二章……一年目、晩秋。
不安だらけで始まった高校生活も、もうすぐ三年目を終えようとしていた。
思えば長いようで短い――本当にそんな常套句しか思いつかない――三年間だった。
小学生の頃の記憶はない。喪失したとかではなくただ純粋に覚えていない。遊んでばかりいたような気がする。
中学に入ると勉強や部活が忙しくなりおちおち遊んでもいられなかった。一、二年の頃はまだ良かったが三年の夏休みに突入し本格的な受験勉強を周りがし始めると、別にやりたくもないのに雰囲気的に本腰入れないといけない状況になった。
そんなこんなで最初は短く、最後はエンドレスなんじゃないかと思うくらいに長い中学生活を終え、俺はこの竹泉高校に入学して来た。
地元で有数の進学校ということもあり、一般入試の倍率は結構高かった。だから、最後は必死で勉強して合格発表の日、自分の受験番号を遠目に見つけ出したその瞬間の喜びはかなりのものだった。
他者に競り勝ち、初めて経験した「合格」。それも何だかんだで三年前ということだ。
それなりに楽しかった三年間だが、今までの生活に情が移るなどということはない。
だからといっては何だが将来も大して考えず大学に進学する気も毛頭なく、ましてや就職するなんてそもそも頭に浮かんでこなかった。
「時が解決してくれるだろう」
簡単に言えばそう思っていたわけだ。
ここは降雪地域だ。秋の暮れ、夕方の学校から帰宅途中である今現在も結構寒い。コートなしでは外に出られないだろう。
両手のひらを口もとに当てながら俺が家に着く頃にはもう日が暮れ、狭い路地の街灯が白光を灯し始めていた。
その光は、ただでさえ身体中のいたる部位の悴む寒さであるこの気温を、さらに数度下回らせているようだった。
両親は昔から共働きで俺が朝起きる頃にはすでに出勤、寝た後に帰ってくるというのが、ここ数年の日常になっていた。超過労働とかそういう類ではない。ただ、いずれも勤務場所が自宅から遠く離れているだけだ。
そんなわけで、当たり前だが居間他我が家は寒い。俺はすぐにストーブの電源を入れるが、これまた残念ながらうちのストーブは忘れた頃に点くタイプだ。
いつものように作り置きしてあった夕飯を適当にレンジで温めて食べ、風呂を取ってる間に宿題を終わらせる。
本当にいつもと変わりのない、説明する必要もないような日常がこの頃は続いていた。
そう、この頃、は――
それから数日して。
それは、あまりに突然にやって来た。
「なぁ一紀」
教室でいつものように二人で弁当を食べていたとき、ふいに拓海が訊ねてきた。
「お前さ、卒業したら、どうするつもりだ?」
「そんなの、適当に就職でもするさ。もちろん入社試験に受かったらの話だが。落ちたら落ちたでまぁ就活だわな」
「本当にそう考えてんのか」
「……なんだよ急に。お前もそうする予定なんじゃないのかよ」
俺は拓海の一言で急にどこか不安感を覚えた。
コイツと俺は一体何の因縁なのか小学校六年間と中学校三年間、果てはこの高校三年間においてまでも同じクラスで過ごしてきた。
そんな中で俺達は、高校を卒業したら、目指す先こそ違えど就職しようと決めていた。
お互いにもう勉強はしたくなかったし家計にも負担がかかるからだ。
特に拓海は後者を気にしていたようだ。
拓海は幼いころに母親を病気で亡くしていた。詳しくは定かではないが、確か俺達が小三になり始めの頃の話だ。
もともと体が強い人ではなく、しばしば入退院を繰り返していた。母親の看病があることを理由に拓海が学校を休むこともあった。
良くなることもあった。
愛するただ一人の息子のために誕生日パーティを開いたり、無理にもクリスマスは家族と自宅で過ごそうとしたこともあった。
しかし、何度かそんな生活を送るうち病状は悪化、最期には病に打ち勝つことは出来なかった。
――という詳細は後に拓海から聞いた話だ。
「いや実は俺な、大学に進学しようと思ってて……」
「冗談言うな。今更何を」
俺は最初、本当に拓海のくだらない冗談だと思ってた。
しかし弁当から顔を上げると、そこにはいたって真剣な表情の拓海がいた。
「今いつだか分かって言ってんのか。もう十月入ったってのに。いやいやそう言うことじゃなくて……」
「何だ?」
「だーかーらぁ! 俺もお前も、高校卒業したら就職するんじゃなかったのかよ」
「最初はそうするつもりだったよ。でもな、」
と拓海は続ける。
「この一年過ごしてな、法学系の仕事に就くにはもう少し法律について勉強しなきゃと思ったんだよ。ほら、高校で習う程度じゃ足りないかなと思って」
「いやでもな……、第一、これから志願出すは良いとして、たかだか三カ月やそこら勉強しただけで受かる可能性があるのかよ」
そう、センターは近い。冬休みに延々とやってたって受かるかは謎だ……
「いや……結構前々から考えてはいたからそれなりに試験対策はしてたんだ。この間の三者面談で担任の先生に『もう少しやれば望みはある』って言われたから、やるだけやってみようとは思う」
拓海は深刻な面持ちで応えた。
「…………」
返す言葉が無かった。というか見当たらなかった。
ふざけ半分で言ってるのかと思ったから適当な受け答えしかしていなかったが、本当の話となると俺はかなり困る。
俺は拓海の将来を決めつけようとか何か言ったりとかいうことはするつもりではない。
ただ、偶然にせよここまでの縁、もとい腐れ縁になるとやはり何か裏切られた感がないでもない。
正直を言えば、俺は拓海に同じ道を歩んで欲しかったのだ。
「そうか」
でもここで俺が何を言おうと、何と言おうと拓海は自分の考えを変えはしないだろう。昔からそういうヤツだった。
だから俺が今言える言葉は一つしかないだろう。
「頑張れよな」
そう、それだけ。
――の、筈だった。




