第一章 覚醒 ~1~
俺は普通、そのはずだった…。
金子銀二は、突き刺さるような土砂降りの雨の中、そう思うのであった―。
「な、何が起きた…?」
その時の俺は、体の中から力が湧いてくるようだった。同時に、得体の知れない恐怖も興奮もあったのだと思う。そのときはまだそれだけだった―。
俺は今、妹の円と二人で暮らしている。半年ほど前、父が行方不明になり、その後、母もいなくなった。 笑う時は笑う、怒る時は怒る、そんな母は喜怒哀楽が激しかったものの、働きながらも家事をしっかりこなし、いろんな人から慕われるようないい母親だった。
十日ほど経ち、捜索隊によって発見された時にはもう、元の母の面影はなかった。
それから病院に運ばれたが、母は魂の抜けた屍のようになった。円はそれから何度も、病院に見舞いに行っているが話しかけてもなんの返事もない。時折反応は見せるようだが、俺たちのことが分かっているのかも分からない。
ただ、母の目の奥から生気というものを感じなかったのは事実であった。
残された俺たちは、父の兄にアパートの部屋を用意してもらった。
父がいなくなる前、大学に通っていた俺はやむなく中退、そしてバイトを掛け持ちすることでなんとか暮らしている。頼みの綱の伯父が出してくれるのは、円の学費ぐらいである。
そしてその日も俺は、夜にコンビニで働いていた。
「あっ、金子君、僕はもう帰るから、後はやっといてね」
商品の数を確認していた俺を見つけた店長が、耳に付く甲高い声でそう言った。
肥満体形で頭の毛が寂しい、このコンビニの店長は、俺と店長の二人だけになると必ず、俺一人に業務をすべて押し付けて帰るのだ。
それだけならまだいいのだが、店長は俺のタイムカードを押してから帰るという悪行を行う。
そのことを上に報告しようとしても、店長は上層部の中でかなり信頼が厚く、さらに俺の評判を大分悪くしているようで、一度報告したことがあったが、その時も全く相手にされなかった。
それどころか「あの優秀な店長をしっかり見て学びなさい」と注意を受けた。
店長は仕事を人に任せるばかりで自身でやるのをほとんど見たことがないのだが……
「ああ、そうだ」
コンビニの自動ドアまで差し掛かった店長が、思いだしたようにそう言うと
「どうせ、こんな寒い中来るバカな客なんていないから、部屋の掃除もね」
と付け加えて、自分のベンツまで、ドスドスと走っていった。
「はぁ…」
俺は弱弱しくため息をつきながら事務室に向かった。机には自称、ダイエット中の店長が残した弁当たちが散乱している。俺はいつものようにすべてをゴミ袋に入れる。店長はあの恰幅の良さに似合わず、あまり食べる人間ではない。
だが、お菓子や、弁当など色んなものを夜食と称して、封を開ける。
しかしながら、奴は全てを食べることはできないので中途半端に残ったものたちがこうして放置される。食べ方も実に汚く、この状態だけみれば、子供が食べ散らかしたようにしか見えない。
この前は帰り際に「あ、君は食べちゃダメだよ、食べたら上に報告するからね」と言ってきた。
勿論、あの男の食いさしなど見るのも遠慮したいレベルだが、今回は晩飯ぬきで仕事に励んでいる俺の腹が考えとは裏腹にギュルルと音を発している。
奴は俺の経済状況を知ったうえで、まかないもまともに出してくれない。挙句の果てに…。などと考えながら足はゴミ捨て場の前まで進んでいた。
そして店長の油が付くカギでゴミ捨て場の南京錠を開けた。期限が近いとはいえ、開けられてもない弁当や、お菓子やらを捨てるのは、いつになっても慣れない。
「せめてあいつじゃなく、俺の腹のこやしになってくれたらなぁ…」
「それよりもこのゴミが金になってくれた方がいいか…」
などと、ブツブツ俺はつぶやいていたが、その直後体が熱くなるのを感じた。