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祖国から15,000海里、遥か先の小さな海 (Ein kleines Meer, 15.000 Seemeilen jenseits der Heimat.)  作者: 蒼野 壮太


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8.日本に到着した潜水艦たち(Die nach Japan eingetroffenen U-Boote)

「臭い!」

 U-234/IIに乗船した瞬間、皆が口々に叫んだ。新造艦でも、ロリアンに到着するまでの間で、すでに油と湿気の匂いが艦内にこもっている。

 シンガポールまでの、約3ヶ月。その間シャワーも浴びることが出来ず、衣服の洗濯もできないらしい。これに、体臭もまざるとなると、この先は連合軍だけでなく、匂いとの戦いにもなりそうだ。

「日本に到着する前に、衛生面で病気になるんじゃないかしら」

 ゲルティが眉間にシワを寄せながら話しかけてきた。

「総統の構想を実現するためだわ。我慢しないとね」

 そう言って、私はゲルティと、実は自分自身を諌める。

 その後、私達の居住区画責任者の下士官が点呼を取りに来た。

 どうやら、各区画に責任者がいて、副長が報告を集め、最後に艦長へ伝えられるという手順らしい。いよいよ出港だ。

 艦が動き始めた様子を感じてまもなく、艦長の「潜航!」の声が伝声管を通じて響き、直後にベルが鳴り渡る。艦内の空気が一瞬で張り詰めたのがわかる。

「もう、潜っちゃうの?」

 思わず声が出てしまった。

 それにしても、不思議なほど、ロリアンには思い入れがない。ロリアンでの3年間は、家族への手紙も検閲されていて、私達がロリアンにいて、どこに行こうとしているのかは伝えることが出来なかった。ただ、「元気にしている」と「元気にしている?」を繰り返しただけだ。

 街へ出るときも監督官同行だった。それですら息苦しさを感じていたのに、私達BDMはUボート艦内での行動が極端に制限されていた。居住区画で本を読むか、小声でお喋りをするか、あとは指示があったときに食事の手伝いくらいしかやることがない。

 居住区画も、他の乗員とは薄い板の簡易な仕切りで分離され、そこに10名が押し込まれ寝台も互いに近すぎて身動きが取れない。

 男性社会のUボートに、若い女性が10人も乗り込むのだから、できるだけ刺激は与えないという方針の結果がこれなのだろう。

 快適な船旅だとは思っていなかったが、予想以上に過酷な環境だ。だが、私達には、未来を作るという、総統直属の計画を遂行する任務がある。

 ロリアンを出港した3隻はお互い通信も極力控えるらしい。連合軍に探知されるのを警戒してのことだ。シンガポールに最初に辿り着いた艦は最大で10日ほど待機し、その後2〜3週間かけて日本へ到着する予定だ。

 1944年7月16日。シンガポールの日本軍港へ着いた。すでに先立つ2日前、日本の潜水艦とU-234/Iが到着していた。U-234/Iの艦尾には、我が第三帝国のハーケンクロイツ旗と旭日旗が並んで翻っている。見ると私達の乗ってきたU-234/IIの艦尾にも2つの旗が並べてある。敵潜水艦と誤認されないためだろう。

 私達は、とにかくシャワーを浴びたくてたまらなかった。過酷どころか劣悪な環境だった。こんな不潔な姿をHJに見られるのは恥ずかしい。U-234/Iよりも、先に到着していれば良かったのに。

「ハンナ。あなた臭いわよ」

「そうよ。だけど、そういうあなたも臭いわよ」

 ロッテとお約束のやり取りを交わす。汚れているのが当たり前の環境では、お互いの羞恥心も薄れ、こういった冗談のやり取りが状態化していたのだ。

「見て」

 ゲルティが空を指差す。葉巻のような形をした双発の飛行機が飛んでいる。初めて見る日本軍の飛行機だ。少しだけ蝶のようにも見える。

「あんな、丸い飛行機は、第三帝国にはなかったわね」

 ゲルティが言う。私もそう思った。

「戦場の違いだ」

 突然、後ろからエーリッヒ中佐の声が聞こえた。初めて見たときとは比較にならないほど、不潔そうで髭面になったエーリッヒ中佐だ。それでも、やはり私達は緊張してしまう。

「ハイル・ヒトラー!」

 背筋を伸ばし、右腕を掲げる。

「ハイル・ヒトラー!」

 エーリッヒ中佐も応じる。髭面になっても美しいヒトラー式敬礼は変わらない。

「陸続きのヨーロッパと、海で戦争をしている日本とでは、飛行機の設計思想が違う。広大な海域を越える必要性から、あんな形になった」

「それは、具体的には、どういった意味なのでしょうか?」

 ロッテが、エーリッヒ中佐に質問した。私なら、怖くてとてもそんな事はできない。ロッテって、好奇心を抑えられないタイプなのだなと思った。

「彼らは、とんでもなく長い距離を飛んで、戦う必要がある。そのためには、燃料タンクを大きくしなければならない。そのうえ、爆弾も多く積まなければならない。直線的な設計だと空気抵抗が大きくなりすぎる。そうすると、必然的にあんな葉巻のような形になるというわけだ」

「ありがとうございます!たいへん。よく理解できました!」

 ロッテが答える。私もわかりやすい説明だと思った。エーリッヒ中佐はやはり学者肌なのだ。

「ただし、日本には技術力が足りない。我が第三帝国と比べ、エンジンの信頼性が低く馬力が小さい。したがって、馬力を補うためには、装甲を犠牲にして機体を軽くするしかない。つまり、被弾するとあっという間に炎上、墜落だ」

 なるほど、これがエーリッヒ中佐が、ロリアンで言っていた『設計力はあっても技術力が足りない』ということなのだなと理解した。さらに、エーリッヒ中佐が話を続ける。

「アメリカは、ヨーロッパと太平洋の2つの戦場で戦っている。2つの戦場の経験がある彼らが一番恐ろしい。だから、この戦争からアメリカには早めに手を引いて欲しいのだよ」

 エーリッヒ中佐は何度も瞬きをしながら、そう言った。目にゴミでも入ったのかしら。


 シャワー、洗濯。何度やっても匂いが落ちた気がしない。鼻の奥にUボートの匂いがこびりついているような気がする。

「本を乾かしたわ。艦内の湿気で波打っていたじゃない?カビ臭かったし。これでまた読めるようになったわ」

 ゲルティはそう言うと、波打った形のままで乾燥させた本を、重ねていた。

 私達は厳しい監督下におかれ、軍港施設内からは一歩も外に出られない。それでも、狭い艦内に缶詰状態にされていた3ヶ月に比べると、本当に生き返った気持ちになった。

 艦内の油、体臭、腐った食べ物やカビの匂い、湿気、体のかゆみ、そういったあらゆる不快な要素が、BDMメンバーの間でも、精神的な負担となり、ギスギスした空気が流れることがよくあったからだ。今はそういった険悪な雰囲気もなくなった。

 1944年7月22日。

 シンガポールを出港。あと、2週間から3週間の辛抱だ。

 1944年7月25日。

 艦内の空気が新鮮に感じられた。フィリピン近海で浮上航走中らしい。

 1944年7月26日。

 爆雷の音がし始めた。我がU-234/IやU-234/IIではなく、日本の潜水艦、伊号第二十九潜水艦が攻撃されているのだろうとの予測だった。

 日本の潜水艦には、シュノーケルが装備されていない。だから、数時間おきに浮上航走する必要があるとのことだ。潜航中は電気で動くので、充電のためにディーゼルエンジンで航走する必要がある。ディーゼルエンジンを動かすには、空気が必要らしい。 

 我がUボートのように、シュノーケル付きだと、浮上しないままディーゼルエンジンに空気を送り込めるという話だ。

 だから、Uボートに比べ、日本の潜水艦は敵に見つかりやすい。

「ねぇ、ハンナ。これって大丈夫なの?私達が攻撃されているのではなくて?」

 ゲルティが不安そうにささやく。

「大丈夫。水中だと、爆発音がとても遠くまで伝わるらしいわ。私達が攻撃されていたらこんなものじゃ済まないと思うわよ」

 艦全体が微妙に震え、仕切りの薄い板が衝撃で揺れている。ゲルティに大丈夫だといいながら少し不安になる。3隻はどのくらいの距離を開けて移動していたのだろうか?

 そのうち、ドン、ドン、ドンと集中した爆発音が聞こえ、沈黙が訪れた。

 おそらく、伊号第二十九潜水艦は撃沈されたのだろう。我が第三帝国の技術者も数名乗っていたはずだ。

 攻撃が始まってから、私達のU-234/IIはエンジンを止め、静粛潜航にはいっていた。会話も思わず小声になる。敵をやり過ごすまで、この状態が続く。

 あとで聞いたところによると、最も危険な海の中の、バリンタン海峡での出来事だった。

 1944年8月5日。

 日本本国の湾内に到着したと伝えられ、浮上航走となった。BDMも少しだけ甲板に出る許可をもらえた。甲板と言っても狭い通路だ。そこに10人が並んで日本の空気を吸う。

 海の緑が濃い。逆に空は青が薄い。太陽は高く昇っていて、陸地は緑ばかりだ。しかも暑い。ヨーロッパの景色とは全く違う印象の日本は、やはり異国なのだ。

 遠くに市街地が見えるが、そちらには向かっていないようだ。

 上空を日本の飛行機が3機、我がU-234/IIの周囲を旋回している。胴体の下には長細い爆弾のようなものを抱えている。

 私は怖くなって、U-234/IIの船尾を見てみた。ハーケンクロイツも旭日旗も翻っていない。どういうことだろう。日本の飛行機は敵潜水艦だと思って攻撃してきたりはしないのだろうか。

「あれが、零戦(Zero-Jäger)ってやつ?」

 ゲルティが言う。

「違うんじゃないかしら。一人乗りじゃないみたいよ」

 ロッテが答えている。

「あら、変に揺れているわよ。故障?」

 ゲルティが言う。見ると3機が揃って、翼を上下に揺らしていた。

「たぶん、飛行機の敬礼じゃない?敵とは間違われていないのね。良かった」

 私はそう言いながら、彼らが護衛のために、上空を旋回してくれているのだと理解した。

「ハイル・ヒトラー」

 私達もヒトラー式敬礼で応じる。日本軍機の操縦者達から、その姿が見えたかどうかはわからないけど。

 伊号第二十九潜水艦は残念だったが、U-234/Iはもう到着しているのだろうか?

 そんな事を考えていると、また艦内へ入るように命令され、私達は狭い居住区画へ戻った。すぐに港に入ると思っていたのだが。

「潜航!」

 艦長の声が伝声管から響いてきた。

「あら?どうして?また潜るの?」

 ロッテが不思議そうに言う。

「そうよね。真っ直ぐ行くと、断崖のような場所じゃなかった?ハンナ、どう思う?」

 ゲルティも変だなと言う顔をして、私にたずねてきた。

「ここって、日本じゃなかったのかしら?」

 日本に着いたから甲板に出ることを許されたのに、自分でも少し間の抜けた回答をしているなと思った。

 潜航して、しばらく経った頃、ガリッという軽い衝撃があった。どこかに擦ったらしい。

「湾内で潜航するって、変じゃない?岩場も多いはずだし。今、擦ったところに穴が空いたりしてないのかしら?」

 ロッテが心配そうな顔をしながら、つぶやいた。

 と、同時に「メインタンク・ブロー(Haupttankblasen)」という、艦長の号令が伝声管から響いてきた。

 私達は、ようやく最終目的地へ着いたらしい。U-234/IIから出ると、そこは、ロリアンのUボート・ブンカーを小規模にしたような防空用施設のようだった。

 施設の壁には、ハーケンクロイツを中央に配した、赤地のペナント型の垂れ幕が並んでいる。外から響いてくる蝉の大合唱を除けば、ここが日本であることが、信じられないくらいだ。

 あら?日本の潜水艦がいる。

 U-234/IIの隣の係留区画(Boxen)には、伊号第二十九潜水艦の姿があった。あの攻撃をうまく避けることができたらしい。

 でも、かわりにU-234/Iの姿がない。嫌な予感がしたが、まだ到着していないだけかもしれない。

 Uボート・ブンカーを外から見てみると、どうやら、自然の洞窟を加工して造られたもののようだった。

「なんだか、すごいところじゃない?」

 ゲルティが周りを見ながら言う。

「ここって、何?、どうやってきたの?」

 ロッテも驚きを隠せない様子だ。

 海の匂いがする。

 しかし、私達が浮かび上がったのは、周りを山に囲まれた湖だった。

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