4:人竜国の姫君
その日の夜、リザードマンのトーは魔王アイルの船室を訪れて、フロルとのやり取りを報告していた。
トーの手のひらの上には、フロルからもらった宝石鱗が乗っている。夜空のように美しく深い黒色の鱗が、灯りに照らされてキラリと輝いていた。
「――ということがありまして。少々釘を刺しておきましたが、気軽に鱗を配りそうな気がします」
「なるほどね……」
アイルはほんのりと苦笑気味に腕を組んだ。
「そう言う意味では、世間知らずのお姫様って感じだな」
「ええ。私は心配です。フロルさんは、ご自分の価値を理解していらっしゃらないので……」
胸の前で手を組んでトーは言う。
人竜国の姫君フロル。宝石竜の加護を浮けた証である宝石鱗を持つ少女。
トーのような亜人種や魔人種——体内に保有する魔力の多い者にとっては、宝石竜の加護があるというだけでも貴重なのに、しかも彼女の持つ鱗は黒だ。
オキニスと呼ばれるその色は、魔王国と人竜国にとって特別な意味を持つはずなのに。
「珍しいね、トーがそこまで怒るのは」
「怒りたくもなりますよ。だってオニキスは、宝石竜様が魔王国と人竜国の橋渡しになるようにと願いを込めて、加護をお与えになるのですから」
「ま、気持ちは分かるよ」
「でしょう?」
頷くアイルに、トーはそう返した。
自分たちにとって宝石鱗はご馳走だ。味もそうだが、食べると一時的に魔力を上げてくれたり、属性の色に合った魔法を強化してくれる。
例えば赤色の宝石鱗であれば火属性の魔法が強くなり、青色の宝石鱗であれば水属性の魔法が強くなるというような感じだ。
その中で特に特別と言われる色が二色ある。
黒色と白色だ。
すべての属性の色を持つ黒と、すべての属性の色に染まる白。
その用途や効果こそ違うものの保有する魔力が濃く、また相性の悪い属性がないこの二色の宝石鱗は特に重宝されている。
(それを生贄にだなんて……)
ありえない、とトーは心の中で呟いた。
「私には人竜国が何を考えているのか理解出来ません」
「同感だ。……だが、黒色の宝石鱗は人間にとっては呪いみたいになるからな。その辺りが原因だろう」
そう言いながらアイルはキャビネットから、白色の宝石鱗を取り出した。
「そちらは?」
「パーティーの時に人竜国の第……あー、何番目の王女だったかな。何せ紹介された人数が多くて思い出せないんだが、その一人から渡された」
「ああ……魔王様、モテていましたもんねぇ」
「モテていたというより、あれは俺の耳と尻尾と身長が物珍しかっただけさ。珍獣扱いだよ、珍獣扱い。ハァ……」
「あ、あはは……」
思い出したのか、疲れたように息を吐くアイルを見てトーは苦笑した。
「白色は人間にとっては一番扱いやすい宝石鱗ですし、黒色と並んで貴重なものですから、交流を持とうとする席で贈るのは、特におかしなことはないんじゃありませんか?」
「俺もその時はそう思ったんだけどな。だがフロルがいるなら話は別だ」
「そう言えば……交流会の時に、フロルさんはいませんでしたね」
「ああ。たぶん、外へ出るなと言いつけられていたんだろう。あの子の扱われ方を見ると、人竜国は黒色の宝石鱗が持つ意味を、忘れてしまっているらしい」
「まさか、ありえない――と言おうと思いましたが、確かに……」
「だろう?」
トーが困惑しつつも同意すると、アイルは肩をすくめて手に持った宝石鱗をキャビネットに戻した。
「ですが宝石竜に守護される国の人間が、こんな大事な話を忘れたりしますか? さすがに不信感を生みますよ」
「さてな。覚えている奴もいるんじゃないか? それに人竜国の王は奥方がたくさんいらっしゃるようだし、その中に一人くらい悪さを企む奴が混ざり込んでもおかしくないさ」
「それは――……両国の関係の悪化を望む者がいる、と?」
アイルの言葉にトーは背筋が寒くなった。
「ま、幸いあちらの王はフロルを大事にしているみたいだし。今のところは様子見かな」
「…………私、戦争なんて絶対に嫌ですね」
「そうだな。――俺もだよ」
そう言いながら二人は船室の窓から空を見上げる。
夜空には、猫の爪のような細い三日月が浮かんでいた。