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私は隣の田中です  作者: 秋月 忍
小噺集
57/64

花火と浴衣、時々退魔 (第二話 杉野&柳田)

外伝、花嫁衣装 終了、完結後のお話です。

※花火と浴衣時々退魔 SS集より再録です。


 神社の境内から見える花火は、少しだけ遠いが、障害物もなくとても良く見えた。

 少し小高い山のため、周りに灯りが少なく暗いため、花火の美しさが際立っている。これほどのロケーションでありながら、穴場スポットで、ほかにひとはいない。

「やっぱりしだれがいいねえ」

 腕を組みながら柳田はそう言った。ややこげ茶色の髪色の柳田であるが、紺地の浴衣も様になっている。

「それにしても、これだけよく見えるのに、誰もいないのねえ」

 杉野は着なれない浴衣のすそを気にしながら辺りを見まわした。

 足技を得意とする杉野の格闘スキルは、浴衣では全く役に立ちそうもないこともあって、どうにも不安である。

「こんな恰好じゃ、いざというとき、動けやしない」

「仕方ないだろ。毎年、ここでいちゃついた男女だけに祟る亡霊らしいから」

 柳田は苦笑する。

「それにしたって、なんで浴衣よ」

「……統計の結果、浴衣カップル率が高かったから」

「単純に、花火大会の浴衣率が高いだけじゃないの?」

「文句いうな。お前のそれ、マイちゃんが一生懸命選んでくれたんだろう?」

「……そうだけど」

 杉野の着ているのは、うすい藍色の絞りの浴衣である。

「……でも、私の場合、もっと動ける恰好じゃないと役に立てない」

 いくら、能力的に柳田の方が圧倒的に上だとしても、ただ、守られるのは、杉野の性に合わないのだ。

「ま、座って花火を見ようか」

 柳田はそう言って、ひょいと杉野を姫抱きにした。

「え?」

 反応できない杉野を抱いたまま、柳田はそのままベンチに腰を下ろす。

「えっと、これはどういう意味かな?」

 柳田の膝に横座り状態で、大きく開き気味の胸筋に引き寄せられて。

 杉野は、顔を赤らめながら必死で平常心を保とうとしながら柳田を見る。

 顔がとても近い。

「いちゃつかないと、出てこないって話だろ?」

 柳田はそう囁きながら、耳に唇を這わせた。

「や……仕事、よね?」

「仕事だよ、これは」

 柳田はいいながら、杉野の浴衣のすそのあわせに手を差し込む。

「ちょっ、さすがに……あ」

 杉野は洩れてしまいそうになる声を必死でこらえた。

 フィナーレの花火が激しく打ち上げられている音が鳴り響くなか、柳田は杉野の首筋に唇を這わせていく。

「やめ……もう、許して」

 甘い痺れに、杉野の呼吸が早くなりはじめたとき。

 不意に、快楽とは無縁のぞわりとしたものが、肌に走った。

「ふう――今、くるかね」

 柳田はベンチに杉野をおろして、立ち上がった。

 辺りの温度が急激にさがり始めた。

「……男だな、しかもかなり古いやつだ」

 目の前に現れたのは、人魂を従えた、狩衣の男だ。朱色の太刀を持ち、赤い目で二人を見つめている。

 ゾクリとする、怒りと嫉妬のこもった瞳だ。

「縛」

 柳田の言葉に、狩衣の男の顔の動きが止まる。

「なぜだっ、許さぬ、許さぬぞっっ」

 男は、声を上げる。

「黄泉へ帰りなさいっ」


ノウマク サンマンダ バザラダン カン


 懐から取り出した符を座ったまま、杉野が男に向かって投げつけると同時に、柳田の不動明王の真言がピタリと完成する。

 ギャー

 絶叫がおこり、男の姿は闇の中に溶けていった。

「終わったな」

 ふうっと柳田が息をついた。

「あれ? 立てない?」

椅子に座ったままの杉野を意地悪く、柳田が見る。

「ひょっとして、感じすぎたとか?」

「そ、そんなことないわよ」

 慌てて立ち上がろうとする杉野の横にどっかりと柳田は腰をおろす。

「続き、する?」

「バカ! 仕事だって言ったわよね」

「俺はしたいけど」

言いながら、柳田は杉野の顎に手を当てて、唇を重ねた。


 そののちの調べによれば、男は江戸時代ごろの亡霊で、どうやら女に裏切られて殺されたようだった。

 神社は、数年後、花火穴場スポットとして雑誌に取り上げられ、静寂さはどこにもなくなってしまったとのことである。


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