ピンク髪の女に「もしかして、あんたも転生者?」と詰め寄られまして
放課後の学園にて。
セレスティーナは突然ピンク髪の女生徒に詰め寄られてどうしたものかと困惑していた。
「ねぇ、もしかして、あんたも転生者?」
ピンク髪の生徒は突然そう言って、逃さないと言わんばかりにひと気のない廊下の隅っこにセレスティーナを押しやったのだ。
腰に手を当て、仁王立ちで睨んでくる形相は、可愛らしい顔立ちに反して恐ろしく迫力がある。
「テンセイシャ……?」
セレスティーナは首を傾げた。
「とぼけても無駄よ。
あんたが悪役令嬢のくせに良い子ぶってるせいで、せっかくフラグ立ててもイベントにならないじゃない!」
「良い子ぶってる……」
セレスティーナは扇を取り出して口元を隠した。
こっちだって一生懸命やっている結果なのに、そんな風に言われるのは心外である。
だが、そんな不服な気持ちをそのまま顔に出すのは三流のやることだ。
「あなたは、リリィさん、でしたわね。突然なんですの?
ご用件はなんなのかしら?」
少しだけ非難の色を滲ませてピンク髪のリリィに視線を返した。
「ふぅん……そう。あくまでもシラを切るつもりなのね。
まぁいいわ。なら用件はただ一つ。
レイノルド様は、私が絶対落とすから。諦めなさい」
(ははーん……なるほど)
セレスティーナはわけ知り顔で扇をパチンと閉じた。
「恋バナですね?」
「は?」
「それならそうと言ってくださればよろしかったのに」
「ん?」
「こんなところで話をするのもなんですし、サロンに参りましょうか」
「え?」
「さぁさぁ。こちらへ」
セレスティーナはリリィを引っ張って学園の高位貴族の子女のみが使用を許されているサロンへと足を踏み入れた。
「おかけになって。紅茶をお淹れしますわね。」
「えーと……?」
リリィはセレスティーナのペースに完全に飲まれて目を白黒させている。
セレスティーナは茶器を温め、茶葉の缶を取って「ワンフォーミー、ワンフォーユー」と鼻歌を歌いながらティースプーンで茶葉をポットの中に落としていき、お湯を注いだ。
「さぁ、どうぞ」
琥珀の水色が美しく揺れるカップをソーサーごとリリィに差し出すと、彼女は気に入らないとでもいうようにフンと鼻を鳴らした。
「どうせなんちゃら産の最高級茶葉とか言って私の無知を笑おうとしてるんでしょ。
無駄だから、そういうの。」
「いえ、学園の備品です」
「……」
黙り込んだ彼女を見て、セレスティーナ舞台は整ったとばかりにぱらりと扇を広げた。
「では……始めましょうか。“恋バナ“を」
「え」
「リリィ様は王太子殿下を慕っていらっしゃるのですね?
まず勝算のお話からいたしましょうか」
「ん? ん?」
「リリィ様のご実家の身分だけですと、厳しいものがありますわ。
せいぜい遊び相手、愛人止まりというのがこの世知辛い身分社会というものです」
リリィがムッとしたように口を挟んだ。
「だからあんたが選ばれるって言いたいわけ?」
「いえ。違います」
セレスティーナは一度カップを手に、紅茶を一口飲んで喉を潤した。
「ここからが重要です。
リリィ様には“聖女候補“という肩書きがおありでしょう。
聖女であれば王太子妃になることは、ご実家の身分に限らず可能です」
「わ、わかってるんじゃない……」
「現在、婚約者候補筆頭はたしかに私です。
ですが正直なところ、できることならこの椅子取りゲームから離脱したかったのです」
「破滅するから?」
リリィがテーブルにた片肘をついて紅茶に口をつけた。お行儀が悪い。
セレスティーナはリリィの言葉よりそっちが気になってあまり聞いていなかった。
「他所に嫁ぐより実家の方が居心地がいいので。
我が家には男児がいませんし、私がこのまま侯爵家に残って婿を取るという選択肢が私にはあります。
両親もどちらでも構わないと言っていますから」
そしてここで、セレスティーナは手を伸ばしてリリィの手をぎゅっと握って身を乗り出した。
「ですから、リリィさん。私はあなたの恋を全面的に応援いたします。
殿下を射止めるための具体的な作戦はおありなんですか?」
「お、応援……? だからイベントで」
「校内行事で距離を縮めるというのは悪くない案ですが、それでは不足があります。
まずは趣味・嗜好の把握。そしていかに自然にお近づきになるかということです」
リリィがイラついた様子で早口に語り出した。
「そんなこと、言われなくてもわかってんの!
レイノルド様の趣味は特になし。好物も嫌いなものも特になし。
本人はそう思っていたけど、それは完璧な王太子でいるために自分を押し殺してきた結果で、本当は体を動かすことが好きで、手作りクッキーと庶民の屋台の味が好き!」
「まぁ。ずいぶん詳しくご存知なのですね」
「当たり前でしょ? 公式ファンブックまで買ったんだから」
「結構です。そこまでわかっているのであればあとはタイミングですわね」
扇をビシッとリリィに突きつける。
「だからフラグが」
「何をおっしゃっているのです? 私としましては“魔法実技“の授業を推しますわ」
「……なんで?」
だんだんリリィもセレスティーナの勢いに押され始めて刺々しさが薄れ始めた。
「もちろんそれは、チームを組むというあの授業の性質によるものです。
筆頭婚約者候補の私と聖女候補のあなたがチームを組めば、殿下と組むのは私たちになる可能性が非常に高いと言えます」
「まぁ……たしかに」
そう納得しかけたリリィがハッとする。
「じゃなくて! そもそもあんたが私を除け者にして、同情したレイノルド様が私をチームに入れてくれるのがシナリオだから」
セレスティーナはそれに眉を顰めた。
「リリィ様……残念ながらそれは論理的ではなく、希望的観測と言わざるを得ません」
「でもシナリオが」
「いいですか」
リリィの言葉を遮ってセレスティーナが熱弁を振るう。
「ただ待っていてはいけません。チャンスは自ら掴み取るのです」
「チャンスは……掴み取る……」
「いかにも」
セレスティーナは自らの胸に手を当ててにっこりと微笑んでみせた。
「幸い、あなたには私という協力者がいるのです。
正直、これ以上強力な助っ人はそうそうおりませんわよ」
「自分で言っちゃうんだ」
「もちろんです。筆頭婚約者候補である私があなたをバックアップするのですからね」
「まぁたしかに……」
ようやくリリィはわかってくれたようだ、とセレスティーナが安堵の笑みを浮かべて座り直す。
「ところで……リリィ様は殿下のどのようなところに惹かれたのです?
立場そのものに惹かれて?」
リリィがバンっと机を叩いて立ち上がった。
「バカにしないで!! 私はレイノルド様にリアコしてたの。
最初はこの世界に転生しちゃったと知った時、前世の私は死んじゃったんだって悲しくなった。
でも、ここが“まほ恋“の世界だとわかったから、決めたのよ。
レイノルドを絶対幸せにするって」
「前世……ですか。ご立派な志です」
セレスティーナはどこか懐かしむように目を細めた。
「リリィ様は前世を信じておられるのですね」
「そりゃ……ん? あんたも転生者でしょ?」
「そうですね……実は私も、幼い頃に臨死体験なるものをしたそうですわ」
リリィが共感するように頷いた。紅茶のカップに手を伸ばす。
「私は、子供の頃に頭を打って思い出したの」
「私の場合、高熱を出して寝込んだそうです」
「初めて思い出した時って大変よね。
私はスマホもゲームも何にもない時代なんて本当に耐えられなくて毎日泣いてたわ」
「私は両親を親と認めずしばらく泣いていたそうです」
「学園に入学するのだって、ゲームにはないけど試験があるじゃない。
聖女候補だから免除とかじゃないのよ。
成績優秀者じゃないとレイノルド様と一緒のクラスになれないし、本気で勉強しなくちゃ入学すら危ういなんで聞いてないし」
「聖女候補とはいえ、一定の水準に達している必要がありますのね。
そこは私も初耳でした。
元々私のような高位貴族の子女は家庭教師をつけられているので、1学年までの内容は履修済みであることがほとんどですが、そういう土台がなければ入試は難関になるでしょう。
リリィ様、頑張ったのですね」
「そうなの! 私、現在進行形でめちゃくちゃ頑張ってるの!」
セレスティーナの言葉に、リリィが涙目になりながら紅茶のカップを握りしめた。
「いくらシナリオだからって、平民風情がとか尻軽女とか言われて友達もできなくて、いい気分になれるわけないじゃない……」
「まぁ……そのようなことが? ご苦労なさっておられましたのね。もっと早く気づくべきでした」
リリィが孤立していることについて、セレスティーナが深く考えたことはなかった。
それを悔いるように眉を寄せた。
「そうよ。なのに悪役令嬢のはずのあんたは全然絡んでこないし!」
「それは申し訳ありませんでした。配慮が足りませんでしたわね」
たしかに、侯爵令嬢であるセレスティーナがリリィに絡んでいけば他の令嬢がみだりにリリィを攻撃するようなことはなかっただろう。
セレスティーナは反省した様子で瞳を伏せた。
だんだん話が恋バナから外れてきて、リリィの愚痴が止まらない。
相槌を打つたびに「わかってくれる?!」とまるで紅茶に酒でも入れてしまったかと疑いたくなるほどの恨み節が炸裂している。
しばらく愚痴ってすっきりしたのか、リリィは晴れやかな顔で顔を上げた。
「あー、色々話したらすっきりした。ありがとう、セレス。紅茶ごちそうさま。転生者同士頑張ろうね!」
セレスティーナは「どういたしまして」と微笑んで走り去っていくピンクの髪の後ろ姿を手を振りながら眺めた。
そして……
「結局、テンセイシャって、何なのかしら……」
セレスティーナは、幼い頃に転生した。
幼すぎて、前世の記憶がほとんどない。
リリィの話が半分近く理解できず、聞き流していただけのほぼ現地の人であった。
高位貴族の娘である自分に忖度せず話してくれるリリィが新鮮で、「お友達と恋バナ」とはしゃいでいただけである。
「前世だなんて、彼女って随分ロマンチストだわ。私にもそんな時代があったわね。ふふ……」
リリィはセレスティーナから厨二病判定されていたのだった。
「さて……せっかくできた“テンセイシャのお友達“のために、一肌脱ごうかしら?」
侯爵令嬢セレスティーナは、貴族らしくお友達のために動き出す。
「ノブレス・オブリージュも理解できないお馬鹿さんがこの学園にいるなんて、嘆かわしいこと。
――お仕置きね」
短編作品をお読みいただきありがとうございました!
コメディ風味の短編をもう一本書いております。
よろしければ読んでいただけると嬉しいです。
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聖女は茶髪じゃだめらしい
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