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5

 薄くぼんやり開けた目に映ったのは知らない天井で、ここ何処だろうと思うとともに、たいして驚かなくなった自分にほんの少し悲しくなった。


 「起きたか」


 声がした方を見ると多分穏やかな表情の虎の顔。


 「…ギルさん」

 「ほら、これ飲め」


 ついこの間してくれたように、ギルさんは私を少し起こして歪んだグラスに入った水を飲ませてくれた。


 「ありがとうございます。あの、ここってどこですか?」


 家具の配置や何よりも空気、雰囲気がギルさんの家とは違うことを知らせていて、あまり好ましくないような気さえする。


 「ここはナグムとイグムの家だ。あー、烏と梟って方がわかるか?」


 烏と梟…それに鷹。ぼんやりとしていた頭は一気に醒めてこのベッドに寝ていたことも今触れていることも…はっきり言うと気持ち悪く感じた。


 体が震える。


 殴られたし裸にされたけど、やられた訳では無い。大丈夫、大丈夫。私ここに来てからずっとそんなもんだし、きっとこれからも酷い目に遭う。少しのことじゃ動じなくなってきたでしょ、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせてみたけど小刻みに震える握りしめた手や肩はギルさんにバレバレで己の失言に気付いた彼は額を押さえ俯き、ベッドの側に座り込んでしまった。


 「…悪かった」

 「…え?」


 鳥を思い出させたこと?それなら聞いたのは私の方で何一つ彼に非は無い。


 「なぜ謝るんですか?私は何度も助けてもらって感謝してます。本当に、本当にありがとうございました」


 ペコリと頭を下げてお礼を言っただけなのに、何故か目の前の虎は酷く不機嫌そうに鼻の頭にしわを寄せている。…まずいこと言った?


 「ニンゲンはもっと怒るべきだ」

 「え?」

 「拾っておいて捨てた俺を、石を投げられるニンゲンを助けなかった俺のことを責めて怒るべきだ」


 見てたんだ…なんか恥ずかしいような…。

 静かな部屋に彼の喉の音が響く。グルルルという威嚇のような音。これはむしろ彼が怒っているんじゃないだろうか。そして私は何故そんなこと言われたのか、さっぱり分からない。


 「無理です。本当に怒ってなんかないから。私は子供に悲鳴を上げられるような化け物なんですよ?きっと村の人たちの反応が当たり前で、こういう結果になってしまうのも…当たり前で仕方なかったんです」


 目を瞑ってこの世界に来てからたった4日間のことを思い出す。そしたら何故か体中の傷がジクジク痛み出して私はそれが不思議で静かに笑ってしまった。


 「仕方なかった?そんなに震えてんのにか?」


 一度震えだした体は止まることなく、私の思考とは裏腹に私を弱々しく見せる。震えたって仕方ないのに。


 「仕方なくねぇよ。大変な目に遭ったのは悪者がいた所為だ」

 「…悪者?」

 「ニンゲンの言ってたイセカイのカミサマ?が悪い。この世界のカミサマが悪い。そして何より中途半端に助けて放り出した俺が一番悪い」


 笑っていたはずの顔からゆっくり笑みが消えていく。


 「痛かっただろ、辛かったよな」


 勝手に出て行ったのは私で、いつだって自分で道を選んできた。だから誰も悪くないって、そう思っているのに…いつの間にか心にも沢山出来た傷口からジワジワと何かが流れ出して私はそれをもう止めることが出来なかった。


 「ふっうっっっ…」


 涙は勝手に流れてしまうけど、せめて喚かないように歯を食いしばって嗚咽を押さえ込む。


 「悪かった」


 なのにギルさんは優しくて、この行き場のない気持ちがうまく流れてしまえるように何度も何度も悪かったと繰り返す。そうしたら私はどうしようもなくなって、荒れ狂う激情を彼にぶつけた。


 「こ、こわかった!」 

 「あぁ」

 「痛くて、痛くてっ!いつまた死ぬの?って、ずっと、考えないようにしてても恐怖が染みこんできて…っ!」

 「あぁ」

 「ギ、ギルさんが優しかったからっ、この世界は大丈夫かもってっ!」

 「すまなかった」

 「石、痛かったぁ!!足もずっと痛い!!鳥なんて大嫌い!!もう、もう死ぬんだって、本当に終わりだって、思ってたっ!」

 「…ごめんな」

 「一回目の死で終わりたかったって、何度も思ったっ!」

 「…」 


 なんでもう一度生きなきゃいけなかったの、そう何度も思った。だけど私はこうやって荒々しく呼吸して、どうしようもなく喚いて、生きている。


 「ギ、ギルさんっ!」

 「…ん」

 「た、たすけてくれてっ、ありがとうっっ!!」

 「!!」


 やっぱり彼に伝えたかったのはそれで。

 ぐしゃぐしゃになった汚い泣き顔を握りしめた両手で隠すように覆う。ずっと我慢してたものが一気にあふれ流れ出て私も流れてしまいそうだ。

 きっと、だからだと思う。私も流れて本当の部分を見せれたから、こんなことを言ったんだろう。


 「ギルさんっ!!」

 「おう」

 「お、お腹空いたー!!!」


 それだけ言ってわんわん泣く私は癇癪を起こした幼児のようで、振り返ると恥ずかしくてたまらない。が、この時は本当に空腹だったんだから仕方ない。

 バッと立ち上がって「待ってろ」とだけ言い素早く何処かへ消えたギルさんを大声で泣きながら見送った。


******



 「「「すみませんでした」」」


 目の前、とは言ってもずいぶん遠い距離にいる三匹の鳥。二人は深く頭を下げて一人はふて腐れたように適当な様子だ。なんでこんな事に…。


 あの後、まさかの米を使ったお粥を出された私はまた泣きながら食べて、どうやら熱があったらしくそのまま電池が切れたように倒れ込んで丸一日寝込んだ。目が覚めてよくよく話を聞くと、助け出された後も一日眠っていたらしい。ということは、知らない間にこの世界に来て1週間経っているということだ。そして、これからどうするかを真剣に考えたら思い出したのだ。


 「ギルさん! 私の服とバッグと時計を預かってませんか?」


 今着ている服はふっくらとしたズボンに、刺繍がふんだんに施された肌にぴったりとフィットする露出の少ないアラビアンテイストのシャツだ。虎の里で見た女性たちみたいにウェストが露出していることも無いから着心地的には問題ないが唯一地球から持ち込んだ服や時計たち。そう簡単に手放したくない。


 「あー、そういや無くなってんな」

 「…どうしよう」

 「ちょっと探してくるわ。あと、アイツらに用事あるしな」


 そう言って部屋を出るギルさんの尻尾はふやふやと揺れていて、多分機嫌が良さそうに見えた。……なぜ?


 そしてバッグを持った彼と三鳥トリオがやってきて、冒頭に戻る。


 「おい、こら、ナグムはもっとしっかり謝れ。コイツのこと殴ったのお前だろ?」


 牙剝いて唸るギルさんは怖い。


 「なんで俺だけー?」


 頭の後ろで手を組んでふんぞり返る姿はとても謝っているようには見えない。烏って賢いし、案外好きだったんだけどこの烏は大嫌いだ。


 「お前長だろーが!! もちっと賢くしろ! 俺はそんな奴と取引しねぇぞ!」

 「えっ!長なの?」


 全然そうは見えない。梟や鷹の方がそれっぽい。


 「ナグム、ほら、謝って」

 「その方が懸命だな」

 「なんだよ!イグムとヤグーだって手荒いことしてたし、同調してたじゃんかー!」


 やんややんやと煩い三鳥を置いてギルさんはベッドの側までやってきた。


 「すまん、服と靴はバラしてしまったらしい。これの中に時計は入ってる」

 「そうですか…」


 さようなら2万円の礼服、さようなら2980円のパンプス。死ぬのが分かってれば買わずにカタログからもっと色々買えたのに!! バッグを握りしめて俯きそんなことを考えていた私が相当ショックを受けていると思ったらしい。彼は慰めるように「頼めばなんとかなるかもしれん」と言った。


 「どういうことですか?」

 「コイツら鳥は装飾品を作るのが得意なんだ。特に服作りを生業にして他の里と物物交換して暮らしている。バラした服を元に戻すのも出来るんじゃないか? ……なぁ、出来るだろ?」


 そう言って背後を、三鳥を睨むように彼は言った。


 「そうですねぇ、完全にっていうのは難しいかもしれませんが出来ないことではないですよ」


 梟がそう言うとすかさず烏が喚く。


 「はぁ!? あんな貴重なもんを返すのか!?」

 「お前は黙ってろ。いや、まだお前ちゃんと謝ってねぇよな?いいのか?もう穀物持ってこねぇぞ」


 何となく関係性の見えるそのやり取りはどう見ても脅しているようにしか見えない。ギルさんが悪者みたいだ…。

 烏と梟が喧嘩をはじめて、それを鷹が宥めている。……話が進まない。しかも煩い。頭に浮かんだのは夕方になると群れを成して騒ぎ出すムクドリ。


 「もういいです」


 まだ熱っぽい身体はしんどいし……本当に煩いし。


 「ニンゲン?」

 「ギルさん、謝罪はもういいです。心からじゃないと意味ないし、そもそも服をはぎ取られたり拘束されたのは…理解出来たんですけど、殴られる必要は無かったはずで…それは許すつもりはないので時間の無駄です」


 ちょっと多分、私キレてるんだと思う。


 「服もどうせこの世界じゃ馴染めないし、もう要らないです」

 「…」

 「でも着るものに困るのは嫌なので、烏さん、私の服は物物交換にしましょう」


 部屋はシンと静まりかえって、皆が次の言葉を待っているのが分かった。


 「今着てる服と似たものを5着と私の足に合う靴を一つ、これが交換条件です」


 烏は口籠もりながらもその条件を受け入れた。ギルさんを見るとニヤリと満足げに笑っていて私は間違っていなかったことを確信してニッコリ笑った。

 後で聞いたんだけど、このとき着ていた服は布を多く使うから高級品だったらしい。烏の横で引き攣った顔をしていた梟にも納得だ。

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