仕留めろ
「おい、待てスコルピオ」
ミラミにとって、スコルピオの急な行動の意味がわからなかった。折角、命懸けで逃げ込んだ安全地帯を、いとも簡単に捨てる。その行動になんの意味があるのか。
プルルルルルルプルルルルルル
「ん? スコルピオからだ。あいつ、走りながら電話かけてんのか」
ミラミは急に意味のわからない行動を取り出したスコルピオに一言言ってやろうと決め、電話に出た。
「おいミラミ、よく聞け。敵はこの人間プランターの中のどれかだ。それなら、片っ端から殺していきゃあ、いつかは尻尾を出すって話だろ?」
呆れた。ミラミは心底呆れていた。
「バカやろう。そんな単純な話だったらこんなに苦労してねえんだよ。戻ってこい」
「今更戻れるかよ。それに、さっきから相手は俺達を狙ってるはずなのに、空気砲のタイミングが合ってねえ。つまり、遠くにいるか、まだ能力が開花したばかりで操り切れてねえかのどちらかだ。それなら勝算はある」
「なんだよ。意味わかんねえよ。空気砲に一発でも当たったらアウトなんだぞ? もしお前が敵を見つけ出す前にやられたら只のバカじゃねえか」
「うるせえ。いつ俺が敵を見つけるって言った? 敵を見つけるのはお前だよミラミ」
「え?」
ミラミはスコルピオが何を言っているのかよくわからなかった。時折、スコルピオは話の重要な部分を削ってしまうのだ。
仕方なくもう一度冷静に考える。自分が敵を見つける? やめてくれよスコルピオ。そんなことできるはずがないだろう。
やはりミラミには意味不明なことを言っているようにしか聞こえない。
「やめろよ。こんな時にそんな笑えないジョークなんて。お前、俺に見つけられるとでも思ってんのか」
「しょうがねえだろ。お前しかいねえんだ。それに、お前の足元を見ろ」
ミラミはスコルピオに言われるがまま、足元に目を移す。
「お前、いつの間に」
驚きの表情を隠せない。それと同時に、電話の先からスコルピオがニヤついているのが感じ取れる。
ミラミの足元には、スナイパーライフルが転がっていたのだ。
「そいつで空気砲を打ってる敵を狙え。いいか、その銃は俺の能力で出した銃だ。弾は一発だけ。絶対にミスるんじゃねえぞ、ミラミ」
ミラミは、ゴクリと唾を飲む。
「お前も能力者だったのか? って、できるかよ。俺、おもちゃの銃しか打ったことねえんだぞ」
「できるできないじゃねえ。今この場でやるしかねえんだ。よおミラミ、覚悟決めろよ。この勝負俺らが勝つか、敵が勝つかはお前にかかってんだ」
スコルピオの言葉がミラミに重くのしかかる。
禁断症状で震えているのか責任感で震えているのかよくわからない。しかし、既にスコルピオは行動を開始している。
「......るしかねえじゃねえか......」
電話越しにミラミの呟く声が聞こえた。
「あ? なんだ? なんて言ったんだよ」
「やるしかねえじゃねえか。クソおおおお。わかった。やりゃあいいんだろうが。やってやる、やってやるぜえええ」
「よし、その意気だ。ヤク中でヘタレのお前は今日で卒業だな。それじゃ、始めるぞ」
その言葉とともにスコルピオは銃を構える。
走りながらも正確に狙いを定め、通路の両端に横たわる人間プランター達の頭を撃ち始めた。
バンバンバンバンバンバンバンバン
銃声に合わせて、いくつもの死体が玉を受けた反動で跳ね上がる。
「おいおい。あいつ、本当に俺と同じ人間かよ。緑色の血がながれてんじゃねえのか?」
ミラミはスコルピオの行動を見て、スーッと血の気が引いていくのを感じた。
撃たれた人間の頭から流れ出る血で、床に張り巡らせされている水が赤く染まっている。まるで地獄絵図だ。
幾らマリファナのプランター代わりになっているとしても、同じ人間をああも簡単に殺せるものだろうか。
これでは、どちらが正義でどちらが悪なのかわからない。
「おい、ミラミ。余所見すんじゃねえ。この通路にはいないみてえだ。次の通路行くぞ」
通路は全部で4つ。その両端に人間が寝転んでいる。
スコルピオはクルッと方向を変え、また違う通路へ走り出す。
その時だった。ミラミは遠くから見ていた。
銃を撃ち続けているスコルピオの、後方にあった植物が音もなく姿を消す。
「スコルピオ、来やがった。奴だ」
電話越しに焦りを感じさせる声だった。
しかしスコルピオは汗ひとつかいていない。
「よしよし。やっとだな。ミラミ、よぉぉく水鉄砲の出所を見とけよぉぉ」
ゴクリ、と唾を飲むミラミ。
スコルピオは二番目の通路も半分まできている。後方ではそれを追うように次々に無くなる植物達。
あのままもしスコルピオに水鉄砲が命中すれば、ちょうど胸のあたりを貫通する事になる。
「野郎ぉ、さっきより的を広くしようってことか。やりやがるぜぇ」
「クソ、まだかよミラミ。まだ水鉄砲の出所はわかんねえのか」
「うるせえ。俺だって必死に探してるぜ。マリファナの茎が削れる角度からして、敵は三番目か四番目の通路の方にいる。もう少し近づけば、確実な方向がわかりそうなんだよ」
「早くしろよぉぉぉ。俺は今後ろを見ちゃいねえ。やられる時は何の恐怖もなくやられんだ」
「わかってる......」
とは言ったものの、ミラミはある事に気づいていた。
スコルピオが通路の奥に行くにつれて、段々と水鉄砲とスコルピオの距離が近くなっている。
本当に早く敵の位置を割り出さなくては、スコルピオが危ないのだ。
焦りつつも、スナイパーライフルのスコープを覗く。
「クソ。やべえやべえやべえ。どこだ、どこにいやがる」
通路の両端の人間をしらみ潰しに見てみる。
しかし、どれも動くことはない。水鉄砲を撃っている様子など皆無だ。
焦る焦る焦る。
スコルピオはもう二番目の通路を抜けて三番目の通路に入ろうとしている。
早くしなければ、早く、早く。
ミラミは額から流れ落ちる汗を気にすることもなく、ただただ人間プランター達を見続けた。
「だ、ダメだっ。はあっ、誰が敵なのかわかるわけねえっ」
ミラミの息は荒くなっていた。
緊張のせいか、体温も上昇しているようだ。
いや、おかしい。暑い。暑いのだ。
さっきより明らかに地下室の温度が高くなっている。
その時、空調のブーンと言う音が大きくなった。
「ん? なんだあれは」
それは、四番目の通路の一番奥の方にいる人間プランターだった。一瞬。ほんの一瞬だが、空調の音が大きくなる瞬間、その人間プランターの前の空間が波打つ。
初めて見る光景だった。空中に浮かぶ水溜まり。美しく、そして神秘的な雰囲気を醸し出している。しかし、いちいち感動している場合ではない。
「見つけたぞ、スコルピオ。奴は四番目の通路の一番奥だ」
「そうか、それは良かった。だが、少しばかり遅かったな」
「ん? どうしたスコルピオ、何があったんだ」
電話越しのスコルピオの声に余裕がない。ミラミはスコルピオの位置を確認する。
「お、お前......」
スコルピオは既に三番目の通路の奥側にいた。
しかし、走ってはいなかった。正しくは走ろうと思っても走れない状態だったのだ。
「やられちまった。奴は頭がいいらしいな。俺の足を狙いに来やがった。おかげで、右のふくらはぎの肉がゴッソリ持って行かれたぜチクショウ」
「だ、大丈夫なのかよ。奴はもうお前の正面の位置にいるんだぞ」
「いいかミラミ、お前の出番だ。しっかり狙えよお」
「........................」
ミラミは言葉が出なかった。
もう本当に時間がない。次に敵が水鉄砲を撃ってきたら、スコルピオは交わせないだろう。
深呼吸をしてスコープを覗き、震える人差し指を引き金にかける。
「おい、なんで震えてんだよ。俺は自分の指すらまともに扱えねのかよ」
外せない。外してはならない。外せば仲間が死ぬ。
ミラミは考えていた。今朝の婆さんは、やはり誰かの死を暗示していたのではないかと。
しかし、それはミラミではなかった。スコルピオ、もしくは敵。どちらか。
目を閉じ、もう一度深呼吸をする。
さっきの空調の強まった風の音がよく聞こえる。
スコルピオが力なく歩くようなペースで走っている音。
そして、自分の心臓の音が聞こえた。
目を開ける。
震えは止まった。
「スコルピオ。俺、今度こそヤクを止めれそうな気がするぜ」
ゆっくりと重い引き金を引いた。
「うわあああああああああああああ」
地下室に中年の男の声が響いた。
元いた位置から、軽く三メートルは吹っ飛んでいる。
「やったのか? 俺、ついに仕留めたのか? おい、どうなんだよスコルピオ」
「いや、玉は当たったらしいが仕留めてはいねえ」
「なんだと? まだ生きてんのか。それはやべえ。早くこっちに戻れスコルピオぉぉぉ」
「その必要はねえ。こいつはもう戦闘不能だ。内蔵に一発もらってやがる。痛みでうめいてるだけだぜ」
「え? なんでそんな詳しく......?」
スコルピオはいつの間にか、血を流しながらモゾモゾとうめいている敵を見下ろしていた。
「お前、いつの間にそんなところに? 足は大丈夫なのかよ」
「痛え。大丈夫なわけねえだろ。しかしよお、俺にこんなケガを負わせた敵を出血多量で死なせるのは勿体無えよな」
「おいおい、なんでだよ。そいつはもう再起不能で......」
ミラミの言葉が終わらないうちに、無数の銃声が聞こえた。
「これで借りは返した。どうだ、自分の顔に風穴を開けられた気分はよ。もうお前がどんな顔してたかなんて、全くわからねえ。思い出したくもねえぜ。おい、なんか言えよ。ああ、そうか。もう死んでっか、ハハ」
死体に話しかけるスコルピオの声が、いつまでも電話から漏れ出していた。
「全くよお、やっぱりお前と仕事なんて嫌な予感がしてたんだぜ」
ミラミに肩を担がれて歩くスコルピオが、悪態をついた。
「うるせえ。俺もケガ人だってのに、なんでお前に肩貸してやらなきゃなんねえんだよ」
「仕方無えだろ。お前は肩をちょっと削られただけ。俺は右足が使えねえんだぞ」
「さっきはいつの間にか走ってたじゃねえかよ。都合が良すぎんだよ」
「さっきのはキレてたからな。しょうがねえ」
「キレてたからってお前なあ......それより、さっきの銃はなんなんだよ。お前も能力者だったのかよ」
「能力者、まあな。俺の能力はイメージした物を具現化させる能力だ」
「なんだよそれ、最強じゃねえかよ」
「いや、最強ではない。なにせ、俺の創造力が乏しいせいで銃以外はイメージできねえんだ」
「え? 銃しかできねえのか?」
「何度言わせんだ。できねえ。しかしな、銃は強え。俺としても銃以外を出すつもりはねえ。なんてな、ハハ」
ミラミは深いため息を吐く。スコルピオの笑うツボがイチイチめんどくさかったのだ。
「もうダメだ。俺も体力がもたねえ」
「しっかり歩きやがれ。やっとヘタレが完治したかと思えば、また発症しちまったのか」
「うるせえ。もともと体が弱えんだよ。ほら、外に出るぜ」
二人は地下の階段を上がり、マンションの外へ出る。
「眩しい。溶けそうだぜ」
ミラミが手で陽の光を隠す。
「おめえの脳はもうとろけてっから心配いらねえよ」
「なんだとスコルピオ。おめえ、いくら仲間だからって許さねえぞ」
「まあまあ落ち着けよ。ほら、電話だ。ボスからだ」
スコルピオはズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。
『もしもし、スコルピオか。俺だ。喜べ、黒龍會が日本の警察に根回しして、マンションでの銃声や死体を全部片付けてくれるらしいぜ。良かったな。これで暴れ放題だろう。なかなかいい奴らじゃないか、黒龍會。こんな簡単な仕事で』
「ボス、もう敵は片付けてマリファナ畑に火をつけてきました。それと、黒龍會は俺らを利用しただけですよ。敵は能力者だったんです」
『そうか。さすが仕事が早いなお前らは。まあ、帰ったら一杯やろう』
電話は一方的に切られた。
あっさりした対応にスコルピオは少し驚いた表情になったが、何かを理解したように軽くニヤける。
「ボスはなんか言ってたか? なあ、スコルピオ」
「なんも言ってねえよ。いや、最初から何にも言うつもりもなかったらしいぜ」
「ん? どういう意味だ?」
「俺らは黒龍會じゃなく、ボスの手のひらで動かされてたってことさ」
「え? ダメだ。理解できねえ。もっと説明を分かりやすくだな......?」
ミラミは口に何かを詰め込まれる。
それが、小さなビニールの袋だと気づくのに十秒もかからなかった。
「まあ、これは今日のボーナスってとこか。いや、お前アイスやめるって言ってたか?」