7:一番気になったのが性別だったので
竜種というものは、それぞれに違う能力を持っているが、一つだけ共通しているものがある。『擬態』という能力だ。
身を守るため、欺くため、会話を容易にするため――周囲の状況に合わせて姿を変えて生き物の中に溶け込むことが出来る。
それは氷竜も同様だった。
「死ぬかと思ったわ……」
思いきり叫んだ後、氷竜は人間種の姿に擬態をして、魔王国の船の上に降り立った。
淡く青色に光る白髪とアメジストのような瞳をした、色気のある男――男だと思うが、フロルにはイマイチ自信がない。
声の印象から恐らく男性だろうなぁとは思うのだが、女性とも見紛うばかりの容姿をしているし、服装も中性的な雰囲気のため少々判断に迷うのだ。
「オスですか?」
「オスよ。……名前より先に性別を聞かれるとは思わなかったわよ。あんた度胸があるわね」
「今、もしや私を褒めていただきましたか!」
「嫌味だと思いますよ」
「嫌味だろ」
「嫌味よ」
「違った……」
嬉しくなっていたら、アイルとトー、そして本人から即座に否定されてしまい、フロルはしょぼんと肩を落とす。
すると三人から残念なものを見るような目を向けられてしまった。追い打ちである。
「それにしても、あの魔法すごい威力だったわね。危うくトドメを刺されるかと思ったけど、そのおかげで体が冷えて助かったわ。ありがとう。あたしはネーヴェ」
そうしていると氷竜ことネーヴェはにこっと笑って感謝を述べた。
あまり引き摺らないタイプなのかもしれない。
「いや、こちらこそ申し訳なかった。そう言ってもらえると助かる」
「私の鱗のせいでご迷惑をおかけしました」
アイルに続いてフロルも謝罪すると、ネーヴェは「あんたの鱗?」と首を傾げた。
それから目を細くして、じっとフロルを見た後で、
「――ああ! なるほどね、あんた、宝石竜の加護持ちなのね! あるある、あのボンクラの気配が!」
と納得したように頷いた。
人竜国の守護竜に対して初めて聞いた表現に、フロルは目を丸くし、アイルとトーはぎょっと目を剥く。
宝石竜にはフロルも直接会ったことはあるし、それなりに会話もしているが、穏やかで柔らかい印象の竜だった。六色に輝く鱗を持っており、神秘的でどこか浮世離れした雰囲気は持っていたが……。
(ボンクラなんだ……)
言い過ぎなのか、それとも真実なのか。その辺りを判断する情報がフロルには足りないが、自分が感じたものを信じようとフロルが思っていると、
「なるほど、だからあの威力なのね。ふーん……いや、でも、ちょっと威力出過ぎじゃない?」
ネーヴェはそう言った。彼もまた、先ほどアイルが言っていたことと同じ感想を抱いたらしい。
「そちらから見てもそうかい?」
「ええ、いつもはもうちょっと控えめでしょ。なのに珍しいわねぇ。へぇぇ~、あいつ、ずいぶん気合いを入れて加護を与えたのねぇ」
「いやぁ……んっふふ、何か照れますねぇ。私の価値……急上昇? お買い得です? どうしましょう、今なら鱗のお値段も良い感じに?」
「……発言はちょっとおかしいけれど」
フロルが照れながらそう言えば、ネーヴェに若干引かれてしまった。
「解せぬ……」
「元気を出してください、フロルさん。大丈夫ですよ。当たり障りのない発言でお茶を濁す人よりマシです」
「トー……!」
思いがけず優しい言葉をもらって、フロルの目が輝く。
トーは優しい眼差しと笑顔をフロルに向けながら、
「ですので、ちょっとだけお口にチャックしていましょうね」
――丁寧な言葉で黙っていろと告げられてしまった。
ガーン、
とフロルはショックを受ける。それを見てアイルが苦笑する。
「ま、ひとまず状況確認が先だからね」
「はぁい……分かりました。ご安心ください、このフロル、誠心誠意黙っております。ちょっとの間だけ」
「だから発言がだいぶおかしいのよ」
ネーヴェから嬉しくない格上げもされてしまった。
自分の信用とはかくも儚いものなのか……と黄昏ながらフロルはとりあえず言われた通り、静かにしていることにした。
さすがに話の邪魔になっているというのは、フロルだって理解したからである。
「それで、あんたはどうしてこんな海の真ん中で死にかけていたんだ?」
「ええ、実はあのボンクラ……じゃなかった、宝石竜のところへ行くところだったのよ」
「へぇ? 何でまた」
「あたしのいる山に異常が起きてね」
「異常?」
アイルが片方の眉を上げる。
ネーヴェは「ええ」と頷くと、
「――魔力の異常減少が起きているのよ」
と言った。