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牢の島  作者: 望月かなめ
8/18

歓迎会

「お待たせしましたー」


 着替えを済ませ、俺は食堂へ向かった。さっきの騒ぎで、制服は丸ごと雑巾行き。クリーニングしねーの? って思ったけど、この島にそんな店なかった。汚れすぎた服は熱湯で殺菌したあと、こま切れにして掃除用の雑巾になる。それが牢獄のルールらしい。


 もったいない気もするけど、郷に行っては郷に従え、だ。わざわざクリーニングに出すよりは、新品を取り寄せる方が安いんだろう。


「お疲れ様。災難だったな」


 ティムが言う。俺はちょっぴり苦笑いした。


 風呂場は大変だったけど、俺にとってはまだいい。だって、分身に任せられるしな。もしシャットコールがブチ切れても、やられるのは人形。俺本体には、血しぶき一つつかない。


 でも今の俺は、本体だ。チクショー。本当は人形使いたかったんだけどな。けど、仕方ないわけがある。やむを得ない事情、ってやつだ。


 囚人の食事時間には、看守、料理係、医者、その他もろもろ、全員が食堂に集まる。食べ終わった囚人が出てったら、すぐに従業員のご飯タイムだ。


 つまり俺たちは、このままい続けるってわけ。分身は喋れるし、表情だっていろいろ作れる。でもさすがに、飲んだり食ったりはできない。元がぬいぐるみだしなあ。


 というわけで俺は、生身で来てる。もし下手起こして、シャットコールにやられたら、今度こそマジで死ぬだろう。とにかく慎重にやらないとな。さっき吐くの手伝ったから、大丈夫かもしれないけど。


 でも、怪物に恩が通用するか?


「大丈夫ですか、ジュリーさん」

「あっ、はい!」


 所長が声をかける。俺は思いっ切り笑っておいた。とりあえず今は、無事にやり過ごすことだけ考えよう。


「はい! はい! 次い!」


 初めて見る料理係が、囚人に飯を配ってく。この人はきっとベテランだな、手際いいし。ヒゲづらジャックとかの姿は見えなかった。今は厨房の奥で、飯をよそってるのかもしれない。


 囚人は黄色いトレイを持って、お行儀よく並んでた。トレイの上には、フタのない弁当箱みたいな、浅い皿が乗ってる。カウンターで白い服着た料理係が、皿におかずを乗せてった。


 今日のメニューは何だろう? あ、ちょうど近くの壁に、献立表が貼ってある。


『塩コショウのミルク粥、黒パン一切れ、ツナ缶詰と醤油、グリーンピース缶詰、デザート(アイスクリーム)』


 ふーん。ちょっと質素な感じだな。牢屋だし、こんなもんか。って、配られてるやつと全然違う!


 遠めの位置から、俺がパッと見る限りだと。弁当箱風の皿には、シッポがはみ出るほど大きな魚が乗っかっていた。パンだって、キツネ色のクロワッサン。


 それから、紙コップまで配られてる。真っ白な紙コップからは、ほわほわと白い湯気が出ていた。中身は何だろ? コーヒー? 紅茶? あ、コンソメっぽいにおいがする。スープだな。


「ビックリしたか?」


 俺が囚人の皿を見てると、副所長が声をかけてきた。


「表に書いてあるメニューは、あくまで表向きだ。ガリアス牢獄の飯には二種類あってな。一つ目は、ここに書いてある一般食。並みの囚人用だ。もう一つは、従業員用の特別食。通称『貴族メシ』。今配ってるやつだ。うまいぞ、ここの飯は」


 副所長がにやりと笑う。青白い顔が、一瞬だけ元気そうに見えた。


「俺たちと囚人とで、分けてるってことですね。でも、あの人たち囚人でしょ?」

「裏の事情ってやつだ」


 副所長がささやく。


「囚人にもいろいろいてだな。実は貴族のご子息さま、大富豪の御曹司(おんぞうし)、マフィアの元幹部、だったり。たまにそういうやつも来るんだ。

 やつらにはたくさん金が来る。来た金を、やつらは牢獄に『寄付』してくれる。こちらの方も、何かしら応えてやんないとな」


 なるほど。ワイロで豪華な飯食ってるわけだ。


「はい、どうぞ」


 料理係の声が聞こえる? あれ? さっきより丁寧じゃねーか? 見てみたら、シャットコールの番だった。ああ、それで。


 車椅子のシャットコールに代わって、風呂場で支えてた囚人が、シャットコールの皿を持っていく。献立は「貴族メシ」だった。


「あいつも金持ちなんですか?」

「アホ」


 俺が聞くと、副所長は顔をしかめた。


「やつはワイロが大嫌いだ。所長から聞かなかったのか?」

「あ、そうでしたね」

「あいつは孤児だ。頼れる家族も財力も、組織の後ろ盾もない。ただ、なんせ凶暴だからな。つまりはご機嫌取りだ」


 副所長が続ける。


「うまい飯を食えば、どんなやつでも笑顔になる。殺人鬼だって同じことだ。72番には、できるだけ満足してもらいたい。あいつがイラつくと、オレらが危なくなるからな」


 うん。一理あるな。百獣の王ライオンでも、満腹時はおとなしいって言われてる。シャットコールは、この牢獄のライオンなんだ。


「おい新人、見ろ」


 副所長がカウンターを指さす。今度の囚人の皿には、魚が乗ってなかった。かわりに開いた缶詰を、ゴツンと二個ずつもらってる。缶ごとかよ。


「うちでは『貴族メシ』の囚人が先、一般食のやつらは後だ。道を外れた犯罪者にも、秩序ってもんがある。権力や、上下関係ってやつもな。

 ここでは強く、力のある囚人から並ぶ。72番は飯のときだけ、手間かかるから後にしてるが。それ以外じゃ先頭だ。ようく覚えとけ、新人」


 副所長が続けた。


「はい。あと俺、ジュリー・ヤンっていいます」

「すまんな、ヤクの副作用で。どうも覚えが悪いんだ」


 副所長が自分の頭をつつく。俺も、ああなるのかな。


 しばらくして、囚人全員が席に着いた。食堂には長テーブルが五列。一つのテーブルに座ってるのは、だいたい二〇人ぐらい。やっぱ、こう見ると多いな。


 俺たち従業員は、壁にそって立ち並ぶ。やっぱ、料理係が一番多いな。ざっと見て二〇人はいる。その次は医者、八人。看守は所長と副所長、新人のティム、俺。以上!


 はあ? 四人だけかよ、看守! 少なすぎるだろ! 確か風呂場じゃ、100以上シャツあったぞ。大丈夫かここ。


 所長がマイクを持つ。その瞬間、囚人が急に静かになった。さすが先輩。酒びたりの臭いオッサンだけど、所長になるぐらいの実力は、確かにあるんだ。


 正直なめてました。すいません。今からはちょっと尊敬します。俺は心で頭を下げる。所長が口を開いた。


「囚人しょくん。今夜は『いただきます』の前に、喜ばしい知らせがある。我らがガリアス牢獄に、従業員が四名入った。新人のみなさん、前に出てください」


 俺は二歩ぐらい進んだ。


「さあ、自己紹介を!」


 所長が高らかに言う。


「ジュリー・ヤンです。よろしくお願いします」


 ヒゲづらのジャックが続く。


「ジャック・ユネゾン」

「アンリ・コルネです」


 へえ。金髪のやつ、コルネっていうんだな。うまそうな名字だな。ちょっと偽名っぽいけど。


「ドミトラ・ワシリー」


 赤毛の方も変わった名前だ。最後のティムは、メモ帳をポケットに突っ込んでる。こんな小さい紙じゃ、手前の数人しか見えないからな。ティムは諦めたっぽい感じで、手を動かした。


「ティム・ゴードン」

「あっちの看守は、ティム・ゴードンです」


 すかさず俺が訳す。他に言おうとしたやつは、見当たらなかった。ひょっとして、俺以外は手話知らない?


「ありがとうございます、ジュリーさん」


 所長が言う。


「というわけで、本日のディナーは新人職員の歓迎会とさせていただきます。そのため夕食も豪華に、デザートをつけました。囚人のみんなは、四人に感謝するように」


 よしてくれ、所長。その言い方はウザすぎる。恩着せがましいって思われるぞ。囚人たちは、やっぱり白けきってた。


「それでは囚人しょくん、拍手!」


 パチ、パチ、パチ。やる気のなさそーな拍手が、ちらほら聞こえてくる。だろうな。俺でもそうするよ。


 けど一人だけ、すげえノッてるやつがいた。バチバチバチバチ! 大音量で手叩いてる。


「オッア、ウウアン、アイ!」


 72番、シャットコールだ。


 シャットコールは何か言って、両手の指をピースさせた。そのピースさせた指同士で、バッテンを作っている。途端に他の囚人たちも、いっせいに大きく拍手した。シャットコールの真似をして、ピースバッテンしてるのもいる。


 確かピースバッテンは、何かの宗教の合図。何教だっけ? 宗教の名前は忘れたけど、信者がたまにやるサインだ。「神様の加護がありますように」だっけ。


 シャットコールをよく見たら、両手にブレスレットはめてる。風呂場では外してたから、気づかなかったな。あの腕輪も、十字架的なやつっていうか。何とか教の大事なアクセだ。


 こいつ、意外と信心深いのか? 風呂、血まみれにしてたくせに。なーんて思ってるうちに、拍手が静まった。所長が言う。


「ありがとう、諸君。それではここで、代表による握手の儀式を」


 はあ? 握手う? 唐突だなあ。


「所長ワグナムが任命する。囚人代表、72番! 前へ」


 シャットコールが前に出た。あ、やっぱりこいつか。完全にボス格扱いだな。


「新人看守代表!」


 所長がむせる。無理すんな、おじいさま。


 えっと、つまり? 所長は今日の新人と、シャットコールを握手させたいってわけか。いや、待てよ。今、「看守」って言ったよな。看守は俺とティムの二人。ティムは耳聞こえねーから、所長の指示が聞こえない。そうなると、当てられるのは、


「ジュリー・ヤン!」


 俺かよ!


「さあジュリーさん、こちらへ」


 業務命令となったら、仕方ない。それに今は人目もある、ありすぎる。ここで俺が尻込みしたら、ディナーは興ざめ。シャットコールのメンツも丸つぶれだろう。恥をかかされたシャットコールは、


「はい! よろしく!」


 俺は笑顔で前に出た。今怖いからって、何だ! ここで逃げたら、それこそ串刺しだぞ! 勇気出せ、俺! 風呂場じゃ、ゲロ手伝ったじゃないか! それに比べりゃ、たかが握手! 何てこたあないっ!


「それでは代表。今後の親睦を願ってえ、握手!」


 俺はシャットコールの手を握った。ははは、案外簡単じゃないか。ちょっと足が震えるけど。


 風呂上がりのシャットコールは、さっぱりしていた。髪の毛にもこの手にも、血は一滴も残ってない。あの血だまりが嘘みてーだな。


 ペタンコだった右目には、黒い眼帯はめちゃって。これはこれで、絵本の中の海賊みたいな迫力がある。でもさっきの風呂場よりは、落ち着いていた。


 そう。今のシャットコールは落ち着いている。今は。宗教的なブレスレットして、大きな歓迎の拍手、お祈りポーズまでしてた。けどそのたびに、さっきの修羅場、血まみれ廊下がよみがえる。


 鳥肌が立ったそのとき。シャットコールが俺の手を、力強く握り返した。握力全開、めいっぱいに。


「いてっ」


 思わず声が出る。その途端、シャットコールの手がゆるんだ。さっきはつぶす勢いだったけど、今は軽ーく触れてる感じ。なんていうか、極端だなあ。


 でも、最低限の思いやりはあるっぽい。俺はもう一回笑顔を作って、ゆっくりと言った。


「よろしくお願いします、シャットコール」

「オオイウ」


 シャットコールが、舌のない口を開ける。とりあえず、怒ってはなさそうだな。俺はほっと安心した。


 こうして今日の夕食、「歓迎会」は無事終わった。「貴族メシ」はうまかった。本当の貴族のディナーより、ずっとずっとうまかった。ジャックとティムの二人からも、おわびのアイスもらったし。この調子で明日も生き延びよう。

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