第二章 遭遇 ~1~
―――家に帰るころにはすっかり朝であった。腕の時計を見ると六時を指していた。
家に着き、ただいまーと言うと、おかえりーと聞き慣れた声が聞こえる。
「今日は遅かったんだね」
バイトが延長するのはよくあることなので、妹の円は特に気にするそぶりもなくそう言った。
「…まぁな」
俺は、カバンの中から発せられる小銭たちの擦れる音を気にしながら、ゆっくりと自分の部屋に入り、そっとカバンを置いた。
そして、洗面台へ向かうと、汚れてしまった上着を脱いで、円が見ていないことを確認しながら、それを洗濯機に投入した。
テーブルに目をやると、置かれた皿の一つにラップをしてあることに気づいた。
ハンバーグ。俺の大好物だ。
前に俺が食べたい、と言っていたのをちゃんと聞いてくれていたようだ。
両親が共働きだったこともあり、よく母の手伝いを率先してやっていた円にとっては、手慣れた料理でもある。
「あ、それ昨日作っちゃったヤツだから、温めて食べちゃってよ」
円は台所から身を乗り出しながらそう告げる。続けて「今日は休みなんでしょ?」と訊いてきた。
俺はそうだよと円に背を向けたまま言い、ハンバーグを電子レンジにかける。
そして、円が目玉焼きをフライパンのままテーブルまで持ってくる。
円はそれをフライ返しで二つに切って、一つを俺の皿に乗せる。円も席について、つかの間の会話をする。
「―ホント、お兄ちゃんってハンバーグ好きだよね~うちのバイト先のお客さんにもお兄ちゃん並みにハンバーグが好きで二皿ぐらい一度に頼む人がいてさ―」
円は、時折片手を口に近づけてクスクス思い出し笑いをしながら、バイト先のこと、学校でのことを話してくれた。
その後しばらくしたら円が「いってきまーす」と家を出て学校に行く。
それを俺は、席についたままで「おう」とだけ声をかける。
それは、夜勤明けによく見られるような光景であったが、その日は、どこからともなく気分の高揚が生まれていた。
普段ならば、すぐに床に入るはずだが、今日はいつも悩まされる疲労感もあまりなかった。
そんな中、とりあえずテレビを点けてみた。
ロシアの研究所で事件があっただの、今冬は例年より天気が崩れているだの、他愛のないものだった。
面白くないなと思った俺はリモコンの番組表のボタンを押した。
しかしながら、この時間帯はニュースぐらいしかないなと思いだし、下にスクロールさせていく、
すると、今日の特番に『世界不思議ミステリー』というものがあった。
ミステリーという言葉に、昨夜の出来事が思い出された。
「俺のアレは十分ミステリーだよなー」
昨日の街の清掃作業で得た小銭たちは重さ、見た目ともに本物のそれと変わらず、コンビニでも問題なく使うことが出来た。
本当は他のエリアも掃除したかったのだが、換金をやりすぎたのか、若干全身の脱力感が見え始めたので、昨夜の通りだけにしておいた。
しかしながら、いつもの夜勤明けよりはるかに体は軽く、疲労はみるみるうちに回復したような気がした。
だが、疲労はあまりないにしても、夜勤明けなのでやや眠い。
ちょっと寝よう、そう思い寝室の方で布団を敷き始めた。
つけっぱなしだったテレビから流れる音など気にせずに。
「――ここ一か月で、若い女性や小さな女の子が行方不明になる事件が多発しています。犯人はいまだ特定できておらず、手掛かりも少ないため、捜査は難航しています。警察は若い女性や子供が一人で出歩くときは十分注意するよう、呼びかけています。また午前中などの明るい時でも人通りの少ない道は避けるようにしてください――」