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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#5 美しき名
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美しき名①

 

 朝、目が覚めると、昨日の雨とは打って変わり晴天だった。さわやかな気分で布団から出る。日課の笑顔練習をしようとして手鏡を立てると、ほっぺに痛みが……昨日の大笑いのせいで普段使ってないとこが筋肉痛みたい。カラオケ楽しかったもんな。ホントの意味で久しぶりに笑った気がする。

今日の練習はいいや。手鏡をたたんで、登校の準備しよっと。


 外に出たらなんと、隣のおばあちゃんがいた。挨拶したら、昨日のマッサージのお礼ということで、お饅頭をくれた。やった、あたし和菓子好きなんだ。受け取ってお礼を言う。

 へえ、ヨネっていうんだおばあちゃんの名前。古風ですねぇ。

「あたし、愛です。剣崎愛」と、あたしも名乗る。


 名前の通り愛らしいって? なんか褒められちゃった。またまた嬉しくなる。

「じゃ、学校行ってきます。お饅頭ありがとう。ヨネさん」

 小さく手を振るヨネさんにお辞儀をして別れた。今度また夕飯大目に作って、持っていってあげよっと。



 もらったお饅頭を食べながら校舎前坂道を登っていく。はしたないかも知れないけど、誰が見ているわけでもないしいっか。

 すると爆音が後ろから聞こえて驚き、背を正す。お饅頭をのどに詰まらせそうになって……何とか飲み込めた。振り向くと、やっぱコーキ君の車だ。朝からやかましいな。メイワクセンバンです。

 その車があたしの横を通り過ぎる瞬間、鞄ではねる水から身を守るフリする。あ、クラクションならして、少し先で車が止まった。


「おう、今日は濡れなかったな」

「おあいにく様。パンクもう直ったんだ」

「昨日の夜中のうちに取り行ってきた。ちゃんと入部届け持ってきたか?」

「大丈夫。あたしはおたくの部長さんと違って、ハンコの場所わかってますんで」

「そりゃちげえねえ。でもお前にとっても部長になるんだぞ」

「そっか……重音部入るの、やっぱ考え直す」

 そういって二人で笑った。



 教室で朝のホームルームが終わり、毎朝恒例の高橋先生勧誘タイムが始まると思いきや、彼女は近づいてこなかった。松田先生のお灸のおかげですかね。あれれ、すこし残念な気分のあたしがいる。


「先生、愛ちゃんの女子軽音勧誘、あきらめたんですか?」

 和泉ちゃんがよけいなことをほざく。やめろ、納豆大名。


「あん? 剣崎さんはバイトで忙しいらしいからな。それに、無理強いしても続かないだろ」

「そうですか。よかったね、愛ちゃん」

「えへへ」と、生返事しつつ高橋先生への罪悪感が芽生える。もし重音部入ったら、どの面下げて学校生活送ればいいのか。


「あ、そうだ高橋先生。だったらわたしが漫研と掛け持ちで女子軽音入りましょうか?」

「式部~、残念ながら部活動の兼任はできねえんだよ。そもそも、桜ヶ丘高校・女子軽音部は美人限定だかんな」

「へえ~、高橋先生どういう意味ですか?」

 和泉ちゃんの細い目が、キラリと光る。


「おうっ!? もちろん式部先生みたいな極上・美人が入ると、バランスが保てなくなるってことっすよ~。女の嫉妬って怖いですから。な、剣崎ぃ?」

「えっ!? そうそう、そうだよ和泉ちゃん。なにごともバランスだよ、うんうん」

「ふーん。わかった、なっとくです!」

 よし、和泉ちゃんが納得してくれたならオールオッケーだ。さあ、授業の準備っと。それにしても高橋先生のアホめ、いきなりあたしに話振るんじゃねーよ。



 退屈な授業も終わり放課後になった。赤いおでこの和泉ちゃんが話しかけてくる。


「愛ちゃん、わたし漫研ないからさ。駅前の立ち食いうどんでも食べて帰ろうよ」

 なんでそのチョイス? 心の中で突っ込みながら返事をする。


「ごめん和泉ちゃん。あたし、今日は用事が……」

「あっ、バイトか」

「いや、実は部活に入ろうと思って」

「そうなんだ、愛ちゃんも青春に目覚めたと。で、何部なの?」

「えっとお、……重音楽部なんですけどぉ」

 その単語を聞いた瞬間、朝と同じく細い目を光らせる和泉ちゃん。ビーム出せそう。


「何? 愛ちゃんも蒼様目当て?」

 急に声が低くなった和泉ちゃん。怖え。ソウ君の名前もいつの間にかご存知ですね。


「違う、違う。そもそも恋愛禁止って言ってたし」

「ならいいけど。でも、蒼様が目的じゃないなら何でさ?」

「楽しそうだったから……でも、あたし楽器できないからマネージャーになるつもり」

「ふーん、でもマネージャーだと部員数にカウントされないから同好会のままになるよ」

「え? どういうこと」

「うちの学校、部員が四人以上で部活動扱い。三人以下だと同好会。だから高橋先生があんなに同好会が~、とか騒いでたんじゃん」

「ああ、そういえば。じゃあ、重音楽部ってのは」

「正確には重音楽部同好会だったよね」


 あたしだまされた? 行って問いただそう。和泉ちゃんと別れ、部室を目指す。




 重音楽部の部室に入ると、三人が楽器の準備をしてた。あ、新歓の時みたい。


「こんにちは」

「お、ケンちゃんか」「こんにちは、愛ちゃん」「おう」

 三人ともバラバラに返事をしてくる。


「ちゃんと入部届書いてきた?」と、リュウ君がカエル張りに大きな口を広げる。

「そのことで聞きたかったんだけど、この部って同好会なの?」

「そうだよ。でもケンちゃんが入れば部活動になって、大会にも出れる」

「あたし入るっていったけど……マネージャーのつもりだったんだよね」

「そんな勿体無い。あんなに元気に歌えるキミがマネージャーなんて」

「だって、あたしバンドの経験なんかないし。ボーカルやれってこと?」


「マネじゃ意味ねんだよ。どうせなら全国いくぞ」そういって凄むコーキ君。

「そうそう、去年なんかボクせっかく入部したのに、やった活動なんて放課後ライブと地元の大会だけだったよ。つまんない。なんか目標が欲しいよね」寂しそうに目を伏せるソウ君。

「オレから誘ったのにすまなかったね、ソウちゃん。まあ、女子にキャーキャー言われるし、悪くなかったろ?」

 確かに、女子に人気出るだろうな、ソウ君いれば。


「ケンちゃんは、いやか?」

「でも……」

 言いかけると、コーキ君がドラムを叩き始める。それに乗っかってリュウ君のギターとソウ君のベースも演奏を始める。それは、カラオケであたしが歌った曲だった。


 生バンドが目の前で演奏をしだして、その迫力にびっくりする。それと同時にあたしの体も動き出す。


「ケンちゃんのいいボーカルがあれば、いけるよ全国」

「愛ちゃんの声、聞きたいな」

「歌えよ、お前のでけー声で」

 三人がそう促して来るからあたしも負けじと、マイクなしで歌う。


 楽器に負けないように最大ボリュームで最後まで歌いきった。

「ケンちゃん最高。歌詞もしっかり覚えてるし、ちゃんとリズム隊に合わせられてる」

「そうかな、自分じゃ必死にみんなについて行ってるだけって感じ。あなたたちの演奏がよかっただけです」

「そんなことない、愛ちゃん上手だよ」

「声でけーな。俺のドラムにも負けてねえ」


 社交辞令だとわかってるけど、おだてられて嬉しくなる。こんなあたしでも必要としてくれてるんだ。やっちゃおうかなボーカル。でもな~、人前で歌うのなんて抵抗あるなあ。


「煮え切らないな、ケンちゃんは。よし、ソウちゃんカモン」と、リュウ君が発言して指パッチンした。すると、ソウ君があたしの前に立ち、じっと見つめてくる。ナニコレ。眼力半端ないっす。今日もミディアムボブの髪、セットばっちりですね。うおっ、いい匂いもする。


 イケメン王子と目線が絡み合って時間が静止……と思ってたら、急にソウ君があたしの耳元に顔を近づけて「やる?」と、ささやいた。


「はひっ! やりっ、ます……」


 あたしの返事を聞いてイケメン王子&カエルがハイタッチした。……ズルいぞ重音部。こんなんやるしかないじゃん。心臓破裂するかと思ったわ! まだいい匂いするし。


「うう……ねえ、あたしが歌ったらリュウ君とソウ君は歌わないの?」

「そんなことないよ。曲に合わせて構成は変えていく、バックコーラスも必要だし」

「ボクの歌を待ってる人もいるだろうからね」

「よかった。あたし二人の声大好きだから。もう歌ってくれないのかと思った」


 あたしは一安心し、リュウ君とソウ君は「でへへ~」とか言っててキモイ。あれれ、さっきの美形王子どこいった? 行方不明です。


「俺は?」


 遅れてコーキ君が聞いてきたけど無視。あなたはドラム専任でおなしゃす。


「じゃあ、あたしボーカルやる。……違うね、やらせてください。いろいろ教えてね」

「最初からそのつもりだよ。じゃ、松本に相談しに行くか」

「「「だから、松田」」」


 リュウ君へのツッコミが、あたしとソウ君とコーキ君、三人でハモった。あはは、タイミングばっちりだね。

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