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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第二章 フロル、氷竜と出会う
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5:鱗が一枚、鱗が二枚


 青い海に白いカモメが飛んでいる。

 そんなとても穏やかな航海日和、魔王国への船旅は順調に進んでいて――、


「うううう気持ち悪いよぅ……」


 ――フロルは絶賛船酔いに陥っていた。


 ほどほどにゆらりゆらりと揺れる船上生活は、ダンスを踊っているような気分になって最初は新鮮で楽しかったが、直ぐにフロルは後悔した。

 船って辛い。船って苦しい。早く陸上生活に戻りたい。

 しかしフロルがいくらそう願っても、魔王国に到着するのは今日の夕方だ。まだまだ時間がかかる。


(外の空気を吸えばマシになるかと思ったんですが……)


 ……本当に多少マシになったくらいだった。誰かに相談すれば酔い止めの薬をもらえるかもしれないが、これ以上の迷惑をかけるのもなぁと思って黙っていた。

 どちらにせよ、あと半日ちょっと耐えれば済むことだと、フロルは青い顔をしながら自分を励ます。


(……あ、そうだ。別のことに集中していれば気にならなくなるかも?)


 良いことを思いついたとハッとしたフロルは、おもむろに腕を捲ると、再び生えてきた宝石鱗を剥がし始めた。

 この宝石鱗の再生時間がわりと早いのがフロルのちょっとした自慢だ。比較対象がいないので実際にどうかは分からないが、寝て起きたら綺麗に元に戻っているのを見ると気持ちが良い。

 そんなことを考えながら、ぺり、ぺり、とフロルは宝石鱗を剥がしていく。


「鱗がいちまーい……鱗がにまーい……」


 しかし声に生気はない。虚ろな眼差しで宝石鱗を剥がす姿は少々怖さがあり、近くを通った獣人種の女性がフロルを見てびくっと身体を震わせた。

 そうやってのんびり宝石鱗を剥がしていると、


「……お嬢さんは何をしているんだ?」


 そう声をかけられた。

 フロルがのっそりと顔を向けると、そこに困惑気味のアイルが立っている。

 彼はフロルの顔を見ると目を丸くして、正面に移動してしゃがみ込んだ。


「顔色が悪いな。なのに、こんなところで何をしているの?」

「宝石鱗を……剥がしております……」

「うん。分かる」

「一日で再生するんですよ……」

「それはすごいけど、そんな蚊の鳴くような声で言われても……もしかして船酔い?」

「はいー……」

「なるほど」


 アイルは軽く頷くとフロルの頭の上に手を翳し、


「《状態回復(キュア)》」


 と回復魔法を使ってくれた。

 すると感じていた気持ち悪さがふわっと和らいで、フロルは目をぱちぱちと瞬く。


「ありがとうございます。魔法ってすごい、こういうのにも効くんですね」

「専用の薬の方がもっと効果が出るんだけどね。お嬢さんも勉強すれば使えるよ」

「いえいえ、私が使ったところで文句を……」


 フロルは軽く首を振ってそう言いかけて、「あっ」と思い出したように呟くと、両手をポンと合わせた。


「……文句を言う相手は今はいませんね?」

「ああ、いないな。魔王国(うち)で暮らす時も、魔法を覚えれば出来る仕事の幅も増えるから、覚えておいて損はないぜ」

「!」


 アイルの言葉にフロルは目を見開いた。


「つまり私に宝石鱗以外の付加価値が生まれるということですね! 素晴らしい!」

「お嬢さんの言い方は微妙にこう……」


 フロルが意気揚々とそう言ったら、アイルが微妙そうな顔になってしまった。どこがまずかったのだろうかとフロルは首を傾げる。


「まぁ、いいや。大体そんな感じだな。宝石鱗ばっかり剥がしているわけにはかないだろう?」

「そうでもないですよ。宝石鱗を納品するのは人竜国の王族の義務ですし」

「納品?」

「納品です」

「何かこう、言い方にもっと手心というか……」


 どうにもアイルはフロルの表現方法に思うところがあるようだ。


「言葉って難しいですね」

「そこは同意するよ。……それで、具合はどう?」

「はい、もうすっかり! ――とは言えませんが、普通に会話出来るくらいには回復しました」

「そうか、それは良かった。後で酔い止めの薬を持って来させるよ」

「えっ、至れり尽くせり……! お礼に鱗を……」


 あげますと言いかけたフロルだったが、その時ふっと、トーの言葉が蘇る。

 こういう時は「ありがとう」で良いのだと、トーは言っていた。


「――……あっ、りがとう、ございます」

「急にぎこちなくなったけど、どうしたの?」

「いえ。嬉しくなる度に宝石鱗を渡すのは過分だと、トーさ……トーに教えてもらいまして。ギリギリで踏みとどまった次第です」

「ハハハ。そうか、あいつ喜ぶぞ」


 アイルは楽しそうな笑顔を浮かべてそう言った。

 そういうものなのか、とフロルはやっぱり不思議な気持ちになって、そして何だかちょっと気恥しくなって――気付いたら顔に熱が集まっていた。


「おや、茹でたタコみたいになってる」

「いやぁ、んふふふふ。美味しそうでしょう! 食べちゃダメですよ!」

「一瞬で誤解される台詞を大声で言うんじゃありません。慎みを持ちなさい」

「センシティブ判定された……」


 わざとらしく落ち込んで見せると、アイルが「お嬢さんなぁ……」と苦笑混じりにため息を吐かれてしまった。

 最初の時も思ったが、アイルの前で若干の危うい発言は即座に窘められてしまう。

 まぁ、フロルも意図的に言ったわけでもないのだが。


「アイル様は」

「アイルでいいよ。トーだってトーさんじゃないだろ?」

「トーには父親と間違われるからとの理由がありますよ? 魔王様を呼び捨てというのは『この不届き者ー!』とか『不敬罪ー!』とか言われて、首を刎ねたりしません? 牢屋にぶち込まれるのはオッケーです」

「何でそこがオッケーなの? じゃなくて、しませんよ。俺がいいって言っているんだから。魔王国で一番偉いの俺だよ?」

「あ、それは確かに」


 フロルが納得して頷いていると、アイルは「ほんっと面白いお嬢さんだな」と笑った。

 そうしていると、


「おーい、魔王様ー!」


 なんてアイルを呼ぶ声が聞こえる。


「どうした?」

「海に氷竜様が浮かんでるー!」


 すると、返ってきたのはそんな言葉だった。


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