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私は隣の田中です  作者: 秋月 忍
第五章 界弾き
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スカウトされました。

いつもありがとうございます。

  何だかんだで、盛夏である。

  鈴木麻衣がこの世界が来てから、ほぼ三か月が過ぎた。

  魂が二つという状態であるものの、もはや、私たちは私であって、どこまでが田中舞でどこからが鈴木麻衣なのか、よくわからなくなっている。

  仮に、「帰れる」となったら、私は、どうなってしまうのだろう。

  異世界に渡る方法は、『異界渡り』とともに渡るか、『界弾き』で偶然飛ばされる以外にはない。

  小説通りであれば、もうすぐ『界弾き』が起こる。帰るチャンスがあるとすれば、そこかもしれないが、無事に帰れる保証もないし、その後に大混乱が起こることも知っている。

 ――私は、帰らない。

 鈴木麻衣は帰れるとしても、田中舞はここで生きていくしかないのだ。そして、この三か月で『田中舞』としてすごした日々で知り合った人々は、もう、鈴木麻衣にとっても大事なひとである。

 田中舞ひとりでは無力でも、今の私なら、少しは役に立てるかもしれない。それならば私はこの世界で生きていくべきだ。

  三か月めにして、私はようやくその結論に至った。

「ねえ、田中さん、一緒に行こうよ」

 会社の同僚である、白石美紅が執拗に誘う。

「占いねえ」

 そろそろ定時の時間である。時計を気にしながら、私は書類を束ね首を傾げた。

「すっごく当たるらしいの。しかも、占い師さん、イケメンなんだって!」

 占い師がイケメンの必要は、ほぼ皆無なのではないかとは思う。

 ただ、占いの客がうら若き乙女が多いのだから、大事なポイントなのかもしれない。

「白石さん、別に占ってもらわなくても、可愛いからモテるでしょ?」

 私がそう言うと、「わかっていないなあ」と白石は首を振る。

「運命の出会いが、いつなのか知りたいもの」

 運命ねえ、と私は首をすくめる。そんなの、年を取って振り返って初めてわかるのでは、と思ったが、さすがにそれを言うのは躊躇われた。

「いいよ。社会勉強だと思ってついていくわ」

 以前の私だったら、胡散臭いのでなんとか回避する方向を目指しただろうけど、もはや自分が胡散臭いなんちゃって霊能力者であるし、本格霊能力者の知人もできたから、占い師というのにも、少し興味がある。占い師って霊能力者のイメージがあるから、どんなものか見てみたいと思った。

「他人に未来を、あーだこーだ言われて嬉しいのかよ」

 熊田が呆れたように、私たちを見る。

「そんなに否定的に考えなくても、心理カウンセリングみたいなものだと思えば?」

 私がそう言うと、「それも、だいぶ違います、田中さん」と不満げに白石が抗議した。




 占いの館『先視堂』は、高層ビルの地下の、飲み屋街の奥にある。

 黒塗りの壁に、窓のない店構え。ランプ風の暗い照明に、仄かな白檀の香り。

 一人で入りづらい雰囲気ではあるが、待合室には、私たちを含めて女子が五名ほど声を潜めて座っている。

 占いの持ち時間は、ひとり十五分程度で、五千円から一万円程度。占いの内容によって金額が違うらしい。

 占いを終えて出てくる女の子たちは、一様に熱に浮かされた様な顔をしている。占いそのものの結果より、占い師さんに夢中になっているように見える。それはそれで、恋を捜しに来ているわけだから、新しい恋が見つかって良かったのかもしれない。

 正直、五千円あったら、マッサージ屋にでも行きたいのが本音ではあったが、会社の女子との付き合いは重要である。

 白石の相談が終わって、私は名を呼ばれた。

 扉を開けると、強い白檀の香りがした。薄暗い中に、黒い布をかけたテーブルと、黒っぽい椅子。そして、その向こうに白い狩衣を着た茶髪の男。灯りは机の上に、小さなランプ。男の背の壁に間接照明用の柔らかい光がある。

 女の子たちがのぼせ上るだけあって、非常に端正な顔立ちだ。

 目は優しげで、唇は薄め。肌の色も、男にしては白い。

 最近の私は美形に免疫が出来ているせいか、のぼせ上るほどではないが、それでも、ちょっと見惚れてしまう顔だ。

 男は、私の顔を見て、一瞬、顔をしかめたようだが、すぐに営業スマイルを浮かべた。

「田中舞さんでしたね」

 彼の前には、小さなタブレットが置かれている。おそらく、そこに受付で書いた顧客データが入っているのだろう。

「占い内容は、職業運、でよろしいですか」

「はい。今の職場に不満はないのですが、他の仕事をしている友達から誘われていて迷っているのです」

 本当はあまり迷ってはいないけど。

「では、手を出してもらえますか」

 そう言えば、どんな風に占うか聞いてなかったけど、手相占いなのだろうか。

 タロットも水晶玉もないし、格好から見て易者系だよなあと、手を出しながら考える。

「……貴女は、今どんな仕事をしているのですか?」

 私の手の甲をなぜか撫でながら、男は聞いてきた。

 ――手相じゃないの? なぜ、甲を撫でる?

「食品加工会社の事務です」

 男を睨みつけつつ、私はそう言った。

「……向いていないと思いますよ」

 男はあっさりそう言った。

「正確には、才能が生かされていない。貴女の友達とやらが何をされているかは知りませんが……私の仕事を手伝いませんか?」

「はい?」

 私は、阿呆のようにポカンと口を開けた。

「やっと見つけた。貴女のようなひとを。霊的魅力は振りきれているし、霊力も高い」

 男は、私の手を撫で続ける。

「私は、占い師をする気はありませんが」

 言いながら、私は手を引いた。一瞬、男の目がギラリと光ったような気がした。

「違いますよ。私の本職は呪言師じゅげんし日野陽平ひのようへいと申します」

「呪言師?」

 そんな職業、小説にもなかった気がする。

「平たく言えば、拝み屋の一種です」

 男はそう言って、ニッコリ笑った。なんとなくゾクリとする笑みだ。

「おおかた、あなたのお友達と言うのも私の同業者なのでしょう?」

「……お断りします。あなたのお話を受けるなら、友達の会社に行きます」

「諦めませんよ。貴女なら、公私ともに良いパートナーになれそうですから」

 日野はくすりと笑った。

「失礼します」

 私は、逃げるように席を立つ。

 受付でパーソナルデータを書いたことを後悔することになるとは、この時は、考えてもみなかった。




 数日間は何事もなく過ぎた。

 私は、マンションのエレベータに乗り込む。

 仕事は順調だし、最近は妖魔にも会わない。久々の平穏な生活を楽しみながら、エレベータホールに降りて、私は固まった。

 タキシード姿の茶髪の男が、バラの花束を抱えて、うちの玄関前に立っている。

 ――げ。

 何の用事かはよくわからないが、私は、ゆっくりと後退しようとしたものの――日野と目があった。

「やあ、舞さん」

 占い師というよりは、ホストのようである。無駄にキラキラしている。

「私、お断りしましたよ、ね?」

「仕事はね」

 日野はそう言って、花束を私に差し出す。高級そうな紅色のバラの花束だ。

「今日は、交際の申し込みです」

「え?」

 強引に花束を押し付けられ、つい、受け取ってしまう。こんなものをもらったことがないので、拒否をする方法がわからない。

「あの……私、困ります。あなたのお申し出は受けられません」

 しかし、日野は話を聞かずに、強引に私の手の甲に軽くキスをした。

「諦めないと言いましたよ?」

 ニヤリと、日野は笑った。

「今日のところは、これで失礼しますが、また来ますよ」

 片手を上げ、日野はエレベータへと消えた。

 私は、花束を抱えて、茫然とそれを見送る。

 ――あれ? これは。

 カツカツと、靴の足音に気が付けば、如月だった。

 ――第五話、界弾き、田中のシーンだ。


 男とすれ違い、ふと視線を上げると、隣人の田中が花束を抱えて呆然としていた。

「こんばんは」

 如月が頭を下げると、上気した頬の田中が恥ずかしげに頭を下げる。

「こんばんは」

 彼女は、慌てて自分の部屋へと引っ込んでいった。


 そういえば、このシーン、何の意味があるのだろう。よくわからないシーンだ。田中に春が来ようが、どうだっていいじゃないかと思うようなシーンである。

 ――うーむ、一応、田中としては喜ばないといけないのかしら?

 あれ程の二枚目に求愛されたのに、少しもときめかない私は、変かもしれない。

「マイ、どうした? その花束」

 ややムッとしたような顔で、如月が私を見た。

 ――その反応は小説と違います。

 つい、突っ込みたくなりながら。

「えっと、頂きました」

 私がそう言うと、「さっき、すれ違ったホストみたいな男か?」と、如月は私を睨む。

「たぶん」

 なんだろう。鎖骨の辺りがジンジン熱くて痛い。しかも、如月の目が怖い。完全に詰問調である。

「誰?」

「占い師です。本業は呪言師だそうで。先日、占いに行ったら、スカウトされました」

 如月の眉間に皺が寄る。私は思わず、後ずさりした。

「断りましたよ。もちろん」

 私は慌ててそう付け足す。

「何故、家を知っている?」

「占いの受付で住所を書いたから?」

 私の言葉に、如月はため息をついた。

「呪言師のスカウトに、紅色のバラの花束?」

 鎖骨の辺りが痛くてたまらない。涙が出てきそうだ。

 私の顔が苦痛に歪んでいるのを見て、如月がハッとしたような顔をした。

「ごめん」

 そう言って、私の鎖骨にそっと触れる。

 痛みがすうっと引いていった。

「最低だな、俺」

 如月は首を振って、そのまま自分の部屋に入っていった。 

 私は、花束を抱えたまま、如月の部屋の扉をみつめていた。



「マイさん、すっごく美味しい」

 なぜか、杉野亜弥がうちで飯を食っている。

 日野陽平が花束を持って現れた翌日。

 仕事から帰ってきたら、如月の家の前に杉野が立っていたのだ。

 挨拶して、部屋に入ろうとしたら、如月の帰宅が遅れているから、入れてほしいと言われた。

 夕食を食べようとして、訊ねると、『桔梗のごはん』を当てにして食べて来なかったとか。

「私、料理しないのよね」

 あっけらかんと、杉野はそう言った。

「才能のないことに首を突っ込まない主義なの」

 そう言われると、私もそれほど才能があるとは思えないのだが。

 杉野クラスの美女は、料理が出来ないからといって、自分を卑下することもないのだろう。

「だからね、式神を持っている霊能力者って、いいなあって思うわけ」

 杉野は、私の作った親子丼を満足げに口に運ぶ。

「式神を持っている霊能力者って、珍しいのですか?」

「まあね」

 杉野は、頷きながらも、箸を止めない。

「様子を見るくらいの式を使う人間は結構いるけどね、如月みたいに自分で思考して人間と区別つかないような式神は、霊力がありあまっていないと難しいわね」

「ふうん」

 私は、お茶をすすりながら頷く。如月家には、桔梗の他に、撫子、牡丹、楠という、式神がいた。

「如月さんは、霊力が桁違いってことですか?」

 私の言葉に、杉野はクックッと笑った。

「そうか。マイさん、感知は鈍いって話だものね。如月は日本でも十本の指に入ると思うわ」

 普通の術者は、家の壁をいきなりぶち壊したりできないわよ、と杉野は笑った。

「……杉野さんは、如月さんの元カノだって聞いたけど」

 私が言いかけると、杉野は大爆笑した。

「柳田でしょ? マイさん、元カノっていっても、学生時代に二週間くらいつきあっただけなのよ?」

 うん。如月にもそう聞いた。でも、お似合いなのに、と思う。

「あいつさー、今もそうだけど、仕事とか規律に煩くって。もう、カレシっていうより、保護者みたいで、鬱陶しいから合わなくって」

 ケラケラと杉野さんはそう言った。

「顔はいいし、エッチも上手いから、セフレとかにはいいのかもしれないけど」

「え?」

 あまりに刺激的な言葉に、私は下を向く。美女や美形は、私の知らない世界に住んでいるようだ。

「あ、ごめん。マイさんはマジメだものねー。冗談だから」

 真面目と言うより、モテないだけだ。ワンナイトラブというものは、やはり、恋愛偏差値の高い方たちの恋愛である。

「でも、ま。如月もやっと落ち着いて、ホッとしたわ」

 杉野はお茶をすすりながら、そう言った。

「荒れていたのよねー。ここ数年」

「ふうん」

 私は、急須のお茶を杉野の湯呑に注ぐ。

「如月はさ、もともとモテる男だけど。ここ数年は、恋人っていうより、来るもの拒まずって感じで危うい感じがしていたのよね」

「確かに、女性関係の激しい方だとは思っていました」

 私がそう言うと、杉野は首をすくめた。

「隣に住んでいれば、まるわかりよね……でも、如月の名誉の為に言っておくと、たぶん、同時に何人もってことは絶対にしていないと思う」

「私はただの隣人ですから……女性関係に口を出す立場では」

「えーっ、嘘、違うでしょっ」

 杉野は、大声を出してのけぞった。

「ちょっと 杉野さん、声が大きいです」

「ああ、ごめんね」

 杉野はくすりと笑った。

「マイさん、あれ、昨日、男にもらったバラでしょ」

 台所に活けてある花瓶のバラを杉野が指をさす。

「な、なぜそれを?」

 私は、誰にも話していない。ということは、如月が?

「ひょっとして、杉野さん、私を心配して来てくださったのですか?」

「それもあるけど……あーでも、こんなふうに大事に活けてあるとは、思わなかったなあ」

 杉野はニヤニヤと笑う。

「ゴミの日じゃなかったし……私、男性にプレゼントなんて貰ったの、よく考えたら初めてだったから」

「え? 如月は?」

「どうして、そこで、如月さん?」

 私は思わず聞き返す。

「あの、バカ。一生、落ち込んでいればいいわ」

 ふーっと杉野はため息をついた。


バラの花ことばとか、全然、気にもしていないマイ。


たぶん、如月のが気にしてます。


紅色の薔薇の花言葉は、死ぬほど恋い焦がれています だ、そうな。

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