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祖国から15,000海里、遥か先の小さな海 (Ein kleines Meer, 15.000 Seemeilen jenseits der Heimat.)  作者: 蒼野 壮太


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6.U-234とその影の艦たち(U-234 und ihre Schattenboote)

 ロリアンに入港した大きな日本の潜水艦は、伊号第二十九潜水艦というらしい。聞くところによると、情報交換の名目で、軍事機密にあたる技術資料や部品のほか、第三帝国の技術者も何人か乗り込むとのこと。彼らも我が第三帝国も、遊びで潜水艦の往復をしているわけじゃないということだ。

 そして、その翌日、BDMとHJメンバーが会議室に集められた。共同訓練でも日本語教育でもないのにこれは異例のことだ。この任務の特殊性を感じ緊張する。

 ゲルハルトとエーリッヒと言う名の海軍将校が、任務の詳細を説明するのだという。ふたりとも理想的なアーリア人の外見を備えており、階級はどちらも中佐ということだ。

 隣りに立っていたクラウスというHJが私に耳打ちしてきた。

「中佐級の高級将校が出てくるなんて、よっぽどの重要任務だぜ?」

「そんなの最初からわかってるわよ。黙っててちょうだい」

「ハンナは怖いね」

 そう言うとクラウスはもとの直立不動の姿勢に戻った。

 ゲルハルト中佐が、まっすぐに私達の方を見て、右手を肩の高さよりやや上に上げた。

「ハイル・ヒトラー!(Heil Hitler)」

 美しいヒトラー式敬礼だ。

 一拍置いてエーリッヒ中佐や私達もそれに習い「ハイル・ヒトラー」と応じる。エーリッヒ中佐も、本当に美しいヒトラー式敬礼をする。比べて、私の左斜め前に立っていたギュンターの右腕が、肩の位置あたりで止まっているのが気になった。

 やはりギュンターは、監視者ではなく告発されるべき側の人間なのでは?彼をこのまま、重要任務に着かせておいて大丈夫なのだろうかと心配になる。

「私と、隣のエーリッヒ中佐が諸君らを日本へ運ぶUボートの任務責任者である。諸君らは日本で極めて重要な任務につくことになる。それを覚えておいてほしい」

「了解しました!中佐殿(Jawohl, Herr Fregattenkapitän!)」全員が声を揃える。

「では、任務の説明をエーリッヒ中佐から行ってもらう」

 ゲルハルト中佐が一歩下がり、エーリッヒ中佐が話し始めた。学者のような穏やかな語り口調だ。だがそれが、逆に恐ろしさを感じさせるような矛盾した雰囲気をまとった人物だった。

「この戦争で我が第三帝国は勝利する。問題は勝利後の世界秩序をどのように保っていくかだ。まず、日本のことを説明しよう。彼らが極東の軍事強国であることは諸君らも知っているとは思う。彼らは朝鮮半島を併合し、満洲国を築き上げた。日本の成長速度には目を見張るものがある。兵器の設計力にも秀でている。彼らに足りないのは、技術力だ。ここまでで、異論はあるか?」

 異論など出そうものならどうなるかわからない。そもそも、私は日本の兵器設計力や技術力も知らない。誰もが、おそらく日本に詳しそうなギュンターでさえも、黙って続きを聞こうとしていた。

「戦後の世界秩序は、我が第三帝国と日本が握ることになる。アメリカはこの戦争から早晩手を引くだろう。ソビエト連邦との主義の違いから反目し合うことになり戦争どころではなくなる。したがって、我が第三帝国は欧州圏を、日本はアジア圏を支配することになるだろう。我々が戦後20年、30年後を見据えて行うべき施策はなんだと思うかな?」

「アメリカとソビエト連邦の弱体化であります!」

 驚くべきことにギュンターが発言した。

「そうだ。そうすることで世界秩序は保たれる。では、その目標はなにか?施策のためにどのような手段を採るべきか?どうだ?」

「我が第三帝国による世界の同化が目標であります」

 また、ギュンターが発言した。

「ほお、君は?」目にゴミでも入ったのか、エーリッヒ中佐が瞬きを繰り返しながら言った。

「地区隊長(Bannführer)のギュンターであります」

「では、どのような手段を採るべきか、という問いには答えられるか?」

「南米に我が第三帝国の拠点を作り、アメリカを抑えます。日本に我が第三帝国の拠点を作り、ソビエト連邦の尻尾を抑えます」

「おおむね、正しい。諸君らは総統直属の構想であり、極秘裏に進められている『思想拠点形成計画』の先発隊として選ばれた。日本の技術力を向上させ、アジア圏の覇者にふさわしい国になってもらうことが一つ。日本人に対する第三帝国の思想的浸透が一つ。日本にアーリア民族の居住地を作ることが一つ。すなわち、第三帝国の技術者とともに、諸君ら理想的で若きアーリア民族の体現者が日本へ渡り、そこで子を生み、育て、日本社会に溶け込み、ナチス思想を広めることが任務である。すでに日本軍部の中には、アーリア民族の文化的影響力を歓迎する前向きな姿勢を示す勢力もある。彼らが、居住区を用意してくれる。すべては我が第三帝国の良き20年、30年後のために!ハイル・ヒトラー!」

 私には、ところどころ理解の及ばない部分もあったが、少なくともHJが21歳、BDMが16歳になる年に日本へ向かわされる理由だけははっきりした。日本でのアーリア系の早婚・多産の奨励だ。

 未来のための任務ならば、歓迎するしかない。総統直属の命令なら、従う以外に道はない。

「ハイル・ヒトラー!」

 HJもBDMのメンバーも声を揃えて応じる。


 その日は、誰もが高揚した気分で寄宿舎へ戻ったはずだ。

「ギュンターって、すごくない?私には思いつきもしなかったことをあんなにスラスラと答えられるなんて」

「ハンナ。あれはエーリッヒ中佐と仕組んだ芝居だと思うわよ。ギュンターってやっぱり監視役だったのね」

 髪を櫛でとかしながら、ゲルティは少し困ったような表情で私を見ながら言った。

「そうかしら?きっと何事も私達よりもずっと深く考えてるんじゃないの?」

「どちらでもいいわ。ギュンターってハンナのお気に入りだったわね?」

「一度、外れたけどね。今日、またお気に入り候補になったわ」

「日本に行ったら、私達って誰と結婚することになるのかしら?もう、組み合わせまで決まってるってことはないかしら?」

「ありえるわね」

「でも、結婚して、子供を産んで、総統の庇護の下で平穏に生きることができるのならそれでいいわ。そこが異国の地でも」

 日本への出発は、4月16日に決まった。ただし、私達にそれが知らされたのは、ほんの4日前、4月12日のことだ。何もかもが前置き無く、突然決められる。極秘計画なのだから、そういうものなのだろうと思う。

 その日の夜、Uボートが2隻、ロリアンにひっそりと入港してきた。機雷敷設任務で使われていたU-234と同型の、ただし最初から輸送任務に特化して設計された極秘建造艦だという。だから、通常の識別番号はなく、私達には、ウー234シュトリヒ・アインス(U-234/I)、ウー234シュトリヒ・ツヴァイ(U-234/II)と呼ぶようにと指示された。

 U-234の影に隠れて、いわば愛称で呼ばれる識別番号のないUボートだ。エーリッヒ中佐やギュンターの言うように南米に向かうUボートもあって、やはり同じ名前で呼ばれているのだろうか。

 ゲルハルト中佐は「情報の断片化と攪乱のため」だと言っていたが、軍隊の人たちは言葉が難しくて困る。もしも、連合軍に拿捕されても、同型艦が何隻建造され、どの艦がどんな計画に関わっているのか、その全体像を掴ませない偽装工作だと言いたかったのだろう。

 そんなふうに、影の任務を背負ったUボートたち。私たちBDMはそれに乗って日本へ行くのだ。

 4月13日の深夜、パンッと乾いた拳銃の音に続いて、ダダダダッといった軽機関銃の音が寄宿舎まで響いてきた。出港直前だというのに陸戦が始まった?ゲルティも不安そうな顔をしている。

 でも、音は長くは続かず、すぐに夜の静寂が戻ってきた。

「ハンナ。今のは何だったのかしら?」

「機関銃の音みたいだったわよね」

 私は素直に思ったままをゲルティに答える。

 すると、すぐに隣室のロッテが、驚いた顔で私達の部屋に入ってきた。彼女はリーゼロッテという名前なのだが、例によって幹部団員や指導者、最近では海軍将校もだが、それ以外の者はみんなロッテと呼んでいる。

「なに?今の音?」

 私は、「機関銃の音みたいだった」と今度はロッテに同じ感想を伝えることになった。

「フリーデルとヘルガは、どうしてるの?」

 ゲルティがロッテに聞く。二人はロッテと同室のBDMだ。

「ぐっすり寝てるのよ。起こしたほうがいいのかしら?」

「どうかしら、もう終わったみたいだけど」

 私が言う。

「フランスのレジスタンスの反乱でもあったんじゃない?簡単に鎮圧できたのね」

 ゲルティは、もうのんきなことを言っている。取り逃がした可能性は考えないのかしら、と私は内心で思ったが、取り逃がしたのならもっと外が騒がしいはずだ。

 しばらくしてから、私達の部屋に明かりが灯っていることに気づいたブルンヒルデ監督官がやってきた。彼女は20代前半で本来ならば姉のような存在なのだが、訓練時の厳格さから私達には恐れられていた。

「一番面倒くさい人がやってきたわね」

 ゲルティが私の耳元で呟いた。

「いつまで起きているつもり?」

 口調はいつもどおりだが、ブルンヒルデ監督官にしては珍しいほど余裕がなさそうな表情をしている。私は言った。

「ブルンヒルデ監督官。少し前に機関銃のような音が聞こえました」

 ゲルティも続ける。

「だから、不安で起きていました」

 ゲルティの言葉を聞いて、ブルンヒルデ監督官は、まず私の方を見て言った。

「ハンネローア。あなたはどう考えました?」

「わかりません」

「ゲルトルートは?」

「レジスタンスでしょうか?」

「リーゼロッテは?」

「連合軍が上陸して陸戦が始まったのかと」

「我が第三帝国は、連合軍の上陸を許すほど脆弱ではありません!」

 ブルンヒルデ監督官は、誇らしげにそう言うと言葉を続けた。

「どうせ、明日には分かることですので、話しておきましょう。先程HJの寄宿舎で思想的に問題のある者が告発されました。その者は追求を逃れようと逃亡を図り、仕方なく排除されたとのことです」

「誰ですか?」

 ゲルティが口を開いた。

「ギュンター地区隊長だとのこと。以上です。その他の情報は、私にも入ってきていません。それでは、あなた達はもう寝るように!」

 それだけ言うと、ブルンヒルデ監督官は出ていった。他の部屋でも起きている者がいれば同じことを言うのだろう。

 それにしてもギュンターが?

 今日はあれほど、第三帝国の世界秩序計画について、明快に回答しながら?

「排除って何かしら?」

 ロッテが呟き、ゲルティが応じる。

「その場で射殺か、拘束されて収容所送りか、どちらかだわね。軍人じゃないから後日銃殺なんてことはないと思うわ」

 最初の拳銃の音がギュンターだったのだろうか?

 いえ、拳銃など支給されていないはず。

 いずれにしても、収容所送りは考えられない。あまりに急に静かになりすぎた。ギュンターはあの音のどれかで射殺されたに違いない。

 私達は軍人でもないのに、極秘任務を背負わされ、それに誇りを持っているし、そうでなければならない。誇りを失った者のことを考えても仕方がない。これでHJは8人になった。それだけだ。

 1944年4月16日。

 それは、私がヨーロッパを見た最後の日付だ。

 これから、日本の潜水艦と、我がU-234/IとU-234/IIがロリアンを出港することになる。U-234/IにはHJ8名とゲルハルト中佐が、U-234/IIにはBDM10名とエーリッヒ中佐が乗り込んだ。そして、それぞれに我が第三帝国の技術者が10数名ずつ加わった。

 3隻の潜水艦は、単独行動を取りつつ、喜望峰経由でインド洋を航行し、およそ3ヶ月後にシンガポールで合流することになっている。

 その先に待っているのは、最も危険な海だという。

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