プロローグ
貯金で人生が変わるならもっと頑張って貯金したのに。いや、夢なんか捨てて就職先をもっと給料の良いとこにしたのに。地球の神様も異世界の神様も無慈悲すぎやしないだろうか。
入山美里、25歳。子供の頃からの夢を叶え、今は保育士をしている。
最近保育士の給料の問題がニュースで流れていたけど、それを深刻だと思いながらも私は鼻で笑っていた。
ど田舎の私の給料なんてそれより少ないけどね!と。
実際そこに大した不満はない、知ってて選んだから。実家は比較的街の方にあって、折り合いの悪い両親から逃げるように遠くの田舎の保育所に勤め狭いアパートに暮らしている。食費光熱費家賃に携帯代、おまけに車が無いと生活出来ないからおんぼろ中古車を所持している。これだけで残るお金は僅か。だけど最近友人が結婚したり、寿退職した先生へのプレゼントだったり送迎会だったりで私の通帳は25歳働き盛りとは思えない数字が並んでいた。
そんな時に祖父の死去。いや、冠婚葬祭というのはいつあるか分からないもので特に葬式なんて故人を責めてはいけない。でも、今まで近しい人が亡くなることが無かった私は葬儀に着れるような礼服を持っていなかった。分かってる、分かってるよ、社会人失格だ。でもおじいちゃん怒らないで…お金なさ過ぎて私まで死んじゃうかもしれない。
街の駐車場は料金が高すぎるから田舎の一日300円の激安駐車場に車を停め、1000円でお釣りのくる切符を買い、電車に乗り込み実家へと向かった。
あーまたどうせ給料のこと聞かれて馬鹿みたいだと言われて息苦しい思いをするんだろう。と、私は電車に揺られながらぼんやり考えていた。
でも、そうはならなかった。
突然想像もしていなかった重力が全身にかかる。持っていたつり革はあっけなく離され入り口のドアに思い切りぶつかった。耳をつんざくようなブレーキ音と女性の叫び声。あまりの衝撃に目を瞑っていたが、その音と気のせいでは無い体が、電車が、傾いていく感覚に私は驚き目を開けた。その目にうつったのは大きな体の男の人が私に落ちてくる景色だった。
一瞬の身を砕くような痛みと息の詰まる感覚だけを覚えて、この日入山美里は死んだ。
「というわけでぇ、脱線事故に巻き込まれってとこでぇす♡」
真っ白な空間の多分真ん中に日本人っぽい顔立ちの…歴史の本で見た卑弥呼みたいな姿格好をした人が説明する私が死んだ理由はどうやらそうらしい。いや、軽くない?
「うわーまじかよ、俺ライブ行く途中だったんだぜ?泣ける」
「私なんて新婚だったのに!!」
「年寄りだが、流石にこの死に方は嫌だねぇ」
この空間には私以外にも若い男の人一人と30代くらいの女の人に、悠長に笑ってるお爺さんが一人いた。おい、あの私に落ちてきた人いないんですけど。
ほぼほぼ死因あの人だったんじゃないの?と思ったけどこっちは死んだ身、向こうは生き地獄かもしれない。それにここで会って「あ、どうも」「すみません、不可抗力だったんです」なんて会話したくない。
「幸運なことにぃ、ここに居る皆んな悪い人間じゃなかったみたいだからぁ異世界に送り込みたいと思いまーす♡」
「はぁ!?なんだそれ!」
若い男の人が声を荒げた。
「何個かの異世界が文明的な地球人が欲しいんだってぇ〜」
え、異世界あるだけで驚きなのに何個かあるの?
「選べるから喜んでぇ♡あ、これ異世界のカタログ〜皆んな選んだら教えてねぇ♡」
卑弥呼(仮)が渡してきた薄いカタログは写真付きでそれぞれの世界が詳しく書いてある。
ふーん、魔法に剣に宇宙世界、精霊他にもまだ数個。なかなか色々なジャンルが揃っている。…ん?なにこの見たことある数字は。
「あ!重要なこと忘れてたわぁ〜!どの世界に行くにも通行料払わなきゃいけないからぁ、あなた達の生前の貯金から出せる金額の世界にしてねぇ♡」
……嘘でしょ!?!?
「あ、それなら俺魔法の世界にするわ」
まって!それ300万円ですけど!?
「…地球はないのね。じゃあ私は精霊にする」
えー!精霊も150万だよ!?
「一度宇宙見てみたかったから宇宙の世界にしようかね」
…やっぱり年寄りは金持ちなのね。1000万円也。
「決まった人はこのカタログも見てみてぇ〜。行った世界の条件とか便利グッズとか購入出来るようになってまーすぅ♡道具はこの何でも収納しちゃうポーチ1000円に入れてねぇ♡」
そこまで金とるの!?!?
皆んなが新しいカタログを手にする一方、私は世界のカタログを手に震えていた。
「あらぁ?貴女はまだ決めてないのぉ?」
卑弥呼(仮)が私に声をかけた。…や、やめて。
「時間もないから早くしなきゃーよぉ?」
皆んなが注目する中私は震えながら答えた。
「じ、獣人の世界で」
5000円也。
あぁ、なんて居心地の悪い。
明らかに年下なのに私より貯金のある男性には目を見開きガン見され、女性には信じられない…。と呟かれ、お爺さんには金やろうかと声をかけられ卑弥呼(仮)にそれはルール違反になるのぉ〜と言われ。私は羞恥でもう一度死んでしまいそうだ。
なに、そんなに貯金する事が偉いの?どうせ私の貯金額は1万円だよ!!!
と、叫びそうになった。
そう、私の貯金額は1万円。礼服買っちゃったもんね、ほら、おじいちゃん、死んじゃうってのが色んな意味でリアルになってきたよ。
新しく渡されたカタログには目立つ色で『異世界での必需品セット!安全な場所2000円その国の衣装3000円地図500円をなんと!3980円にてご提供!!更に言語習得1500円をサービス!』と書かれていて、貯金云々叫ぶどころじゃなくなった。安全な場所ってなに?安全じゃない場所に送られること前提なの?
他の人たちはそれプラス一つだけ付けれる才能10万円を購入したり、他にも尽きることのない水筒だとか定期購入で支給されるおにぎりだとか、使えるのかよく分からない物までどんどん購入していた。
私だって色々購入したかった。私の選んだ獣人の世界は古めかしい生活で絶対苦労することが分かっていたから。
でも!!貯金額1万円なんだよぉぉ!(正しくは4000円である、嗚呼無情)
そんなこんなで貯金額1万円女の異世界への旅が始まったのである。てかさ…もう詰んでない?