8:それでも責任はありますゆえ
魔力というものは、この世にあるものすべてに宿っている。
生き物の体に、大地や植物に。その量こそ違いがあるものの、魔力を持たないものは世の中には存在しない。
さて、そんな魔力だが、自然界には持続的にその魔力を作り出す『根源結晶』というものが存在する。
前述の通り、魔力を保有できる量には個体差があるのだが、それが少なすぎると土地が枯れてしまうのだ。
だからこそ竜種――特に守護竜と称されるほどの者たちは、自分の魂の一部を切り離して、それを素に根源結晶を作り出す。
竜種は膨大な魔力量を有しており回復も早い。作り出した根源結晶も、その性質を持っているため、持続的に魔力を生み出せるのだ。
そして根源結晶を設置することで土地を魔力で満たし、枯れないように保っているのである。
「ネーヴェ様は守護竜だったのですね」
「そーよ。分かるでしょう? この高貴さと美に満ち溢れた姿……存分に褒め称えて良いわよ」
しゃららん、とウィンドチャイムの音が聞こえそうなくらい、優美なポーズを取るネーヴェ。
フロルは目を輝かせて熱心に拍手をする。
そして「ちょっとだけ」静かにしていたので大丈夫だろうと口を開いた。
「これが高貴! 初めて見ました、素晴らしいです!」
「初めて……? フロルさんは王族ですよね? お知り合いには、そういう方が多いのでは?」
「連中にあるのは高貴さではなく高慢さです」
「普段の緩い雰囲気を一瞬で消されてしまうと、心臓がキュッとなりますので勘弁してください」
フロルが真顔で答えると、トーがひいっと軽い悲鳴を上げた。
その反応を見て、フロルはハッとある事に気が付く。
「もしやこれがギャップ萌えの神髄……!」
「違うよ」
「違います」
「違うわよ」
すると三人からツッコミが返って来た。実に勢いが良い。
フロルは「違うのか……」と呟いた。
「だいぶ脱線したから話を戻すわよ。うちの山、土地の魔力が急激に減少しているの」
「どの辺りにある山なんですかね?」
「魔王国の王都からだいぶ北の方にある山ですね。一応、魔王国の領土内ではあります」
「一応?」
「あの辺りは竜の聖域が絡んでいるので、干渉を禁じられているのです」
フロルの疑問にトーがサッと答えてくれた。
竜の聖域とは竜種の産卵場所のことだ。
この世界を創生した始原の竜が生まれた場所と言われており、どんな体質を持った竜種にも合うような土地となっている。
そこで竜種は卵を産み、育てる。そうして一定まで育つと、親と共に本来の生息地へと戻って行くのだ。
「だからネーヴェ様の姿を見たのも今が初めてだね」
「なるほどー、だいぶシークレット&ミステリアスな存在だったんですねぇ」
ふんふんとフロルは頷く。
「あらっ、あんた、今のは良い表現よ。褒めてあげる」
「これは嫌味ですか?」
「褒めだよ」
「褒めですね」
「褒めてるのよ」
先ほどのことがあったので、ちょっと慎重になったら、今回は言葉のまま受け取っても良かったようだ。
言葉とは難しい……とフロルは渋い顔になる。フロルは人付き合いをさほどしてこなかったので、どうにもこういう部分が他人とズレてしまうのだ。
何だかんだで王城の部屋から出るなと言われていた頃は、他人と会話する機会も少なかったのでボロが出にくかったな、とフロルは思った。
(経験値があまりにも少ないなぁ)
そんなことをぼんやり考えていると、
「それで魔力減少の話だけど、根源結晶に悪さをしている奴がいるみたいでね。魔力をごっそり持っていかれたの」
ネーヴェはそう続けた。
根源結晶はネーヴェの魂の一部――つまり守護竜の一部である。だからこそ、どんなに悪名高い犯罪者だって、根源結晶にだけは手を出さないと言われている。
それに手を出した不届き者がいるらしい。
「実に罰当たりですねぇ」
「そうなのよ、本当に罰当たりなのよ。見つけたらタダじゃおかないんだから」
「犯人の目星はついていないのかい?」
「一応、あるわ。使われた魔法の痕跡に、宝石竜の気配を薄っすらと感じたから」
えっ、とフロルは目を瞬く。
宝石竜の気配というのは先ほどフロル自身もネーヴェから言われた言葉だ。
つまり加護持ちか、その宝石鱗を持った人竜国の関係者が、ネーヴェの根源結晶に手を出した可能性があるということである。
フロルはバッとその場に座り、両手を前について頭を垂れた。
「それは大変ご迷惑をおかけしました!」
「ちょ、ちょっと、あんた何してんのよ。別にあんたがやったんじゃないでしょ」
「いえ、どうにも身内の犯行っぽいゆえ……!」
「んん~……!」
頭上でネーヴェが唸る声が聞こえる。
その次の瞬間、ひょいとフロルの身体が宙に浮いた。ネーヴェに持ち上げられたのである。
ネーヴェは「仕方ないわね」と言うような、慈愛の籠った優しい眼差しをフロルに向ける。
「……真面目な子ね。いいから顔を上げなさいな。あんたに怒ってんじゃないんだから」
「私の宝石鱗で魔力の補完ってできますか? もし可能でしたら、剥がしますので必要枚数をお教えてください。剥がします」
「聞いて⁉」
せっせと提案するおフロルに、ネーヴェは目を剥いた。
そのやり取りを見ていたアイルとトーは、
「あの子、意外と人の話を聞かないよな……」
「面白い人がきちゃいましたね……」
と言って、何とも言えない顔を浮かべたのだった。