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翌朝、たっぷりと寝た私は最近慣れてきたギャーともヴェーとも表現できない鳥の鳴き声で目を覚ました。
着替えるために扉一つで繋がっている急ごしらえといった風な風呂場兼、脱衣所のある別棟に向かいそこで着替える。
歪んだガラス窓からは少し明るくなった空が見えて、薄暗い中手探りで服を着替えた。
さて、ギルさんを起こすためにも良い匂いの食事を作らなければ。
薪を使って料理をすることがこんなにも苦労するなんて多分日本で暮らしていたら知ることは無かっただろう。
歴史の授業だったか何だったか忘れたけど見覚えのある火起こし器を使って火種を作り、それから小枝に移し薪をくべる。最初全然出来なくてギルさんにお前どうやって生きてきたんだって言われた。異世界です。とか言えたら良かったんだけど、なんでだか恥ずかしく言えなかった。その後、悔しくて一日練習したらコツを掴み、あっという間に上達した。
したけど、それは火をおこす事だけで、その先には料理があった。
焦げるわ生煮えだわでまともに食べられるものを作ることすらままならない。今でもかなりの確率でちょっと失敗する。ケーキを焼くのはとろ火で良いから案外簡単だった。
朝はスープとフライパンで焼く薄いパンと決まっている。というか、練習の為に今はこの二つを作るようにしている。夜にはプラス謎肉のソテーと決めてある。
「ギルさん、ギルさん」
テーブルに朝食を用意できたら、ベッドまでギルさんを起こしに行く。
「ギルさん、朝ご飯できたよ」
大きな猫は全然起きてくれなくて、私は恐々とふっかふかの腕を揺すった。うわぁ、もふもふでぬくぬく。
「あー、朝か」
「うん、朝ですよ」
くぁ~と大きなあくびをしてキラリと牙を見せたギルさんの腕をひゃっと放す。やっぱりちょっとだけ牙には慣れないのだ。
それを誤魔化すように慌ててテーブルに向かった。
私は小さくいただきますと呟いて、ぼーっとしたまま椅子に座るギルさんと向かい合って食事をとった。
彼はふた口ほど食べてから本格的に目が覚めるらしい。
「パン焦げなくなったな」
「一週間毎日三回焼いてれば上手くもなるよ」
「それもそうか」
スイッチの入った彼は山盛りの朝食をペロリと平らげ私をじっと見つめる。
「あ、あの、何か?」
「あ?なんでもねぇよ」
じゃあ見ないでほしい。食べ辛い。
「ギ、ギルさん?」
「ミサト、ニンゲンってのはそんな食わねぇのか」
「え?」
「パン一枚とスープだけで足りるのか?」
なにやらじっと見ていると思えば食事量が気になったらしい。
「お昼も夜も食べてるし、大丈夫だよ。……え、もしかしてギルさんが大食いなだけじゃないの?」
パンを千切る手を止めて彼の方を見る。テーブルには空になった大きなスープカップと平たくてやっと両手にのるサイズのパンを6枚乗せていた大きな皿。
ギルさんは大きいから沢山食べるのかと思っていたが……。
「この里の女でも4枚は食べるぞ」
「それは」
「遠慮してんじゃねぇのか」
「いや、遠慮なんて……流石に4枚は無理かな」
あははと乾いた笑い声をあげてパンを千切る作業に戻った。
多分いつか、いや、近いうちに私も外に出るだろう。そのとき虎獣人の大きさや威圧感、それだけでは無い沢山のことに衝撃を受けるだろう。
スープもパンも全部食べた私のお腹は正しく満腹であった。
「ギルさん、今日は何をするの?」
「昨日交換してきた穀物を里の分と他にやる分に分けたりってところか」
私は食器を水甕からすくった水で洗いながら、ギルさんはその甕に共同井戸から汲んできた水を入れながら一日の予定を話す。
ちなみに私は何の予定も無い。
「あの、その作業は手伝ったり出来ない?」
「あ?なんだ急に」
「え、いや、あの、洗濯物したらもうやることなくて……」
ギルさんは水桶をゴトンと置いて、あ~なるほどなぁ。と呟いていた。これは良い返事が聞けるかもしれない。
「そりゃ一週間以上家の中は嫌になるわな」
「い、嫌なわけでは無くて!」
「分かってる、そうだな……でも足の怪我良くなってねぇーだろ」
確かに暗闇の中で犬っころにガブリとやられた上にさんざん歩いて、更には三羽かトリオに酷い目に遭った私の右足首は完治とは言えない状態だった。
「力仕事は無理でも手は動かせるから……無理、だよね」
これでも毎日毎日仕事をしていた身としては、たいして何もしない居候ってのはとても辛い。
「手伝わせんのはいいんだけどなぁ、作業場に行くのに一回外に出なきゃならねぇんだよ」
「あ……」
うっかりしていた。そうか、この家の中でするわけないよね。
「一週間か……短時間なら、まぁいいか」
「えっ?」
「里のやつに会ったらなに言われるか分かんねぇぞ。それでもいいなら付いてこいよ」
確かに近いうちに、とは思っていたが、想像以上に早く私は外に出ることになった。