1.ドイツ女子同盟とヒトラーユーゲント(Bund Deutscher Mädel und Hitlerjugend)
<用語説明>
1.ヒトラーユーゲント(Hitlerjugend,HJ)
ナチス・ドイツが青少年をナチス思想に染め上げるために組織した国家的な青年団体。体力訓練、軍事教練、キャンプ、ナチス思想教育などの活動を行い、若者の徹底的な思想統制を目的とした組織。
2.ドイツ女子同盟(Bund Deutscher Mädel, BDM)
ナチス・ドイツが少女をナチス思想に従わせるために組織した国家的な女子青年団体。10〜18歳のドイツ人少女。ナチスの価値観を少女に浸透させ、「良妻賢母」としての役割を果たす女性を育成することを目的とし、家政・育児・健康・身体訓練、ナチス思想教育などの活動を行う。少女たちを国家の理想的な女性像へと導くための、思想統制を目的とした組織。
3.ナチス・ドイツの早婚多産政策
アーリア系人口を増やすために女性に若くして結婚し、多くの子どもを産むことを奨励した人口政策。結婚可能年齢、男性21歳以上、女性16歳以上。なお、日本でも戦時中は多産奨励があった。日本では2022年3月までは男性18歳以上、女性16歳以上。
4.メッサーシュミット Me 163「コメート(彗星)」
第二次世界大戦期のドイツが実戦投入した世界唯一のロケット推進戦闘機。
5.メッサーシュミット Me 262「シュヴァルベ(燕)」
第二次世界大戦期のドイツが世界で初めて実戦投入した双発のジェット戦闘機。
6.ハインケル He 162 「フォルクスイェーガー(国民戦闘機)」
第二次世界大戦末期にドイツが“緊急量産”した軽量ジェット戦闘機。
7.一式陸上攻撃機
第二次世界大戦期に日本海軍が運用した双発の中型攻撃機で、非常に長い航続距離と軽快な運動性を持ち、爆弾や魚雷を搭載して遠距離攻撃が可能だった。一方で、防弾装備が乏しく、被弾するとすぐ炎上しやすいという特徴があった。その丸みを帯びた細長い形状から葉巻とも称された。
8.桜花
第二次世界大戦末期に日本海軍が開発・運用した対艦専用の有人特攻兵器。一式陸上攻撃機に吊り下げられ、目標付近で切り離された後、ロケットで高速加速し、搭乗員が操縦して敵艦に体当たりする。
<参考文献>
・Records of the U.S. Strategic Bombing Survey, Entry 53: Tactical Mission Reports of the 20th & 21st Bomber Commands, 1945
・”保育園の「顔」現象”、”デヴォンの蹄跡”「The Sky People」2021 Vol.10-1 No.19所収、”高名UFO写真についての雑談的考察”、”B-29は本土空襲で何を見たのか?”「The Sky People」2022 Vol.11-1 No.20所収、”続・B-29は本土空襲で何を見たのか?”「The Sky People」2023 Vol.12-1 No.21所収、”「UFO現象」に対する考察と思考実験”「The Sky People」2025 Vol.13-1 No.22所収、いずれもSPA-I発行
・「米軍資料日本空襲の全容」小山仁示 2018、東邦出版、
・「Intruders: The Incredible Visitations at Copley Woods」Budd Hopkins 1987、Random House
・「The UFO experience a scientific inquiry」 J Allen Hynek 1972, Henry Regnery Company
・「Das Geheimnis der unbekannten Flugobjekte. Erste umfassende Fotodokumentation aus aller Welt」 Adolf Schneider & Hubert Malthaner 1976, Hermann Bauer Verlag
・「三重の伝承怪異編」、「三重の伝承鈴鹿編」、「Henge 2024」、 三重の伝承保存会
・「復興を超えた未来へ」小島英雄、松田花共著 1946、鈴鹿冷却出版部
・Koyama, Kiyomi. “Psychiatric Sequelae of Prolonged Combat Exposure: Diagnostic Patterns and Therapeutic Implications.” American Archives of Neuropsychiatric Studies, vol. 12, no. 3, 1975, pp. 241–263.
<出典>
・Brahms, Johannes. “Wiegenlied,” Op.49-4. , Text: Volkslied (stanza 1) / Georg Scherer (stanza 2). , Translation by Sota Aono.
日本人は、潜水艦に乗ってやって来た。
1942年の夏の終わり、占領地であるフランスのロリアンでのことだ。
彼らは任務を終えると、数人を残して日本へ帰って行った。
日本人は、筋肉質で日に焼けて浅黒く、ぎらつく目をした小さな人たちだった。まるで私達と同じ人間には見えない。美しくないというのが、率直な印象だった。
でも、とても自制的な振る舞い、常に姿勢を正し、緊張感あふれる表情から垣間見える軍人としての規律正しさ、そういった共通した雰囲気も感じることが出来た。
第三帝国(Drittes Reich、ナチスドイツ期の祖国の呼称)、つまり総統が、日本を文化的に高度で軍事的に強力な国家として、一定の敬意を払っていたのも納得できるような気がした。彼らは、美しくなくとも名誉アーリア人なのだ。総統がそう定めたのだから、それが正しい。
いずれにしても、私は、いやドイツ女子同盟 ー BDMと略称で呼んでいたけれど ー から選抜された私達は、彼らの国へ行き、全容の知らされていない、ある重要任務を完遂しなければならない。
アーリア人の中でもさらに理想とされる金髪碧眼、整った顔立ち、白い肌といったノルディック型の外見が選抜の基準だ。そうして私達10人が選ばれた。つまり総統の最も理想とする10人なのだ。そのうえ、重要任務を託されるのである。誇らしくないわけがない。
同じ基準でヒトラーユーゲントからも男子10人が選ばれた。男女合わせて総勢20人の特殊要員だった。
私たち重要任務に携わる者は、身元を隠すため、原則として姓ではなく名で呼び合うことになっている。この規則は上層部の軍人たちにも適用されている。
私たちは14歳から16歳にかけて、この地に残った日本人の一人から日本語を叩き込まれ、その後、日本へ向けたUボートに乗ることになる。およそ15,000海里(15.000 Seemeilen)の旅だ。
訓練は日本語教育だけでなく、多岐にわたる。体育訓練、料理、裁縫、育児、看護補助、看護支援訓練、ナチス思想の学習、団結と規律の育成などなどだ。
「ハンナ。今日の体操の訓練はきつかったわね。あまりにきつくて心の中で祖母の子守唄が繰り返し流れていたわよ」
訓練が終わり寄宿舎への帰り道で、声をかけてきたのはゲルティだ。私のハンネローアという名前をハンナと略さず呼ぶのは、幹部団員や指導者くらいのものだ。ゲルティも本名はゲルトルートだが、彼女もまた一部の例外を除いて皆からゲルティと呼ばれていた。ヘルマン・ヘッセの「春の嵐」のヒロインの名前と同じで羨ましかった。
「ブラームスの子守唄?」
「そうなのよ」
「心に歌でも流していなければ、やってられないほどきついってこと?」
「そういうこと」
「わかるわ。ゲルティ。私も似たようなものよ」
「14歳になる年にロリアンに来てから、最初は料理や裁縫とか、看護補助の訓練だったのが、最近はめっきり減ったと思わない?」
「年齢相応の訓練なんじゃない?」
「ハンナ。私達ってUボートに乗って日本に行くんでしょ?体力的に相当つらいんじゃないのかな」
「たしかに、ゲルティの想像どおりかもしれないわね。だから、体操の訓練が増えているのかもね」
「ところで、HJのヴェルナーってどう思う?」
ゲルティが突然出してきた名前は、私達より5歳年上のヒトラーユーゲントだ。HJはヒトラーユーゲントの略称だ。
「どうって。なんとも思わないけど」
HJたちとは、共同訓練、日本語教育のときに顔を合わせるので、お互い顔見知りだし、日本で同じ重要任務につく仲間でもあると聞いている。
「じゃあ、ヴェルナーは私のものよ。いい?」
「分かったわ。ゲルティ。じゃあ、私はギュンターにしようかな」
ギュンターも同じく5歳年上のHJだ。彼らの中では一番やさしい雰囲気を醸し出していたのがお気に入りとしたい理由だった。といって、個人的な会話をしたことなどほとんどない。
ロリアンで日本に旅立つ同行者というと、だいぶ年長の第三帝国の軍人や技術者である。同世代だとHJが主な話の種になるのは、当たり前だし、嘘でもお気に入りの誰かを作っていなければやりきれない。
総統の意志のもと、私達は両親やきょうだい、故郷に別れを告げたのだ。そのくらいは許してほしい。
ロリアンには強固なUボート基地がある。ブンカーと呼ばれる厚さ数メートルの鉄筋コンクリート施設で、複数の係留区画が設けられている。係留区画とはUボートの停泊施設で、例えて言うと一つの区画は洞窟のようにも巣穴のようにも見える。
1943年の1月から、英国や米国の爆撃機による空襲が始まった。目標はUボート基地だ。基地からかなり距離のある寄宿者の窓から見えたのは、激しい爆撃にも沈黙を守るコンクリートの塊だった。堅牢すぎて全く破壊できないのだ。
そのことが、逆に嫌な予感を私に運んできた。Uボート基地を破壊できないのなら、私達の寄宿舎のある市街地への無差別爆撃に切り替えるのではないか。英国は同じアーリア人でありながら裏切った。米国はアーリア人の血を持ちながら混血を進め退廃の道を選んだ。そんな彼らならきっとそうする。同じ連合国だったフランス人を多数犠牲にしてもそうするはずだ。
寄宿舎の通路や食堂の壁には総統の横顔の下に「Wir folgen Dir(我々はあなたに従う)」というポスターが貼られている。私達は総統を信じて、進むのみだ。
そのうち、本当に市街地への爆撃が始まった。ちょうど街へ出かけていたらしいヴェルナーが犠牲になった。HJは9人になった。
ゲルティはディーターをお気に入りに据え替え、ヴェルナーのことは早々に忘れることにしたようだ。
ゲルティのこういった切り替えの早さを、気まぐれだとか、掴みどころが無いと批判するBDMメンバーもいたが、私はゲルティを責めない。
誰もが生と死が隣り合わせの祖国の威信をかけた戦いの中にいるのだ。兵士候補が亡くなれば、若き女性が健康な男子を産んで補充すればよい。第三帝国の女性はみんなそういう教育を受けてきたのだ。切り替えの早さは悪いことではない。
連合軍の空襲は日に日に激しくなり、私達とHJは、同じブルターニュ地方のロリアンの北東約30kmに位置する小都市オレに疎開することになった。
ロリアンの爆撃音とコンクリートから一転し、苔むした石畳の坂道と中世の港町の静けさが印象的なところだった。高台から見ると青屋根の家々と川の曲線が広がる美しい景観の町だった。ここなら、訓練に集中できる。
「ハンナ」
訓練施設から寄宿舎へ戻る道で、ギュンターから声をかけられた。
「ギュンター。話しかけないで。規律違反と見なされるわよ」
「同じ任務の仲間として話しているだけだから、大丈夫だよ。若い男女といえども容認対象だ」
「では、手短にお願い」
「君はどうして日本になんか行こうと思ったの?」
「総統の意志に従っているだけよ」
「日本がどんな国か知ってる?」
「知らないわ。東アジアの軍事強国ってことくらい」
「彼らは独特の文化を持っている。フランス人は彼らの描く絵画に夢中になった時期もある。ジャポニズムってやつだよ。おそらく今だってその影響から逃れられていない」
「でもそれは、文化を好んだだけで、日本人を好んだわけではないのでしょう?」
「矛盾してるね。文化は人間が作る。日本人は彼らを夢中にさせたんだ。それでもフランスは日本の敵になった」
「ギュンター。あなたは何が言いたいの?」
「日本人の絵を見たことがあるかい?」
「浮世絵?名前だけしか知らないわ」
「そう、浮世絵だ。彼らはね。影を描かないんだ。影の中ですら陽の光の中にあるかのように繊細に描くんだ」
「詳しいのね?」
「そんな日本人が中国大陸では民間人を虐殺をしているという噂だ」
「イギリスやアメリカだって、ついこの間ロリアンの民間人を大勢殺したじゃない?仲間だったフランス人も」
「じゃあ、僕らの祖国はどうなんだろうね」
「それが戦争だわ。文化的な精細さと正義は別物でしょ?フランスにはフランスの、日本には日本の正義があって、お互いが敵になったのよ。それだけのことだわ」
ギュンターは、私が何も知らないとでも言うような表情を浮かべていた。
「国家対国家の戦争ならね。でも、戦争を隠れ蓑にして非道なことをしているとしたら?」
「ギュンター、あなたは危険思想に傾きかけているわよ。そんな話をこれ以上続けると、あなたを告発しなければならなくなる」
「悪かった。やめるよ。少し神経質になっているのかもしれない。忘れてくれ」
そういうとギュンターは、自分たちの寄宿舎の方を向いて走り去ろうとした。
「待って、ギュンター。どうして、私にそんな話をしたの?」
ギュンターは振り返って、「君にだけじゃないよ」そう言って走っていった。
寄宿舎に戻ってゲルティに尋ねてみた。私達は基本4人部屋で過ごしているのだが、人数の関係から私には二人部屋があてがわれていた。ゲルティは同じ部屋だった。
「ギュンターが、おかしなことを言っていたの。日本人が虐殺をしていて、私達の第三帝国も、何かを隠しているのかもしれないなんてことを」
「彼は、誰にでも同じ話をしてるのよ」
ゲルティが言った。
「だとしたら、いつか危険思想を持ってるって告発されるんじゃないかしら?」
「ハンナ。私達の訓練も、もう終盤よね?」
「そうね」
「彼は、私達一人ひとりに同じような、そしてさも意味ありげな話をして、総統への忠誠心が揺らいでいないか探っているんじゃないかって噂よ」
「じゃあ、ギュンターって神経質なふりをして私達を試したり監視したりしてるってこと?」
「噂だけどね」
1944年の早春3月11日、私達のUボートよりも一回り大きな日本の潜水艦がロリアンに入港してきた。
私が16歳になる年のことだ。それは、日本への迎えの合図であると同時に、祖国との永遠の別れの合図でもあった。
潜水艦に乗って再びやってきた日本人たちは、初めて見たときよりも精悍に見えた。
彼らの敬礼は少し変わっていた。帽子の庇に右手を当てるのだ。我が、ヒトラー式敬礼(ヒトラー・グリュース:Hitlergruß)とは全然違う。
日本人と第三帝国の軍人が、お互い敬礼をする瞬間が一番興味深い。彼らの忠誠の対象が、我らが総統ではなく、別にあることがよく分かるからだ。喩えるなら、ヒトラー式敬礼が『鋼鉄のような美しさ』であるとしたら、『静かな、抑制された美しさ』だ。
どちらにも、そこには信じるものに対する揺るぎない信念があるように見える。
少しだけ大人になった私は、そういった種類の異なる美しさもあるのかもしれないと思った。




