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私は隣の田中です  作者: 秋月 忍
第六章 闇の慟哭
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日野陽平

いつもありがとうございます。



 赤い鳥居をくぐった向こうには、玉砂利が敷かれている。

 古風な社務所のわきに、近代的な鉄筋コンクリートの建物がひっそりと建っている。「恋龍会館」という看板が出ていた。霞言流の事務所や、結婚式用の会場などがあるらしい。

 暗闇の奥には、立派な本殿がそびえている。

「本殿じゃなく、会館の方だ」

 柳田が入り口を指し示す。入り口はシャッターが閉められ、裏口は、キーロック式らしい。

「穏便に行くか、強行突破か?」

 如月が、田野倉と柳田の顔を伺う。

「ま。穏便にいこうか」

 田野倉がそう言うと、柳田がポケットからカードを取り出した。

「まさか、スキミング?」

 私がそう言うと、「違うよ、もう少し強引だね」と柳田が呟く。

「単純に言えば、機械をショートさせる」

「……それって、強行突破とは違うのですか?」

 私が首を傾げると、「強行突破は、どっかのバカがやったみたいに、壁に穴を開けるってコトだよ」と、田野倉が苦笑した。

 セキュリティシステムを破壊して進むのが穏便な手段だとは知らなかった。

 霊能者の常識はやっぱり普通とは違うらしい。

「よし、やるぞ」

 柳田は、手にしたカードを投入口に入れ、カードを手にしたまま、念を凝らした。

 バチッと火花が飛び、電気式のロックがカチャリと解錠された。

「うそ?」

「霊波と電磁波ってよく似ているンだよねー」

 田野倉が解説する。

「こわっ」

 霊能者、おそるべし。

「ただ――壊したのはバレバレだから」

 つまり、忍び込むのには使えないらしい。やっぱり、穏便な手段じゃないと思う。

 扉を開けると明かりのついた廊下がのびていた。

 入り口から近い階段は防火扉で、閉まっている。廊下の先には、通常の正面玄関のホールの受付がみえた。

「マイ、下がれ」

 グイッと如月に手を引かれる。

 薄暗い照明の向こうから、数匹の黒い大きな四足の獣が走ってきた。狼のような顔をしたそれは、まっすぐにこちらへ突進する。


 ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン


 田野倉が不動明王の真言をとなえ、ひらりと宙を舞って、獣の前に立ちはだかる。

 廊下沿いの扉が開き、術者と思われる数人の男がバラバラと現れた。

「如月、お前は、日野を!」

「わかった!」

 柳田が叫び、私は如月に突然担ぎ上げられた。

 如月は私を担いでいるとは思えない俊敏さで、獣の間を駆け抜ける。

――すごいケド、これって、文字通り私ってお荷物状態だよ。

 抗議をしたい体勢ではあるのだが、九字を切る以外の戦闘能力は皆無である。運動神経だって、優れているとは言い難い。

 中央突破する如月についていくには、この方法しかないのは理解できる。

「マイ、舌をかまないように気をつけろ」

 如月はそう言うと、私を支えていない側の手から、気弾をとばしながら、通路奥の階段までたどり着いた。

 背後では、文字通りドンパチが始まり、大気がビリビリと震える。

「ごめん、痛かったか?」

 如月がゆっくりと私の身体をおろしてくれた。

「大丈夫です。すみません。足手まといで」

「マイは、訓練を受けていない。何もできなくて当たり前だ」

 如月はそう言って、私の手を引く。

 階段の上から、妖気が流れてくる。じわじわと泡立つように、影が蠢いているのを感じる。

「いるな」

 如月が私を抱き込むようにして、ゆっくりと階段を昇る。

 昇りきった先で、黒のキャミソールドレスを着た見知った美女が白虎に腰をかけて待っていた。

麗奈である。

「どけ。邪魔をするなら、女でも俺は手加減しない。それは既にわかっているはずだ。」

 びっくりするほど冷たい声で、如月はそう言った。

「暫し、時を稼げ……との、ご命令です」

 彼女は、能面のように表情のない顔でそう言った。

 そして、優雅なしぐさで、白虎から立ち上がる。

「日野さんはどこ?」

 私の問いに、彼女の目に少しだけイラツキがうかぶ。

「陽平さまを拒絶したお前に、何故、答えなければならないの?」

 突然、霊気の刃が飛んできた。

 如月が腕を軽く振り下ろして、弾き飛ばす。

「日野さんが妖魔に取り込まれてしまっても良いのですか?」

「陽平さまがお望みであれば」

 彼女は無表情のまま、ついっと手を伸ばす。

「あなたの陽平さまが、この世から消えてもいいの?」

 ホテルでの彼女の様子からみても、彼女は盲目的に日野に心酔しているようにみえる。

 それが愛なのか忠誠なのかはわからない。でも、とても大切な存在なのは伝わってきた。

「お前が陽平さまを拒絶しなければこんなことにはならなかった」

 彼女の手が正面にのばされて、ビリビリと大気に圧力を感じる。 

「無駄だ、マイ。彼女は呪言で縛られている」

 如月は私の前に立ち、麗奈の攻撃を受け流す。

「あなたは、私が日野さんと結ばれても……平気だったの?」

「陽平さまがそれを望むのであれば」

 彼女の表情はずっと無表情のままだ。かわりに、無数の霊力の礫が私たちの方へ飛んできた。

 如月の手がさっと伸び、手を振りおろすと礫は瞬間に消滅した。

「マイ、その女に同情している時間はない。突破する」

「待って」

 私は、如月の前に出る。

「そんな時代錯誤な滅私奉公だから、日野さんは貴女を駒にしかしないのよ」

 私に掛けられた呪言は、如月の言葉が解呪の言葉になった。呪言はたぶん、束縛と同時に、解放の言葉が組み込まれている。

 麗奈を開放する言葉は、なんとなく予感があった。彼女はずっと、自分の想いを押さえつけていたようにみえる。

 命も、身体も、命じられれば、惜しげもなく捧げているのに。

「知った風な口を聞かないで」

「あなた、日野さんが好きなのでしょう?」

 私は、彼女との距離を詰める。勝算もない。作戦もない。でも。日野が如月に「彼女を差し上げる」と言い放った時の、彼女の目を思い出す。

「如月さんなら、日野さんに憑りついた妖魔を滅することが出来るわ」

 私は彼女の手を取った。

「素直に口にしてみて。日野さんが好きだと」

「わ……私は」

 麗奈の唇が震える。

 私は、思い切って彼女の身体を抱きしめた。

「日野さん自身の望みがどうであれ……貴女は、日野さんに生きていて欲しいのでしょう?」

 そう。

 如月と日野が戦ったあの時。私は、自分がどうなっても良いから、如月に生きてほしかった。

 自分を押し殺してひたすらに日野に仕える彼女が、それが恋でなくとも彼の消滅を望むはずがないという、確信が私の中にあった。

「私は、陽平さまとは身分が……」

「この民主主義の時代に、何を言っているの! 好きって言って、あなたを捨てるような男だったら、早く縁を切りなさい! あなたみたいな美人だったら、仕事だって恋人だってその気になればいくらでも手に入れられるわ」

 麗奈の身体が震える。彼女にとっては、禁忌の言葉を口にするのだ。

「そんなものはいらない……私は陽平さまだけをお慕いしているのだから」

 彼女がガクンと膝を落とす。

 すっと、傍らにいた白虎が消えていく。

 彼女の頬が涙にぬれる。そして、能面のようだった顔に初めて表情が浮かぶ。

「マイ?」

 如月が驚いたような顔で私を見た。

「日野さんの術は、きっと、解呪の言葉が用意されていたのだと思います。彼女の解呪は、彼女自身が日野への想いを認めること。きちんと、口にすること」

 私は、麗奈を抱き支える。

「たんなる想像ですが」

 私は如月を見上げる。

「日野さんは、そのひとが一番欲しい言葉や、言いたいけれど言えない言葉を、解呪にしている気がします」

 私は首を振る。

「行きましょう、麗奈さん。案内、していただけますよね?」

「陽平さまは、助かるのでしょうか?」

 先ほどまでの凛としたものが消え、麗奈の身体は震えている。術から解放された彼女は、日野陽平を失うことを恐れている。

「やれるだけは、やろう」

 如月はそう言い、私の肩に手を置いた。

「マイの言葉が正しければ、日野は……たぶん、自分の一番の願望を奥底に封じている。心当たりはあるか?」

 麗奈は瞳を伏せたまま、首を振る。

「陽平さまは、特に何かを望むかたではありません。あえていうなら、このひとだけでしょうか」

 麗奈は、私の顔を見る。

「……違うと思います」

 私は、苦く笑う。

「私、日野さんが術を使わずに、あの調子でアタックされ続けたら、ほだされていたかもしれない」

「マイ!」

 如月が抗議めいた口調で私の名を呼び、ぎゅっと腰を抱く。私は、軽く首を振る。

「日野さんは、術を使う自分が嫌いなのだと思います……」

「まさか」

 麗奈が不思議そうな顔をする。

「陽平さまほど、優れた才能を持った方はおりません。本家のどなたよりも強い力をお持ちです」

「……才能がなければ、霞言流を捨てることが出来たのでは?」

 私の言葉に、如月と麗奈が顔を見合わせた。

「あなたはひどいなあ。私を拒絶しておきながら、そんなふうに私を見るなんて」

 ガチャリと、音がして部屋の扉が開く。

 茶髪で端正な顔をした日野が、苦笑を浮かべながら現れた。ただ、顔色が悪い。じわりと妖気が漂う。

 いつもに増して、怪しげな色気が漂う。

「そんな言葉をかけられたら、『約束』を破りたくなってしまう」

 ニヤリ、と日野は笑った。

「約束?」

 如月が私の顔を見る。

「日野さんは……如月さんが私に告白をして下さったら、私を諦めると『約束』したの」

 こんな状況なのに、言葉にするのが恥ずかしい。

「随分、割の良くないカケをしたのだな」

 如月は、日野の方を呆れたように見た。

「俺が、マイに惚れぬいていることぐらい、知っていただろうに」

 くっくっと、日野は笑った。

「そうですね……マンションで、あなたとすれ違った時に、既に殺気を感じましたから」

 面白そうに日野は如月を見る。

「あれだけ強烈に所有痕をつけられているのに、『恋人じゃない』ってキーワードに反応する舞を見ると、私の方が幸せにできると思っても不思議はないでしょう?」

 言いながら、日野の手が伸びる。彼の手から、とろけだすように妖気がこぼれてくる。

「ああ、でも。『日野陽平』の約束を、今の私が守らなくても、良さそうだ」

 ニヤリと、日野の口の端があがる。黒い彼でないものが彼の中に満ちてくる。

 周囲の気温が下がっていき、肌がピリピリとしはじめた。

「待って。日野さん。ソレに身を任せてはダメ!」

「もう遅い。私の中に妖気が満ちてきている」

 日野は、さっと、彼は手を広げる。

「陽平さまっ! 今のままのあなたが好きです! どうか戦って下さい!」

 麗奈が日野に駆け寄ろうとすると、ドンと、何かにぶつかって、パシッと静電気のような火花が散った。

「麗奈……お前からそんな言葉を聞くとはな」

 日野の目が一瞬、愛おしそうな光を帯びる。

「マイ、九字を切れ」

 如月が私を見る。

 私は、頷き、刀印を結ぶ。


臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前


 光の格子が日野の身体を貫く。

「つぅっ」

 日野の顔が歪む。

「本当に、マイが欲しければ、妖魔などに頼るな」

 如月が、そういって、独鈷杵を構える。

「いくら逃げても、光は当たらない。手を伸ばさない限りは」

 如月の霊波が作った糸が日野を絡めとり、ゆっくりと縛り上げていく。

「お前の名は、そんなに光に溢れているのに、なぜ、日の当たる場所に出てこない?」

 妖気が膨らんでいく。

「私は、この血から逃げられない……でもやっと、私の力が世間に認められるのだ」

 日野の顔が苦悶に歪み、そして、嗤う。

「陽平さま、お願いです……誰が認めなくても、私には陽平さまだけが光なのです」

「そのセリフ……もっと前に、聞きたかった」

 日野が微かに苦笑し……そして、妖気が弾けた。







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