愛にバクダン①
「キャッチーでメロウな曲って、イントロから違うんすよ。ま、俺らの歌のことだけど」
昨夜、音楽番組でバンドボーカルがそんなことを豪語し、歌詞の出だしを間違えてて、あたしは久しぶりに笑った。
う、今も思い出し笑いしそう。机に顔伏せよ。
「立つ日がいつか、『音』になるんだぜ!」なんて、最後にも叫んでた。ぷふっ。バカだ。カッコついてないし。ダサし。仕方ないからCD買ってあげようかな、歌はよかったから。
視界が暗闇に覆われ、クラスメート達の話だけが聞こえる。それはまるで、隣り同士で互いの葉を重ね合わせ音を奏でる木々のよう。あたしはその未熟で力強さに満ち満ちた若木たちの合奏を聞き、春の温かさを全身に感じた。眠気もセットです。
きっとどの木もいつか、花を咲かし、実を結ぶ。美しくなくても、大きくなくとも、一人一人のかけがえのないものを、それぞれの幹から伸びたその枝々にたくさん。
そんな夢想して、あたしって詩人になれそうと思った。ついでに自分のキャッチフレーズも考えちゃうか。
『二十一世紀と同時に生を受けた、最(強&高)のポエマー。時代はお前を待っていた——いや、おまえが時代だ!』っしゃあ。人生って無限の可能性だ。あたしってコピーライターもいけるな。広告代理店(?)に入って、イケメンはべらせようっと。
そこまで考えて途端に冷めた。まったくうぬぼれも甚だしい。あたしがなれるのはせいぜい枯れ木くらいなもんだ。この教室にいる若木の中でたった一本の枯れ木。うん、お似合いだ。職業じゃないけど。
どっか、枯れ木に手を差し伸べてくれる優しい花咲かじいさんはいませんかね? お願いしますよ。入学したばかりの高校生ですよ、あたしは。
「おい、剣崎」
喧騒が止み、誰かがあたしを呼んでる。ひょっとしておじいさんかな。いや、どう聞いても女の人の声だ。声質からして三十は過ぎてると予想。あと酒やけのようにしゃがれてドスが効いている。飲みすぎ注意ですよ、おばあさんや。
「おい、コラ! ケン、ケンちゃん!」
うるさいしなれなれしいですよ、おばあさん。寝かせてよ、もう少し。あと五分プリーズ。
「愛~! 剣崎愛!」
おっ、ついにあたしのフルネームだ。無視するけど。
「愛を取り戻す!」
謎の宣告と共に、あたしの頭に衝撃がきた。いってえ……なんだなんだ。
「起きたな、剣崎ちゃん。おはよう」
「あ、おはようございます。高橋先生」
赤いジャージに身を包みメガネをかけた、我がクラス一年B組の担任、高橋先生があたしの机の前で仁王立ちしている。修学旅行でいく大きなお寺とかの像にまぎれてても、違和感なさそう。でも、あたしと同じくらいの身長しかないから隠れて見えなくなるな、きっと。
この人は、このご時世にびっくりなくらいの暴力教師で、その威圧感にてクラスを支配している。その力の象徴たる竹刀を手に持ちバシバシと音を立て、いまもあたしを見下ろす。先ほどにきた痛みもこれによるものだろう。たんこぶ出来たかもしれない。
「ずいぶんキモチよさそうに寝てたな。アタシの教員人生の中で、朝のショートホームルームで寝たことあるヤツって、たぶんお前が初だ。おめでとう」
「すいません、昨日のバイトがハードで」
「お、苦学生か。先生見直しちゃうな~」
あたしの髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でてくる、赤ジャージの女。褒めるのは結構ですが、セットしたのが台無しになるのでやめてほしい。クセっ毛なんで時間かかるんすよ、あたしの毛質だと。先生のサラサラストレートな髪と違って。
ていうか頭、痛いです、やっぱタンコブ出来てるし。
それから、先生が後ろにひとまとめにしているロングヘアーから何本かはみ出た、昆虫触覚のような前髪をあたしの耳元に当て、
「でも、寝たら死ぬーーいや、殺すからな。アタシが」と、ぼそり。
なんだこの人。教育委員会にでも陳情申し立てますか。あとで電話番号控えとこうっと。そんな心を押し隠して、
「はい、二度としません。申し訳ありませんでした」ひとかけらも思ってもないことを口に出す。あたしが出来る最高の笑顔と共に。
「なんだお前、ブス笑顔だな。元は良いのに」
うるさいっ! 終始、みけんに深い渓谷が存在しているあなたよりはマシです。これでも、毎朝笑顔の練習を欠かさないようにしてるのにな。外面を取り繕うだけの、機械的な笑みではあるけども。
「そんな不細工笑顔じゃ友達もいないだろ。だれか剣崎とおトモダチになってくれるやつはおらんか~? なったら現国の単位あげちゃうぞ」
そんなんで友達出来るか! ていうか、そんな人がいたとしたら打算的態度見え見えすぎ。むしろ絶対、友達になれないです。
「はい、先生。わたしが友達です」
元気のいい返事が、静まり返ってお通夜状態の教室に流れた。今日も朝からハイテンションだな、和泉ちゃん。
「お、式部~。今日もびっくりするくらい紫式部だな」
高橋先生があたしの隣の席にいる和泉ちゃんに嬉しそうに向き直す。和泉ちゃんは人懐く甘え上手な子で、高橋先生がこのクラスで唯一、個人的に話しかける子だ。自分が担当の教室なのにすっかり畏怖の対象となった先生……自業自得ですけどね。
あたしは式部と呼ばれた和泉ちゃんを見やる。彼女は納豆のパッケージにそのまま印刷されてそうな顔をしてる。いや、味のある顔なんだこれが、納豆だけに。平安時代とかなら絶対モテモテ間違いなし。髪形もワンレン黒髪ストレートでキレイっす。
クラスで隣同士の席になったあたし達はすぐに仲良くなった。というか一方的に話しかけられただけ。ま、ほかのクラスメートよりは打ち解けてるかな。
でもその関係も、彼女の単位目当ての発言によって、今解消されました。さよなら、あたしにとってもクラスで話しかける唯一の友よ。
「そんな、わたしが式部なんて~、恥ずかしいです~。世界三大美女なんて~」
和泉ちゃん、三大美女は紫式部じゃなくて小野小町です。
「いやあ今日もお綺麗です、式部先生。アタシ、現国教師のくせして『源氏物語』一切読まないですいません。アレ長すぎて、ちょっと食指が……あらすじだけ知ってっけど。ぜひ漫画にしてください。絵がお上手な式部先生だったらベストセラー間違いなし。したら読みますので。金ないから、買うかわかんないけど」
「ええ~、じゃあ、わたし漫画家になろう」
おお、さっそく若人が己の道を見出している。やるじゃないですか、高橋先生。
「式部さん、楽しみにしてます! という訳で、剣崎の友達はゼロになったな。なんせ式部先生は大作家を目指す身になったんだ。たった今から、遊ぶ暇なし。な?」
ふむう、高橋先生め、やりおるな。この一連の流れがあたしを孤立無援にするための策略だったとは。ていうかそれを聞いた和泉ちゃんが一番ショック受けてますけど。もう、友達じゃないからいいですけども。
「あたし別に友達なんて、いらないです」
「おいおい、寂しいこと言うなよ~、若いもんがさ~。先生、悲しくなっちゃうぞ」
いいかげんにうざい、誰のせいだとお考えで? 勝手に悲しめ。
「そんな、寂しい剣崎愛ちゃんに朗報。わが桜ヶ丘高校の名門部活動『女子軽音楽部』が絶賛部員募集中だ。どうだ? 入るよな! 届出しとくぞ、顧問アタシだから」
目をキラキラさせながら『入るよな!』じゃないです。あなたが顧問なら、なおさら入部しません。否、断じて否。
「あたし楽器の経験ないので……」
「大丈夫だ、一からドラム教えてやるよ。アタシ、経験者だからな」
高橋先生がドラム経験者とは意外。ひょっとして竹刀を両手に叩いてたのかな。その姿を想像して恐れおののくあたし。やばい、攻撃力二倍です! ……くっだらない。
「おまけに、包み隠さず言うとドラム担当がいない! それどころか現在部員二人のみだ。廃部にはならんがこのままじゃ『同好会』に格下げで、部費なし! こりゃキビシー」
「あれ、さっき『名門』部活動って言ってましたよね。なぜに部員二人だけしか?」
「いろいろあったんだよ~。それにしてもヒデー話だよな。去年なんかうちの部は全国大会で五位だぞ、五位! 他の部活なんか、なんの実績も無いくせにたんまり部費貰いやがって。もうすこし便宜を図ってくれてもいいよな~。くそ教頭が」
おいおい、教師が教頭に向けて『くそ』はないだろ。ま、とりあえずチクリネタゲット。
「大変なんですね、先生たちも」
「お、剣崎ぃ~、わかってくれたか。なら入るよな、女子軽音」
しつこい。そんなんじゃ誰も入りませんよ。逆効果、間違いなしです。
グダグダしていたら、チャイムが鳴り、高橋先生が我に返ったような真顔になる。
「ちっ、移動しないと……お前ら、『アレ』忘れんなよ。来週までだからな。アレだぞ、アレ!」
あれれ、そろそろお迎えですかの、おばあさんや? あたしは『例のアレ』を机から引っ張り出す。
めんどくさいことこの上なしです、この学校。なにが『部活動見学証明書』だよ。入部率が年々下がってるから、最低限五つ部活の見学に行き、そこの部長にハンコを貰う取り組みなんて……これまた逆効果じゃないかな。
地元を離れて一人暮らししたいからって、こんなレベルの低い公立高校受けるんじゃなかった。先生も最悪だし。
「提出っ! 提出っ! とっとと、提出っ! 急げよっ!」
高橋先生が竹刀をリズミカルに叩きながら、教室から出て行く。前言撤回しよう。高橋先生、あなたはあたし史上最悪の女です。誰か動画撮っといてくれませんか~?
……はあ、ため息で広げた教科書のページがくっつきそう。
お昼休みになってあたしはお弁当を食べながら、教室中にさざめく人波の音をかき分け、スピーカーから流れる音に傾聴する。それは、最近売れに売れている男性シンガーソングライターの新曲で、歌に合わせて上履きで正確にリズムを取る。
ああ、いい曲。バイト代入ったら新作アルバム買おうっと。
「今日の部活動の新入生歓迎会楽しみだね」
となりの和泉ちゃんが自分の机をあたしの机につけながら話かけてきた。至福の時間をじゃますんな、紫式部め。
「未来の大漫画家先生は修行で忙しいのでは?」イヤミたっぷりに言う、あたし。
「げ、根にもってる……あれは冗談だよ。吊し上げられてる愛ちゃんを助けるためのね」
「ふーん、どうみても単位目的じゃありませんでしたか?」
「そんなことないです」
「ジョーダンだよ、和泉ちゃん。あたしたち、ずっ友だよねぇ?」
「愛ちゃん、目が笑ってないですけど……。ところで、どの部活見学いくの? 運動系は練習に付き合わないとハンコ貰えないらしいから、文化系がねらい目らしいよ」
「うわ、めんどくさい」
「でも愛ちゃんは女子軽音入るからいいじゃん」
「入りません」
「これでも?」
すると、和泉ちゃんがスマホで『桜ヶ丘高校/女子軽音部/全国大会』というタイトルの動画を見せてくる。ほほう、様になってる。いいじゃないですか。
「たしかにステキな演奏だけど、あたしはけっこうです。それにしても、今のケータイって便利だね。こんな風になんでも見れるなんて」
「ケータイじゃなくて、スマホだよ。愛ちゃん、いつの生まれの人なの? 江戸時代ぐらい?」
「うるさい平安生まれ」
和泉ちゃんが無言で中指立てて、静かな意思表明をしてきた。でも、顔はやかましい。しかたない情報のためにこちらから折れよう。
「和泉ちゃんごめん。あたしのおかずあげるから許してよ。はい、あ~ん」
「ふむふむ……愛ちゃんの卵焼き、甘すぎぃ!」
「あたしは甘々が大好きなの。で、なにが『いいじゃん』だって?」
「部活に入部しちゃえば証明書を提出しなくて済むって、先生が配ったときに言ってたよね」
「そうだっけ。覚えてなかった~。あたしはバイトがしたいのに」
グチがでて、机にもたれかかる。おっと危ない、机から弁当箱が落ちかけた。あたしとは対照的に、和泉ちゃんは菓子パンを机に山ほど乗せて、片っ端から食べてる。あれ? 納豆じゃないのか。
「愛ちゃんって一人暮らししてて、お弁当も自分で作ってるんだっけ? 凄い」
「そう。大作家先生と違って、あたしは余裕ないの。部活もムリ」
「じゃあ愛ちゃんは帰宅部か。わたし達って灰色の高校生活だね。外はこんなに桜一面なのに」
和泉ちゃんが教室の窓から外のグランドを眺めて、ため息をつく。
この学校、『桜ヶ丘高校』で唯一よかったことは、この満開の桜の木々だ。あたしも外に目をやり、和泉ちゃんと一緒に諸行無常を噛みしめる。
「ああ~、どっかに王子様転がってねーかな! この灰を白くしてくれるような」
頭をかきむしる和泉ちゃん。なんだ男が欲しいのか。でも、転がっているような王子なんて欲しいか? いたとしても没落してるよ、そいつの国。そんな言葉を飲み込む、大人なあたし。
あ、スピーカーから流れる音楽がクラシックに切り替わった。なので、足でとってたリズムも止め。こんな古臭くてつまんないのどうでもいいし。さっきの曲をループ&ループで、おなしゃす。