美しき名②
あたしとリュウ君で職員室前で立つ。……職員室って、入るの緊張する。怒られるわけでもないのに、独特の雰囲気あるから気後れしちゃう。
でも、リュウ君は迷いなくドアを開けた。さすが高校五年生。そのまま、松田先生の机まで歩いていく彼を、あたしは追っかける。
松田先生のデスクには沢山の資料があるのに、キレイに整頓されてた。性格出ますね。
その向かい席には高橋先生がいて、机は大量のプリントやらなんやらで埋め尽くされてる。うん、性格出てる、出てる。当の本人はメガネをおでこにかけて、スマホに釘付けだ。机の片付けしてからにしろ、ズボラ女。
あたしたちに気づいたスキンヘッドの松田先生がこっちに豪快な笑みを向けた。
「どうした、伊沢。めずらしく真剣な顔してるな」
「松本~、聞いてくれよ。この子が……一年生の剣崎さんが、うちに入りたいってさ」
「「えっ!?」」
松田先生(リュウ君また松本って言ってるし)と、向かい席の高橋先生が立ち上がって、同時に声を上げてあたしを見る。数舜ののち、おふたがたとも、
「「女子軽音部じゃなくて!?」」と言った。またもや、かぶる二人のセリフ。いきぴったりですね。
「うぞぉ、けんじゃぎぃ、どうじぃでぇなにょお!? アダジィ、じんじでぇだのにぃ!」
最愛の恋人と親友の浮気が発覚したかのような大げさなリアクションで、高橋先生は机に頭からダイブし、プリント舞い上がる。それを見て松田先生がため息ついた。
「……剣崎は本気で入部するつもりか」
「はい。マネージャーじゃなくて、部員として、です」
「重音楽部同好会に、だよな」
「そうです」
「おい伊沢。お前なにかこの子の弱みでも握ってんのか」
「松本ぉ、そんなわけねえだろ。剣崎さんが自分で言ってきたんだよぉ~」
「おう、そうか……ふむ」
松田先生、すっごい考え込んでます。そんなに悩むと、毛に悪いですよ。一本もないけど。あたしは入部届を松田先生に差し出す。
それを受け取った松田先生は、
「了承した。これで剣崎が入って重音学部は正式な部活動扱いになる。それで重要なポイントは、全国大会にエントリーできるってことだ」
「はい、あたし頑張ります。よろしくお願いします、松田先生」
「うむ、よろしくな剣崎。これからこいつらの面倒、見てやってくれ」
「いやいや松本よ、面倒みるのはこっちだってば」
「剣崎のほうがよっぽどしっかりしてるだろうが。いいかげん顧問の名前くらい覚えろ」
松田先生とリュウ君。きっと高校五年間(?)の中で打ち解けていったんだね。あたしもみんなとそうなれればいいな。茶化しあう二人を見ながらそう思う。
「くっそお、女子軽音部はどうすれば……いまや、同好会か情けねえ、不甲斐ねえ」
高橋先生は紙の海でおぼれながら、ブツブツ独り言とむせび泣き。またまたぁ~、大げさな演技しちゃってぇ~。大根役者さんですねぇ~。
……え、ガチだ。三十路女がガチ泣きしてる。なんか……ゴメンナサイ。
「まあまあ、泣くなよタカさん。今年はオレたち重音楽部が全国優勝してやるからさ」
「伊沢ぁ、てめぇ! 去年、現国の単位お情けでくれてやった恩も忘れやがってぇ」
「いいじゃん、女子軽は毎年大会出てんだし。オレとコーキちゃんの高校最後の思い出にさあ~。そっちは地元のしょぼい大会出れば? 参加賞で鉛筆もらえるよ」
「やかましゃあ! お前と瀬名で勝手に重音部設立したんだろ。うちの女子軽音は伝統があるんだよぉ。なあ剣崎ぃ~、入るよなぁ、女子軽音に。な?」
あうう、すごい圧力(ヨダレと泪と女と汗)だ。
いや、高橋先生に負けちゃダメ。あたしは毅然とした態度で、
「あたし、重音部に入ります。全国目指します」と、宣言する。
「おぎぎ、お前ら今日から覚悟しとけよ、手始めに現国のテストを超絶高難易度に……」
「高橋先生! 公私混同が過ぎますな」
「はい、すいませんです。くっせ毛ブラザーズさんとタコ入道さん」
「コラァッ! 高橋ぃ!」
「やっ」と、叫んでからプリントの雲海に飛び込んで動かなくなった高橋先生。コドモが過ぎますね。
それと『くせっ毛ブラザーズ』って、あたしとリュウ君のことですか?
たしかに髪質は似てるけど、リュウ君と兄妹って……あたしも「やっ」です。
騒然とする職員室を後にして、あたしは部室にカエル男とカエルっす。
入部届を出して部室に戻ってくると、ソウ君とコーキ君が、うんうんうなってた。
「どうしたの?」
「愛ちゃんが入って同好会から部活動になったわけだし、バンド名を決めたいと思って」
「なかなか決まんねえな」
ホワイトボードには色々な名前が書きなぐられていた。汚すぎてほとんど読めないけど。
「おいおい、部長を置いてきぼりですか、キミたち」
「リュウがいないうちに決めたかったんだけど。しょうがない、みんなで考えよう」
よーし、部活動らしくなってきた。あたしワクワク。
「じゃあボクから。やっぱ愛ちゃんの名前からとって——」
お、あたしがモチーフとな。いいセンスを期待してるよ、イケメン王子。
「愛・ディストーション」
無いです。イケメン王子、無い。目線だけで否定する。
「ダセえよな? パンク楽曲メインのバンドっつーことで、パンクズでどうよ」
あなたがダサいです金髪ヤンキーさん。ただのクズ案です。却下。
「キミタチ……新入部員をフィーチャーか。じゃ、オレはアグリィスマイルガールに一票」
イエス、アイム・ソー・アグリィ(醜い笑顔のオンナノコ)。いや、アングリーです。あたし許さないぞ、アグリィフロッグマンめ。そんなの却下ぁ!
「え。さっきのダメなの? ……ボクとりあえずパス」
パスとかありですか。顔に免じて三回までね、プリンス。
「XXJAPAN」
大御所からパクるな、チンピラァ! ムチ打ちになってろ。却下。
「フル……メタル……ジャケット(完全被甲弾)」
にたにた笑いながら言うな微笑み小デブガエル。校庭走ってこい。却下。
「……アオイ・キサラギ」
一回パスして自分の名前とは。ソウ君、ソロデビュー目指してんの? 却下。
「JAPAN・X」
コーキ君、だからパクりですそれ。却下。
「ドラゴン&ウォーリアーズ」
リュウ君だけにドラゴン? ゲームのタイトルみたい。却下。
「うんと、えっと、ギターヒーローズ」
ソウ君はベースじゃん。ギター一人しかいないし、このバンド。却下。
「X・JAPAN・X」
はさんでもダメ。そろそろ入院するか、バカ金髪。却下。
「ドラゴン&ウォーリアーズ2 ~神々の秘宝~」
続編作るな。リュウ君は竜也だけど、ドラゴンじゃなくてカエル。却下。
「ロ……ロックンロール!」
イェー、ベイビー、カモンカモン! ソウ君、意味わかんないです。却下。
「XXX」
はさまれてジャパンが裏返っちゃった。オセロか。却下。
「ZZZ……おやすみ~」
終わらせようとするな。カエル死すべし。却下。
「……パスします」
ソウ君お手付きにリーチ。衝撃の罰ゲームの内容やいかに!?
「ならパンクの名曲から取ってよ『ドブネズミ』はどうだ」
「う~つく~しく~なり~てえ~な~」ってか? このバンドにピッタリかもね、あたしがいない時の。かわいくないので、却下。
「引用か——なら『ゴミ箱の花』は?」
言い方変えてもゴミはゴミ。却下。
「……」
あれ、ソウ君出てこない。罰ゲーム決定か?
「みんな、ちょっと待って」
うんうん。鼻フックか、乳首洗濯バサミか、あ、ヌードデッサンもいいね。和泉ちゃん呼んだげよ。
「さっきから発言しないで、目線で否定するだけの人がいるんだけど」
ソウ君に気づかれた、まずい。
「そりゃ、よくねえな。新人さんよ」
「さぞかしいい案が出るんだろ、ケンちゃんは。とびっきりのヤツがね」
さあ困ったぞ、あたし。ひねり出せえ、全脳細胞を活性化させてえ。あ、さっきリュウ君が、花がナントカとか言ってた。
「…………タンポポ」
「「却下」」
ソウ君とコーキ君が即座に否定。あたし今すぐ消えていなくなりたい。人の否定ばっかりしてすいません。反省してます。でも、好きなんですよ、タンポポ。
「じゃあ、英語にしてダンデライオンなら?」
リュウ君が助け船を出してくれる。フォローあざます、部長殿。
「まあそれならいいよ」
ソウ君がしぶしぶ言う。文句あるなら代わりを持ってこい、センス皆無王子。
「ドブネズミよりはライオンのが、強そうだな」
コーキ君はよくわかってなさそうだ。面白いからそのままにしておこっと。
「じゃあ、ダンデライオンに決定だ」
リュウ君が一本締めして、バンド名が決まった。それでいいのかな? 部長が言うならいっか。原案あたし、やったね。
バンドにありがち(?)な、方向性の違いとかで早々と解散にならなくてよかった。音楽性とかじゃなくて、名前の不一致で解散とか……ある意味、あたしたちらしいけど。




