新年会
発売記念、リクエストSSです。
(外伝、花嫁終了後です)
「と、言うわけで。無事、年を越すことが出来た。これから一年間、また大変だろうが、よろしく頼む」
真田課長が、ぐるりと皆を見回した。
今日は防魔調査室の新年会。毎年、年末年始は妖魔絡みの事件が起こり激務となるので、慰労会を兼ねてこの時期に行っている。
新年会の会場は、甘露という居酒屋。実は経営しているのは、陰陽協会の会長の薮内さんの息子さん。
ちなみに、この店は雑居ビルの一階なんだけど、この上には防魔調査室の分室がある。
ということもあって、防魔調査室の宴会は、ほぼ、ここなのだ。
この時期は、ブリ大根がとても美味しいお店だ。
「乾杯」
田野倉が音頭をとり、私達はグラスを掲げた。
私は、悟とグラスをカツンと鳴らし、中身を一口、口にする。
「美味しそう」
お通しは上品な白和え。優しい味わいだ。
「如月さん、どうですか?」
隣の席に座った男が、ビール瓶を片手に声をかけてきた。
とっさに、反対の隣の席に座る悟の方に目を向けたが、アレ? と思う。
「あ、すみません。お願いします」
慌てて、私は男、鬼頭にグラスを差し出す。
「ごめんなさい。まだ慣れてなくて」
「ああ、まだ新婚さんでしたっけ」
「そうなんです」
この人は、防魔調査室に配属されて、まだ間もなくて、私を名前で呼ばない唯一の人だ。
結婚して半年くらい経つけど、名字で呼ばれることが少ないせいで、未だに自分の名字という自覚が乏しい。
「だから、堅苦しい呼び方止めて、マイちゃんって呼べばいいじゃん」
テーブルをはさんで、鬼頭の前に座った田野倉が、大きくため息をつく。
田野倉は、この鬼頭というひとと、とても仲が良いらしい。もっとも、田野倉は非常にコミュニケーション能力に長けていて、たいていの人間と距離が近い。
「お前は、気安すぎる」
憮然とした顔で、田野倉を睨む悟。確かに、田野倉はセクハラぎりぎりの距離感をとってくることがあるから、ちょっと困る。でも、本当に相手が嫌なことは絶対にしないひとだ。
私的に、田野倉の一番の困りごとは、何処へ行くのも法衣なので、一緒にいると目立つことなんだけど。
「夫婦で同じ職場なんだから、文句を言うな。マイちゃんを名字で、コイツだけ呼ぶ現状をオレは憂いている」
「鬼頭には言ってない」
私は思わず苦笑する。
田野倉と如月のこの手のやり取りは、もはやお約束だ。巻き込まれた鬼頭もわかっているようで、私にそっと肩をすくめてみせた。
「えっと。そういえば、新婚旅行はどちらに行かれました?」
そういえば、この人、つい最近、婚約したって、田野倉から聞いている。
「ヨーロッパに。面白かったですよ。古城とか史跡を巡りました」
「アレは、胃が痛いから薦めない」
悟が大きくため息をつく。
「行く先々で、嫁が異国の霊にナンパされる」
「アレは、皆さん、ご親切なだけですよ」
ナンパっていうこともなかったよなあ、と思う。
ただ、霊って、みんな日本語で話してくれて便利だなーなんて、私は思ったんだけど。
「観光客があまり行かない穴場も教えていただきましたし」
「……ご苦労なさったんですね」
鬼頭が何かを察したかのように、悟のグラスにビールを注ぐ。
いささか複雑ではあるが、柳田に言わせればこのエピソードは、『嫁がモテて困る』というのろけなのだそうだ。
いや。もうね。それを聞いても、モテる相手が人外ですみません、という感じだけど。
「ああ、マイさん、こんなとこにいた!」
トロンとした目で、ビール瓶片手にやってきたのは、杉野。
やばい。飲んでる。
「ちょっと、杉野さん! 飲んじゃダメじゃないですか!」
「一口飲んだだけよー。やーね。大丈夫よぉ、マイさん、心配しないで」
トクトクと私のグラスにビールを注ぐ杉野。
とはいえ、なーんかいつもより距離が近い。危険だ。
杉野は酔うと、キス魔になる。
もちろん、この職場では有名なので、誰も杉野に酒を飲ませようとはしないんだけど、本人はそこそこアルコールが好きだから問題なのだ。
私はぐるりと、辺りを見回す。
柳田がテーブルの端で、お店の女の子と話をしているのが見えた。
杉野は、明け透けな性格をしていて、美人で強い女性だけど、恋愛に関しては意外と自分に自信がない。
こんなに美人なのだし、私から見ると何の心配も必要ないと思うのだけど、本人は不安で仕方ないらしい。
でも、これは柳田も悪いと思うんだ。
柳田は真面目で照れ屋だから、悟みたいに職場で「付き合っている」アピールとかあまりしない。
もっとも、柳田の態度は、一般的には普通だと思う。けど、一緒にいる悟が必要以上に私に甘いので、比べると心配になってしまうのかもしれない。
「心配なら、柳田さんのところにいけばいいのに」
「べ、別に心配なんてしてないわよぉ」
ぷくっと頬を膨らます杉野。めちゃくちゃ可愛い。いや、もう、罪な男だね、柳田は。
「私、マイさんのそばにいたいんだもん」
杉野は私に抱きついてきた。
うん。間違いなく、酔っている。
私に抱き着いている間は、まだ良いけど危険な兆候だ。
「柳田さん!」
私は大声をあげて、柳田を呼ぶ。
「どうしたの? マイちゃん」
顔をこちらに向けた柳田は、私に抱きついている杉野を見て、慌てたようにこっちにやってきた。
「……飲んだのか?」
「そばにいて、監督してあげてください。杉野さん、とってもナイーブなんですから」
「ごめん。マイちゃん」
言いながら、柳田は杉野を立たせようとするが、杉野はイヤイヤをする。
「やだ。マイさんといっしょにいるのぉ」
美人さんが拗ねているのって、可愛いなあって思うんだけど。
「ダメですよ? 柳田さんと一緒に居たいなら、素直にそう言わないと」
私は、杉野の背を押して、柳田の方へ彼女の身体を引き渡す。
「サンキュ、マイちゃん」
「どういたしまして」
ふらつく杉野を抱きかかえて席に戻っていく柳田を見送ると、隣の席の悟が若干、機嫌が悪そうだ。
どういうことだろう?
「俺、マイに一緒に居たいって、あまり言われない」
ポツリと悟が呟く。
「言ってますよ?」
言われた意味が分からない。
そもそも、四六時中、一緒にいるし。
「ヤキモチも妬かないだろう?」
「妬いてます。悟さんが気づいてないだけです」
私は人外にしかモテないけど、悟はものすごくモテるのだ。心配したらキリがないくらいに。
「……お前ら。そーゆーのは、家に帰ってからにしろ」
はぁっと、田野倉が大きく息をつく。
テーブルの下で、悟の手が私の手を、ぎゅっと握りしめていた。
本日、富士見L文庫さまから、発売となりました。
本当にありがとうございます。
あまり甘くならなくて、ごめんなさい!