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祖国から15,000海里、遥か先の小さな海 (Ein kleines Meer, 15.000 Seemeilen jenseits der Heimat.)  作者: 蒼野 壮太


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3.UAPSの秘書(Personal Secretary to the Director of UAPS)

「君、こんなに毎日来てていいの?」

「いいんです。秘書ですから」

「秘書になってほしいって言ったっけ?」

「じゃあ、秘書の肩書をください」

「そんな、会社の辞令じゃないんだから」

「だったら、ホームページや会の機関誌に、秘書として岸本咲季って名前を出してくださいよ」

 咲季の気晴らしになればと思い、UAPSの手伝いを提案したのだったが、咲季は楽しんでいるようだ。しかも、何をやらせても手際が良い。何処かで秘書専用の訓練でもしていたんじゃないかと思えるほどだ。

 最初に、マンションエントランスのパスコードや、合鍵を要求されたときには、多少警戒もした。だが、UFO書籍や資料以外で、盗まれて困るような金目のものがあるわけでもなし、と思っていたら、いつの間にか盗まれるどころか、コーヒーメーカーやら、カップやら、観葉植物やら、咲季専用の作業机やら、逆に物が増えていた。

 それに加えて、こういった積極的な関与を求める発言が私を安心させる。

 咲季には居場所が必要だと考えたことは、間違いではなかったのだと思う。

「名刺も必要かな」

「作ってくれるのならいただきます」

 結局、咲季はUAPSの秘書という肩書を持った。

 UAPSには、代表の私がいるこの本部のほか、九州支部、関西支部、北海道支部がある。100人にも満たない会員数だが、それでも一応組織として成り立ってはいる。

 本部や各支部では月例会や不定期の研究報告会などを開いている。参加者は常に少人数であるが、これでも活発に活動している方だと思う。

 だが、個人的につながりを持つことは少ない。研究対象が異なることや、誰もが本職を持っていて時間がなかなか作れないこと、あるいは機関誌購読だけでとどまっていたい人が多いこと、などなどの理由による。

 友好団体も持っていない。そもそも日本には今やUFO研究組織などUAPSくらいしか存在しないからだ。

 ただし、「三重の伝承記録チーム」、今は改称して「三重の伝承保存会」となっているが、その団体とは機関誌交換をしている。

 民俗学の蒐集団体なのだが、有名な研究者、河合真知子氏を顧問に据えて、これまでに『三重の伝承 怪異編』のほか、3冊ほど資料性の高い冊子を発行している。さらには不定期に『Henge』という会報を発行し、最近では守備範囲を広げ、愛知や大阪、兵庫といった地域の伝承も集めている。そのうち全国的な組織になりそうな勢いである。

 民俗学は語りの構造や変容を研究するが、その語りが指す事実の有無や実在性には踏み込まない。 一方、我々UFO研究者は、語りの信憑性を追求する。そのようにお互いが補完し合える関係になるので相性が良いのだ。しかも、民俗学者は天文学者のように頭ごなしにUFOを否定しない。

「咲季ちゃん」

「ちゃんづけは、オヤジサラリーマンから呼ばれてるみたいで嫌いです」

「どうせ、オヤジサラリーマンだよ。それじゃあ、常に『キミ』っていうのは?しかも語尾を伸ばす」

「なんだか、偉そうですよね。それも嫌いです」

「じゃあ、どう呼べばいいんだ?」

「『岸本くん』?・・・いえ、これは変ですね。『岸本秘書』?」

「政治家か?」

「咲季でいいですよ」

「下の名前で呼び捨ては、私からすると抵抗がある」

「じゃあ、咲季ちゃんで」

 下の名前で呼び捨てにしてやる。

「咲季。この付箋を貼ってあるところの記事を、打ち込んでテキストにしてもらっていい?」

「いいですよ」

 やはり落ち着かないな。ちゃんづけで呼ぶことにしよう。

「では、お願い」

「先生、できました」

「え?まだ10分程度しかかかってないけど。本当に?」

「スマホの機能を使ったんですよ。写真を撮ると文字列を識別してテキスト化してくれるんです。それから、現物と見比べてチェックして、必要ならば修正して終わりです」

「へえ、そんな機能があるんだね」

「この本、紙は和紙じゃないですけど和装本なんですね。発行は5年前ですか。読んでもいいですか」

「そうしてもらうために、渡したんだよ。『三重の伝承 怪異編』。気になる話があったら教えてもらえるかな」

「考えていてくれたんですね?」

「そういう約束だからね。君の失われた記憶には三重に鍵があると思う。そこまではいいんだけど、どこから手を付けるかが問題だったんだ。そこで、いっそ、怪異には怪異で、というところから始めてみようと」

「怪異には怪異ですか。それってUFO研究者の勘ですか?」

「そうでもない。例えば人数不一致型の伝承。子どもたちが遊んでいて、その場にいたはずの人数と、後で数えた人数が合わないことに気づく話。または、後であの子は誰だっけ?ということになるような話。日本民俗学の祖と言われる柳田國男の『遠野物語』にも似たような話がいくつかある。君の話とどこか似ているでしょ?」

「私は、あの子は誰だっけ?のほうですか?」

「君の場合は、あの子達は誰だっけ?になるんじゃないかな?いずれにしても、日常の中に異界が紛れ込む典型的な話だね。UFO研究者の立場からは、異界が紛れ込むんじゃなくてエイリアンから記憶を改ざんされたんだと疑うけどね。三重に似たような伝承があれば・・・」

 あ、まずい。

 見ると、咲季の顔が強張っている。調子に乗って無責任に話しすぎた。しかも、他人事のように。気をつけよう。

「まあ、何かの糸口がつかめればってレベルの例え話だから、気にしなくていいんだよ。ごめん」

「いえ。この変な違和感を解決できるなら問題ないです」

「あとさ、ガールスカウト時代の写真があるって言ってたよね。見せてもらってもいいかな?」

「いいですけど、私は見ないですよ。後ろにあの『顔』が写っていたら怖いですから。アルバムごと持ってきますよ」

 翌日、会社から戻るといつもどおり部屋の電気がついていて、咲季がコーヒーを飲みながらソファでくつろいでいた。常に雑務があるわけではないので、全く構わないのだが、徐々に咲季の生活の拠点がこちらに移っているのではないかと心配になる。こうやって自宅を乗っ取られていくような事件も聞いたことがあるし・・・まあ、それはないか。

「あ、先生。おかえりなさい。コーヒー飲みます?」

「いや、いいかな」

「コーヒー嫌いでしたっけ?最初にお邪魔した時、缶コーヒーを飲んでましたよね?」

「猫舌なんだ。だから熱いのはダメでさ」

「子供みたいですね。で、持ってきましたよアルバム」

 見るとテーブルの上に薄っぺらいアルバムがあった。A4の100円ショップにでも売ってそうな、ビニールポケットにサービスサイズ版の写真を入れ込む形式のやつだ。

 最初の1ページ目は、ビニールの仕切りが外されていて、大判の写真が入れられるようにしてある。なるほど、ここに幼稚園の集合写真が入っていたのだな。

 咲季はできるだけ見ないように顔を背けている。

 それにしても・・・。

「咲季ちゃん。これ、本当に君の子供の頃のアルバム?」

「そうですよ」

「表紙とかはさ、なんとなくシミがあったりして古そうだけど、中は変にきれいじゃない?」

「先生の子供の頃は20年前のものになるのでしょうけど、私のは10年程度ですからね。比較すると新しく見えるんじゃないですか?」

 表紙のシミと言っても、紅茶や薄いコーヒーを刷毛で塗って人為的にシミを作って古そうに装っているようにも見える。どうも変だ。やはり咲季の両親は何かを隠そうとしている。 だからといって、それが青い光や、咲季の記憶の改ざん疑惑と関係するかと言うと、全く別の事情によるものなのだろう。咲季は、幼い頃に今の両親に引き取られた養子なのかもしれない。そういったセンシティブな要素が見え隠れするからやりづらい。

 まあ、その点は注意深くやっていくしかない。まずは、写真だ。

「ふうん。これがガールスカウト時代の写真か。白いブラウスに、黒のネクタイ?チーフかな。スカートは濃紺っぽいね。間違いなく君の面影がある。うん。これは本人だね。可愛いじゃない?」

「そう言われても見ませんよ。怖いですもん」

「後ろには誰もいないよ。砂浜に立っていて背景は海か湖だね。船もない。向こう岸が見える。ということは湖なのかな。同じ場所で撮った写真が4枚か。これだけの写真で君のアルバムは終わり?」

「そうです」

 デジタル時代とはそんな感じになるのだろうかとまた考える。

「咲季ちゃんさ。君ってずっと東京に住んでる?」

「私の記憶ではそうですね」

「写真のここ。この左袖のところにちらっと見えてるエンブレムっぽいのは?なにか分かる?」

 指差して、咲季に写真を見るよう促してみた。

「波間に『顔』が写っていたりしません?」

「ぱっと見た目では、そんなのは、なさそうだよ」

 やっと、咲季が恐る恐る写真を見た。しかし、全く、覚えていないようだ。

 私が、咲季にガールスカウトの写真を見せてほしいと言ったのには理由がある。

 彼女たちのユニホームはほとんど同じなのだが、左袖に県章つまり所属する都道府県を示す章と、所属団の番号を示す章、これを団番号章というのだが、これらを縫い付けることが定められているからだ。それによって、どの地域のどのガールスカウト組織に属していたかが分かる。そうして、咲季が幼少時代にどこにいたのか分かれば、記憶の改ざんのスタート地点がおぼろげにでも分かるのではないかと考えたのだが。

 おそらく、咲季の子供時代のアルバムにこの写真が普通に入っていたということは、彼女の両親は、小学校低学年頃の咲季については何かを隠そうとはしていないということだろう。いやいや、この考えが私の頭をややこしくしている。見えていることだけに集中しよう。

 もう一度、咲季のガールスカウト写真をじっくりと見てみる。

 確かに、どの地域のどの団に所属していたのかは、この写真ではわからない。ただし、ガールスカウトであればだ。違和感を感じてきた。

 はっきりと判別できないが、エンブレムには赤と白が見える。ガールスカウトのエンブレムとは全く違うものじゃないか?

「この写真、スキャナーで取り込んでもいい?」

「え?調査の一環としてですよね。先生の隠された趣味じゃないですよね?」

 バカバカしくて返事もしたくない。

「じゃあ、借りるよ」

 そう言って、自宅部屋の方へ行き、特に左袖が見えている写真をスキャナーで取り込んでみる。う〜ん。やっぱりはっきりしない。

 次に思いついて、スキャナーで取り込んだ咲季の写真をAIに貼り付けて聞いてみる。「これは、どの県のガールスカウトのユニホームだと思いますか?」と。

 数秒後にAIが回答を返してくる。

「ガールスカウトのユニホームに似ていますが、チーフ(または、ネクタイ、スカーフ)の色が違います。黒のチーフは日本のガールスカウトでは採用されていません。また、県章の位置もガールスカウトのユニホームではもっと肩山につけることが一般的です。最も似ているものとしてはドイツ女子同盟(BDM)のユニホームが支持されます。エンブレムの色も一致します」

 どういうことだ?

 咲季は平日は概ね20時半くらいまでオフィスにいて、その後、私が車で吉祥寺まで送っていくことが日課になっている。私の車は、複数人で出かける長距離取材などに備え、また荷物が多くなることも予想し、さらには車で寝泊まりする可能性も考え、ミニバン、つまり一般的にはファミリーカーと呼ばれるタイプにしている。一度この手の車に慣れてしまうと、車高の低いセダンには戻れなくなる。

「咲季ちゃん。何か、食べていく?」

「先生は、何が食べたいですか?」

「ギトギトのラーメンかな」

「明日、にんにく臭くなりません?」

「すごくなると思うよ」

「じゃあ、ドライブスルーでハンバーガーにしたいです」

 それじゃあ、運転している私は食べられないじゃないか?

 咲季が助手席でハンバーガーにぱくついている。最初の印象から変われば変わるものだなと思う。そうは言っても、決して悪い意味ではなく、ぱくついていても下品には見えないし、すっかり懐かれたことが嬉しくもある。

「咲季ちゃんってさ。第二外国語って何にしてる?」

「ドイツ語ですよ」

「そうだよね。今まで聞いたことがなかったけど、咲季ちゃんのご両親って、どちらかが欧州系の人だったりする?」

「いいえ。東アジアの人以外には見えないほどの典型的な日本人です」

「ふうん、そうか。君ってハーフっぽく見えるよね」

「そういう先生はどうなんですか?ちょっとヨーロッパ系の顔立ちですよね?」

 ん?なにか脈が一拍ずれるような、不思議な動悸がし始めた。あれ?私はいつから私だったっけ?

 どうも咲季の話に感化されてしまったようだ。

「近々、三重に行こうと思ってる。民俗学の研究者や三重の伝承保存会のメンバーに会いたいと考えている。これは君の失われた記憶の調査にはならないかもしれないけど、少し引っかかっていることがある。なにか情報が出てくるかもしれない。すくなくとも、本業のUFO調査にはなる」

「では、昨日の『三重の伝承』の気になる話の抜き出しと『Henge』のバックナンバーの読み込みを進めておきますね」

「うん。そうしておいてくれる?」

「あ、松阪牛のすき焼き、食べたくないですか?」

「じゃあ、お土産に松阪牛を買ってくるよ」

「おみやげじゃないです。向こうで食べるんですよ」

「え?いや、君は居残りだよ」

「なんでですか?」

「そりゃ、まずいだろ。いくら年が離れているとは言え、一緒に旅行に行くのと同じだよ。いやいや、年が離れているから、余計変な目で見られるということもあるかな」

「でも、取材ですよね。秘書なら同行すべきです」

「いや、そう言われてもさ」

「一人で残るのは嫌です。心細いですし、記憶が途切れてしまいそうな気がして不安ですから」

「う〜ん・・・」

「私だって三重で何があったのか、ヒントが出てくるのなら立ち会いたいです」

「う〜ん。ポテト一本もらっていい?」

「あ、どうぞ」


「咲季ちゃん。悪いんだけど、ちょっと寄り道してもいい?」

「ドライブですか?」

「それは今してるよ。前に住んでいたところがどうなっているか見たくなっちゃってさ」

 先程の動悸のせいだ。

「先生って、吉祥寺あたりに住んでたことがあったんですか?」

「まあ、ちょっとだけね」

 そう言いながら、3年ほど前まで住んでいた辺りへ車を向けてみた。咲季の自宅からは駅を挟んで逆側だ。

「あれ?」

「どうしたんですか?先生」

「いや、住んでいたマンションがないんだよ」

 車を止めた右手には住宅街が見える。左手にはコンビニがあって、ここで時々買い物をしていたはずだ。その先にあるのは住んでいたマンションではなくて、分厚いコンクリート造りの倉庫のような大きな建物だった。

 それもここ数年で出来たものとは思えないほど古いものだ。

「咲季ちゃん。あの看板、なんて書いてある?」

「鈴鹿冷凍センターですね」

 まずい。何かが私にも起こり始めている。

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