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私は隣の田中です  作者: 秋月 忍
外伝 光る海
35/64

観光船

PV150万 記念ということで続編を書いてみました。

前半、糖度高めです(当社比)

如月が結構、盛ってます。


お読みいただき、ありがとうございます。

 軽快な音楽とともに、イルカがトレーナーを水中から押し上げ、彼女が宙を跳んだ。

「うわっ! すごっ!」

 私は、ポップコーンを握りしめながら息をのむ。

「如月さん、見ました? あのおねーさん、跳びましたっ!」

「凄いね」

 興奮した私を面白そうに見ながら、如月が頷く。

「マイ、ほら」

 如月の指が、プールサイドの別のトレーナーとイルカをさす。

 プールの中央に張られたワイヤーがスルスルと動いて、ボールが吊り下げられた。

 トレーナーが手を振って合図を振る。

 イルカがプールを周回しながら回り込み、大ジャンプをした。

 吊り下げられたボールが、イルカの鼻先でポンと跳ね上がり、観客席から大歓声がまきおこった。

「うわーっ」

 私も思わず声をあげる。自分の反応が、前の席に座っている子供と大差ないことに気が付いたが、止められない。

 イルカショーなるものを見るのは、久しぶりである。舞も麻衣も、水族館に興味がないわけではないが、自ら積極的に行くほどではない。大学時代には、友人たちと訪れたことはあったが、ショーの内容がそのころより随分とグレードアップしている。

 私の記憶にあるイルカショーは、トレーナーさんが、トークしながらイルカがジャンプして、フィリスビーを拾ってくるというような内容だった気がするが、今のショーは、同じことをしていても、見せ方が洗練されている。

「あっ、歩く、歩きましたよっ!」

 立ち泳ぎをするイルカを指さして私が大興奮するのを見て、如月が微笑む。

 今日は、如月が休暇を取ることが出来たので、二人で水族館にデートである。

 私は、会社を辞めて、失職期間中だ。もっとも、来週の頭には、私は『防魔調査室』に正式に就職することが決まっていて、如月の同僚になることになっている。

 如月と正式に「お付き合い」というものを始めて、二か月がすぎた。如月が忙しいこともあるし、私自身、休日は『防魔調査室』で研修を受けていたこともあり、二人でお出かけデートというのは、例の湖畔デート以来である。

 今日の如月は、水色の長袖のパーカーに白のポロシャツ。薄いグレーのスラックスである。相変わらず、何を着てもかっこよく、当然のごとく女性の視線を集めており、その視線の流れ弾が私に着弾する。流れ弾の被弾が多くなると、如月は更に私との距離を縮めようとする。ある意味で、悪循環である。

 とはいえ。その接触過多な如月の態度は、彼が私を必要としてくれている証拠である。未だに信じられないことではあるが、如月は私を愛してくれているのだ。

「マイ、見ろよ」

 如月の言葉に視線を向けると、イルカたちが一列に並び、ヒレを振って挨拶をしている。

「か、かわいい……」

 私はくぎ付けになった。

 イルカたちは、音楽に合わせて、手を振り終わると、さっと水中に潜り、トレーナーの元へと戻っていった。

『イルカパフォーマンスショーは、これにて終了します。みなさま、お忘れ物のないように…』

 場内にアナウンスが流れ、ひとびとが席を立ちあがる。

「面白かったですね!」

 私がそう言うと、如月は嬉しそうに私の頭を撫でた。

「マイが、こんなに喜ぶとは思わなかった」

 私は思わず真っ赤になった。

「……すみません、大人げなくて」

「なぜ謝るの?」

 如月が不思議そうに私を見る。

「えっと。その……はしゃぎ過ぎちゃったから」

 私は俯いた。それに、デートなのだから、「うわー」って叫ぶのではなくって、「キャー」だったなあと反省する。

「はしゃいでくれないほうが、悲しいって」

 如月はそう言って微笑んでくれた。その微笑みが眩しいくらいにカッコイイ。胸がドキリとした。

「魚、魚を見ましょう!」

 慌てて、私は立ちあがる。

 当たり前のように手を握って、如月は私を先導する。そのスマートな行動に、またしても私は胸がドキドキしてしまう。如月は何をしても余裕があるけれど、私には常に余裕がない。恋愛スキルに差がありすぎるから、仕方がないとは思う。

 それでもティーンエイジャーではないのだから、セクシーに誘惑の一つも出来るようになりたいと、思ったりもするのだ。

 とはいえ。

「ギャー、オウムガイですよっ、こっちは、ダイオウグソクムシ!」

 冷静になれ、自分。ギャーじゃなくて、キャーだ。そう思いながらも、水槽を見るたびに興奮してしまう私に、色気を求めるのは無理だ。久しぶりの水族館は、センスオブワンダーに満ちていて、ドキドキワクワクが止められない。

 ふっと周りを見渡すと、しっとりと腕を組んで歩くカップルの中で、完全に私たち(というより、私)が浮いていることに気付き、如月に非常に申し訳ない気持ちになった。

「マイ、疲れただろう?」

 如月がそう言って、水族館の中にあるカフェに私を誘った。

 私は全然疲れていなかったが、振り回された如月は相当疲れたに違いない。

「うん」と、素直に頷いて、オシャレなカフェに入る。水族館のカフェだからか、中には大きな水槽があり、熱帯魚が泳いでいた。店内は、やや暗めの照明のためか、客層は圧倒的にカップルが多い。

 目のやり場に困るな、と思いながら、自分もデート中だということに今さらのように気が付き、焦る。

 水槽の傍のテーブルに、如月と向かい合わせに座ると、優しい瞳の如月と目があい、あわててメニュー表に視線を落とした。

「いらっしゃいませ」

 三つ揃いをきたオシャレなウエイターさんが、水を持ってきてくれた。

「あ、私、チーズケーキと、ダージリンティのケーキセットをお願いします」

「俺は、ホットで」

「かしこまりました」

 ウエイターさんが頭を下げて下がっていく。

「ごめんなさい。私一人ではしゃいでしまって……」

 いくら久しぶりとはいえ、ほとんど小学生のノリであった。

「謝らなくていい。マイが楽しいなら、俺も楽しい」

 優しい瞳に私の姿が映っている。そう思うだけで、心がフワフワする。

「ところで」

 如月は、私の目をじっと見つめたまま、意を決したように口を開いた。

「マイは、どうして俺に敬語を使う? 俺とマイは同学年で、タメだろう?」

「え?」

 私は、虚をつかれて、首を傾げた。

「桔梗には、気安く話しているのに、俺にはずっと敬語だ」

「だって」

 そもそも如月は、鈴木麻衣が十七才のころから憧れていた男性である。そのために、未だに如月のイメージは、年上の男性なのだ。

 もっとも、小説の如月悟と、現実の如月悟はかなり違う人物だ。そして今、私が好きなのは間違いなく、現実の如月悟なのであるが、刷り込まれた感覚というのはなかなかに抜けない。

「それに、名前も呼んでくれない。兄貴は名前で呼ぶくせに……」

 拗ねたように、如月は呟く。

「でも、その、もうすぐ同僚になりますし……私、公私の区別、しっかりつけられるようなカッコイイ女ではないので」

「職場でも、名前で呼べばいい」

 何を言っている、と言わんばかりに、如月はそう言った。

「だいたい、マイのことは、みんな名前呼びじゃないか」

「それはそうですが……」

 防魔調査室での研修中、『田中』と呼ばれたことはない。でも、私の場合は魂が二つという特殊事情がある。

「とりあえず、敬語はやめてくれないか……距離を感じて、不安になる」

「不安?」

 私は驚く。何の不安があると言うのか。

「如月さんは、心配しすぎです。私が如月さんに捨てられることはあっても、その逆は絶対ありえません」

「なぜ、俺がマイを捨てる?」

 冗談めかした私の言葉に、如月の目が吊り上がる。

「俺の気持ちを、信じてくれていない、ということか?」

 怒りながら……如月の目が傷ついている。

 言ってはいけないことを言ってしまった。信じられないのは如月のせいじゃない。自分に自信がないせいだ。私の何が良いのかは未だにさっぱりわからないのだけれど、如月が私を大切にしてくれていることは間違いない。

「ごめんなさい。違うの。そんなつもりはなくて……ただ、如月…悟さんが心配することなんて何もないです」

 私の気持ちなんて、すっかり見抜かれてしまっていると思うのに。

「だって。私、あなたにベタ惚れですから」

 如月の顔がさっと朱に染まった。

「……そんなにさらっと言うなんて、マイはズルいな」

 ボソリと、如月が呟いた。

「そんなこと言われたら……夜まで我慢できない」

「はい?」

 キョトン、とした私に、如月がにっこりと笑う。

「……とりあえず、今夜は寝かせないから」

 真っ赤になった私の前に、空気のように気配を消しながら、ウエイターさんが注文品を並べていった。



 秋の夕暮れの港湾部は、少し冷えてきた。

 キラキラと夕日を反射する水面の向こうに、コンビナートの灯りが見える。

「観光船、乗ってみる?」

 如月が、波止場を指さした。

 港を一周する小さな観光船だ。コンビナートの灯りや、港湾道路に掛けられたスターライトブリッジという橋のライトアップを楽しめるということで、カップルに大人気らしい。

 自分がそんな王道デートコースを、如月悟と体験できるとは、夢のようである。

「な、なんかデートの王道って感じで、照れますね」

 チケット売り場に並びながら、私は、なんとなく顔が赤らむのを感じた。

 並んでいるのは、ほぼカップルばかり。しかもみんな必要以上に身を寄せ合っている。その中に自分も含まれているという事実に、恥ずかしさを感じてしまう。

「マイは、本当にかわいいな」

 優しい如月の言葉に、さらにドキドキする。足が地につかない感じだ。

 観光船は、キャビンとデッキの両方に、二人掛けの座席が並んでいた。船の乗客は三十人くらいか。ほとんどの客が、デッキの座席に腰かけている。私たちもデッキ側の座席に座った。潮風が少しひえてきたものの、如月に密着されて、暑いのか寒いのか私にはよくわからない状態だ。

 出航すると、日は海に沈み、闇の帳がおりはじめる。もっとも、地上の灯りが明るく感じ始めると、空は遠くなっていくだけで、空の星はほとんど見えない。

 船のエンジン音と、波を切る音が響く。恋人たちの声は囁くように小さくて、暗い海面を照らすコンビナートの灯りがゆらゆらとゆれ、甘い時を演出する。まるで、如月とふたりきりになっているような錯覚さえ起こす雰囲気だ。

 如月は私の肩を抱きよせ、ドキドキする私を面白そうに眺める。

「え?」

 不意に、如月の手が私の太ももの上に置かれ、私はドキリとする。ちらりと如月を睨みつけると「何?」と、にこやかに微笑まれた。わざと、である。

 私は、置かれた手を自分の手でそっと撤去しようとした。するとその手を掴まれ、そのままゆっくりと太ももの内側へと移動しはじめる。

「や、やめてください」

 口をとがらせ、如月を睨みつけると、ニコッと微笑まれた。

「やめて、じゃなくて、後で、って言ってよ」

 私の全身がカッと熱くなった。真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「知りませんっ!」

 私は、思わずそういって如月から顔を背ける。完全に如月に遊ばれている。どんな反応を返しても、如月の手のひらで踊らされているようで、少し悔しい。

「ごめん、ごめん」

 拗ねた私の頭を、如月の手が優しくなでた。その手が心地よい。

「私に……色っぽさを要求しないでください。ない袖は振れません」

 恋愛経験値がほぼ皆無で、如月の隣にいるだけで、余裕が全くない状態なのだ。大人の恋の駆け引きなど(大人ではあるけれど)要求されても無理だ。

「マイは、充分色っぽい。大人の色気があふれているのに、反応が初心な少女みたいで、くらくらする」

 どこまで本気かわからないけれど、甘い声で囁かれて、さらに肩を引き寄せられた。

「マイが思っているほど、俺――余裕、ないよ」

 如月の頭が私の頭に触れる。心臓がドキドキしているのに、なぜだかホッとした。

 不意に。

 背筋がゾクリとして、同時に触れている如月の身体が緊張したのがわかった。

「キャー」

 絶叫がおこり、船が揺れた。私は思わず如月にしがみつき、如月は椅子で身体を固定しながら、デッキの後方に目をやった。

 船のエンジン音が止まり、激しく揺れた。

「何だ、あれは?!」

 誰かが叫ぶ。船の後方の暗い海面がビチャビチャと音をたて、何かが海から這い上がってきた。

「全員、キャビンへ避難しろ! 慌てるな! ゆっくりだ」

 如月が、言葉に霊力を込めて叫んだ。呪言だ。パニックを鎮めるのに非常に効果的な方法である。

「マイ、先導しろ、それから、操舵室に行って、緊急通報を」

「わかった」

 私はキャビンへと続く階段のそばで、誘導をする。

「落ち着いてください。走ってはダメです。お話も控えてください」

 如月ほど強力なものではないが、私も言葉に霊力をのせる。呪言による誘導は研修済みで田野倉にお墨付きをもらっていたので、思った以上に冷静にできた。

 全員をキャビンに誘導すると扉を閉めさせて全員を座らせる。

 そしてキャビンから操舵室へと続く扉をノックした。扉は開かない。おそらく船員たちもパニックに陥っているのだろう。

 私は、防魔調査室流に、『穏便』な方法で、ドアノブを破壊して、扉を開けた。

 操舵室には、船員が二人。ガタガタと震え、青ざめている。

 彼らの視線の先は、船首のその先の海面に向けられていた。停船した船のライトに照らされた海面が泡立っている。ビチビチと巨大な魚のようなものが跳ねているのが見えた。

「船長、緊急通報を入れてください。落ち着いてください。乗客の生命はあなた方が握っていることを忘れないで」

 呪言を使いながら、私は船長に『防魔調査室』の番号を教え通報を頼むと、私はキャビンと操舵室の双方に簡易の結界を張り、自分はもう一度デッキに出た。


 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前


 テノールの声が響き、デッキに光が満ちる。

「如月さん!」

 海面から船に這い上がろうとした何かが、九字の光に焼かれて、海に落ちていく。

「マイ、気をつけろ!」

 私は、揺れる船に体勢を崩しながら、如月の傍へと移動する。

 暗闇にビチビチと跳ねる、何か。

 それは、執拗に船に登ろうとしている。

 魚のようで、それでいて、ひとのようにも見える。

「人魚の群れだ」

 如月はそう言って、独鈷所を構える。

 人魚というと、アンデルセンの人魚姫に代表されるような美しい女性の姿を思い浮かべるが、そこにいるのは、髪を振り乱した山姥のような姿で、目は人のものとは明らかに違い、闇の中で赤く光っていた。

「……応援が来るまで、持久戦になる。覚悟しろ」

「はい」

 私と如月は、交互に九字を唱え続けた。

 救援の高速艇が駆け付けるまでのほぼ三十分近い間、人魚の群れは船を取り囲み続けた。

「……応援が来た」

 しかし。高速艇のエンジン音が近づいてくると、人魚たちは、あっという間に波間へと消えていったのだった。


甘さが持続しないのが『隣の田中』。

決して、作者が意地悪なのではありません(たぶん)


2015/9/28 人魚→人魚の群れと訂正しております。

(複数形表記されていないことに気が付きました)

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