよ」
横のソウ君が突っ込み。リュウ君がうなづいた。
「うん、知ってた……」
「それと愛ちゃん、三曲目のコーラスのキー上がってなかったよ。あれじゃボクのボーカルと被るじゃん! キミはコーラスなんだよ、コ・オ・ラ・ス!」
「えっ、そうだった? あ、ソウ君最初のフォローありがと、優しいねイケメンさんは」
「まったく、調子いいんだから。初っ端から愛ちゃん下向いてんだもん、びっくりしたよ。心臓に悪いなあ……罰金だからね」
「ったく。てめえで選んだ曲が歌えないってなんだよ。俺よりバカだな」
コーキ君が長い腕を踏切遮断機みたいにリュウ君の前に下ろし、レーンからお寿司を取る。その腕をかい潜って、リュウ君もせっせとお寿司取る。
「ホントにごめんなさい、次は気をつけます。あのね、最初うたった時に、新鮮な演奏があたしの声で腐るような気がして……美味しいシャリとネタでデキたお寿司の上に醤油をかけようとしたら、蓋が外れて全部ぶちまけた、みたいな?」
「なるほど、つまり、初めてのライブで緊張した上、自分の声に違和感を感じたと、コンサートホールでも、観客の数で音響変わるからね、いい経験になったなケンちゃん、これで、目標のクールビューティーに一歩近づーー」
「リュウ汚いっ。食べながら、しゃべんないでよ。ボクのマナーにはうるさいくせに」
「ま、俺の曲は歌えてたからいいけどよ。お、回ってる寿司も案外うめーな」
お寿司を食べながら、コーキ君が言う。タコすか、しぶいっすね。
「ねえ、ボクの歌、完璧だったでしょ。見直してくれるかな、あの子。林田梓ちゃん」
「うん、パーフェクトです。あたしなら惚れちゃう、梓ちゃんも微笑んでたよ」
あたしの言葉を聞いてから、ガッツポーズするソウ君。大げさな。
「恋愛禁止だからな~? 重音楽部はチャラチャラしたサークルじゃないんだぞ」
リュウ君があたしたちに釘をさしてきた。ふんだ、わかってますよ。口うるさいカエル部長さんですこと……うわ、リュウ君は高速で姿勢よくお寿司を食べていて、お皿が山になってた。
さらにレーンのお寿司に手を伸ばすリュウ君。あれ、おかしいと思った時、背後から「おい、こっちの寿司とるんじゃねーよ!」と、怒声が。
やっぱりな、他のテーブルで注文したお皿をリュウ君が取っちゃってたみたい。怒鳴り声の主がこっちに来る。うわ、顔がタコのように真っ赤だ。怖い怖い。
でも、短気なコーキ君が「ああ?」とあちら様を睨みつけ、向こうが委縮。ちょっと、悪いのはこっちなんだから。あたしは立ち上がって、
「ごめんなさい、この人たちバカなんです。高校生五年目なんです」
「ボクは違うよ」と、ソウ君が言うけど無視。相手の人は苦笑しながら席に戻っていった。紳士な対応をしてくださって、ありがとうございます。
「……大人だな、お前」
細目を見開いたコーキ君が言う。
「当たり前だよ、悪いのはこっちだもん。それに、バイトで頭下げるの慣れたし」
「俺よりよっぽど年上なんじゃねえか?」
「君たちが子供なんです~」
そういってあたしとコーキ君で笑いあう。
「まったく、大した子だ」
リュウ君が感心しながら、また他の人が注文したお皿をレーンから取ろうとしてる。一連の流れを全然理解してない……あなたが一番バカ。
「コラッ!」
あたしは手を伸ばしリュウ君の動きを制する。その結果、勢い余ってお互いの指が絡み合いーー恋人繋ぎみたいに。あわ、あわてて、手を離す。
あたしは「お皿取るのは任せて」と言って座り。リュウ君も「わかった、お願いします」と返事。
あれ、なんか変な間が……なにこの空気は!?
「ボクたち恋愛禁止だよね?」
「たく、部長さんと新人さんよ、頼むぜ」
他二人が茶化してきた。違う、そういう事じゃないもん。あたしは心の中で否定した。




