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祖国から15,000海里、遥か先の小さな海 (Ein kleines Meer, 15.000 Seemeilen jenseits der Heimat.)  作者: 蒼野 壮太


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9/13

9.再び、三重の伝承保存会とUAPS(Return to the Mie Folklore Preservation Society and UAPS)

「小さな海が、ナチスドイツの拠点だと考えた根拠は、鉄でできたお寺から?」

 聞いてきたのは真知子氏だ。

「そうですね。浮上したナチスドイツUボートのハーケンクロイツを見たのではないでしょうか?それを、寺社にある卍と勘違いしたか、話が広がる中で変容したか」

「日本の陸海軍が関わっているような話ですので、なにか軍事的なものだろうとは思っていましたけれど、それでも、Uボートって”とても小さなお寺”というには大きいのでは?」

 真知子氏と話している横で、竹内京子が咲季にコソコソとたずねている。

「岸本さん。Uボートってなんですか?」

「バナナボート?少しUの字に近いから?」

 咲季もコソコソと答えている。それにしてもバナナボートってなんだよ?

「Uボートっていうのはね。ドイツ語でUnterseeboot、潜水艦全般のことを言うんだよ。ただ、ドイツ以外の国、特に英語圏では、Uボートといえばドイツの潜水艦という意味で使われるけど」

 たまらず、私が説明する。このままだと、耳に入ってくる若い二人の会話に笑いを堪えられなくなってしまう。

「先生。Unterseebootって言われれば、私にも理解できましたよ」

「悪かった。竹内さんと君が理解できるような言葉を選ぶことにするよ」

 私は気を取り直し、真知子氏の質問に対して答えることにした。

「艦橋だけが、水上に出ていたんじゃないでしょうか。完全浮上する前に、周囲を確認していたのではないかと思います。ドイツの潜水艦の艦橋には、部隊のエンブレムなどが描かれるのが普通なんです」

 実は、艦橋のエンブレムの話は、昨夜、南田に電話して得た知識だ。咲季が、すき焼きに夢中になっている間に、少しだけ席を外して南田に連絡をとっていたのだ。私は先を続けた。

「ですが、そもそも、ドイツや日本の戦史からは抹消されている話です。かなりの極秘任務だったと考えられます。部隊のエンブレムは所属を表しますので、身元が分かってしまいます。だからこそ、この任務では所属に関係のないナチスドイツの作戦として、艦橋にはハーケンクロイツが描かれていたはずです」

「なるほど、艦橋だけを見たのでしたら、”とても小さなお寺”と言っても不思議ではないですね」

 真知子氏が、多少は納得したような表情でそう言いながら、疑問を口にした。

「小さな海と外の海が地下でつながっていたというのは、伝承で語られているから分かるんですけど、潜水艦が通れるくらいの大きさがあったのかしら?」

「あったのでしょうね。海軍も陸軍も調査に来ていますから、きちんと確かめたんじゃないでしょうか。例えば、大昔に大きな地底湖があって、陥没した部分が小さな海になって、外の海に侵食された部分が、その入り口になったとも考えられます」

「そこは専門外なので、私には分かりませんけれど。『小さな海』の伝承を語られたまま信じれば、小島さんの言う通りなのかもしれませんね」

「ちなみに、有名な話ですが、日本の海軍と陸軍って仲が悪かったんですよ。それが、連携して調査や隠蔽を行うというのは、よほどの軍事的な利用価値があったんだと思いますよ」

「軍事的な利用価値ですか。ナチスドイツとの取引に使えるほどの価値、ということですね」

「まあ、そうなります。隠密度の高い天然の潜水艦基地ですからね。場所の提供の代わりにナチスドイツの技術をもらおうなんてことも考えたのかも知れませんね。さっき、お話した本土空襲で報告されたナチスドイツのロケット戦闘機ですが、日本軍は、これの日本版を作ろうとしていました。『秋水』と言いまして、試作機まで出来ていたそうですが、終戦には間に合いませんでした。めずらしく、陸軍と海軍の共同開発です」

「あら?面白い話ですね。小島さんの仮説にぴったり当てはまるじゃないですか」

「ただ、陸海軍共同といっても、2つの勢力があったんだと考えています。一つはナチスドイツの技術だけを受け入れる勢力。もう一つはナチスドイツそのものを受け入れる勢力です。後者が、この地で、ナチスドイツに協力したのだと考えています」

「あの……」

 竹内京子が遠慮がちに口を開いた。

「小島さんが、おっしゃられてた小さな海のあった場所なんですけど」

「心当たりがありますか?」

 咲季が前のめりになりながら、詰め寄るように問いかける。

「心当たりと言うほどではないんですが、私の通っていた中学の方に、北の川と呼ばれている川があって、その上流の山のことなんです」

「でも、『小さな海』の伝承では流れ出す川もないと書かれていますよね」

 さらに咲季が問い詰める。ここは黙って聞くべきじゃないかな、とも思うが、年齢の近い者同士で、やり取りをさせたほうがいいのかもしれないな、とも思う。

「はい。北の川は関係ないとは思うんですけど、その山がゴルフ場なんです。それが一つだけなら気にならないんですけど、いくつかゴルフ場があって、なんとかカントリークラブとか、なんとかゴルフ倶楽部とか、名前が違うんですよ」

「ああ、あそこね」

 年齢の遠い、真知子氏も相槌を打つ。

 そこで、私も、つい口を出してしまう。

「私は、ゴルフをしないので、分かりませんけど、ゴルフ場が集中するのは、立地が良ければ、さほど不思議ではないのでは?」

「それが、全部、同じ企業が経営しているみたいなんですよね。少し変だと思いませんか?」

「企業名は、なんですか?」

 咲季が聞く。

「鈴鹿冷凍センターだったような」

 竹内京子が、記憶をたどるように答える。

「あれ?先生。『鈴鹿冷凍センター』って、吉祥寺でいつか見ましたよね?」

 鈴鹿にいるから当然と言えば、そうかもしれないが、ここでその名前が出てくるのか。これは「アタリ」の気がする。

「見たね。冷凍倉庫だけじゃなくてゴルフ場も経営してるってことか。色々やってるんだね。ちょっと企業情報を調べてみる?」

「はい。待っててくださいね」

 そう言いながら、咲季がカバンからノートパソコンを取り出して、『鈴鹿冷凍センター』を検索する。

「出てきませんね」

「企業名で検索して出てこないって珍しいね。咲季ちゃん。ちょっとゴルフ場周辺の地図を見てみようよ」

 咲季のノートパソコンに鈴鹿周辺の地図が表示され、竹内京子の言うゴルフ場辺りを拡大してみる。

 たしかに、4つのゴルフ場が固まっている。しかも、中心におおむね楕円形をした大きな池がある。地図上のスケールから推測して、外周は伝承と同じく9km程度。富士五湖の西湖と同規模だから、湖と言ってもいい。しかし、名前がつけられていない。

「咲季ちゃん、写真に切り替えてみよう」

 航空写真が表示される。それぞれのゴルフ場の奥は森になっていて、その中心に湖がある。

「これが、小さな海かぁ」

 竹内京子が呟いた。真知子氏は黙り込んで画面を見つめている。

「まあ、まだ、確実だとは言えませんが、そうだと思いますね。なかなか、巧妙な隠し方です。小さな海周辺は、全部、同一企業の私有地ですか……。ただ、私有地にしただけでは、無断で入ってくる者もいるでしょう。そこで、ゴルフ場が一種の壁になっている。そうすると、その先に踏み込もうなんて人は、まずいないでしょうね。ただの山の中に監視カメラがあったら不自然ですが、ゴルフ場でしたら監視カメラも普通につけるでしょう。無断で立ち入れば、すぐに分かるようになってるんでしょう」

 画像を見続けていて、だんだん、帰りたくなってきた。

 見てはいけなさそうなものが、見えてきたからだ。

 湖の周辺は、深い森のようにも見えるが、点々と微妙に森の色とは異なる物がある。ちょっと見ただけではわからないが、これは住居の屋根なのでは。

 さらには、湖のすぐ脇に樹木がまばらな、平地のようにも見える場所がある。これは飛行場跡なのでは。

 平地の奥は、どうやら切り立った崖のようだが、ここに大きな穴を掘れば格納庫として使えるのでは。

 現代の鮮明なカラー静止画像で、じっくり見ればこのように怪しく感じられるが、仮に、戦時中に偵察機から見たくらいでは、全く分からないのではないか。飛行場が迷彩塗装されていて、平時には、木の枝や緑の網などで徹底的に偽装でもされていたら、まず分からないだろう。実際、隠し通されて今に至っているのだから。

「咲季ちゃん。このゴルフ場近辺まで、行ってみようか」

 本当は、帰りたいのに。

 とりあえず、そこまで行って今日は終わろう。

「でしたら、私も連れて行ってもらえますか?道案内にもなりますよ。真知子さんはどうします?」

 竹内京子が言う。なかなか好奇心が強い方だと見受けられる。

「私は行かないわ。なんだか気味が悪いし」

 真知子氏が答える。

 私もかなり怖いし薄気味悪い。しかも、徐々にそれが増してくる。

 これは、なんだろう。カタツムリではなく、カタツムリを食べるヒルが出てきそうな気持ち悪さだ。

 咲季や竹内京子、真知子氏の話し声が、遠いところから聞こえる。

 少し落ち着きたい気分だ。

 ちょっと、お茶を飲もう。

 お茶を飲む。

「先生。黙り込んでどうしちゃったんですか」

「いや、どうもしてないよ。ちょっと画像を見ていたら、シミュラクラ現象のようなものに襲われてしまって」

「先生。それ、なんですか?歯磨き粉ですか?」

 少し落ち着いてきた。

「小島さんて、右目が悪いのかしら?右目にだけ、コンタクトを入れていますね」

 真知子氏が、突然聞いてきた。よく分かったな。

「ああ、これは」、と言いながらコンタクトを外す。

「オッドアイなんですよ。右目だけ青いんです。多少左目に比べ、景色が眩しく見えるとか難がありますので、眼科医でコンタクトを作ってもらってるんですよ」

「え?先生。そんなこと一言も教えてくれませんでしたね」

 咲季が言う。そりゃ、聞かれなければ、自分の身体の事は、なかなか言わないだろう。

「他は?例えば、耳とかには不調はないのですか?」

 真知子氏が続ける。

「ああ、遺伝性疾患、ワーデンブルグ症候群とかをご心配頂いてますね?幸いにして、その他の不調はないです。私のは、虹彩異色症と言って偶発的なものらしいです。ただ、近い血筋に青い目の者がいて、おかげでこうなったのでは?と疑ってはいますが、眼科医に言わせると、そんな話は医学的にはまったく根拠がないそうです」

 そろそろ、失礼させていただいて出かけようかと、咲季と席を立つ。

 玄関口で、秘書の役割とばかりに咲季が丁寧な口調と態度で、真知子氏に挨拶する。

「では、河合さん。今日は貴重なお時間をお借りすることが出来まして、感謝いたします。大きな成果があったと思います。大変、ありがとうございました」

 こういうところは、きちんとしている。そして、たしかに、大きな成果があったと思う。

 まさにちょうど。我々が玄関を出ようとしたその時、入れ替わりに若い男性が入ってきた。

「ただいま」、そしてすぐに私と咲季に気づいて言った。「あ、いらっしゃい」

「真知子さんの長男の、河合秋くんです」

 竹内京子が紹介する。我々は、お互いちょっとだけ会釈をする。

「出かけるの?」

 河合秋が、竹内京子に尋ねる。

「うん。ちょっと。お二人とドライブに行ってくる」

「ふぅん。遅くならないうちに、帰って来なよ。僕が送ることになるんでしょ?あ、車だから、直接へんげの家に送って行ってもらえるんだね?」

「残念でした。河合の家には、自転車で来てるからさ。また、ここに戻ってくるよ」

「自転車で来てるんなら、送らなくていいんじゃない?」

「送るでしょ?普通は」

 そんなやり取りがあった後、一旦、竹内京子を、河合家の玄関先で待たせておいて、咲季と二人で車を止めているコインパークへ向かう。

 かなり、落ち着いてきた。

「河合さんの息子さんって、美形でしたね」

 咲季が言う。

「え?ああ。ベッカムの若い頃に似てたね」

「先生。それ、誰ですか?」

「ん?かなり前のイングランドの元サッカー選手。貴公子なんて呼ばれてたかな。そのベッカムを若くして、日本人っぽくして、目をパッチリさせた感じだった」

「先生。それって、似てるって言えるんですか?」

 こうして、会話をしていると咲季の方が、竹内京子よりも幼いんじゃないかと思えてしまう。

「先生、『小さな海』の話になるまでは、『ドイツ』とだけ言って、『ナチスドイツ』って表現は避けてましたね?」

 幼いかと思えば、こういったことをするどく指摘してくる。勘が良いと言うか、人をよく観察しているというか、咲季にはそんな特性がある。私と同じだ。

「ルーツの話っていうのは、センシティブだからさ。一定の確信がないと言えないよ。ナチスドイツって呼び方は蔑称だし、やっぱり良い印象は持たれていないわけだしね。さらに日本人であることで、戦争中のアジア諸国に対する罪の意識というものも持っているしね。ダブルはきついでしょう?」


 車は、竹内京子をナビ代わりにして、河合家から北の方角へ進む。途中で割と広めの川を横切る。これが、北の川だと竹内京子が言う。川を横切って少ししたところで、左手に曲がる。川の上流近くへ向かうルートになる。

「竹内さん。さっき『へんげ』って呼ばれてましたよね」

 後部座席で竹内京子と、並んで座っていた咲季がたずねている。咲季は近い年代の女性と話すのが楽しいらしい。

「小学校時代からの、あだ名なんです。いまだに、河合からはへんげって呼ばれてるんですよ」

「だから、三重の伝承保存会の会報名は『Henge』なんですか?」

「そうです。私のあだ名の由来は妖怪変化のへんげなんです。そこから、会報もいっそ『Henge』にしちゃおうと思って、保存会の仲間に提案したら採用されちゃいました」

 なるほど、妖怪変化のへんげから来ているのだろうとは思っていたが、竹内京子のあだ名でもあったのか、しかもローマ字で『Henge』。なかなか、センスが良い。

「そう言えば、さっき通った北の川辺りに、美味しいアイスクリーム屋さんがあるんです」

 竹内京子が、咲希に話している。

「え?行く行く。先生、帰りに寄りましょうよ」

「あ、そこ右です。そうすると上りになりますから」

 竹内京子が指示する。右に曲がると、やや勾配のある上り坂になった。そのまま、しばらく進むと左右とも畑になる。畑の向こうがゴルフ場らしく、入口の看板が見えてきた。『北鈴鹿カントリー倶楽部」と書いてある。

「ちょっと、止まってもらえますか?」

 竹内京子はそう言うと、車を降りてここを見ろという仕草をしている。私も、車を降りて看板を見てみる。なるほど、右隅に目立たない字で『鈴鹿冷凍センター』と書いてあった。

「この周辺のゴルフ場って、みんなこんな感じなんです。隅っこにこんなふうに書いてあるか、看板のコンクリート製の土台に書いてあるかです」

「普通なら見過ごしそうですね」

 私は、竹内京子にそう言いながら、どこか既視感のある景色を見渡す。車を止めた少し先にバス停がある。

 おや?

 ここは、咲季の高校卒業旅行の写真の場所じゃないか。

 咲季を探すと、彼女は車に乗ったままだった。

「咲季ちゃん。どうした?」

 はっきり分かるほど顔色が悪い。

「ここ。あの写真の場所ですね」

「そのようだね」

「私のおじいちゃんの家って、ゴルフ場だったんですね」

 そう言いながら、咲季が困惑した表情を浮かべている。

「そんなことあるはずないだろう?記憶に混乱があるんだよ。気を大きく持とう」

 私は、急いで車をUターンさせ、北の川あたりまで引き返した。

 竹内京子が、洋服が素敵ですね、とかそんなことを咲希に言っている。

 咲季も、普通の様子で答えている。

 大丈夫そうだ。

「アイスクリームはどうする?」

 咲季に聞いてみると。

「食べます!竹内さんも食べますよね?」

 ふむ。いつも通りに戻っている。変わり身が早いのか、そうすることで落ち着こうとしているのか。

「咲季ちゃん、今回の取材用資金。余裕で残ってるよね」

「残ってますよ」

「じゃあ、竹内さんと二人でアイスクリームを食べながら、待っててもらえるかな」

「先生は?」

「ちょっと、実家に行ってみる。中には入らないからすぐ戻るよ」

「中に入らないって、先生。それ行く意味あるんですか?」

「少しだけある」

 私は、そう言い残すと二人を車から降ろし、実家へ向かってみた。先程行ったゴルフ場の山の麓あたりが私の実家だ。

 進むうちに、徐々に民家が少なくなり、実家だと記憶する場所に到着した。

 そこは民家ではなく、企業の私有地だった。その敷地は、大型トラックが何台もUターンできそうなほど広大だ。正面には大きな看板があって、そこには『鈴鹿冷凍センター』と記されている。ここが本社施設なのだろう。

 周囲は、塀と目隠しの背の高い常緑樹で囲まれている。

 中までは見通せないが、いくつか大きな建物が木々の間から覗き見できる。

 そうか、私の実家は『鈴鹿冷凍センター』だったんだな。

 困惑した咲季と同じ表情を、私も浮かべていたに違いない。だが、予想どおりでもあった。

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