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私は隣の田中です  作者: 秋月 忍
小噺集
61/64

新年会

発売記念、リクエストSSです。

(外伝、花嫁終了後です)

「と、言うわけで。無事、年を越すことが出来た。これから一年間、また大変だろうが、よろしく頼む」

 真田課長が、ぐるりと皆を見回した。

 今日は防魔調査室の新年会。毎年、年末年始は妖魔絡みの事件が起こり激務となるので、慰労会を兼ねてこの時期に行っている。

新年会の会場は、甘露(かんろ)という居酒屋。実は経営しているのは、陰陽協会の会長の薮内さんの息子さん。

 ちなみに、この店は雑居ビルの一階なんだけど、この上には防魔調査室の分室がある。

ということもあって、防魔調査室の宴会は、ほぼ、ここなのだ。

この時期は、ブリ大根がとても美味しいお店だ。

「乾杯」

田野倉が音頭をとり、私達はグラスを掲げた。

私は、悟とグラスをカツンと鳴らし、中身を一口、口にする。

「美味しそう」

お通しは上品な白和え。優しい味わいだ。

「如月さん、どうですか?」

隣の席に座った男が、ビール瓶を片手に声をかけてきた。

とっさに、反対の隣の席に座る悟の方に目を向けたが、アレ? と思う。

「あ、すみません。お願いします」

慌てて、私は男、鬼頭にグラスを差し出す。

「ごめんなさい。まだ慣れてなくて」

「ああ、まだ新婚さんでしたっけ」

「そうなんです」

この人は、防魔調査室に配属されて、まだ間もなくて、私を名前で呼ばない唯一の人だ。

結婚して半年くらい経つけど、名字で呼ばれることが少ないせいで、未だに自分の名字という自覚が乏しい。

「だから、堅苦しい呼び方止めて、マイちゃんって呼べばいいじゃん」

 テーブルをはさんで、鬼頭の前に座った田野倉が、大きくため息をつく。

 田野倉は、この鬼頭というひとと、とても仲が良いらしい。もっとも、田野倉は非常にコミュニケーション能力に長けていて、たいていの人間と距離が近い。

「お前は、気安すぎる」

憮然とした顔で、田野倉を睨む悟。確かに、田野倉はセクハラぎりぎりの距離感をとってくることがあるから、ちょっと困る。でも、本当に相手が嫌なことは絶対にしないひとだ。

 私的に、田野倉の一番の困りごとは、何処へ行くのも法衣なので、一緒にいると目立つことなんだけど。

「夫婦で同じ職場なんだから、文句を言うな。マイちゃんを名字で、コイツだけ呼ぶ現状をオレは憂いている」

「鬼頭には言ってない」

私は思わず苦笑する。

田野倉と如月のこの手のやり取りは、もはやお約束だ。巻き込まれた鬼頭もわかっているようで、私にそっと肩をすくめてみせた。

「えっと。そういえば、新婚旅行はどちらに行かれました?」

そういえば、この人、つい最近、婚約したって、田野倉から聞いている。

「ヨーロッパに。面白かったですよ。古城とか史跡を巡りました」

「アレは、胃が痛いから薦めない」

悟が大きくため息をつく。

「行く先々で、嫁が異国の霊にナンパされる」

「アレは、皆さん、ご親切なだけですよ」

 ナンパっていうこともなかったよなあ、と思う。

 ただ、霊って、みんな日本語で話してくれて便利だなーなんて、私は思ったんだけど。

「観光客があまり行かない穴場も教えていただきましたし」

「……ご苦労なさったんですね」

鬼頭が何かを察したかのように、悟のグラスにビールを注ぐ。

 いささか複雑ではあるが、柳田に言わせればこのエピソードは、『嫁がモテて困る』というのろけなのだそうだ。

 いや。もうね。それを聞いても、モテる相手が人外ですみません、という感じだけど。

「ああ、マイさん、こんなとこにいた!」

トロンとした目で、ビール瓶片手にやってきたのは、杉野。

 やばい。飲んでる。

「ちょっと、杉野さん! 飲んじゃダメじゃないですか!」

「一口飲んだだけよー。やーね。大丈夫よぉ、マイさん、心配しないで」

 トクトクと私のグラスにビールを注ぐ杉野。

 とはいえ、なーんかいつもより距離が近い。危険だ。

 杉野は酔うと、キス魔になる。

 もちろん、この職場では有名なので、誰も杉野に酒を飲ませようとはしないんだけど、本人はそこそこアルコールが好きだから問題なのだ。

 私はぐるりと、辺りを見回す。

 柳田がテーブルの端で、お店の女の子と話をしているのが見えた。

 杉野は、明け透けな性格をしていて、美人で強い女性だけど、恋愛に関しては意外と自分に自信がない。

 こんなに美人なのだし、私から見ると何の心配も必要ないと思うのだけど、本人は不安で仕方ないらしい。

 でも、これは柳田も悪いと思うんだ。

 柳田は真面目で照れ屋だから、悟みたいに職場で「付き合っている」アピールとかあまりしない。

 もっとも、柳田の態度は、一般的には普通だと思う。けど、一緒にいる悟が必要以上に私に甘いので、比べると心配になってしまうのかもしれない。

「心配なら、柳田さんのところにいけばいいのに」

「べ、別に心配なんてしてないわよぉ」

 ぷくっと頬を膨らます杉野。めちゃくちゃ可愛い。いや、もう、罪な男だね、柳田は。

「私、マイさんのそばにいたいんだもん」

 杉野は私に抱きついてきた。

 うん。間違いなく、酔っている。

 私に抱き着いている間は、まだ良いけど危険な兆候だ。

「柳田さん!」

 私は大声をあげて、柳田を呼ぶ。

「どうしたの? マイちゃん」

 顔をこちらに向けた柳田は、私に抱きついている杉野を見て、慌てたようにこっちにやってきた。

「……飲んだのか?」

「そばにいて、監督してあげてください。杉野さん、とってもナイーブなんですから」

「ごめん。マイちゃん」

 言いながら、柳田は杉野を立たせようとするが、杉野はイヤイヤをする。

「やだ。マイさんといっしょにいるのぉ」

 美人さんが拗ねているのって、可愛いなあって思うんだけど。

「ダメですよ? 柳田さんと一緒に居たいなら、素直にそう言わないと」

 私は、杉野の背を押して、柳田の方へ彼女の身体を引き渡す。

「サンキュ、マイちゃん」

「どういたしまして」

 ふらつく杉野を抱きかかえて席に戻っていく柳田を見送ると、隣の席の悟が若干、機嫌が悪そうだ。

 どういうことだろう?

「俺、マイに一緒に居たいって、あまり言われない」

 ポツリと悟が呟く。

「言ってますよ?」

 言われた意味が分からない。

 そもそも、四六時中、一緒にいるし。

「ヤキモチも妬かないだろう?」

「妬いてます。悟さんが気づいてないだけです」

 私は人外にしかモテないけど、悟はものすごくモテるのだ。心配したらキリがないくらいに。

「……お前ら。そーゆーのは、家に帰ってからにしろ」

 はぁっと、田野倉が大きく息をつく。

 テーブルの下で、悟の手が私の手を、ぎゅっと握りしめていた。



 




本日、富士見L文庫さまから、発売となりました。

本当にありがとうございます。


あまり甘くならなくて、ごめんなさい!


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