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 眠れない…。


 獣人の彼は寝てろと言った。私の震えも止まった。でも、身体中痛くて眠れない。目をつむると痛みがジワジワ主張してくる。それに。


 「…の、喉渇いた」


 よく考えたら昨日から水分取ってない。周りを見渡しても勿論飲み物など無く、一度渇きを思い出せばそれしか考えられなくなった。


 「あ、あの…すみません」


 遠慮がちに出した声はとても小さくて聞こえそうにない。あんな態度をとった後だ、声なんて出ない。

 さっき気合いで右腕動いたよね?てことは本気出せば立てるんじゃないだろうか。そう思った私はプルプル震える脚を左、右とゆっくりとベッドから出した。膝が曲がるほど出したのに足は床に着かない。…どんだけ高いの?不安に思いながらもまだ上げていない上半身を捻りながらなんとか腕の力で持ち上げた時だった。やっぱり支えきれなかった腕はガクンと折れ、足裏に床を感じて力を入れた筈の脚は役に立たず、私の体はそのままシーツを滑り勢い良く床へと落ちていった。


 「っっ!!」


 痛い。上手く受身が取れなかった所為で思いっきり顔の左側を打った。しかも立とうと思ったら生まれたての子鹿みたいに何度も床に崩れる。


 「…ちょっと冷静になろう、私」


 これはもう立てる気がしない。

 獣人さんは近くに居ないのが今ので分かった。居たら落ちた時の音で来てくれる、と思う。自力で動けないんだから大人しくするのが一番だろう。

 あぁ、痛いところを増やしてしまった。尻餅ついたお尻も痛いし顔も痛い。足首はさることながら全身痛い。全身の痛みは、多分、筋肉痛だろう。あぁ、情けない。日頃子供達と戦っていた筋肉は役立たずだったってことか。

 頬をベタリと床につけ、横向きで膝を曲げるようにして寝そべったままこの家の主が戻ってくるのを待った。何処に行ってしまったのか、彼はなかなか戻って来なくて私は有り余る時間を一人で過ごした。

 時間があると人間色々考えてしまうもので、死ぬ前の事や滅茶苦茶な地球の神だとかこの世界の神だとか、白い空間にいた他のリッチな方達の事とか色々考えた。

 今ごろ家族はおじいちゃんが私を連れて行ったとか言って騒動になっているだろう。おじいちゃん、濡れ着ゴメンね。厳しくて口煩かった両親は、グレてさっさと結婚して出て行った姉は、少しは悲しんでくれているだろうか。あぁ、部屋に作りかけの保育園の飾りがあるんだった。明日には紫陽花とカエルにカタツムリの可愛い飾りを張り付けて、子供達がそれ見て喜んで…あぁ、子供達ショック受けないかな。先生達とお母さん達が上手く誤魔化してくれたらいいな…。


 「っふっっ…うっ」


 痛い、悲しい、辛い。思い出さなければ良かった。何とか我慢していた涙は一度溢れると止まらなかった。


****


 「なっ!!おい、大丈夫かお前」


 大きな低い声で私は瞼を開けた。いつの間にか泣いたまま寝ていたらしい。明るかった部屋は夕陽でオレンジ色に染まっている。


 「あ、」

 「おい、何があった?」


 帰ってきた彼は手に持ってた布の袋をドサリと降ろして大股で向かってきた。


 「ちょっと、持ち上げるぞ」


 疲れ果てて顔すらまともに上げられない私を軽々と持ちベッドへ戻す。ベッドは思っていたよりも高いわけじゃなかった。布団暮らしにはよく分からないけど…。でも、高さも広さも一般的な地球サイズではない気もする。

 獣人さんは薄手の羽毛布団みたいなのをふわっと掛けて、私を降ろすとすぐに離れた。その姿は優しさと人間に対する戸惑いみたいなものが感じられる。それを見たら昼間に感じた恐怖は薄らいだ。


 「一体どうしたんだ?」


 私の存在に対する質問か、落ちて泣いてドロドロだった事への質問か。おそらく後者だろう。首だけ左を向いて彼を見た。意外と表情豊からしく困っているのが分かった。


 「あ、あの」

 「?」

 「お水、貰え、ますか?」

 「…お、おぅ、待っとけ」


 訳を話すにも今は水分、水が飲みたい。喉がカラカラで上手く声も出ない。しかし、彼の様子からして私(この生き物)が水を欲しがるという事を想像していなかったように見えた。

 …よく考えたら獣人の世界に来た私って…宇宙人みたいなもん?

 思い至って衝撃。そうだよね、私宇宙人だ。…どうしよう、気持ち悪いとか思われてるかもしれない。


 「起きれ…ないか、ちょっと待てよ」

 木でできたコップ片手に戻ってくると一度テーブルに置き、私を起こしてくれた。貰った水は常温だったけど久しぶりの水は本当に美味しい。


 「すまん、喉乾いてたんだな」

 「あっ、いえ、そんな」


 バツの悪そうな顔でピンと伸びた髭を扱くようにつまみ引っ張っている。その動作が目新しくて思わずじっくり見てしまう。あ、虎の髭ってけっこう太いんだ…。


 「で、どうして落ちてたんだ?」

 「あっ、すみません。その、喉が渇いてて……起きようと思ったら落ちました」


 間抜けすぎる自分に苦笑する。


 「それは悪いことしたな。ちと食事買いに行ってたんだ。何か食うか?」


 獣人さんの思わぬ申し出に喉がなる。いや、腹がなる。ぐぅ〜とひと鳴きしたお腹に視線をやった。…そういえばぺこぺこだ。


 「…助けて貰ったうえに足首の治療に食事まで、すみません」

 「さっきから謝ってばっかだな。…気にしなくていい、勝手に助けて勝手に世話してんだ。ほら、これ食えるか?」


 獣人さんは袋から紙に包まれた物を取り出すと人間の手にも似た、けれどフサフサ縞模様の毛が生えた肉厚な手に乗せほら、と私に渡してくれる。


 「本当にありがとうございます」


 受け取って大きさに驚いた。彼が持っていた時は手のひらにギリギリ収まる程度のサイズに見えたのに、渡されたそれは両手で持たないと中身がこぼれそうなサイズだ。


 「お前、手小せぇな」


 笑う声がして見上げると虎の顔は口を少し開けて笑っていた。…やっぱり立派な牙がある。まだ慣れそうにない状況にとりあえず背を向けて手のひらのご飯に集中する。

 巻いてあった紙を少し剥がすとケバブに似たものが出てきた。白い薄皮にキャベツのような野菜、お肉はなんの肉か分からないけどトマトソースのようなものが見えて美味しそうだ。有難く頂こうと手を持ち上げようとした時だった。重大なことに気がついた。


 「どうした、食えねぇか?」

 「…ど、どうしよう」

 「?」

 「…腕が上がらないんです。た、食べたいのに食べれない」


 このケバブ重い!しかも気をつけないとベッドを汚してしまう。お腹が凄まじく減っている私は何度も上げようと挑戦したが脳からの指令を完全無視する腕は震えはしても1ミリも上がらなかった。


 「…う、っもう!」


 この世界に来てから思い通りに事が進まな過ぎて腹が立つ。しかも自分の身体でさえいう事を聞かない。まずい、また悲しくなってきた。


 「それ持てないくらい弱ってんのか…おい、ちょっと待て、何で泣いてんだ」

 「…泣いてません」

 「泣いてんじゃねぇか!まて、食わせてやるから泣くな、ほら噛み切るくらいは出来るだろ?」


 涙腺が壊れているらしい私の目は勝手にポロポロと水を落とす。彼は私の手からケバブを取ると、ずいと目の前に差し出した。驚いたけど、恥ずかしいけど私は泣きながらそれに齧りついた。


 「お、美味しいぃ…」

 「そうか、ほら」


 食べたら食べたでまた私は泣く。泣きながら咀嚼して飲み込んで泣きながら咀嚼して……同じ事を繰り返す。器用にケバブの角度を変えて食べさせてくれる彼は困った顔で笑っていた。


 「…ありがとうございました」


 半分ほど食べて満腹になり涙も止まった私は水まで飲ませてもらってお礼を言う。満たされて冷静になると恥ずかしくなったが、しっかり目を見てお礼を言わなきゃいけない。


 「…ご飯ありがとうございました。あと、助けてくれた事も、足首の治療をしてくれた事も……本当にありがとうございました」


 薄暗くなってきた部屋はシンと静まり返る。彼はゆっくりと口を開いた。


 「…ずっと気になってたんだが聞いていいか?」


 とうとう来たか。下げていた頭を上げて私は覚悟した。全部話してみよう。どうせ人間のいない世界では隠し通せない。


 「なんでも聞いてください」

 「そうか…じゃあまず、お前は何ていう生き物なんだ?言葉を話し姿もどことと無く似た生き物を俺は、いや、きっと誰も知らない」


 立ったままそう言う彼の顔は心なしか強張っているように見えた。


 「私は人間です」


 迷う事なくはっきりと言う。


 「ニンゲン?何だそれは」

 「きっとこの世界には存在していないと思います。私の前に来た人が居なければの話なんですが」


 格安だったこの世界。もしかしたら私みたいな貧乏人が選んでいる可能性もある。この異世界転移というケースが他にもあったのかは分からないけど、可能性はゼロでは無いだろう。


 「世界に存在していない?来た人が…って、待て、全然訳が分からん」


 立っていた彼は近くの椅子を引き寄せ、どかりと座るとウンウン唸って謎解きをしている。謎にするつもりは毛頭無いので、ストレートに伝えた。


 「この世界以外の場所から来ました。異世界…って言葉はこっちにもありますか?何個かこの世界みたいな場所があるそうで、見た目や文化はそれぞれなんです。その異世界の一つから来ました」

 

 彼の虎顔はポカンと口を開けて分かりやすく意味不明だと顔に書いてあった。…ですよね。私だって普通に地球に暮らしててこんな事があったら意味不明だもん。いや、地球だったら宇宙人として歴史的発見になるかもしれない。


 「その、つまり、どういう事だ?ニンゲンでイセカイから来た?」

 「はい、地球という世界で暮らしてたんですが事故で死んでしまいまして…」

 「し、死んだ?」

 「はい、一度死にました。でも神様からこの世界に転移…いや転生?私もイマイチ理解しきっていないんですけど、とにかく生き返って生前の姿と変わらない状態でこの世界に来ました」


 よく考えたらあの卑弥呼もうちょっと詳しく説明してくれても良かったんじゃない?と思う。カタログも古かったのか知らないけどこの家は載っていた写真の茅葺き屋根にスカスカの木の壁に地面に直接座る生活様式と随分違う。まだ外を見ていないけどこれで5000円って安すぎないかな。因みに通行料の話はしないでおく。今更貯金が無かった事なんて話したところで何とも思わないけど、自分の住む世界が格安だったなんて、あまり気分のいいもんじゃないだろう。


 「…まぁ、俺もそんな賢くねぇしな。何となくでいいわ。とにかくイセカイってとこから来たニンゲンっていう生き物なんだな?」

 「はい。あの、私からも一つ良いですか?」

 「なんだ?」

 「私のいた森って危険な場所ですか?この世界に来る前に安全な場所にって…条件だったのにこの有様でして」


 場合によっては不良品として返金願いたい。…出来ないだろうけど。


 「あの森か…広大な森だが里が点々とあって獣も強くねぇし、安全だと思うけどな」


 彼がさらりと言った言葉に耳を疑った。


 「う、そ。私1日歩き通したのに全然里なんてなくて…」

 「確かに広いが半日もすれば何処かに着くはずなんだが」

 「…あ、あの私の足を咥えてた獣は?」

 「あ〜あの犬っころか?夜に活動する雑魚だぞ。そもそも俺らには近づいて来ない」


 それだけ聞けば十分だった。


 本当に安全基準が果てしなく遠く違っているだけだった。

 卑弥呼、それぞれの神様に口利きしてくれるんじゃ無かったの?その上でこの有様ならこの世界の神様…あんまりじゃないか。


 「ニンゲンは弱いんだな、あんな雑魚子供でも追い払えるのに」

 「子供でも…。そうですね、ニンゲンはとてつもなく弱いようです」


 思わず遠い目をしてしまう。


 「で、これからニンゲンはどうするんだ?」

 「え?」

 「ニンゲンの持ち物はバッグとナイフと靴だけだろ?落ちてたから拾って向こうのテーブルに置いてある。それでこれからニンゲンはどうやって生きていく」

 言われてハッとした。そうだ、私これから生きていかなきゃいけない。なのに持ち物はバッグとナイフだけ。あぁ、また詰んだ。こんな事ならナイフやめて……500円で買える役に立つものあったっけ?ナイフ以外無かったような…。

 相当絶望的な顔をしていたんだろう。


 「今すぐ追い出す訳じゃねぇぞ!そんな泣きそうな顔するな」


 獣人さんから有難い言葉を頂いた。本当に助かる。今頼れるのは申し訳ない事に彼だけだ。


 「まぁ、とりあえずもう暗くなるし休め」

 「はい、ありがとうございます」

 「……ニンゲンはやたらと礼を言うんだな」


 おやすみと言うと彼は私の見えない方向に歩いて行った。部屋の隅にほんのりと明かりが灯ったのだけ確認して私はゆっくりと眠りについた。

その頃の卑弥呼

「もしもしぃ〜?どしたのぉ?…えぇ!?うそぉ〜!そんなに経ってたぁ?ウッカリしてたわねぇ!」

 それぞれの世界の神から「カタログの写真と違うと地球人たちから苦情が出ている。あれ何百年か前から更新してなかったよな」との連絡を受けていた。

 「…まぁ、いっかぁ〜皆んな無事みたいだしぃ♪」命に終わりのない神は酷く適当でズボラだった。

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