到着の朝
「着いたぜ、兄ちゃん。起きな」
「うい」
船長に叩かれて目が覚める。時計を見たら五時だった。バーベル港を出て、三時間か。思ったより早く着いたな。
「他の連中五人は、とっくに降りたよ。ほら、お前もさっさと出な」
「あざーす」
適当に返事をして、俺は船を出た。海が朝日で、オレンジ色に輝いてる。眩しい。後ろから、先に来たやつらの声がした。
「おい、何だあれ」
「すげえな」
振り返ると、黒い岩山がそびえ立ってる。黒曜石のかたまりって感じの、めっちゃ硬そうな山。はあー、マジでけえ。見上げるだけで首が疲れる。所々に小さな草が生えてるけど、あとは全部真っ黒だった。
むかし絵本に描いてあった、地獄の山そっくり。今は朝だからいいけど、夜中に見たら怖いだろうな。
ふもとには、シュロっぽい木が数本立ってる。あとはこのバカ高い山と、砂浜だけ。家とか小屋っぽいものは、一軒も見当たらなかった。ずいぶん自然豊かだな。
俺はふっと息をついて、降りた五人を確認した。
ヒゲ面のオッサンはジャック。特にアゴヒゲがすごくて、顔の下半分が真っ黒になってる。自己紹介はされてないけど、自分のことを「ジャック」って呼ぶからすぐ覚えた。
右にいるガリガリのメガネ男は、知らない。船の中でも、全然喋らなかった。それにしても、細いなあ。顔も青白いし、見るからに弱っちそうだ。
その横で白髪のじいさんが、のんびりとパイプを吹かしてる。何歳だ? この人。腰はすっかり曲がっちゃって、左手に杖なんかついてるし。働けるのか? まあでも、メガネよりは丈夫そうだ。
あとの二人は、仲良くワイワイ喋ってる。顔見知りかもしんないな。一人は赤毛で、もう一人は金髪。年は二〇ぐらいか? 二人とも若くて、筋肉がすごかった。背もでかいし力ありそう。
とりあえずは、上司が来るまで休憩だ。軽く運動しとこう。俺は海の方を向いて、ぐっとストレッチをした。潮の香りがする。早朝だからか、涼しくて気分がいい。
「いっちにーさんし、ごーろっくしちはち。にーにっさん」
「おはよーございまーす、みなさあーん」
後ろから、まのびした声が聞こえる。たぶんボスだな。俺は姿勢を整えて振り返った。
黒い帽子に、カーキ色の制服着たオッサンがいる。うん、上司だ間違いなく。
体つきは小柄で小太り。もじゃもじゃの白髪とヒゲを、これでもかって生やしてる。入道雲みたいな頭だ。ヒゲづらジャックの白バージョンだな。
口元の真っ白雲には、赤い鼻が乗っかってる。よく見たら、顔がけっこう赤いな。もともと赤ら顔なのか、高血圧か。
「さあさ、こっち来てください、若い人」
「ういっす」
みんなの方に駆け寄りながら、俺は考えていた。人の顔なんて、別にどうでもいいけど。けどなあ。このオッサン、妙に顔が赤すぎる。なんでだろ。
近づいたらすぐわかった。
「やあ皆さん、ようこそお越しくださいました!」
めっちゃ酒臭え。
ちょっと前、俺は友達と酔いつぶれてた。深夜二時まで酒飲んで、翌日みんなで二日酔い。
この上司、あの日の部屋みたいな臭いがする。ワイン二本とビール一〇缶。その残骸をほったらかして、一晩たっぷり寝かした臭いだ。
つまり臭え。ヤバいなこいつ。壁もない、天井もない。こんな広い屋外でも、じかに臭いが届いてくる。筋金入りのアル中だ。
「わたくし、所長のワグナムです。どうぞよろしく」
「ウッ」
メガネ男が、ハンカチで鼻を覆った。露骨だなあ。でも、気持ちはよくわかる。
「船酔いですか? それは災難」
お前のせいだっつーの、オッサン。なんて言えるわけがない。俺は黙っていた。メガネも無言でこらえている。
「さあて、今から皆さんの職場を案内します。まー、ゆっくりついてきてください。あ、ちょっとお待ちを」
オッサンは制服の胸元から、銀色の平たいボトルを出した。おい、それ、もしかして。
「ウイスキー?」
俺が聞くと、オッサンはにっこりウィンクした。
「正解です。よくわかりましたね」
マジかよ。他の四人も、顔を引きつらせている。メガネ男は相変わらず、ハンカチ押さえてうつむいてた。
「何せ南の島ですから、水分補給は欠かせません」
平気な顔でオッサンが言う。俺は今まで、いろんな所で働いてきた。そのたんび、いろんな上司に出会ってきた。けど、ここまでいい加減なやつは見たことがない。仕事中に酒飲むとか、どうかしてる。
ま、でも。厳しすぎるよりずっといい。確かこのオッサン、所長って言ってたよな。トップがこんなにルーズなら、他の連中もダラダラだろ。案外楽にやってけるかも。
「かーっ、うまい」
オッサンがゲップをした。臭えええっ! 鼻毛が腐りそうだ。他の五人も顔しかめてる。
落ち着けー、自分。慣れろ、慣れるんだ。臭いぐらい、二日経てば何とかなる。せっかく遠くに来れたんだから。俺はグッとこぶしを握った。
「ふう」
オッサンがボトルを閉める。
「さ、それじゃ行きましょう。ようこそガリアス牢獄へ」