9:やーね。そーね。
さて、少々のざわつきはあったものの、ネーヴェが海の真ん中に浮かんでいた理由は判明した。
根源結晶から奪われた魔力分を、自分の魔力を注いで無理矢理何とかしたために、体力的に限界を迎えてしまったのである。
「普通なら、人竜国なんてあっと言う間なんだけどね……」
ネーヴェはそう言って肩をすくめた。
「それじゃあ、ネーヴェ様の山は今のところ一時的には大丈夫、ということでよろしいですか?」
「ええ。あたしが宝石竜に会いたいのは、単純に再発防止のためよ。さすがに守護竜の言うことくらい聞くでしょ」
『…………』
「……ちょっと。何で三人揃って黙るのよ?」
「いやぁ、その……」
三人は顔を見合わせてから、フロルの事情をネーヴェに話し始めた。
フロルが生贄として送られてきたこと。
黒色の宝石鱗について知っている者が恐らく減っていること。
それらのことを順番に話すと、ネーヴェは「はぁ⁉」と目を剥いた。
「何でそんなことになってんの? 変な魔法でも使われているじゃないの? 嫌よ、争いなんて起きたら、うちの山にも被害が及ぶかもしれないじゃない。誰よ、そんな不届きなことを考えている奴は。って言うか宝石竜のボンクラは何をしているのよ、あいつ本当にボンクラね⁉」
「さてなぁ。俺は最初、人竜国側だけの犯行だと思ったんだが……どうもそうでもなさそうだ」
「あら、そうなんです?」
「ああ。さっきも言ったけど、ネーヴェ様の山は魔王国の領土にある。人竜国からわざわざやってきて、根源結晶から魔力を抜いて国へ戻る――なんてことをすれば、さすがにバレるんだよ」
アイルがそう言うと、トーが「ええ」と頷いて、右の手のひらを空に向けた。
「《結晶》」
そして呪文を唱える。するトーの手のひらの上に透明な四角形のキューブが現れた。
おお、とフロルが拍手をする。
「綺麗ですね、トー! これは何ですか?」
「ンッ。……え、えーっと、これは私の魔力を一時的に固めた魔力結晶です。主な用途は魔力で動かす道具の動力にしたり、他人に魔力を譲渡したり――例えば魔力を使い過ぎた時に回復させたりですね。そういう時に使われるものです」
トーはちょっと照れた様子で教えてくれた。
フロルは近付いて至近距離で魔力結晶を眺める。キューブの中では光の粒がキラキラと瞬いていた。
――これが魔力の光。
綺麗だなぁとフロルはちょっと見惚れた。
「これってどのくらいの期間、保存が可能なんですか?」
「魔法の精度にもよりますが、長くて三週間くらいですね。保存可能期間が過ぎれば魔力は霧散します。根源結晶から抜いた魔力も、恐らくこうしてキューブにしたのだと思いますが……御覧の通り、持ち運ぶ際にはそれなりに嵩張るし目立つんですよ。人竜国への移動手段は船のみですし、個人持ちの船舶でもない限りは大量の魔力結晶を持っていれば確実に怪しまれます」
「となると魔王国のどこかに保管されているということですかね?」
「たぶんね。厄介な話だよ」
アイルは渋い顔になって腕を組む。
「どうも魔王国と人竜国双方に、両国を喧嘩させたい奴らがいるようだ」
「あらまぁ、嫌ですねぇ」
「嫌よねぇ、縄張り争いは最近竜種でもしないわよ」
ねー、とフロルとネーヴェが声を揃えて言う。
女子トークのような雰囲気に思わずといった様子でアイルは苦笑した。
「ま、うちの方は目星はついてる」
「そうなんですか?」
「ええ。前々から人竜国はうちの支配下になるべきだって言っている、過激な人がいるんですよ。攻め込めば確実にうちが勝てると言って」
「おや、勝てるんですか?」
「宝石竜様が守るから難しいだろ。そもそも俺は自分の国を守るだけで手いっぱいだからな。そういう余計な争いはしたくない」
フロルの質問にアイルは軽く手を開いてすっぱりとそう答えた。
人竜国を守る宝石竜は、守護竜の中でもかなり上位の存在だ。
普段は大らかで優しく――まぁネーヴェ曰くボンクラとのことだが――争いを好まない性格である。
しかし守護する国の民に敵意を向けられたら、そんな宝石竜と言えど黙ってはいないだろう。
(デメリットが多すぎるってことですね)
感情と倫理観を外して損得にだけ注目して考えれば、そうなんじゃないかなとフロルは思う。
ふんふん、とフロルが軽く頷いていると、
「ちょうど良いから罠張って潰しとこうかな」
「そうですね。魔王様の不在を狙って行動したのならば、思い上がりも甚だしいので」
アイルとトーはそんなことを話し始めた。
先ほどの『目星』をつけている相手を、どう料理するかの相談らしい。
トーの目が据わっているので、好ましくは思っていないのはフロルにも伝わって来た。
「ところでフロル」
眺めていると、アイルから急に呼びかけられた。
「何でしょう?」
「今回の件なんだけどね」
「はい」
「衣食住の保証をするからさ、ちょいと協力してくれない?」
アイルは何とも悪い笑みを浮かべてそう言ったのだった。