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紫煙

『無』と言った感じの表情で大きなスクランブル交差点を足早に歩く沢山の人々。話し声は聞こえず、只々人が歩く音と信号機から流れる不快なメロディーが響いている。

 時間は平日の午前八時を回ったところ。早朝の厳しい寒さはまだ少し残っているが、段々と日差しも柔らかくなってきている。


 しかしそんな中、一人だけ大量の汗をかいた若い男がフラフラと交差点を横断していた。赤いモヒカンヘアーにシルバーのアクセサリー。耳だけでは飽き足らず目や鼻にまで及ぶ無数のピアス。長身だが、痩せ細った体を隠すように真っ黒な服に身を包んでいる。しかし、パンク系と言えばいいのか所々に大きな穴が空いており、男の病弱そうな白い肌が顔をだしていた。


 そんな奇抜な格好からか、男の周りだけは人が寄りつかず、こんな人ごみの中だというのにドーナツ状に空間ができている。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」


 歩くよりも遅いペースで進んでいるというのに、男の息は上がっていた。小刻みに震える体は、男の体調がすこぶる良くないと言うことを物語っている。すれ違うサラリーマンの目は険しい。







 やっと交差点を渡り終え、男が向かったのは古い雑居ビルだった。

 苦しそうにエレベーターの中に入り、震える指で七階のボタンを押す。七階のランプがついたのを確認すると、エレベーターの壁にドンと寄りかかった。


 途中、四階でドアが開きOLらしき女が乗ろうとしたが、男の姿を見るなり「どうぞ」と声をかけて非常階段の方に歩いて行った。


 七階に着いた。男は今まで苦しかったのが嘘のように勢いよくエレベーターを飛び出し、そのまま走って正面にある部屋のドアを開けた。


「遅えぞ。ミラミ」


 ドアが開くなり、声が飛んできた。

 声の主は黒い小さな水玉模様のシャツを着た男で、高そうなふかふかのソファに腰掛けてタバコをふかしている。

 刈り上げた部分と七三分けに固められた髪。こちらをダルそうに睨みつけてはいるが、それ以上何も言ってこない。

 よく見ると、その男のタバコのせいで部屋中に紫色の煙が充満していた。


「おいスコルピオ、持ってるだろ? なあ、持ってるだろ?」


 ミラミと呼ばれたそのモヒカンの男は、スコルピオと呼ばれた七三の男に聞いた。


「オメェも分からねえやつだな。オレは売っちゃいるが、そっちには手ェ出してねえってなんど言やあわかるんだ。全く、これだからヤク中は嫌いだぜ」


 スコルピオはいつものことのように、ダルそうに返した。


「やべえんだよ。アイスがないとオレ、死んじまうかもしれねえんだ。今日もここにくる途中によ、オレと同じような雰囲気の婆さんが歩いてたんで立ち止まって見てたんだ。そしたらどうなったと思う? 急に倒れて死んじまったっんだぜ。オレ、目の前で人が死ぬの初めてみたからビックリしてよお。救急車とか警察とか集まってきたからすぐにその場は離れたんだけど、あの光景が目に焼き付いて離れねえんだよ」


「お前と同じヤク中のババアか? ハハ」


 スコルピオの笑いにミラミはムスッとした顔を返した。


「違げえよ。その婆さんは心臓が急に止まったらしいんだが」


「じゃあお前とは全然関係ねえじゃねえか」


「最後まできけよ。多分、婆さんはオレにメッセージを残してくれたんだと思うんだ」


「メッセージ? なんだそりゃ?」


 ミラミは自信満々に震える手でガッツポーズを作った。


「あなたはヤクを辞めたらこうなるのよ。気をつけなさいってな」


 スコルピオはふうっ、とタバコの煙を吐いた。


「どう考えたらそうなるんだよ。気持ち悪いな、お前。それに、今から仕事だぞ。そんな体で行けんのかよ」


「無理だ。だからこうやって事務所に来て、誰かがさばいてるヤクをもらおうとしてんだろ」


「もう考え方がクズだな。はあ、なんでボスはこんなやつメンバーに入れたんだ?」


「なあ、話はもうわかってくれただろ? だから、な? 多分、今日のお前のパートナーは俺だぜ? パートナーがシャキッとしてる奴と、こんなヤクの切れ目で死にそうな奴だったら、シャキッとしてる方がいいだろ?」


 ミラミは必死にスコルピオを説得した。


「おい、聞いてんのかよ。お願いだぜ。今もらったら、それで最後のヤクにして金輪際一生やらねえから。オレは本気だぜ。ヤクを止めた後は公園で愛犬と散歩することに楽しみを見出すからよ。犬に服着せたりしてよ。なあ?」


 スコルピオはタバコを消して、ソファに寝そべった。


「なああああああああああああああ、頼むぜえええええええええええ兄弟ぃぃぃぃいいいいいい。ああああああああああああああああああああ」


 ミラミはわんわんと泣き叫びながらドアの前でバタバタと騒いでいる。

 当のスコルピオも、こんなことが一度や二度ではないため実はポケットに隠し持っているのだが、ミラミの泣き叫ぶ姿が面白いので少しだけ見ている事にした。






 五分程たっただろうか。泣き疲れてその場に倒れたまま、何かブツブツと呟いていたミラミが急に立ち上がった。


「ボスが来るぜ」


 ミラミの言葉にスコルピオはソファを立ち上がり、シャツを整えた。


「見えたのか?」


「ああ。少しだけ」


 短く言葉を返したミラミの顔を見て、スコルピオはゴクリと唾を飲んだ。ミラミの目からこめかみに至るまでの緑色の血管が、酷く浮き出ているのだ。自分と目を合わせて話しているはずなのに、全くこっちを見ている気がしない。


 スコルピオは前々から、ミラミが能力を使う姿を不気味だと感じていた。ミラミと言う男は、普段はただのヤク中のチンピラだ。しかし、組織が窮地に追い込まれた時、何度となくそのピンチを救う救世主のような一面もあるのだ。

 だが、ミラミが能力を発揮する時の顔だけは未だに慣れない。とても同じ人間とは思えない顔つきになるのだ。









「日本のマフィア。ヤクザと言ったかな?」


 ソファに腰掛け、タバコに火をつけながら、ボスと呼ばれる男はそう言った。時折ピンク色の毛が交じる長いドレッドヘアー、すらっとした体型に真っ白なブランド物のスーツ、中には黒いシャツを着ている。どこか幼さの残る顔立ちと唇にピアスをつけた様はとても犯罪組織のボスとは思えない。カシャンとジッポライターのフタを閉め、タバコの煙を真上に吐き出すと、さらに続きを話し始める。


「黒龍會。それが今回の依頼主だ。なんでも、黒龍會が牛耳ってるシマで、勝手にハッパをさばいてるチンピラがいるらしい」


 ボスはそこで話を一旦やめ、買ってきたホットコーヒーを口に入れた。


「ボス、そんなの日本のヤクザの問題じゃないですか。それに、勝手にハッパさばいてる奴がいるなら自分達でシメればいいことでしょ。オレらが力を貸してやる義理はない」


 スコルピオが威勢良くボスにそう言った。


「おい、ミラミ。お前もそう思うだろ?」


「え? お、おう」


 ミラミはボスの容姿を見て、繁華街でキャッチをするホストを思い浮かべていた。それに、ボスは自分よりも年上のはずなのに若々しい。ヤクをやらなければ、あんなに若々しく年を取れるものなのだろうかと考えていたのだ。


「まあ、落ち着いて話を聞いてくれスコルピオ。黒龍會にも黒龍會なりの理由があって俺たちに依頼してきたんだ」


「黒龍會なりの理由、ですか?」


 スコルピオは首を傾げた。ミラミはボスがホットコーヒーを飲むのを見て、自分もあとで買いに行こうと考えていた。


「そうだ。最初、黒龍會はそいつらのことなんて気にもしてなかったらしい。なにせハッパだからな。どう足掻いてもアイスやヘロインには勝てない。しかし、日が経つにつれて黒龍會のシマではそのハッパのシェアが広まってきた。相当いいブランドのハッパらしいな。まあ、その現状を見て、これはいかんとと思った黒龍會の幹部達はその新参者をシメ出そうと考えた。しかし、このご時世あんまり派手に騒げないらしい。それに、黒龍會は表ではヤクやその類のシノギはやらないと言う名目でなりなっている。今回の依頼も、黒龍會の会長には秘密だそうだ」


 ボスはまたコーヒーに口をつけた。


「なんだそれ? 表立って動けない一部の幹部達のためにオレらが駆り出されるってことですか?」


「そうだ。新しい法律のせいで世間体を気にしなきゃならないらしいな。犯罪集団の肩身も狭くなったもんだよ。まあ、でも、それに見合った報酬はでる」


 スコルピオは、報酬、と言う言葉を聞き黙ってしまった。

 そこに、今まで口を挟まなかったミラミが立ち上がる。


「ボス、アイス持ってませんか?」

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