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牢の島  作者: 望月かなめ
11/18

雑談

 バイト看守になって、一〇日近くが経った。この島の生活にも、だいぶ慣れてきたな。


 朝六時に起床して、身じたく。六時半には食堂に行って、七時に囚人の朝食。八時に俺たちの朝食。九時からは、囚人の作業(雑巾作り)の監視。で、一二時に昼食。看守の昼食は一時から。


 食後はまた作業(雑巾作り)の監視。三時には作業が終わって、囚人の自由時間が始まる。原則は。たまに不定期で「体育」をやる日もあって、そういうときは四時から自由時間。


 囚人の自由時間中、俺たち看守は敷地をブラブラ。一応「見回り」って名目だけど。てっきとーに、そのへんを歩き回るお仕事。まー、散歩みたいなもんだ。割と楽。


 六時からは囚人の入浴時間。俺たち看守は、風呂の時間に間に合うように、囚人の着替えを整理しとく。で、風呂場か脱衣所での見張り。


 さっぱりした囚人は、七時に夕食を食べる。俺たち看守は八時に食って、そっから各自でさっぱりする。三人はそのまま、仕事おーわり! ってなるけどな。あとの一人は、夜勤で見回り。毎日当番制だ。


 夜勤は原則、二〇分見張ったら終わる。新人はそれぐらいだけど、副所長以上だったら一〇分でいい。所長は五分で戻ることもあった。


 夜勤のやつが終わったら、四人全員で大はしゃぎ。酒盛りしたり、ポーカーしたり。晩酌したり、ギャンブルしたり。毎晩似たような感じだ。自分の個室はちゃんとあるけど、みんなその場でゴロ寝する。


 けど六時にはちゃんと起きて(起こされて)、個室に駆け込む。そのくり返し。


「どーですかあ?」


 ある日の夕食、所長が俺たちに聞いてきた。今日の「貴族メシ」はハンバーグ。付け合わせには、ちっちゃいグラタンもついてる。ハンバーグは塩辛いし、グラタンっていっても、具なしのホワイトソース焼き。でも、超絶うまい。仕事の後だからかな。


「クタクタです」


 スープの紙コップを置いて、副所長が答える。ティムが頬ばりながら、うなずいた。


「本当、毎日疲れますよねー。でも、前よりは慣れた感じします」


 俺が言うと、所長はにっこり目を細めた。


「それはけっこう、けっこう」

「最初よりもいい、ってことだな?」


 副所長が聞く。俺はティムに向かって、手を動かした。所長も副所長も、手話は全然できないっぽい。


「うーん」


 所長がブツブツ言ってる。


「72番がいたときと比べて、どうですかねえ」


 囚人番号72番、アンリ・スノー。体育で事故ったとき、アンリは全治一週間だった。けど入院期間は、予想以上に長引いてる。


 詳しいことは俺も知らない。医者の読み違えかもな。数日はずれた、ってことぐらい、あるだろうし。余命じゃないんだから、適当でいいような気もする。


 でも俺は、ちょっとだけ気がかりだった。巻き込まれた囚人・クルーゲルは予定通りに退院してる。まだ包帯ついてるけど、元気そうだ。ゆっくりゆっくり、作業もしてる。どうしてアンリだけ、戻ってこねー?


 俺はちょっとビックリした。あの凶暴野郎のこと、心配してんのかよ。アンリは別にダチじゃねー。兄弟でも、彼氏でもない。つーか、どっちかっていうと敵だ。正確に敵って決まったわけじゃねーけど、警戒対象っていうかさ。


 なんで俺、こうも気にかけてんの? 食堂や風呂場に入るたび、いつの間にかアンリを探してる。特に親しいわけでもねーのに。名簿見たから? 年が近かったから? 


 ちょっと考えてみたけど、原因はわかんなかった。でも一個だけ、わかったことがある。俺、すぐに情うつるタイプなんだな。


「あーそうですか」


 所長がなんかうなずいてる。気づいたらティムが、みんなにメモ見せてた。


『同じくらい大変』


 悪い悪い、ボーッとして通訳忘れてた。でもよく考えたら、ティム、普通に書けるしな。何でもかんでも、俺が手伝う必要はない。もしかして、今まで世話焼きすぎてた?


「なるほど。そっちはどうだ?」


 副所長が俺に聞く。


「今の方が、まだ楽っすね」


 俺は言った。本当かどうかは、知らねー。社会人らしく、建前を使っただけだ。


 実のところ、どうなんだろ。確かにアンリが入院してから、血だまりはあんま見なくなってる。精神衛生上には、いいことだ。でもアンリがいなくなって、モヤモヤしてるのも事実。モヤモヤは精神衛生上よくない。どっちだ俺。


「難しいんですよお」


 そう言って、所長が酒を飲む。島に来て約一〇日、所長の飲むペースもわかってきた。普段は一日六本飲む。朝起きての一本、午前の勤務中にチビチビ一本、午後はもうちょい増えて二本、勤務後の晩酌もだいたい二本。


 多いときは晩酌が増えて八本近くになったり、一〇本いくときもある。体調の悪いときは三本止まりだ。でも、だいたいは六本だな。実家だったら、確実に騒ぎになるレベルだ。


「72番っていうのも、複雑な存在でしてねえ」


 所長が続ける。


「いたらいたで厄介。いないといないで、これまた厄介なんですよ」

「えーと、どういうことすか?」


 俺は手を動かしながら、聞いた。クセになってるな。ティムがいると、無意識に手話やってる。


「72番は、ある意味秩序を保ってるんだ」


 所長の代わりに、副所長が口を開いた。


「今のところ、囚人内では72番が最強。あいつはボス的存在になってる。年齢的には若造だし、後ろ盾もないがな。ただ、力が強い。どこでキレるかもわからんし。とにかくあいつは、恐怖で牢内を支配している」


 副所長が続ける。


「支配してるってのは、まとめているってことだ。ボス的囚人っていうのは、どこの牢屋でも必ず出る。オレもこの島で、何人かボス格を見てきた。どいつもこいつもツワモノだったが、一番支配していたのは72番だな」


 手話でやると忙しい。俺はティムにメモを借りて「72番 最強!」とだけ書いた。


「一番っていうのは」

「統率が、ものすっごい取れてるんですよ。ジュリーさん」


 所長が言う。


「72番は、ただ者じゃありません。半年たらずで、全囚人を従わせましたからね」

二月(ふたつき)もしませんでしたよ、所長」


 副所長がつけ加える。へー、意外だな。俺は、もっと早いのが普通だと思ってた。アンリ・スノーは迫力がある。気の弱いやつなら、会った瞬間ひざまずくんじゃないか? 俺もひざまずきかけた。(腰を抜かした、とも言う)


 所長とかの話によると、ここの囚人はヘタレばっからしい。じゃあ、支配も簡単なんじゃねーの?


 って感じのこと言ったら、副所長にため息つかれた。苦笑いした所長が言う。


「ジュリーさん、囚人の覇権争いも甘くないんですよ。一見天下取ったように見えても、何人かは絶対牙をむきます。それに『子分』になったやつらも、全員が全員、骨の髄から従ってるとは限りません。ひそかに歯向かう時期を、待ち望んでるやつもいます」


 へーえ。不謹慎だけど、ちょっと面白いな。今度はまじめに訳そう。しばらくして、ティムが手を動かした。


「『戦争みたい』だって」


 声に訳した途端、所長が笑う。副所長は神妙にうなずいてた。


「あははは! 面白いたとえですなあ! センスありますね、ティムさん」

「『ありがとうございます』って」

「そりゃあどうも、どうも」


 ティムが頭を下げる。副所長が言った。


「オレは戦争を知らんが、もしかしたらそうかもしれない。確かにどっちも修羅場だ。ここにしかいれない囚人には、生きるか死ぬかの戦いだろ。実際あいつは『串刺し』してくるからな」


 副所長が続ける。


「やつのすごいとこは、徹底的に押さえつけるとこだ。普通は所長の言った通り『いつ倒そうか』って待ち構えるやつが絶対いる。だけど今、72番に逆らおうと思うやつは、誰一人いない」


 副所長はゆっくり、重々しく言った。


「『逆らうやつがいない』じゃないんだよ。『逆らおう』と、『思う(・・)』やつすらいないんだ。72番は、人の心まで従わせている。徹底的にな」

「こら」


 所長が副所長の頭を、軽くはたく。


「せっかく入った新人さんを、怖がらせすぎないでください。そんな、怪談話みたいに」


 所長は酒をかっくらって、続けた。


「副所長の言い方だと『最強無敵!』って感じですがね、実は72番も『反乱』起こされたことがあるんですよ。もっとも、今しようってやつはいませんけどね」

「反乱?」


 所長はちょっと意地悪に、口だけをニヤッと曲げた。


「大したことじゃ、ありませんけど。72番が入って、一ヶ月ぐらいでしたっけ? その頃はまだ、あいつに逆らいたがる者もいたんです。午後の作業が終わったとき、72番を殴ったのがいましてねえ」

「すげえ度胸!」


 思わず叫んでた。うっわ気になる。俺が訳すと、ティムがガン見してきた。こいつも興味津々だな。


「さて、72番はどうしたと思います?」

「串刺しでしょ」


 俺、即答。ティムもうなずいてる。副所長が言った。


「間違いじゃあ、ないですね。所長」

「はい。串刺しにはしてましたよ。自分自身(・・・・)を」


 え?


「意味わかんないでしょ? わたくしも、さーっぱりわかりません。相手の方も驚いた様子で、石みたいに固まっておりました。それ以外にも72番は、わけのわからない行動をとって」

「要は、奇行でビビらせたんだ」


 副所長が言う。俺は風呂場の血だまりと、高速寝返りを思い出した。アンリは全然予想がつかない。そのうえ力も持ってんだから、怖いどころじゃねーな。


 所長がボトルを置いて、続ける。


「囚人はみんな、あいつに逆らわなくなりました。逆らえないんでしょうね。72番は爆弾です。いつどこで、どう爆発するかわからない。幸い、ワイロがタブーなことはわかりましたが。ただ、いい面もなくはないんですよ」


 はあ? どこが? どう見ても危険物じゃねーか。


「あいつのおかげで、囚人が一つにまとまりました。良く言えば、ですね。72番が来るまでは、安全な日々ではありましたが、めんどいことも多かったんです。たとえば、囚人同士の喧嘩ですね。今日もあったでしょ」


 そういえば。今日は一件、めっちゃ激しい喧嘩があった。どれくらいかっていうと、入院レベル。


 いいかげんなこの牢獄にも、一応マニュアルがある。災害とか、囚人の病気とか、非常用の。


『ケース6 囚人同士の喧嘩

 ①まず怒鳴れ。口論ならここで止む。

 ②怒鳴っても止まらなかったら、一時間放置しろ。

 ③(※例外)一時間以上続いていたら、看守全員で取り押さえる』


 基本放置っていうのが、やっぱりいいかげんだけど。今日の喧嘩は③まで行った。一対一の大喧嘩で、二人とも流血してたな。


「72番がいるときは、まず喧嘩起きないんですよ。起きたとしても、言い争い程度で終わります。うるさくして72番に目つけられたら、しゃれになりませんからねえ。頭に血が上って、カーッてなってるやつでも、車椅子の音がしたら、ピタッと静かになるんです」


 すげえ。プロの学校教師でも、こんなにはできねーよ。とんでもねー圧力だな。確かに最初の方は、囚人の喧嘩なんか見てない。72番が入院してからは、しょっちゅうこんな騒ぎが増えた。ほとんど②ぐらいだったけど。今日は特に激しかったな。


「あいつが来る前は、一日に二回、三回の喧嘩は当たり前でした。ですが、72番が来てからは、口喧嘩すらあるかないか。もっともそういう時期は、72番が『串刺し』するわけですが」


 所長が頭をかく。


「でも、騒ぎは『串刺し』だけです。一度に刺されるのは、多くても二人。ワイロ渡し合ったりとか、そういう場合ですね。それに『串刺し』だなんて、一日に一件しか起こりませんし。騒ぎの回数自体は、大幅に減るんですよ」


 しばらくして、ティムが言った。


「ただ『串刺し』だと、一気に③に行っちゃいますよね。重すぎるっていうか」


 所長がうなずく。


「ありがとうございます、ジュリーさん。ええ、確かにその通りですよ。でも、昔は殴る蹴るの流血沙汰が、一日に二回もあったりしました。当時のことを振りかえれば、楽なような。

 でも72番は、完全に事件ですからねえ。今のところ、死人は出ていませんが。難しいもんです」


 なるほど。看守としてどっちが楽か、って話か。72番がいたら、たまに「串刺し」で騒ぎが起きる。やり方はめちゃくちゃ危険だけど、そんなにたくさんは起きない。72番も、毎日ブッ刺してるわけじゃねーしな。


 今は、囚人同士の小競り合いが増えた。ケガ人も出たりするし、軽いなんて言い切れない。でも「串刺し」に比べたら、マシな方だ。


 看守の俺たちは最近、よく喧嘩を止めに行く。新人の俺らは若いけど、オッサン連中の上司にとっては、重労働の連続だ。所長は酒、副所長はヤクやってるし、体にもきついんだろう。


 俺は分身使ってるから、平気だけど。けどもし、生身でやってたら。確実に筋肉痛起こすな。


「ですから、ねえ」


 所長がつぶやく。


「72番には戻ってほしいような、そうでもないような。あいつが来れば、囚人は一気にまとまり、喧嘩もずっと減るでしょう。我々の仕事も楽になります」


 副所長が眉をひそめる。


「けど、戻ってきたら『串刺し』をやりかねない。確かに秩序は戻りますが。難しいところですね」


 所長と副所長が、二人そろってため息ついた。ベテラン上司でも、やっぱり大変なんだなあ。


 俺はひとまず、デザートのプリンを食べた。甘い。シャットコール様のことだ。アンリ・スノーも医務室で、同じ飯を食ってんだろう。きっと、ぐちゃぐちゃにこぼしてんだろうな。


「あー!」


 いきなり副所長が叫んだ。この人、普段は一番真面目そうだけど、吹っ切れると一番ぶっ飛んでる。


「話題変えましょう! 暗い! 飯がまずくなる!」

「そうですね!」


 所長が言った。


「お酒の話しましょう、みなさん! どんな酒が好きですかー!?」


 あ。これは宴会になる流れだ。案の定、その日は酒盛りになって。所長、副所長はガブガブ飲んだ。ティムはタバコをよく吸って、ほどほどに飲んでた。俺はウイスキーにコーヒーシュガー混ぜて、みんなにバカ笑いされた。けど、断然うまかった。


 うますぎて飲みすぎ、俺は何度もトイレに行った。六回目のトイレを出たあと、俺は医者に出くわした。一緒に血まみれ廊下を通った、あの白髪じいさん。


「あー。こんばんわー」

「酔ってるなあ。はは。ついでにどうだ?」


 医者がちっちゃい棒を渡す。よく見たら、俺がいつも吸ってるヤクだった。ヤベえなこの医者。廊下の真ん中で堂々と。


「あんた、売人?」


 俺が聞くと、医者は小声で「ククク」と笑った。


「普段はね。かけ持ちでやっている。兼業医師と呼んでくれ。いつもは給料天引きの形で取ってるが、今日は特別にボランティアだ。タダでやろう」

「ありがとーございまーす」

「面白いことがあったんでね」

「面白いことー?」


 俺がぼんやり聞くと、医者はまたククク笑いした。


「車椅子の退院が決まった」

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