なんにもないか②
それからも引き続きコーキ君に車中で部活の話を根掘り葉掘り聞くあたし。ふんふん、カエル男に女の影なしっと。
「んだよ。ずいぶんアイツのこと、お気に入りなんだな」
「え……だってみんなの事まだ知らないから、もっと詳しくなろうかと」
「みんなじゃなくて、カエル野郎のことばっかじゃねえか。なら、俺の話はどうだ? 俺のおふくろホステスやっててよ、親父は有名な財閥跡取りの金持ち。よく知らねえけど。だって、ちゃんと結婚してできた子供じゃねえから」
出た言葉に驚くあたし。コーキ君は愛人の子として、生まれたってこと?
「へ、へえ、そうなんだ……あたしもね、実はホントの父親って会ったことないの。コーキ君とおんなじで、片親です」
「お前ーーそうだったのか、ワリい。だから、たまに暗い顔してんだな。俺と同じで」
不良の人ってそういうトコ、鋭かったりする。動物的嗅覚ってやつですかね。コーキ君のファーストフードのポテトみたいな金髪を見て、あたしは勝手に納得した。
「ま、影が濃い方が光もまた増すってことだね。いい女には色々あるの」
「んなこと言って、恥ずかしくねえか?」
「……少し」
「なら言うな! お前、自分のオヤジに一回も会ったことないのか」
「そうだよ。そのあと結婚した人が、いまのあたしの父親ーー義父ってこと」
「だったら俺の方が恵まれてるか。親父にガキの頃、遊んでもらったコトもあったしな。今思えば楽しかったぜ。中学に入ってからは当たり散らしたけどよ」
「そうだね、多感な時期だから難しいよね」
この前まであたしも中学生だったことを思い出し、うなずく。
「そん時、親父に『殺してやる』って言ったことあったな」
「あたしだって、コーキ君の気持ち、わかるけど……そんなことしちゃダメだよ」
「しねえよ。いや、できないだな。親父、自殺しちまったから。理由は汚職だかなんだかの責任とってとかだ。俺、頭悪いからよくわかんなかったけどよ。ま、せいせいしたぜ。金もたんまり入ってきたし」
コーキ君てば、けっこうヘビーなパンチを次々と繰り出してくるね。あたしノックアウト寸前。
それにしても何でそんな話をあたしに? 夜のドライブで変なテンションになってるせいかな。
対向車がライトアップするコーキ君の顔はセリフと違って物憂げで、お父さんのこと全然割りきれてなさそうに見えるよ。
「ねえコーキ君。ならなおさら、お金大事にしたほうがいいよ。お父さんが残してくれたタイセツなものなんだから。あんなタカリ屋さんたちに、ホイホイおごっちゃダメ」
「ははっ、アイツらがタカリ屋か、ちげえねえ……俺がもう金出さねえって言ったら、カエルもソウも離れてくんじゃねえか」
「それ本気で言ってるの? ならあたし、コーキ君の事ケイベツする」
「へっ。そりゃ困る。冗談だ」
「お金なんか介さないで二人と接してみればいいよ、怖いのかな? 三人はそんなに安っぽい繋がり?」
「どうだろうな」
「あたしたちなら大丈夫。くだらない賭けなんかしなくたって、やっていける。わかる。あたし人を見る目あるもん」
出会ったばっかりなのに何かっこつけてんだろ、あたしってば。恥ずかしいなあ。コーキ君と同じく変なテンションだ。夜の魔物のせいにしようっと。
「お前、あつ苦しい女だな」
「……そんなことないです。あたしはクールビューティーなんです」
視線は前方のまま、コーキ君が変な顔する。失礼な。
「あ、オゴリなしになったらソウ君はどうだろ。あの人ケチっぽいし……もしいなくなっても、あたしベースやるから安心して」
車の中にコーキ君の笑いがこだました。それは、テノールでオトナらしい男の人の声だった。
車内は温まったけど、カーナビが目的地への到着を知らせる。すこし名残惜しい。
「ついたぞ」停車しようとするコーキ君に声かけて、あたしは道路の方を指さす。
「ごめん、もう少し先でお願いします」
「あ? わかった」
そのまま車を走らせてもらうと、真っ暗な小道の先に幽霊屋敷のような佇まいのアパートが。夜と溶け合って、黒一色に染まったオンボロ我が家だ。
「これ、あたしの住んでるとこ」
「なるほど。こりゃ……結構な年代モンだ。よく住めんな、こんなとこ」
「住めば都っていうでしょ? こんなとこでも、あたしは大好き」
「セキュリティとかダイジョブか?」
「いざとなったら大声出すから大丈夫」
「なんかあったら俺にすぐ連絡しろ、いつでも来るぞ」
「あはは、ありがとう。コーキ君って優しいね、女の子誘う時もそうやって落とすの?」
「いや、こんなアパートに女一人じゃ、さすがに心配するだろ」
コーキ君はあくまで真剣な顔で言う。あ、この人は大人の男性なんだ。いまさら意識しちゃう。
「……あたしね、最初はコーキ君にここを見せたくなくて、ちょっと手前で降ろしてもらおうとしたんだ。いくら好きでもボロはボロだから。でも、さっき昔話を聞かせてくれたお礼です。あたしも隠さない。今日はありがとうございました」
「けっ。ガキらしくて、ショージキだな」
「あたし子供じゃないし。……ねえ『センパイ』うち寄って、お茶、してく?」
「ああ? ……バカ。冗談でもやめとけ」
「え? カラオケで助けてくれた時に、あたしのこと『俺の女』って言ってました……よね?」
「ありゃあれだ、コトバのあやだ」
「あはは、残念です。ねえ、いまのあたし、少しはオトナっぽかったかな。オンナ感じた?」
「……どーだかな。ガキはとっとと寝ろ」
あたしが降りて車がゆっくり走り去っていく。ブレーキランプでサインしてくるかなと思ったけど、なんもなかった。なんかあるでしょ『ア・イ・シ・テ・ヌ』とかさ~。
もしコーキ君が「寄ってく」って言ったらどうしたろ、あたし。そんな事を考えながらアパートの急な階段をギシギシ音を立てないように、そろりと登る。うわっ、手すりが冷え切ってて氷みたい。
帰った部屋の中も外と地続きな氷の世界だった。それなのに、あたしの頭は季節外れのカイロのようにポカポカしてて、ちっとも寒くなかった。




