魔法少女(32)はステッキを集めたい!
皆さん、こんにちは!
早速ですが自己紹介しちゃいますね。
私は冬野エリカ、三十二歳。気軽にエリちゃんって呼んでくれると嬉しいなぁ、なんて!
「冬野さん。最近ちゃんと寝れてないんでしょう?」
「問題ないです」
そんな私が今いるのは、『魔物除去株式会社』。略して『マジョ株』と呼ばれてます。
ここは名前の通り、町中に突如として現れる魔物を駆除するための――私が十六歳の時から十六年間勤めている大好きな会社です!
「睡眠時間はどれくらい取れてるの?」
「必要なほどには」
自社の客間で、優しい言葉遣いでそう私に質問してくれているのはメンタルヘルス相談窓口担当の佐藤さん。美人で優しいお姉さん。
何を隠そう私、会社で月に一回行われているメンタルチェックに引っ掛かっちゃいまして、今日は佐藤さんが面談をしてくれているんです。
私はとっても元気なのに、おかしいなぁ。
「またそんなこと言って。目の下のくまが酷いわよ」
「……問題ないです」
佐藤さんが「くまが酷い」と言った時、少しだけ、ほんの少しだけ、心がざわっとしました。
誰かに心配されること。これだけは昔から少し苦手なんです。なんでだろう。よく分からないけど。
「朝食は何時に食べた?」
「六時くらいには」
嘘です。
本当は寝坊しちゃって何も食べてないんです。てへ。
「もうよろしいですか? 失礼します」
「あっ。ちょっと、冬野さん……!」
佐藤さんごめんなさいの気持ちを込めて、しっかりお辞儀しておきました。面談もすごーく大切なことだともちろん理解しているのですが、ちょっと急ぎの用事を思い出しました。
「戻りました」
「エリちゃん。早かったわね。ちゃんと面談したの?」
「はい」
私の部署のオフィスは一見すると普通のおうちのリビングみたいなんです。
「柊さん。昨日の魔物駆除の報告書です」
「ありがとう。エリちゃん、毎日出社してくれてるけど……魔物が出たら連絡するから、おうちで待機でも良いのよ?」
「お気遣いありがとうございます」
またまた私に優しい言葉を掛けてくれているのは、上司の柊さん。四十歳代のお姉さん。私が入社した時からの付き合いで、とっても仲良しなんですよ!
そして私が柊さんに渡した紙は報告書。うっかり提出し忘れちゃっていたことを思い出して、それでさっき慌てて戻って来たんです。
佐藤さんに本当に悪いことをしてしまいました。また今度会えたら、改めてお詫びしなきゃ。
「魔物三体……一人で討伐したのね。さすがベテランね。お疲れさま」
「いえ」
柊さんが淹れてくださったコーヒーを飲みちょっと一息。
——はぁ、美味しくて幸せ。
そういえばさっき佐藤さんから「くまが酷い」と言われたことを思い出しちゃったので、手鏡でチェックしてみます。
私の髪は薄ーい水色で、ショートヘアなんです。瞳の色も同じ水色。お母さん譲りの綺麗な色。
もう、お母さんがこの色を褒めてくれることはないけれど。
「エリちゃん、どうしたの? 目にゴミでも入っちゃった?」
「いえ、特に」
そんなにくま酷いかなぁ。自分じゃよく分からないかも。柊さんに聞いてみようかなと思って顔を上げた時、オフィスの扉がガチャリと開き――。
「お疲れさまでーす」
若くて可愛い声を出しながら中に入ってきたのは、秋野モミジちゃん。十五歳。
名前の通り、髪色は赤い紅葉色。両耳の上でお団子結びにしていて、可愛い髪型。瞳は黄色。なにより八重歯がトレードマークの女の子。
「モミジちゃん。お疲れさま」
「あ、柊さん。お疲れさ……え? 冬野先輩いる。最悪。だっる……」
モミジちゃんは二年前、家が魔物に襲われちゃったらしいです。柊さんがそう教えてくれました。家族みんな食べられちゃったとか。大変でしたね。
「冬野せんぱーい。この間、私の担当……二区の魔物殺しましたよねー? 私の管轄なの知ってますよね? 二度と手ぇ出さないでくださーい」
家族全員が食べられちゃってもモミジちゃんだけ唯一生き残れたのは、今モミジちゃんの手に握られているステッキに秘密があるんです。
赤色で長さは三十センチほどのステッキ。先端にガラスで出来たようなハートの飾りが付いていて、可愛いなぁってつい見惚れちゃう!
何を隠そうこのステッキは――"素質"を認められた女の子たちの目の前に急に落ちてくる、特別なステッキ。
「……冬野先輩、聞いてます? 本当何考えてるか分かんねぇー。ちょっとくらい声聞かせてくださいよぉ。それとも、おばさんだから耳が遠いんですかぁー?」
「エリちゃん、気にしなくて良いわよ。モミジちゃんはエリちゃんのこと心配してるだけ……」
「あー! 柊さん! 余計なこと言わないでください!」
ステッキを振ると一瞬にしてフリフリで可愛い衣装に変わって、髪も伸びて、体型もちょっと補正されるんです。
そしてなによりステッキから出る不思議な魔法を使えるようになって、その魔法で魔物を討伐する――。
「……冬野先輩って、三十二歳……あー、そろそろ三十三歳でしたっけ? 平成一桁生まれ? もう魔法"少女"はさすがに無理すぎでしょ。そろそろ引退したらどうですかぁ?」
そう。私たち、"魔法少女"なんです!
ふふふ。驚きましたか?
「魔法少女ってのはぁ、私みたく若くて可愛い子にしか使っちゃいけない言葉でぇ。三十代半ばのおばさんが使うとなんかの法に触れちゃいませんー? ……もし体がしんどいなら、私が守ってあげても良いですけどぉ?」
魔法少女に与えられた仕事はただ一つ!
町に突如として現れる魔物を倒すこと。魔物たちはステッキから出る魔法でしかやっつけられないそうで、不思議ですよね。
そして私がこの歳になっても魔法"少女"を続けている理由。それはずばり、このステッキを蒐集したいから!
「もう、モミジちゃ……あ。通報ね。はい、もしもし」
オフィス内の黒電話が鳴り、柊さんが応答。このオフィスに掛かってくる電話の内容は大体いつも決まっています。受話器を置いた柊さんと目が合いました。
「一区と二区に魔物が同時出現よ。ちょうど担当の子たちが居て良かったわ。エリちゃんは一区を、モミジちゃんは二区をお願いね」
一区、二区というのは町中をざっくり分けた担当区域のこと。二十三区くらいまであったかな。
弊社は人材不足なので、モミジちゃんのような若い子でも担当する区があります。
魔物をやっつけた数によってお給料も変わってくるので、担当している区以外の魔物をやっつけちゃうと他の魔法少女から顰蹙を買うことも。
そういえばこの間やっつけた魔物、一区に足を踏み入れたと思って倒したらモミジちゃんに「アレはまだ二区でしたよ!」ってたっぷり怒られたんだった。反省反省。
「じゃあ行ってきまーす。冬野先輩、一緒に向かうの嫌なんで……五分経ったら出発してくださーい。その間に私が全部片付けてるかもしれないですけどー」
「こら、モミジちゃん! ……エリちゃん! 気にしなくて良いからすぐに向かって! 民間人が襲われてしまうわ!」
モミジちゃんがステッキを振ると、彼女は赤い光に包まれ――一瞬にして赤いフリフリの衣装にチェンジ。胸元に付いている大きなリボンがチャームポイントなのかな。
「……エリちゃんってば!」
お団子ヘアだったモミジちゃんの髪は、ボリューミーなツインテールに。これが俗に言う変身。
「エリちゃん! すぐに行って!」
変身すると、体力とか足の速さとかも強化されるんですよ。すごいですよね!
「エリちゃん! コーヒーを飲んでる場合じゃないわよ!」
さてさて――モミジちゃんがオフィスを出てから二分が経ったでしょうか。モミジちゃんは五分待ってって言ってましたが、柊さんが肩を揺さぶってくるのでそろそろ私も行こうかな。
「急いで、エリちゃん! 変身して走って向かって!」
「外に出たらします」
◇◇◇
やっと一区へ到着しました。ここは閑静な住宅街。見渡す限り、うーん。魔物は見当たりませんね。
途中のコンビニで買ったおにぎりを食べ終えたので、そろそろ変身しようかなと思います。
私のステッキは全部で六本。水色、ピンク、黄色、緑、紫、青色があるんです。それぞれ先端に付いているモチーフ――モミジちゃんのステッキはハートでしたが、これはステッキによって異なるんです。
今日の気分は水色かな。これは私のオリジナルのステッキで、先端が蝶々モチーフです。
ステッキを振ると、目の前の景色が一気にキラキラと輝き出します。着用していたスーツは水色の可愛い衣装に変わり、パンプスも可愛い水色のショートブーツに変わりました!
変身を済ませ一区内を見て回りますが――血まみれの人が何人か倒れていますが、やはり魔物は見当たりません。
歩いて向かっているうちにどこかに行っちゃったのかな?
変身して走ってくれば三分くらいで着いたんですが、今日はゆっくり歩きたい気分だったのです。やらかしちゃいました。
——ん?
散策しているうちに、人の叫び声と、何かの呻き声が聞こえてきました。向かってみますね!
「…………あ…………が…………」
二分ほど歩いた先。何の変哲もない二車線道路の先。ひびの入った道を悠々と歩いていたのは——魔物。
とっても大きくて臭いがすごいんです。日によって見た目は違うけど、今日は狼みたい。
「…………ふゆ……の……せん、ぱい…………」
その魔物の口に咥えられているのは――モミジちゃん。魔物の口から血が滴り落ちてますが、あれはモミジちゃんの血なのでしょうか。
「…………たす、助けて……冬野……せんぱ……」
ゴリゴリと何かの音が聞こえます。近いところで言えば、軟骨を食べた時のような音かも?
「…………いだ……い……たす、けて……」
うーん。モミジちゃんは助けて、と言いたいのでしょうか。助けたい気持ちは山々なのですが、モミジちゃんがいる場所は二区。
電柱を一区と二区の境界線としているのですが――惜しいですね。あと三歩くらい歩いてくれれば一区なのですが。これでは手を出せません。
「…………おねが……い…………」
手を出しちゃうと、またモミジちゃんに怒られちゃいますもんね。
そういえばモミジちゃん、反撃はしないのかな?
……と、思ってましたが、モミジちゃんの手にステッキが握られていません。魔物の足元にステッキが落ちてます。あれでは魔法が使えません。よく見たら変身も解けてますね。
「…………はな、せぇ…………!」
でもモミジちゃんは魔物の歯を一生懸命手でペチペチと叩いています。思ったより元気そうで良かった!
「……う……あ……! ふゆ……後ろ……!」
モミジちゃんの声が聞こえたと同時に、私の背後に大きな大きな影が落ちました。
振り返るとそこにも狼に似た魔物が立っていました。よだれを垂らして私のことを見ています。
やーん。いつの間にそこに居たのー?
怖いのでさっさと殺しましょう!
ステッキを振るとたくさんの蝶々が現れ、魔物を包み込みました。蝶々たちは光の粉を撒き散らし、魔物を眠らせます。
ステッキの先端を魔物に向けると、蝶々たちがステッキへと集まり出し――一つの光へ。そしてその光を魔物に向かって放ちます。光に包まれた魔物は、あっという間に消え去りました。簡単ですよね!
「……冬野……せ……」
モミジちゃんの声。振り返ると、魔物は残っていたモミジちゃんを咥えたまま私の方へと歩み寄ってきました。いいぞいいぞ、もっと近寄ってきて!
——あ。
でもあんまり近寄られると魔物臭で鼻が曲がりそうになっちゃうので、少しだけ離れます。
「…………ふゆ……の…………まっ、て……」
ほーら、あと一歩。もう半歩!
ああ、惜しい!
「……ごめ……なさ……せんぱ…………わた、し……ほんとうは…………せんぱい、の……こと…………」
……ん?
モミジちゃん、何か言ったのかな。ちょうど欠伸をしていたので、よく聞こえませんでした。
「……せんぱ……い……す…………」
そして魔物は一歩踏み込み、その足は一区へ差し掛かりました。
やったね!
これで私がやっつけても文句は言われないです。
だけどその時、モミジちゃんの上半身が魔物の口からぼとり。
モミジちゃんの体が地面に落ちた拍子に、お団子に結んでいた髪紐がほどけて髪が広がりました。
可愛い髪型だったのに、あらら。もったいない。
魔物が何かを咀嚼して飲み込みました。モミジちゃんの下半身かな?
このままだと私まで食べられちゃいます。ステッキを振り、蝶々たちを魔物へと向かわせました。
そして蝶々たちはストローのような口を魔物へ次々と刺します。すると魔物はどんどん干からびていき、倒れ込み――あとは放っておけば自然と消えていくので、これでもう安心です。
どんどん広がる血だまりへと近寄ってみると、モミジちゃんはやっぱりもう死んでそうでした。はみ出たお肉や内臓が生々しい。
でもこれで二区に足を踏み入れても誰にも見られていないから、怒られる心配が不要に。
私は二区に落ちていたモミジちゃんのステッキを拾い上げます。
赤色、やっと手に入りました! やったー!
他のステッキも全て取り出して見比べます。
ピンクはリボンモチーフ、黄色は三日月、緑はお花、紫は猫、青は人魚、そして赤はハート。
青色は確か去年の子。紫は記憶が正しければ三年前、ピンクは……いつのどこの子からもらったものだっけ。忘れちゃいました。
どれもこれもキラキラしてて女児心をくすぐる……なんて、浮かれるのは家に帰ってからにしなきゃ。
まだ一応お仕事中ですもんね。
「お疲れさまです。冬野です。秋野モミジの死体を確認。回収をお願いします」
こうやって携帯から一報を入れておけば、『魔法少女死体処理課』の皆さんが回収しにきてくれます。死体には触りたくないのでありがたい限りです。
あ、そうだそうだ。魔物を倒した後は、柊さんにも連絡を入れなければいけないのです。
「お疲れさまです。冬野です。魔物二体、駆逐完了しました。秋野モミジは死亡。このまま直帰します。失礼します」
『あっ、ちょっと、エリちゃ……!』
モミジちゃん、可哀想でしたね。痛かったかな。
でもそんなことより、また一種類ステッキのコレクションが増やせたので今日はとっても幸せな日です。皆さんにもこの幸せ、お裾分けしておきますね。ウインク!
——さてさて。
モミジちゃんを見てたら焼肉を食べたくなったので、今日はこのまま焼肉屋さんに寄って帰ろうかと思います。
◇◇◇
私のお母さんも昔、魔物に食べられちゃったらしいんです。
ハラミって横隔膜らしいですよね。
お母さんが最後に食べられたところに似てるなぁ、なんて。
——あれ? なんで私、お母さんの食べられ方を知っているんだろう。あの時は出掛けていたはずなのに。
ううん、家に居たんだっけ?
まあいっか。些細な話を気にしても仕方がない。
ビールでハラミを流し込む、至極幸せな時間。生きてて良かったなって思える特別な時間です。
皆さんもお仕事で疲れた時は、ビールと焼肉で決めてみてください。すごーく幸せになれますよ!
焼肉を食べ終わったら家に帰ってお風呂に入って、テレビを見て、ふかふかのベッドに入って。
そうしてまた明日からステッキの蒐集に励みます。次は——そうだ、白色とか欲しいな。
それでは皆さん、今日もお疲れさまでした!
明日からも頑張りましょうね!




