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 歩き始めて早々靴擦れが痛んだ私はパンプスを脱いだ。でも足元は柔らかい木の葉だけだけじゃなくて当たり前だけど枝とか杉の実みたいな小さくてトゲトゲしたものが落ちていて靴下も履いてない私の足は直ぐに根を上げた。

 何とかましにならないかと靴と靴擦れの間に適当に千切った草を詰めて歩いてみたり、やっぱり脱いでみたり色々やってみたけどたいして変わらなかった。結局草が一番ましな気がして緑の汁と血でベトベトになりながら歩き続けている。

 二ヶ月前に3800円で買ったノーブランドの時計は昼の2時を指していて、確か里を出たのは昼前だったから結構長いこと歩いているのを教えてくれる。ゆっくりしか歩けないから当たり前に他の里はまだ見つからない。

 方角が分かる時計を買っとけばよかった。そんなこと考えたけど貧乏保育士がささやかな自分への誕生日プレゼントにと普通に服屋のアクセサリーコーナーで買った時計はそんなサバイバルな機能なんてついてない。2800円のもあったけど1000円上乗せしたのはめいいっぱいの自尊心への慰めだ。

 いったい今私は何処を歩いてるのか、てんで分からない。

 

 「明るいうちに寝る場所を確保しなきゃ」


 一度痛い目も見てるし自分の出来ることも分かっている。ナイフをギルさんにあげてしまったのが少し悔やまれるが後悔しても意味がない。あと、水とか食料を少しでも分けてもらう図々しさが必要だったことも今考えても意味がない。

 寝る所を探して歩いて更に時間が経つ。ラッキーなことに小さな川を見つけたからお腹壊すとか無視して水を飲んだ。ついでに顔を洗って休憩してまた歩く。寝るなら木の上とかの方が良いんだと思う。落ちなければ死ぬ確率は低くなりそうだ。なんとか日暮れ前にギリギリ登れる太い枝が伸びている木を見つけて私はそこで夜を過ごした。


 翌朝、目が覚めた私は殆ど休めなかった脳を揺り起こすように半分転げ落ちながら木を降りた。時計は朝の6時を指している。悲しい事に短大時代から長年続いた習慣はどんなに寝不足でもこの時間に私を起こす。一晩無事に過ごせた事にホッとし、案外いけるじゃん自分、と少しの興奮で空腹を誤魔化した。

 朝日が薄く差し込む森をただ適当に歩き出す。太陽を見て大雑把な方角を確認する。間違って虎獣人の里に戻らないようにするために。

 森が明るくなり太陽が真上にのぼっても一向に里は見つからなかった。

 そもそも大して移動出来てないのかもしれない。こんなとろい歩き方じゃ餓死する方が先のような気もする。思わずため息を吐いた時だった。

 バサリ、と背後で音がして、ふわっと柔らかい風が背中に流れた髪の毛を揺らした。反射的に振り向こうとしたその前に私は酷い痛みを背中と腕に感じて地面に倒れこんだ。いや、抑えつけられた。

 心臓が痛いくらい早く鳴る。右腕を取られて地面に伏せる私は首を何とか横にして、目だけを背後に向けた。

 そこにいたのは、鷹。

 捕食者の目をした鷹の獣人だった。


 足と手を紐で縛られて担がれた私は案外近くまで来ていたらしい里に歩くことなく到着した。

 里は酷く静かで私を担いだこの鳥の足音だけが大きく聞こえる。見た感じ木造平屋建てが平地に並ぶ様子は虎獣人の里と変わらない。違いはこの静けさと獣種だけだ。肩甲骨辺りから生えている羽根が顔に当たってむず痒い。掻きたいとぼんやり思っていたら、こじんまりとした小屋の中に私は乱暴に落とされた。


 「いっっっ!!」

 「お前なんなんだ」


 痛がる私なんてガン無視で鷹はそう冷たく問う。


 「に、人間です」

 「ニンゲン?」

 「はい」


 それだけでジロリと私を頭からつま先まで見ると鷹は踵を返し外へ出て行った。一体私はどうなるんだろう。


 少し経って戻ってきた鷹の後ろには烏と梟がいた。驚いた、鳥は種類があるのか。虎は毛色の差はあったけど多分虎以外には居なかったはず。服装は絨毯に乗って空を飛ぶ、あの世界にでてくるようなアラビアンな衣装を着ている。ギルさんも似たような服を着ていたからこの世界の標準的な衣服なのかな。因みにカタログにはくすんだ麻生地のような切りっぱなしの半袖シャツに同じ色素材の長ズボンという格好だった。…随分違う。やっぱりあのカタログおかしくない?


 「なに、この生き物」

 「ニンゲンらしいぞ」

 「ニンゲン?聞いたことないな」


 横たわる私の側に来た烏が足先で私を転がした。鳩尾につま先が入って一瞬息が止まった。ちょっと、痛いよ。


 「奇妙だね」

 「鳥たちが騒いでたのはコレの所為か」

 「間違いないだろう」


 それを聞いて野鳥がこの獣人達に私の存在を知らせたことを知る。歩く手間が省けてラッキーとは思えないこの状況に心臓と胃が痛い。…扱いからしてギルさんがしてくれたような好待遇は期待しない方が良さそうだ。


 「見たことない服を着ているね」

 「そうだな、これは興味深い」

 「見たところ森には他に居なかった」

 「それならいいか」

 「うんうん、いいんじゃない」


 その会話は私をゾッとさせた。…これ、ヤバイんじゃない?

 そういう予想ってだいたいはずれない。烏は私のスーツとブラウスのボタンに手をかけた。


 「ちょっと、や、やめて下さい!」


 当たり前だけどこんな状況で大人しくできない。身を捩って抵抗したら当たり前みたいに左頬を殴られた。


 「うるさいよー」

 「おい、服に血がつくだろ」

 「抑えるか」

 「そうだね、よろしく」


 梟は紙に多分スーツの詳細を書いていて、鷹は後ろで縛られた私の腕を乱暴に掴んで立たせる。あぁ、これもう無理だ。ちょっと力を入れようもんなら更に強い力で腕をキツく締め上げられる。つま先はギリギリ地面に着く程度で踏ん張ることも出来ない。


 「なにこの丸いの、外すの面倒なんだけど」

 「なるほど、そうやって穴に通せばいいのか。紐で縛るより安定するな」

 「さっさとしてくれ」


 スーツとブラウスのボタンが外されると残るはキャミソールとブラだけだ。冷や汗が流れて震えが止まらない。


 「あ、腕の紐とってよ。服がとれない」


 烏がそう言うと鷹は固く結ばれた紐をとり服を抜き取る。


 「これもついでに全部とるか」

 「そうだね、後からしっかり調べればいいし」


 止めてとか細く言ったところで聞いてくれるはずもなくて。私はなす術なくあっという間に全裸にされた。


 「見たことない身体だな」


 服を脱がせ終わるとまた紐で手足を縛られた。後ろの鷹は相変わらずの力で私を半分宙吊りにする。隠したくても隠せない状況で梟はまじまじと私の身体を見てメモしている。


 「性別ってなんだろね」

 「雄みたいなゴツさはないな」

 「でも雌とも違う、やけに柔らかい」


 こんな屈辱は初めてだし、静かな恐怖で声が出ないのも初めてだった。段々裸の身体は冷えてきて恐怖なのか寒さなのかガクガクと大きく震えだした。


 「おい、もう終わったか?」

 「もう書いた」


 それだけ聞くと鷹は私を適当に地面に下ろした。足裏が久しぶりに地面に着いたっていうのに足はガクンと折れて後ろ手に縛られた腕は役に立たず、私は地面に強く頭を打ち付けた。


 「っっっ!!」


 痛い事ばっかりだ。服、返してもらえるかなと淡く期待したけどそんな筈もなく。それどころか時計も鞄も靴も全て剥ぎ取られてしまった。三人は何か話しながら振り向く事もなく小屋を出て行った。

 寒い、凄く寒い。どんどん暗くなっていく小屋の中で何も被せてもらえなかった私は当たり前に衰弱していって、ほんのりと死を覚悟した。

 ねぇ、この世界の神様。地球人が欲しかったんじゃないの?この扱いは酷くない? え、もしかして服だけ世界に伝えて私は用済みってこと? それはあんまりじゃない? 卑弥呼、仕事しろよ。それか1万円返して。リセットしようリセット。それで私はあの空間に戻る事なく普通に一回目の死で終わりたい。

 

 どれだけ時間が経っただろう。なんとなく眩しく感じて薄く目を開く。目の前には灯りを持った烏の顔。


 「ひっ!」

 「なに、怖がってんの?」


 当たり前じゃんか!と思考は案外しっかり働くけど喉は引きつった悲鳴をあげる以外に声も出ないし身体も動かなかった。あぁ、冷え過ぎたかな。


 「あの服さ、何処で作られたの?」

 「……」


 こんな時間に来るから襲われるのかと思えば烏はそんな事聞いてきた。この世界の雌とは様子が違うのが救いになるなんて。


 「おい、答えろよ」

 「…あ、ぁ」

 「イライラすんなぁ!」


 寒くて強張ってるだけなのに、また顔を殴られた。もう、何処が痛いかよく分からない。それより、何か布くれないかな。別に秘密にするつもり無いから暖まれば話すのに。


 「あれ?なんか冷たいねお前」


 あ、気付きました?その調子で布でも何でもいいんで何か掛けるもの下さい。


 「…おい、おーい?あれ、これ死にかけてない?」


 目の前にいた烏はもうぼやけてしか見えなくて。あ、とうとう終わりですか?と諦めかけていた。その時。


 「おい、それの持ち主が訪ねてきたぞ」


 鷹のそう言う声が聞こえて、持ち主って何よ。物扱い?あ、でも確かにこれは物扱いだ。なんてこと考えたまま目を閉じた。


 「え、持ち主?マズイな」

 「どうした」

 「なんか死にかけてるっぽい」

 


 「どけっ!!!!」



 小屋が壊れるかと思うくらいの大きな声と何かが壁か何かにぶつかる音にもう開けれないと思ってた目を何とか開けた。だってこの声聞いたことあったんだもん。


 「ニンゲン!…おい、ナグムこれどういうことだ?何で裸になってんだ」

 「イタタタ…ギルさんのだって知らなかったんだよ」


 どうやら吹っ飛ばされたのは烏で名前はナグムというらしい。いや、そんなことはどうでもいいんだけど。


 「イグムこれはまずいな」

 「あぁ、まずい。ギルさん怒らせたら里の皆が餓死するぞ。ナグム謝れ」

 「なんだよ、みんなだって賛成してたくせに」


 へぇ、梟はイグムっていうんだ。…いや、それもどうでもいい。


 「ニンゲン! おい、俺が分かるか!?」


 やっぱり私のぼやけた視界に居る人は聞き間違いでも見間違いでもなく知ってる人で。


 「おい、しっかりしろ!…ナグム!」

 「はいっっ!?」

 「里の自慢の服を持ってこい、一番暖かいやつだ」

 「え?服?」

 「ニンゲンは弱いんだよ!何で裸で放ったらかしてんだ!殺すつもりだったのか!!」

 「えぇー?裸なだけで死ぬの?」

 「さっさとしやがれ」

 「…はい」


 つい昨日別れた筈の人は刺繍の入ったベストを脱いで身体にかけて手足のロープを解いてくれた。


 「くそ、こんなんじゃ足りねぇよな。ちょっと待っとけよ、直ぐにあっためてやる」


 そう言うと彼はふわふわの毛皮で包み込むように私を抱き寄せた。あぁ、やっぱりこの人は優しい人であの日助けて貰えたのもこの人だったからなんだ。やっと私はこの世界を理解した。


 「ギ…ギ、ル、さん」

 「良かった、喋れるか? あぁ、顔にまで怪我してんじゃねぇか」


 鼻に皺を寄せて牙がむき出しになっている。怒ってくれてるのかな。ふわふわの毛皮は冷えきった身体にジンと痛むほどの暖かさだった。二度もピンチの時に助けてくれるなんて。


 「あ、あり、がとう」 


 ほとんどかすれてて聞こえないような声だったけど伝わったかな。ありがとうが聞こえてたらいいな。


 「ギルさん服持ってきましたよー」


 涙が落ちるほどの安堵に包まれて衰弱していた私はゆっくりと意識を手放した。

 ギルさんに最初に出会えたことがきっとこの世界の神様なりの贔屓だったに違いない。

 そして5000円の格安のお値段設定も納得せざるをえなかった。

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