38:理由と目的とその意図と
それからフロルがレイに事情を聞くと、どうやら彼らはルーナの指示で、人竜国内にいる不穏な計画を企てていたものたちを一層しようとしていたようだった。
取った行動は褒められたものではないけれど、その目的自体は人竜国の王族らしいものだ。
――ただ。
「ルーナ様は、人竜国は一度痛い目を見れば良いのだと、常々仰っておりました。宝石竜様が人竜国と魔王国の橋渡しの存在として、黒色の宝石鱗をお与えになったフロル様を、身勝手な理由で疎むように仕向けている王族なんて、綺麗さっぱりいなくなった方が良いと」
「身勝手な理由とは何でしょうか?」
「王位です」
レイの告げたその言葉は、フロルにはだいぶ意外なものだった。
「本来であれば、王位継承候補としての順位が、最も高いのは黒色を持つフロル様なのです。それを妬んで、自分の地位が脅かされると恐れて、連中は時間を掛けてありもしない噂をでっち上げた。それこそ、フロル様の前の黒色の宝石鱗を持った方がご存命の時から……」
レイはわなわなと肩を震わせてそう話す。
「え、えーっと……」
フロルは急に出てきた大袈裟な話に目を白黒させた。
言葉の意味は分かるけれど理解が出来ない。そういう感覚にフロルは陥っていた。
(お、落ち着いて整理しましょう。そもそも、うちの国で王位を継ぐ基本条件は、王の血を引く子の中で、人格と能力に優れた者だったはず)
だからフロルに嫌がらせをしていた者たちは、その時点で候補からはポーンと除外されている。そもそもフロル自身にも王位に相応しい諸々は備わっていない。王になってやるぞという気概だって持ち合わせていないのだ。
だから王位継承候補の順位はフロルが最も高いと言われても、それは違うと言い切れる。
(レイさんは何か勘違いをしているのでは……)
そう思ったフロルは、この場で一番その辺りの話に詳しいであろう宝石竜の方へ顔を向け「宝石竜様、今の……」と尋ねようとする。
しかし、全部を言い終える前に宝石竜は、その美しい双眸をカッと見開いて、強い衝撃を受けたようによろよろと後ずさっていた。
「そ、そんな……何か変な噂があるなと思っていたけれど、私のかわいい子たち、そんなに前からそういうことをしていたの……⁉」
――どうやら噂が流れ出した経緯について知らなかったらしい。
「本当にボンクラね」
「うう……」
ネーヴェから極寒の眼差しでひと睨みされた宝石竜は、シュンと肩を落とした。アイルやトーすら、もの言いたげな視線を向けている。
どんどん縮こまっていく宝石竜を見て、フロルはちょっとだけかわいそうになって、空気を変えねばと口を開いた。
「で、でも、黒色の宝石鱗を持って王になった人って、ほとんどいませんよね?」
フロルも人竜国の歴史については学んでいる。本に書かれているくらいのことだが、歴代の王で黒色の宝石鱗を持っていた者はたったの二人だった。だから黒色がと言われても、いまいちピンとこない。
フロルが首を傾げていると、意気消沈から復活したらしい宝石竜が、その疑問に答えてくれた。
「それは魔王国へ嫁や婿に行った子が多かったからだね。レイの言った橋渡しというのは本当のことで、魔王国には黒色の宝石鱗を好む者が多いから、望まれて嫁や婿へ行く場合が多かったんだよ」
「黒色の宝石鱗、美味しいらしいですもんねぇ」
「フロル、フロル。間違ってはいないけれど、何となく語弊があるから、大きな声で言うのはやめような」
相槌を打っていると、アイルからツッコミが入った。ダメらしい。そういうものなのか……とフロルが思っていると、宝石竜が苦笑を交ぜて「そうだね」と頷く。
「それから、後は……そうだなぁ。黒色と、あと白色もだけど、その色の宝石鱗は、同時に一人ずつにしか与えることが出来ないんだ。だから人数として少なかったのも、理由の一つだと思うよ」
宝石竜の話にフロルは驚きを覚えた。
宝石竜が加護を与えてくれたことについては、とても嬉しいと思っているし、アイルたちからも貴重な色だとは聞いていたが、それほどのものだとは知らなかったのだ。
「宝石竜様は……どうして黒色を私に与えてくださったんですか?」
フロルが質問すると、宝石竜は柔らかに微笑む。
「あなたのお母さんをジェスから紹介された時に、彼女は私にこう言ったんだ。人竜国と魔王国が変わらず良き隣人であり続けることが出来れば、我々文官の仕事も妙なトラブルの対処に追われず楽になり、皆が残業をせずに帰宅して、家族と過ごせるようになれます。そのためにも私はこの人と結婚します、って」
物真似をしながら言う宝石竜に、フロルはくすりとはにかむ。
「お母様らしいですねぇ」
「でしょう? んふふ。……この子の子供ならば、きっと真っ直ぐに育つのだろうなって思ったから、私はあなたに黒色の宝石鱗を贈ったんだよ」
優しく温かな声で宝石竜は告げる。何だか宝物みたいな話を教えてもらった気持ちになって、フロルは嬉しくなった。
「うおおおおおおおおお!」
その時、再びレイの絶叫が中庭に響き渡った。
「うるさいわね! 今、ちょっといいところだったのに、あんた何全力で泣いて邪魔をしてくれたわけ⁉」
「推しの情報が増えたあああああああ!」
たまらずネーヴェが怒ったが、レイの耳には入っていない。縛られたまま天を仰ぎ、力の限り雄たけびを上げている。
「あのう、宝石竜様……この人、普段からこんな感じなんですか?」
「いや~、もうちょっと寡黙だったような……」
戸惑いを隠しきれないトーが宝石竜に質問すると、宝石竜は困ったように小首を傾げた。フロルも自分の記憶を辿ってみたが、やはりこうなったレイに覚えがない。なるべく外に出さないように隠していたのだろう。
何となく事情は理解出来たので、フロルはすっと立ち上がり、アイルの方へ体を向ける。そして頭を下げた。
「私が原因の一つとなっていたみたいで、大変申し訳なく……!」
「いやいや、どう考えてもフロルは巻き込まれた側だから、気にする必要はないよ。頭を上げて」
「賠償金として、宝石鱗をどのくらい納品すれば良いですか!」
「何か覚えのあるやり取り……じゃなくて、いりません。フロルはもっと自分を大事にしなさい」
「そうですよ、フロルさん。請求するなら人竜国へしますので」
「私から剥がした方が手っ取り早くないですか?」
「言い方!」「言い方が!」
アイルとトーから同時にツッコミを入れられてしまい、フロルは「早いのに……」と肩を落とした。
「…………」
そんなやり取りをしていると、レイがちょっと驚いた顔になっていた。
「どうしました?」
「あ、いえ。フロル様が自然な表情をなさっていたので、珍しくて」
「んふふ。私も珍獣扱いが板についてきたようで何よりです」
フロルが胸に手を当てて自慢げに言うと、
「満更でもない顔で頷いているんだけど」
「本気でそう思っているんだと思いますよ」
アイルとトーからちょっと呆れた眼差しが飛んできた。
しかし、本当にそう思っているのだから、どうしようもないのだ。
「ここにいるのは気楽ですので。なので人竜国には帰りたい気持ちはそんなにないんですよ」
「フロル様は人竜国のことは……」
「好きですよ」
フロルはきっぱり答える。
「人竜国の王族は好きではないですけれど、人竜国は好きです。宝石竜様が愛して下さっている国ですから。ですので大変なことにはなってほしくありません。私も一緒に謝りますから、魔王国を巻き込むのはやめましょう」
そしてレイと、彼の仲間たちに向かってそう告げた。
その瞬間レイの体が激しく強張った。まるで予想していなかったと言うような反応だ。
彼ははくはくと空気を求めるように口を動かした後で、ゆっくりと視線を地面に落す。石畳に涙の粒がぽたぽたと落ちた。
「私は……私は推しのことを、何も分かっていなかった……っ」
「うちの子……かわいすぎるのでは……?」
そして宝石竜も泣いていた。ネーヴェが手でこめかみを押えたのが視界の端に見えて、フロルは苦笑いを浮かべる。
そうしているとレイがぐすっと鼻をすすりながら、
「……ですが私が何か言っても、ルーナ様は一度決めたことを簡単に諦めたりはしません。そういう方ですから私は主に仰いでおります。フロル様が頼んでくだされば、もしかしたら止まってくださるかもしれませんが……」
気落ちした弱々しい声でそう続ける。ふむ、とフロルは一つ頷くと、
「それでは帰りましょうか」
と言った。レイだけではなくアイルたちも「えっ」と目を丸くする。
「あっ、違います、違います。あくまで一度です。一時帰宅です。終わったら魔王国へ帰ります。絶対に。アイルからいていいって、言質をとりましたからね!」
フロルが慌ててそう言うと、アイルはくすりと笑う。
「うん、帰っておいで」
「んふふ。はい! というわけでー……」
満面の笑みを浮かべたフロルは、レイと彼らの仲間たちの方へ向き直り、右手を差し出す。
「レイさん。皆さん。私が帰れるように手伝ってください。具体的に言いますと、ルーナを止めます」




