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無頓着

 隣に座ってガタガタと震えるミラミを横目に、スコルピオは鼻歌混じりで黒塗りの高級車を運転していた。ハンドルに指をトントンと打ち付けてリズムを取っている。しかし、時間が経つにつれて震えが大きくなるミラミのせいで、リズムが取りづらくなってきた。


「おいミラミ、それやめろよ」


 機嫌の悪そうな顔でミラミに言い放つ。


「う、うるせえ。俺だって好きで震えてる訳じゃねえんだ。止めて欲しけりゃヤクをよこしやがれ」


 ミラミの提案に答えることなく、スコルピオはまたリズムを取り始めた。


「ったくよお、なんでオレらがこんなことしなきゃなんねえんだ? アジトが分かってんなら、ヤクザの連中がちょっと銃でもぶっ放せばめでたしめでたしって具合に済む話だろうがよお」


「そんなに簡単な話じゃないんだろ? 黒龍會のボスにヤクさばいてるのバレたら破門じゃ済まないだろうし」


「お前バカか? ヤクザのボスが、自分の組織の事で知らないことがあると思ってんのかよ。普段は黙認してんだよ。ヤクは儲かるからな。で、自分の立場が危うくなったらすぐに切るんだ」


 スコルピオは大げさなジェスチャーで自分の首を切る素振りを見せた。


「え? そうなのか? じゃあなんでオレらに依頼してきたんだ? 秘密裏に自分の組織のチンピラを送り込めば良かっただろ?」


「わかんねえ。でも、日本の組織じゃなくて、黒龍會とも表立って関係性のねえ俺らなら、派手にやらかしてくれると思ったんじゃねえか?」


「そうか。オレらがその新参者の売人チームを派手に潰せば、それがこれから先新たな勢力への抑止力になるってわけか」


 ミラミは「なるほど」と付け足した。


「そうそう。わかってきたじゃねえか。ちなみに、黒龍會のシマで散々好き勝手やってた奴らが、黒龍會ではない無名の奴らに潰されたってなれば、誰しも裏で黒龍會が動いてるって思うだろ?」


「確かにその通りだ。いや、待てよ。それならやっぱりオレらに依頼しなくてもできるだろ? ボスは報酬が凄いって言ってたけど、そんなに大金を払うぐらいなら安くて鉄砲玉になるチンピラを雇ったほうが良くないか?」


「あーもううるせえ。ここでごちゃごちゃ言っても何にもなんねえんだよ。もう仕事は引き受けちまったんだ。あとはその売人共も潰す事だけ考えてりゃいいんだよ」


「そう、かなぁ」


 ミラミは首を傾げた。まだ震える左腕を右手で押さえて窓の外を眺める。目の前には、犯罪とは無縁な閑静な住宅街の景色が広がっていた。











「ここ、か?」


「そうだ。全く、誰もこんな所でハッパを育ててるとは思わねえだろうな」


 車を路上に停め、二人は外に出た。目の前には見上げる程の高級マンションが立っている。


「家賃高えんだろうな、ここ」


 ミラミがボソッと呟いた。


「バカか。こんなとこに住んでる奴らは、キャッシュで一括買いだろうよ」


「本当か? どこからそんな金がでてくんだよ」


「お前もヤクなんて止めてコツコツ貯金すれば買えるかもしれねえぜ、ハハ」


 スコルピオは嫌な笑みを浮かべながらそう言った。






 しばらくの間二人はそのマンションを眺めていた。

 水色と白の間のあやふやな色合いの鉄筋コンクリートが、どこか冷たい印象を与える。

 入り口は自動ドアで、その奥にオートロックのドアがある。しかし、住人の出入りが激しくあまりオートロックの意味がなさそうだ。

 外から見る限り、かなり広いエントランスもある。しかも、灰色のスーツを着た管理人が住人に挨拶している。


「おいおい、アジトの位置がわかってもこれじゃどこの部屋がマリファナ畑かわかんねえだろ。ザッと300世帯以上いるぜ? 一軒一軒、お邪魔しますって入って行くわけにもいかねえだろうしよ」


 スコルピオが愚痴を吐いた。


「ダメだ。オレ、なんかめまいしてきた。スコルピオ、ヤクくれよ。シラフじゃ絶対に無理だ」


「ヤク決めても変わんねえだろ。まあ、しゃあねえか。それに、このマンションで売りさばいてるハッパを全部作ってるって話だ。 一部屋や二部屋でまかなえる量じゃねえ。300世帯のうち、何軒かは必ずハッパの匂いが漏れだしてることだろうよ」


「スコルピオ、やっぱり無理だ。なんか頭痛が」


「おいおい、これからやっと本題に入るんだぜ? しっかりしてもらわねえと困るんだよ、って、おい?」


 スコルピオの話が終わる前に、ミラミはその場にしゃがみこんでしまった。


「どうしたんだ? 大丈夫かよ」


「う、うう」


 ミラミは両手で頭を押さえて苦しそうにしている。


「なんだ。禁断症状か? そんなに酷かったのかよ」


「ち、違う。見えそうなんだ」


「見えそう? そうか。でかしたぜ、ミラミ。何が見えるんだ?しっかり仕事してくれよ」


 そう言うと、スコルピオは頭を抱えるミラミをじっと見下ろした。ミラミの目元からこめかみにかけて、緑色の血管が浮き出している。スコルピオは一歩だけ後ろに下がった。








「かん、、ん」


 しゃがみ込むミラミが何か呟いた。


「え? なんだ? なんて言ったんだ?」


「管理人だよ。あいつ、売人グループの一員だ」


 そう言うと、ミラミは力強く立ち上がる。


「あいつに場所を吐かせれば、この仕事は終わりだ」


「そ、そうなのか。あのヨボヨボのジジイが売人だったとはな。一体何が見えたんだ?」


「多分、過去のアイツの行動だ。階段を降りて、物凄く明るい部屋に入って行くんだ。その光が眩しすぎて、部屋の中は見えなかったけどハッパの匂いがした。間違いないよ」


 スコルピオはニヤッと笑った。


「いいぞミラミ。その部屋に強い光が当たってるってことは、ハッパを育ててるに違いねえ。そうと決まれば、アイツを早くやっちまおうぜ」


「やっちまう? なんでだよ。オレは正確な場所までは見てないんだぞ。アイツを殺したら誰がマリファナ畑の場所を教えてくれるんだよ」


 ミラミの話を聞かず、スコルピオは飛び出した。


「お、おい。まてよスコルピオ」


 ミラミもスコルピオに続いて走り出す。

 ミラミは焦っていた。スコルピオは一度こうだと決めると、それに対して真っ直ぐに進んでいく。悪く言うと視野が狭まるのだ。その証拠にスコルピオは、走りながら懐にしまっていた拳銃を取り出した。


「待て。早まるな、スコルピオ」


 遅かった。ミラミが言い終わる頃にはスコルピオの指は拳銃の引き金を弾いていた。












「おい、いい加減にしろよ。銃で壊さなくても自動ドアもオートロックのドアも開けれただろ」


 珍しくミラミは怒っていた。スコルピオは、銃で自動ドアやオートロックのドアを壊したばかりか、出入りしていた住人まで手当たり次第に殺していたのだ。エントランスの床やソファにはおびただしい量の死体が転がっていた。まるで銀行に立てこもった強盗犯が何かの拍子に引き金を引き、人質全員を殺してしまったかのような光景だった。


「仕方ねえだろ? もしかすると、ここの住人は全員売人の仲間かもしれねえんだからな。それにこの仕事、思ったより早く終わりそうだしよ」


 スコルピオは銃を下に向けた。銃の下には、スーツ姿の管理人が怯えて小便を漏らしていた。


「ったく。早く片付けねえと、ポリスメンが来ちまう。まだ全然仕事は終わってねえってのに。マリファナ畑を見つけて燃やすところまでやらねえとダメなんだからな。わかってんだろうな、スコルピオ」


 ミラミはうんざりしていた。久しぶりに走ったせいで足が痛かったのだ。


「そんなことわかってるに決まってんだろ。おい、ジジイ。マリファナ畑はどこだ? お前が売人の一員だってことはバレてんだからよ。早く吐いちまいな」


 スコルピオは管理人に一歩だけ近寄り、凄んだ。


「ワシはなんも知らんのだ。お願いじゃ、命だけは取らんでくれぇ」


 力なく叫ぶ管理人を見たスコルピオはイライラしていたが、ある提案を持ちかける。


「三秒やる。三秒の間にマリファナ畑の場所を言わなかったら、お前は地獄行きだ。脅しじゃないことはわかってるよな? このエントランスに転がってるアリみたいになりたくなけりゃ本当のことを言え」


「おい待て、スコルピオ。やめろ。そいつが死んだら本当に場所がわからなくなるんだぞ」


 ミラミはフラフラしながらも必死に問いかけた。早く仕事を終えて給料をもらい、アイスをキメたかったのだ。


「うるせえ。行くぞジジイ。三。」


「ワシはなんも知らんのだ。本当に本当じゃ」


「やめろ。スコルピオ」


 ミラミも止めに入るが、カウントダウンは続く。


「二」


「おい。話を聞けよスコルピオ。早まるな」


 ミラミにはなんだか管理人が可哀想に見えてきていた。

 カウントダウンは続く。


「一」


「おいジジイ、てめえも黙ってねえで場所を言いやがれ」


 いつまでたっても口を割らない管理人にミラミまでもがイライラし始めた。

 カウントダウンは続く。


「ゼロだ」


 発砲音がエントランス中に響いた。管理人は額の真ん中を綺麗に撃ち抜かれ、大の字になって絶命している。


「バカやろう。お前ってやつはいつもこうだ。オレは知らねえからな。絶対にボスから叱られるぜ」


 ミラミは手を目に当てて、見てられないと言うような仕草をしている。スコルピオはと言うと重要な情報源を殺してしまったというのに、一仕事終えたようにタバコに火をつけ始めた。


「まあ、落ち着けよミラミ。お前も一本どうだ?」


「タバコはやんねえよ。体に悪いだろうが」


「おっと、タバコよりもやべえもんキメてるやつが何を言ってんだ。それに、オレはなんの考えもなくこのジジイを殺した訳じゃねえぜ」


 ミラミはえ? っと驚きの表情を浮かべた。


「どういうことだよ。どんな考えだよ」


「あのなあ、お前このジジイは階段を降りて行ったって言っただろ? このバカ高えマンションを階段で上り降りするなんて考えられるか?」


「普通はエレベーターを使う」


「そうだ。それに階段を降りた先がもうマリファナ畑ってことは、エントランスより上の階がマリファナ畑である確率はほとんどゼロに近いと思わねえか?」


 ミラミは頭が混乱してきていた。薬の禁断症状も合わさり、スコルピオが何を言いたいのかもわからなくなってきた。

 スコルピオは、管理人の死体の胸ポケットから何かを取り出した。


「ビンゴだ。マリファナ畑は地下にあるっつーことさ」

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