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最終話

ゴールデンウイークの間、何もなかった。再び仕事が始まる。来週は、大阪に出張だ。難しい仕事のため、あまり気にする暇がないほど準備に忙殺された。

月曜から金曜まで丸々一週間滞在の大阪出張。

初日月曜の夜、彼女からメールがきていた。

『出張なんだってね。お疲れ様。返事、言うのイヤだから、ロッカーに入れておきました。戻ってきたら見て下さい』

金曜、戻ったらすぐ見に行こう、そう思って一週間仕事に集中した。特に返事はしなかった。

トラブル続きの仕事で、遅々として予定通り進まない。徹夜が続き、金曜には終わらなかった。結局帰ってきたのは日曜の最終の新幹線。疲れ果ててすぐに帰って寝てしまった。


翌月曜、会社に行くなりロッカーを開けてみた。何の変哲もない会社の封筒が一通入っていた。空いていた会議室に急いで入り、ゆっくり封を開ける。四つ折りになった紙が一枚出てきた。開いてみる。これも何の変哲もないレポート用紙。そして見覚えのあるこじんまりとした、けど丁寧な文字が目に飛び込んできた。

『今度のお休み、二人で一緒に部屋探さなきゃね。一番やりたかったことなの 名前』


しばらく何度も読み返した。意味を理解するのに時間がかかった。

(この部屋ね、とりあえずなの。早く一緒になるまでの我慢なの。だから何も置かないし、何も買わない。殺風景でしょ?)

ある時彼女は突然引っ越した。お世辞にも女性の一人暮らしに向いているとは言えず、夏暑く冬寒く、近隣の音なんかよく聞こえる部屋だった。初めて行った時、彼女はちょっと自慢げにケラケラ笑いながらそう言った。自分は苦笑いした。しかし、とりあえずのはずが、自分のせいで更新するまで住むはめになっていた。


そして、会議室を出ると、彼女の席があるフロアへと急いだ。喜びよりも、とにかく急いで会いたかった。顔を見たかった。


席に彼女はいなかった。席をはずしてるんだろうと思った。その代わり、きちんと整理された机の真ん中に、白い百合の花が花瓶に飾られていた。

(花…?)

少しうろうろして戻ってきても、まだ彼女は席にいない。近くにいた知ってる女子社員に聞いてみた。

「…さん、いる?席はずし?」

「……?」

怪訝そうにかつ沈んだ表情で自分を見たまま何も言わなかった。

「どしたの?」

「…知らないんですか?」

「何を?」

「先週のこと」

「先週?…あぁ、大阪いたから。ずっと」

「…さん、もういないんですよ」

最後の方は泣き出していた。

「…いない?…って、どういうこと?」

「昨日、……オソウシキ…だったん…ですよ」

(オソウシキ?…って何?え?お葬式?誰の?)

「誰か亡くなられたの?」

女性は泣いていた。泣いて俯いたまま彼女の机を指差した。


(…ねぇ?、私がおばあちゃんになってね、先に死んだらどうする?泣く?それとも喜ぶ?)

笑いながらイタズラ顔で聞いてきたことがあった。

(ばぁか。先に死ぬのはこっちだよ。女の方が長生きなんだぜ。そんなことあり得るワケないだろ?)

軽くゲンコツで頭を撫でた。

(そうだよね…。あなたが80で死んだら私は68。そのあと20年くらいまた独りぼっちなんだよね…。一緒なのってあと40年くらいしかないんだよね。あっという間だよね、きっと)

真顔で言った。

その彼女が、先に天に帰した。


「…火曜日、帰宅途中に、はねられたんです。トラックに。…どうしようもなかったらしくって…」女性が続けた。

メールをもらった次の日だ。二人の関係上、部署が違う以上、当たり前だが自分に連絡はこなかった。そんな時、自分は何も知らず大阪で働いていたのだ。最期に何を見たのだろうか?何を聞いたのだろうか?何を言ったのだろうか?何を思ったのだろうか?


その直後、どうしたのかは覚えてない。とりあえず上司に休むと言って会社を出た。そして彼女のアパートに向かった。

(寝坊だろ?どうせ。起こしにいかなきゃ)

チャイムを鳴らした。何の反応もない。一度も使ったことのなかった合い鍵を取り出し、鍵を開けた。手が震えていた。

「おはよ…」

けれど、何の返事もない。いつもの匂い。いつもの音。変わらぬ殺風景。洗い置きの食器もそのまま。ベッドの布団も畳まれたまま。そのままのものは全て何もかもがそのままだった。

布団を触る。温もりはなく冷たかった。殺風景だからと買った小さな観葉植物が枯れ始めていた。彼女の(セイ)を感じるものは何もなかった。そのまま一日中彼女の家にいた。彼女の帰りを待っていた。

(ただいまー)と帰って来るはずだった。そう思うのが当たり前だった。必然だった。いつも通り終電に間に合うまで部屋にいた。彼女はついに帰ってこなかった。玄関を出る。初めて鍵を自分で閉めた。ガチャッ。静かな夜に響き渡る。郵便受けが目に入った。一週間分がそのままだ。帰り道、振り返って彼女の部屋の窓を見た。

(また明日ね。バイバイ)

と笑顔で見送ってくれてる気がした。姿と声が目と耳の奥で甦った。明かりがつかない暗い窓をしばらく見つめ、最後の曲がり角を曲がった。

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