下準備
俺は部屋の中を、ざっと見回した。家具とかは、うん。まあまあだな。低めのテーブルに、ベッド、クローゼットまでそろってる。小型の金庫も置いてあった。
部屋の中には便器もある。でも囚人とは違ってて、天井からカーテンがかかってた。よし、これなら一安心だな。
俺は荷物を開けた。着替えと下着、それからポーチが四つ。赤は「あれ」用、青にはホルモン、黄色にはこっそり薬物入れてる。緑はナイフ、消毒液、ソーイングセットだ。
あとは、ちっちゃいぬいぐるみが三つ。安くて、手のひらサイズで、運びやすい。それに切り裂きやすいし、便利だな。
俺はウサギのぬいぐるみに、ナイフを刺した。まずはかわいいお顔から、ジャキジャキに裂く。次は自分の指を、プチッと。垂れた血をぬいぐるみの傷につけたら、分身の完成。
身長、顔、髪、ピアス、全身全部が俺そのもの。制服だって完全再現。俺がちょっと念じるだけで、ふわっふわのぬいぐるみが、あっという間に変身するんだ。まあ、あれだ。一種の「魔力」だな。
さて、挨拶でもしてみるか。つっても「コンニチハ」じゃつまんねーな。南の島に来たわけだし。
「アロハ」
「アロハ」
分身はセクシーにウィンクした。よし、声とかもバッチリ。さて、本体はクローゼットにでも行くとしよう。
俺はクローゼットに入って、意識を「飛ばした」。
「あーあー、あー」
乗り移る? って感じ? 分身を遠くに行かせるときは、こうやって意識を「飛ばす」。俺本体はクローゼットにいるけど、分身視点から部屋の景色が見えていた。頭、手足、体、動かしたいなって思ったら、分身が代わりに動いてくれる。
分身は便利だ。しょせん元はぬいぐるみ、お人形だからな。俺そっくりの操り人形。車椅子が分身をぶっ刺しても、俺自身は大丈夫。血を流すのも骨折も、分身が全部引き受けてくれる。
精神的にはくるかもだけど、ケガの心配はない。あと人形は痛覚ねーから、痛みも感じなくて済む。(乱闘のときも、こいつがいたらよかった)
まあ、ちょっと頭は疲れるけどな。でも、しばらくは分身でいこう。念には念を入れないと。
俺は分身を動かして、部屋から出した。