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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#8 マイ・ヒーローズ
15/51

マイ・ヒーローズ①

 

 五月の大型連休が終わり学校が始まった。

 道端の木々の葉は日光で透かされ濃淡を表し、グラデーションが美しい。でも道行く学生はみな浮かない顔をしてる。ま、あたしは気分ウキウキですよ。

 坂道を登っていく途中で、黒塗りの長~いリムジンがあたしを追い越した(非現実的存在だ)。マフィアでも乗ってそうだな、アレ。次いで和泉ちゃんを発見して安堵(よかった現実だ、実存だ)。「おはよう」と、声かける。

「おはよっす。愛ちゃん元気だね」

「んふふ。まあね」

 実は昨日が給料日で、結構な金額が残高に振り込まれていたのだ。やったぜ。時給の高いとこにして正解。連休中、死ぬほど忙しかったけど。


「ひょっとして愛ちゃん、今日の放課後ライブが楽しみでそんなソワソワしてるの?」

「それもあるけど……言われたら、あらためて緊張してきた」

 今日はあたしの初ライブが放課後に予定されている日でもあった。練習の成果を見せてあげないとね。

「わたし応援に行くから、頑張ってね」

「うん、ありがとう」

「で、蒼様は出るよね」

 そりゃ出ますよ。そもそも、ライブの告知はまだしていなかったはずだ。どこで情報を仕入れてきたんだか。地獄耳の平安女め。

「もちろんソウ君も出るよ。張り切ってたし『聞かせたい人がいるんだ』ってさ」

「マジか~。照れる~」

 ま、和泉ちゃんでなくて、梓ちゃんの事だろうけどね。ソウ君ってば、結構根に持つタイプだ。そもそも梓ちゃん、聞きに来てくれるかな?

「そういえば最近、瀬名先輩の駐車呼び出しもなくなったね。重音部で、なんかあったの?」

「エコにでも目覚めたんじゃない? 地球を大切にってね」

 理由は知ってるけど教えない。コーキ君とあたし、二人だけの秘密。

「あれ結構好きだったんだけどな。残念」

 いやいやいや、好き嫌いの問題じゃないですから。校内放送をおもちゃにするんじゃないよ。和泉ちゃんとふざけた会話をしながら校門まで歩いていく。

 坂道の木々は爽やかな風をいなし、あたしたちの青春を盛り上げている。そう、合奏のようにバンドのように。

 くうぅ~、ポ、ポ、ポエミィ~。我ながらポエミィ~。

 あ、コーキ君(光樹)の名前も木が入ってた。うーん、あたしのポエムって木ばっかモチーフだ。我ながら表現の幅せまっ! 詩人はムリですな。


「おはようございます、愛ちゃん」

 校門で梓ちゃんに話しかけられた。彼女は長いレモン色のブロンド髪に朝日を反射させて光輝いている。お嬢さん、相変わらず優雅でなによりでございます。髪からラグジュアリーな香りもするぜ。きっといいシャンプー使ってんだろな、あたしの安物なんかと違って。ちっ、あたしのくせっ毛が、きしきしするぜ。


「おはよう、梓ちゃん。あっそうだ。今日の放課後、予定ある?」

「なんでしょうか? 放課後は同好会の練習予定ですけど」

「そっか、うちの部でライブやるんだけど、聞きに来てほしいな~、なんて」

「放課後ですか。なら先輩方を誘ってみます。行くかどうかはお約束できませんけど」

「うん、視聴覚室でやるから、よかったら来てね」

「善処いたします。それでは、よしなに」

「よしなに~」

 あたしはモノマネで返す。からかってるわけじゃなくて、素敵なレディになるための練習です。梓ちゃんはやんわりほんわり笑み返してくれた。う~ん、あたしごときじゃ敵わないですなあ。やっぱ、この前の鬼顔は気のせいですよね。


 下駄箱で梓ちゃんと別れてから、あたしの後ろについて黙っていた和泉ちゃんが横に並んだ。二人で上履きに履き替えて、教室に向かい歩き出す。

「愛ちゃん。あんなお姫様といつの間にお知り合いに?」

「ふっふっふっ。実は何を隠そう、あたしこそが姫なのだ」

 両手を腰に当て、上体を反る。

「どうみても村娘って感じだけど」

「ステージの上では輝くの! うるさい平安貴族ですね、十二単でも引きずってろ」

「愛ちゃんみたいな田舎娘より、式部ちゃんの方がマシです~」

 底辺同士の醜い争いが勃発した! おしとやかさとはほど遠いね、こりゃ。そんな小競り合いをしながら歩いていたら、教室到着だ。



 はい、毎朝恒例の高橋タイムが来ましてよっとぉ。朝のホームルーム後に、回されてきたプリントが足りませぬ。ぜったいわざとだろ、赤ジャージ。

「先生、あたしのプリントがないです」

「プリン体か~、アタシも悩んでんだよ。尿酸値高くてな。痛風になったらドラム出来ねーし、教員の健康診断も引っかかちゃった。剣崎が女子軽入れば収まるかも」


 あなたの健康状態なんぞ聞いてませんが? スルーしやがって、ビール腹の女め。ムカついたので高橋先生の神経逆なでしてやりましょう。あたしは咳払いして、立ち上がる。


「一年B組の皆様! 本日放課後にわたくしの所属している部活、『重音部』のライブが予定されております。場所は新校舎三階の視聴覚室においてでございます。()()()()で大変な()()()()()()()にかわりまして、本年度全国高校生バンド大会(予選があるけど)に出場予定にございます我々の名演奏、とくとご堪能くださいませ、よしなにっ!」


 教室の後方からクラスメートたちの背中に向けて告知をしてやった。すると、高橋先生は顔色を赤ジャージと同化させ、ダルマに変身!

 ダルマは竹刀の両端を持ち健康器具のように折り曲げてる、すごいしなり具合だ。よく折れませんなぁ~。くけけ。

 おっと、おバカさんをからかっていたら、一時間目の授業の予鈴が鳴った。いけない、準備しなきゃ。

えっと最初の授業は……現代国語……ってことは。


「おう、お前ら早く教科書開け。とりあえず前回の朗読からスタートな。よし、そこのもじゃ髪チビが読め。噛んだら最初からな。ほれ、一寸の光陰軽んずべからずだ。起立!」

 授業の間中、あたしの声だけが教室に響いてた。他の生徒は微動だにせずにいたけど、その中で唯一、隣の和泉ちゃんの机だけがカタカタと音を立てているのが耳障りだった。



 お昼休みになったので、教室で和泉ちゃんと昼食をとる。彼女は先ほどの朗読のせいで、ガラガラになったあたしの喉を案じ、のど飴をくれた。ありがたや~。塩昆布味だから死ぬほどまずいけど(甘いのがよかった)。さっきのことは水に流してしんぜよう。

 スピーカーからはサックス中心のジャズが流れてて、デイブレイクが渋くなる。ハードボイルドな気分になってくるぜぃ?

そんな中、和泉ちゃんは菓子パンを頬張り、オタフクみたいなほっぺたになってた。変わらない彼女にひとまず安心。

「式部先生のマンガ道、順調ですか?」

「うん、昨日完成したよ。わたしの作品、見てみる?」

 そういって、式部先生はバッグから紙を取り出した。ほほう、タイトルは『野生の衝動』ですか。いま流れてるジャズに負けじとハードボイルドだ。意外だよ式部先生。あ、でもサブタイトルは

『年下の僕と金髪不良先輩のいけない情事。 ~掘れや、惚れや~』うげ、なんじゃこりゃ。

 何枚かめくって内容を拝見。うん、男同士の激しい絡み合いが描かれてる。

 なに書いてんだ、この変態おたふくが。こんなもん永遠に未完成であれ。


「どう、コウフンした?」オカメが菓子パン食べながら、食い気味にくる。

「これって、モデルは……」

「うん、わたしの完全オリジナルキャラだよ」

 ウソつけ、どう見てもコーキ君とソウ君だろ。まあおもしろいから、もっと書きなさい式部先生。あたしは人権侵害をスルーし、先輩二人を売った女になった。

 ふいに教室に居座っていたジャズが遮られ、雑音が流れだした。あり?


「えー、放送部です。全校生徒の皆さんに連絡があります。『重音楽部同好会』改め、『重音楽部』さんからです。では、どうぞ」

 なんだ、うちの部がついになんかやっちゃったか?


「こんにちは。さらに、重音楽部改めバンド名『ダンデライオン』になりました。お見知りおきを。今日の放課後にライブやります。視聴覚室で午後五時からの予定です。よかったら来てください」

 ソウ君の声だった。告知やるんなら、あたしに教えとけよ。さっきの叫びがムダになったじゃん(高橋先生は煽れたけど)。

それにしてもマメだね王子。お姫様に伝えたかったのかな。


「オッス、オッス、オッスっす」

 和泉ちゃんが壊れ果てたレディオのごとく繰り返す。ソウ君はあなた個人に伝えたいわけではないと思うよ。でも彼女の夢を壊したくないので、何も聞こえないふりをするあたし。

「ケンちゃん、遅れんなよ~。準備は四時な~?」

 トドメとばかりに、リュウ君の甘くて間抜けた声が聞こえた。あたしの名前出すな。恥ずかしかったので、やっぱり聞こえないふりする。

「ケンちゃんもとい愛ちゃん、準備、遅れないようにね……ぷふっ」

 和泉ちゃんがあたしを憐れむように言った。あ、完全に馬鹿にしたな。もう漫画の感想なんか教えてあげない。こんなのボツです。あなたのニキビと同様に、ボツボツです。



 放課後になり、楽器や機材を部室隣の視聴覚室に運び込む。

 視聴覚室は教室三つ分の大きさがあり、なかなかの広さだ。部屋前方の黒板の前には教壇として台があるので、そこにドラムを設置。さらにドラム前にスタンドマイクを立て、あたしの立ち位置がそこにあたる。あたしの右にギター、左にベースとスタンドマイク二台目。新歓と配置そのまま、中心にボーカルが一人増えた形になってる。照れるぜ。


 コーキ君がドラムを叩きながら、他の二人が音の出る箱……えーと、アンプのつまみをいじり音量を調節してる。そのアンプから更に、エフェクターとかいう機械を各々のギター及びベースに接続して、音の変化なんかをさせるらしい。歪ませたり、うねらせたり、ハモらせたり……あたし、よくわかんないけど。

 彼らのいじるエフェクターがしきつめられたボードを見ると、ごちゃごちゃ状態でなにがなんだか(剥製の内臓むき出しみたいでキモイ)。男の人ってこういう機械、大好きそう。リュウ君なんか嬉々としていじってるし。

 そういえばボーカル用のエフェクターも部室にあったから、ソウ君にセットしてもらって使ってみたら、声にエコーかけたり遅れさせたりできて、超面白かった。けど、それで遊んでたらリュウ君に怒られて、あえなく封印されちゃった。ふんだ、カエル男のくせして。


 みんなが楽器をあれやこれやしてる間に、あたしがお客さん用のパイプ椅子を並べていると、

「おい、マイクのセッティングどうすんだ?」コーキ君があたしに言ってきた。

「あたしがやるの?」

「当たり前だ、バカ。お前、ボーカルだろうが」

 そりゃそうか。練習の時は全部リュウ君かソウ君に任せっぱなしだったので、ハイ。

「えーと、どんなもん?」

 頭を掻きつつ聞く。だって、あたし素人だもん。

「とりあえず、俺のドラムに合わせろ。声聞こえなくてもしらねえぞ。おら、足元の()()()()で聞け。調整しろ」

 コーキ君にドラムを叩いてもらい、あたしはソウ君と一緒にマイクの音量調整を足元の演奏者用スピーカー(コロガシ)でやる。いつもより大きめなボリュームだ。部屋が広いからかな。


「最終にはこの『ミキサー』でみんなの音量を合わせるから、愛ちゃんも覚えといてね。にしてもコーキってそんなに親切だっけ。ボクの時なんか『勝手にしやがれ』だったよね」

「そうだったか? お前は経験者だし問題ねえだろ」

「いい迷惑だったよ。アドリブには強くなったけど」

 あたしが足引っ張って、すいませんね。っていうかあたし独学のまま今日に至ってるし。

 みんなに教わったのは、音名のドレミはイタリア語とか、ギターの成り立ちとか、ピックの飛ばし方とか、雑学ばっか。ちゃんと教えろセンパイども。

 グダグダやってたら五時まで残り十五分だ。急いで残りの椅子を並べる。


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