なんにもないか①
バンド名を決めてからほんの少しの練習というか生バンドのカラオケもどき(贅沢)をしたら、外は暗くなっていた。まだ歌いたいなと考えながら帰り支度をしてると、
「おう、今日はひとり飯か?」と、コーキ君が聞いてくる。
「うん。あたし外食するほど余裕ないから。今日はっていうか、大体、家で一人ご飯」
「なら俺と一緒にメシ行くか? 車もあるしよ」
「え、でもあたしお金が」
「おごりに決まってんだろ。昨日も割り勘だったからな」
「やったぜ、コーキちゃん愛してる。じゃ焼肉な。腹減った~。ソウちゃんも行くよな?」
「タダなら断る理由ないからね」
そんなの悪いよと断ろうとしたら、後ろからリュウ君とソウ君が口をはさんできた。おごられる気、まんまんですか。
「お前ら……しょうがねえ。新人歓迎ってことで、全員で行くか」
コーキ君ってばあたしと二人で行くつもりだったのかな。ひょっとしたら、デートに誘われてた? そんなこと思った自分が恥ずかしくて、頬の内側を噛む。うぬぼれんな、自意識過剰のポエマーめ。
コーキ君がスマホを取り出して、どこかのお店に連絡してる。歓迎してくれるのは嬉しいけど、あんまり高いお店じゃなくていいよ。そんなこと言い出せないまま、予約ができたと言うコーキ君。それ聞いて、他二人は雄たけびをあげ、あたしも楽しみと言う。……どうか、ブサイク笑顔になってませんように。
コーキ君の車で焼肉屋さんに行き、みんなで食事をした。そして、帰りも送ってもらう。リュウ君とソウ君を駅前で降ろして、運転するコーキ君と助手席のあたし、二人きりになる。
カーナビであたしのアパートの住所をセットして向かってもらう。正確にはアパート近くまで、だけど。
車内には芳香剤がセットされていて、服にまとわりついた焼肉の不快なニオイもいくらか打ち消してくれてる。あたしが座ってる本革のシートも肌触りがよくクッションがきいてて快適だ。ハンドル左だし。この車、間違いなくお高いですな。
「ごちそうになって、送り迎えまでしてもらって、コーキ君ありがとう。なんだっけこの車のメーカー、『アルファ米』だっけ?」
「……まあ、そんなとこだ。オゴリつったんだから、いいってことよ。つーか、あの二人は食べすぎだろ。礼もいわねえし」
「すごかったよね。リュウ君はわかるけど、ソウ君も結構食べるんだね」
「まあ、気持ちのいい食いっぷりではあったけどよ。俺あんまり食えねえから」
「コーキ君、身長の割には細身だもんね」
「おう繊細なんだよ、これでも」
「それ、意味違うけど」
「へっ、やっと笑ったか」
……「やっと」ね、さっき食事してる時も会話しながら笑ってたけど。変だったかな?
「肉はイヤだったか?」
「ううん、好きだよ。あんなにおいしいお肉初めて食べた」
「の割には、食ってなかったな」
「……だって、高いお店だって思ったから」
「気にしなくていんだよ。俺がおごるっていったんだからよ」
「でも申し訳なくて」
「その結果が一人でサラダ三個か。あれも高かったけどな」
そっか。あたし、気を使ってサラダばっかり食べたけど、高いお店は何でも高いか。
「お金平気なの?」
「俺の家、金あるから気にすんな。むしろ、じゃんじゃん使ってくれてかまねえ。あくどいことやって稼いだ金だからよ。しせーに還元せにゃいかんってな」
「コーキ君けっこう潔癖症なんだね」
「あ?」
「親がお金持ってるからって、他人に引け目感じなくていいんだよ」
「……昔、どっかの女に同じようなこと言われたな」
「へえ、彼女さん?」
「ちげえ、行きずりの女だ」
そうつぶやいて、コーキ君の堀が深い顔に、深いしわが寄った。ふーん、けっこうモテるんですかな。まあ、ソウ君とは真逆のタイプだけど、女の人には困らなそうだもんね。
「異性の人の言葉ってなんか記憶に残るよね。さっきの言葉ってね、あたし中学の時、同級生に言われたの。いまだに覚えてるんだ」
「なんだ、お前の男か」
「違う——」
しゃべってる途中で車が急ブレーキをかけて、シートベルトが肩に食い込んだ。コーキ君がクラクションを鳴らし、フロントガラスいっぱいにトラック後部が映ってる。割込みですか、メイワクな運転ですこと。
コーキ君は機嫌を悪くしたのか、舌打ちして前方を睨みつけた。あたしは彼の心情を察して黙る。沈黙と、芳香剤の香りだけがあたしたちの間を埋める。
「だっくしょお!!」
ふいにコーキ君が変なくしゃみをして、車内の無音が吹き飛ばされた。コーキ君って、くしゃみすら、べらんめえ口調ですね。『俺っち江戸っ子でぇっ!』ってか。
「ちっ……ティッシュとってくれねえか。ダッシュボードの中だ」
あたしは彼に言われた通りにボードに手をかける。すると、コーキ君が「やっぱいい」と言うのと同時に、ボード中身が飛び出してきてあたしの足元に散らばった。どんだけ詰め込んでるんですか。
落っこちてきたものを拾い上げると、その中にひときわ目立つ白いものが。なんと、いやらしいDVDだった(なんか表紙の女の人があたしに似てる気がする)。
ティッシュといかがわしいDVD――あたしの脳内がそれでいっぱいになる。すっごい欲望に正直な組み合わせだ。やばい、笑っちゃいそう。
「おい、勘違いすんな。それ、ソウに借りたやつだからな」
それ聞いて、あたしのお腹がよじれる。コーキ君なに照れてるんだか。共犯にされたソウ君もとばっちりだね。まったく、しょうがない先輩の小っちゃいプライドです。
「はいはい、二人ともエッチなのはわかったから、いいわけしない」
「いや、ソレはちげえんだ。おい、カン違いすんな」
「これくらい男の人ならみんな見てるでしょ。慌てないで平気。あたし、もっととんでもないのが出てくるかと思ったし、かわいいもんです」
「……とんでもないもんってなんだよ!?」
「もっと実用的なやつ。アダルティなトイとか、家族計画くんとか? 後ろのシートも倒せば、二人で横になれそうだし?」
「お前、意味わかってんだよな」
「どうでしょうね、ヒ・ミ・ツ。それにしても、コーキ君もソウ君も女の人に不自由してなそうだから、そんなDVDなんて必要ないんじゃ?」
「いやだから、それはソウが勝手に置いていっただけなんだ……」
「ふーん。ソウ君が、ですか。あたし所有者なんか聞いてませんけど。どちらかというと、リュウ君の方がいっぱい持ってそうだけどね。偏見かな」
「そういや、あのカエル野郎とは女の話しねえな。あいつ、女嫌いっぽくてよ。いや、縁がねえだけか」
あ、なんかそんな気がする。だってリュウ君、女の人とか興味なさそうだもん(ピアニストのスパルタお母さんのせいかな?)。よし、本人もいないことだし、色々コーキ君に質問しちゃおっと。
リュウ君とコーキ君の馴れ初めを聞く。入学当初からド不良だったコーキ君が、他校の不良から絡まれてる時に助けてくれたのがリュウ君だったらしい。ふーん、男同士の友情か。
「そしたらその後にアイツがよ、見返りにバンド入れとか言い出しやがった。『オレがギター。お前ドラムな』ってな」
いつの間にか目を緩めて、思い出を懐かしむように語るコーキ君。
「俺、ドラムなんか全然したことなかったのによ。しつこいから『殴るぞ』って言ったら、『指は勘弁してケロ』とか言いやがった。そんときゃ呆れたぜ、アイツの音楽バカっぷりに。んとにアイツは……変わらねえな。で次の日に、マツさんのとこ行ってすぐ入部して、ハゲ松直伝のドラム猛特訓だ。結構きつかったぜ、俺バカだし。けど弦楽器じゃなくてよかったかもな。チマチマやんのは性に合わねえし。あれから四年か……はえーな時間たつの」
そういえば松田先生、学生時代はドラムやってたって言ってた。授業でもドラムの配置関係を三角関数に例えてたし(けっこうわかりやすかった)。バンド経験者なら顧問をやっているのも納得だ。
いや、こんな個性的な人たちの相手をするなら、そもそも松田先生ぐらいじゃないとダメか。
「なに笑ってんだよ」
コーキ君に言われて気づいたけど、窓に反射するあたしはニヤニヤして気持ち悪かった。




