婚約破棄されましたが、断罪もセットでお得でした。
「今日で君との婚約も最後だ!」
「エミをいじめたこと、僕は許さないからね!」
「お前と婚約していたこと自体が恥だ!」
「優しいエミに代わって成敗する!」
そんな怒号が鳴り響く夜会。
今日は建国記念の夜会、だったはずだが。
そこで行われたのは貴族嫡男による婚約者への断罪だった。
五人の男たちは不安そうにあたりを見回す一人の少女を囲っている。
そこには、アリスティア第二王女の婚約者、テオドールもいた。
四人の男による、それぞれの婚約者への断罪が終わった後、ずいっとテオドールが前に出る。
いよいよ、テオドールとアリスティアの番がやってくるのだろう。
周囲はごくりと唾を飲む。
テオドールは、ゆっくりと息を吸うと、会場内に響き渡る声で宣言した。
「アリスティア王女殿下。貴方との婚約を破棄させていただきます。理由はもちろんお分かりですね?」
「……」
ここでうっかり返事でもしようものなら、言葉狩りとばかりにやってもいないことをまくしたてられる。
先ほどからのやり取りでそれを学んだアリスティアはずきずきと痛む胸をよそに口を閉ざした。
そんなこと、気にも留めずにテオドールは再び息を吸うと発言を続ける。
「……俺が不貞を行い、婚約関係にあるあなたを蔑ろにしたからです」
「「「……はい?」」」
その瞬間、会場全体の心が一つとなった。
――話は変わるが、アリスティアとテオドールの婚約は、別に誰でもよかったが、さっさと婚約したいテオドールと、のびのび研究をしたいアリスティアの利害が一致したことによって結ばれた婚約であった。
その事を二人とも理解していたし、アリスティアが研究者気質だったこともあってか、二人は月に一度のお茶会を開くぐらいしか交流が無かった。
アリスティアはそれでいいと思っていたし、これからもそうやって生きていくのだろうと思っていた。
きっかけは、本当にある日のお茶会だったように思う。
薄っぺらな近況報告を終え、さて何も話すことがなくなってしまったというその時。
テオドールから予想外の話題が飛んできた。
「そういえば、アリスティア様は研究をなさっていると聞きましたが、今はどのような研究を行っているのですか?」
「……へ?」
それは、アリスティアにとって全く予想だにしていない質問だったし、この男が興味を持つのか、と疑問に思った。
なにせテオドールは騎士見習い。
剣を振る事しか頭にないような脳筋だったからだ。
しかし、聞かれたことには答えねばなるまい。
「その……民間伝承と呼ばれる話について、それの要因について調べています」
「それは……何ですか?」
民間療法と言われてもぱっと頭に浮かばなかったのだろう。
テオドールは首を傾げる。
「その、平民の人たちには、『病気の際、首にネギを巻く』ことや、『悪女は鼻をつまんで引っ張りあげなさい』みたいな話があるんですが、どうしてそんな話があるのか、みたいなことを今は研究しています」
テオドールはそれを聞いてさらに首を傾げた。
「……それの何が役に立つんです?」
「……それは……」
アリスティアは言葉に詰まる。
その言葉は、自身の家族にも、そして周囲の人物からも言われ続けたことだった。
「何の役に立つんだ?」「もっと実益のあることをしなさい」
その言葉に彼女は傷ついてきた。
「確かに……意味のない事かもしれませんが……」
手のひらを合わせつつ、そうたどたどしく言葉を返すアリスティアに慌ててテオドールは言った。
「いえ!単純に気になっただけで、別に意味のない事をするな、なんて言いませんよ!それに俺も気になってますし!」
「……え?」
「言われてみると、確かに不思議だなって思って!分かったらぜひ教えていただけるとありがたいです!」
そんなことを言われたのは初めてだった。
今まで興味を持ってくれるような人もいなかったし、ましてや話を聞いてくれる人なんている訳も無かった。
そこからのお茶会は、アリスティアにとって煩わしい物ではなくなっていた。
テオドールは真摯にアリスティアのやることに向き合ってくれたし、テオドールなりに考えてくれたりもした。
テオドールの存在は、いつしか、アリスティアの中で大きなものとなっていたのだ。
――しかし、テオドールもそうであるわけではないと知ったのは、しばらくの後だった。
――閑話休題。
自分の非を理由に婚約破棄を高らかに叫ぶテオドールに、辺りは騒然となっていた。
そんな中、口を開いたのは第二王子である。
「おい、テオドール、何を言って……」
「——俺は言いました。『これは俺達の非による婚約破棄』だと。殿下は『悪いのはあいつらだろう?』と聞く耳を持ちませんでしたが。俺は俺の好きなようにやります」
テオドールがそう言い切ると、第二王子は閉口してしまった。
しかし、続けて宰相の息子がテオドールに指を突きつける。
「テオドール!そいつらはエミをいじめた犯人だ!そいつらを庇うのか!?」
「俺はこうも言いましたよね?『証拠は?』と」
「エミがそう言っていたんだ!見た目もこいつらしかいないだろう!?」
「……被害者の証言だけでは罪人をさばくことはできませんよ?きちんと証拠をそろえておく必要があります。こんな感じで」
そう言ってテオドールは懐からいくつかの資料を取り出す。
「……例えばこの間エミが階段から落ちて、ケガをした事件。エミの証言から、ある程度時間と場所を絞り込めます。エミは『金色の髪の毛を見た』と言っていましたが、そこまでくれば犯人を絞り込めるでしょう」
アリスティアは、自身の太陽のように輝く金色の髪を触る。
テオドールがそう言うと、魔術師の少年が叫ぶ。
「だったら、犯人はアリスティアで確定だ……!」
「——その日、その時間、その場所には、エミ以外、誰もいなかったそうです」
「そんな訳があるか!エミはケガをしているんだぞ!?誰もいないわけが……」
と、ピンと来たかのように商人の息子が叫ぶ。
「アリスティアはきっと見た人を脅し、黙らせているんだろう?王族の権限を使えば簡単だもんな――」
「ぼ、ボクは、そんなこと……!」
「その時間、アリスティア王女殿下は、俺と一緒にいました」
「「「「……は?」」」」
「この日、この時間。アリスティア王女殿下は見覚えがあるでしょう?」
「……あ」
そう言ってテオドールに渡された資料を見る。
「……いつもの、お茶会の時間」
「そうですね。この時間、俺と殿下は一緒にいるので、確実に犯行は無理でしょう」
「な、なら、他の令嬢に指示をして……」
「その時間にその場所でエミは一人だったんです。それに、他の事件も、エミの証言をもとにまとめてあります。」
そう言って資料を一枚一枚令嬢たちに手渡していく。
「あ、この時間……」
「この日は……」
「当然、彼女たちが関わることが不可能なことは調査済みです」
「それじゃあ、エミは誰に……」
「ここまで来ると、俺も信じたくはありませんが、結論は一つに絞られます」
そう言ってテオドールはエミの手を取る。
エミはキョロキョロとせわしなくあたりを見回しており、挙動不審である。
「テオォ……みんなが私の悪口を言って——」
「エミ。これまでの事件、全て、自作自演ですね」
「……え?」
「エミ。皆に謝罪して、罪を償いましょう。俺も付き合います」
テオドールがそう言うと、会場はざわつく。
つまり、少女の自作自演に踊らされて、四人の少年は断罪を行った――冤罪という事だ。
しかし、エミは首を横に振る。
「いや、皆ずっと悪口を言ってきて、私を笑ったり、背中をドンと押してきたりするんだよ?」
「……エミ。このままだとどんどん罪が重くなってしまう。お願いだから、早く――」
「エミが違うと言っているのだから、違うに決まっているだろう!!」
第二王子はそう言ってつかつかとテオドールの元により、エミからテオドールを引きはがそうとする。
「っ!しかし、殿下!これではエミが……!」
「エミの事を信じきれないとは、貴様のエミへの想いなどその程度であったという訳か!」
「エミの事は僕たちが守ってあげるよ!」
「エミ、もう大丈夫だからね」
「エミ——」
その光景の中、エミに寄る影が。
「アリスティア王女殿下……?」
「妹よ、エミに何をするつもりだ?」
アリスティアは最近やっていた研究を思い返す。
『悪女は鼻をつまんで持ち上げる』。
確か、鼻をつまんで持ち上げることにより、魔力の流れが阻害されて……。
アリスティアは、エミの鼻をぐっとつまんで持ち上げた。
突然の蛮行に、エミはされるがままになってしまう。
「痛、痛、痛い!痛い~~!!……あれ?悪口が聞こえない……」
「?なんで俺はこの女を守ってたんだ?」
「あれ、僕、今まで何を?」
「なんで俺はこいつに好意を?」
「あれ?」
「……」
アリスティアがエミの鼻をつまみ上げた途端、エミとその取り巻き五人の様子はがらりと変わったかのように見える。
困惑する令嬢たちは、アリスティアに声をかける。
「あの、これは……?」
アリスティアはきょとんとした表情で説明した。
「これは、魅了の魔術が原因ですね」
「み、魅了の魔術?」
「えぇ。魔術に掛けられた人が、魔術をかけた人に好意を持つ魔術です」
それを聞いて、会場はざわつく。
人の心を操る魔術。
そんな魔術が存在すれば、簡単にこの世を牛耳ることができるんじゃないのか?
そんな不安と欲にひそひそとした声は止まない。
「200年ほど前、隣にあった国がこの魔術の被害に遭ったそうです。その国はもう既に滅んで、今の隣国が生まれたそうですが」
さらに場は騒がしくなり、あれやこれやと話は止まない。
その時だった。
「国王陛下、並びに王妃様入場!」
その声と共に、大広間の扉が開く。
貴族たちはほとんどが国王の入場に際して身を低くした。
しかし、状況を把握できていない第二王子たちは、あんぐりとした表情のまま、立ち尽くしている。
そこには、先ほどまで囲われていた少女、エミもいたが、テオドールとアリスティアにされるがまま、身を低くした。
そこから国王と王妃が重厚な足取りで席へと向かう。
二人が席につくと、徐に第二王子たちの方へと顔を向けた。
「それで、何かな?もう用事は済んだかい?」
「あ。え……」
しかし、王子たちは何も言葉を返せない。
「アリス?説明できるかい」
「それは……」
アリスは逡巡した。
ここで全部説明すれば、きっとアリスティアとテオドールの婚約は破棄されてしまうかもしれない。
しかし、テオドールはあくまで魔法によってエミに近づいただけなのだ。
アリスティアがまごまごとしていると、国王は笑って言った。
「まぁ、私はこの場にいなかったから、何が起こったのかも分からないし、追及はしないよ」
そう聞いて、アリスティアはほっとした。
国王から何かしら働きかける、ということはなさそうである。
それを聞いた第二王子たちは、自身の婚約者の元へ駆け寄った。
「すまない!私たちは操られていただけなんだ!」
「許してくれ!」
そう言ってはいるものの、婚約者たちは渋い顔をしている。
当然だ。
いくら魅了に当てられていたからとはいえ、この態度はいかがなものか。
婚約破棄もされたし、むしろこのままでいいのでは、と思うメンバーもいる。
一方のアリスティアはじっとテオドールを待っている。
しかし、テオドールはアリスティアの元を離れ、エミの元へ向かおうとする。
「えっ」
アリスティアは困惑していた。
魅了が解ければ、他の人たちと同じように自分の元に戻ってきてくれると、そう思っていたからだ。
「テオ?」
「……アリスティア王女殿下」
「……ボクのこと、アリスって、呼んではくれないの?」
「もう、婚約破棄をした身です」
「でも!」
そう叫ぶアリスティアに、静かに首を横に振るテオドール。
「自分の発言には責任を持たなくてはなりません。俺はあなたに『婚約破棄をする』と言い、エミ嬢に『一緒に罪を償おう』と言いました。その責任は果たさなければ」
そう言うテオドールに、エミは「あ、あのっ!」と声を出す。
「テオは、テオドールはアリスティア様の所に行くべきだよ……?」
エミはじっと自分のスカートを掴み、震えている。
しかし、テオドールの覚悟は固いようで小さく首を振って、「さぁ、行きましょう」とエミに手を差し出す。
アリスティアはもう何と言っていいか分からないような表情で父親——国王の方へと振り向く。
王妃ははぁ……とため息をつくと、国王の肩をポンポンと叩く。
国王は苦笑すると、立ち上がり、宣言する。
「あい分かった。これより、過去10分間の事をなかったものとする。私がいなかったのでな」
それを聞いて、第二王子たちはパァっと表情を明るくし、その婚約者たちはため息をついた。
しかし、国王は続けてこうも言った。
「ただし、勿論この10分がなくなったことに不服に感じる人間も多くいるだろう?そこでだ。そこの令嬢方には私が要望を聞こう。私にできる事であれば、叶えよう。いいかな?」
その令に会場内の全員がしかと頷いた。
「それでは、今よりこれ以前の10分間のことは無かったこととする!」
そう国王が宣言すると、第二王子たちはすぐに婚約者の元で、「じゃあ、パーティを楽しもうか」と言った。
「……国王陛下。どうか、現在の婚約者との婚約解消を申し出ます」
「私も」
「私もお願いします」
「右に同じです」
そう令嬢方が声を上げると、第二王子たちは「どうして!?」「何故だ!?」と悲鳴を上げる。
「どう考えても妥当だろう。許可する」
そう言うと、令嬢たちはぺこりと一礼し、男性たちを置き去りに去ってしまう。
それを見届けると、国王はアリスティアの方を見やる。
アリスティアとテオドールは静かに向き合っている。
「テオ……」
「アリスティア王女……いや、陛下の心遣いを無下にするわけにもいきませんね、アリス様」
テオドールは膝をつき、アリスティアをじっと見つめる。
「不肖テオドール、アリス様の婚約者に恥じないよう頑張ります」
その様子を見届けた国王は、騎士に指示を出す。
その瞬間、エミは引き倒されてしまう。
「それじゃあそこの令嬢を連れていけ」
「お父様!」
「……なんだ?」
国王は声を上げたアリスティアの方を見る。
「ボクのお願いを聞いてもらってませんが?」
「……何だ?」
「その子、ボクの研究所で預かりたいんだけど」
そう言うと、国王ははぁーッとため息をつく。
「魅了魔法持ちと言ったのはお前だが?」
「だからだよ。彼女には利用価値がある」
アリスティアはにっこりと笑う。
しかし国王は渋い顔をしている。
「それに、国家転覆を図ろうとした悪辣さは……」
「それは、お父様が無かったことにしたでしょ。それに故意じゃない」
「は……?」
そう言うと、アリスティアはエミに近づく。
「過去、魅了魔法を制御できずに使っていた魔女は、幻覚や幻聴、精神錯乱の症状があったらしいよ。そんなこと、この子は知るはずもないでしょ?」
「……だが——」
「それに。かなり稀に見られる魔法だから、しっかりと調べておかないと!……この先、二度と善良な魅了魔法の使い手なんて現れないかもしれないんだよ、お父様」
アリスティアがそう言って国王を見ると、国王は再び大きな溜息をついた。
「分かった。その者の処遇はお前に任せる」
「やった!」
国王が指示をすると、エミの拘束は解かれる。
「それじゃ、行こうか!」
そう言ってアリスティアは二人に手を差し出す。
「えぇ」「はい!」
「それにしても……」
そう言ってテオドールがつぶやいた。
「それほどまでに私の家を信頼していただけて、感無量です」
……会場が凍りつく。
「「「は!?」」」
アリスティアの表情も凍っている
「……どういうこと?テオ」
「いえ、こんな素晴らしい対応、きっとうちの家を重要視なさってくれているものだと……?」
「……お父様ぁ……」
今にも泣きだしそうなアリスティアに、国王も王妃も頭が痛い。
「……それは自分で何とかしなさい……」




