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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第七章:フロル、狙われる
37/44

37:感情の振れ幅が大きすぎる


「取り乱してしまい、大変失礼いたしました」


 それからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したレイは、魔法で拘束されて石畳に正座をしながら、フロルと宝石竜に向かって深々と頭を下げた。

 彼の後ろには、同じ様に魔法で拘束された他の仲間たちが、とんでもなく青い顔で項垂れている。自分たちが今後どうなるかを想像して、生きた心地がしないのだろう。


「だからレイの部下を続けるのは嫌だったんだ……」

「何であの狂犬がリーダーになれるんだ……」

「異動願いが受理されていたら、こんなことには……」


 レイの仲間たちは口々にそう嘆いていた。時折、レイに恨みがましい視線まで向けているのを見ると、人間関係はあまり上手く行っていなさそうである。


(何だか大変そうですねぇ)


 他人事ながらフロルはちょっとだけ気の毒になった。

 そのままちらりとレイの方へ目を遣ってみたら、彼は恍惚とした表情で、


「はぁ……推しと推しが同じ場所に……ここは楽園か……?」


 と様子のおかしなことを口走っている。先ほども彼の口から出たが、推しって何だろうとフロルは思った。


「……魔王様、思ったよりもあっさり捕まえられましたね」

「そうだな、さすがに想定外だが……ま、簡単に済むのはありがたいよ。いくら理由があるとは言え、フロルや宝石竜様の前で、人竜国の人間を痛めつけるのは、ちょっとな」


 アイルとトーは若干引き気味の顔でそう話している。

 もう少し抵抗される前提でフロルたちは作戦を立てていたのだ。だから、あまりにもあっさりと捕縛することが出来たので、実のところちょっと拍子抜けしていた。


「ま、それはそれとして……」


 アイルは腕を組むと、捕らえた者たちの顔を順番に見ていった。そしてレイのところでぴたりと視線を止めて腕を組む。


「あのな、本当にこういうことはやめてね? 捕まえるつもりではいたが、やらないに越したことはないんだからな? 外交問題になったらどうするつもりでいたんだ」


 アイルは始めにそう釘を刺した。

 外交問題になったらという仮定の話ではなく、すでになっているはずなのだが、どうやらアイルは大事にしないつもりのようだ。たぶん、捕縛に協力した宝石竜の顔を立ててのことだろう。

 魔王国側が事を荒立てないでいてくれることに、フロルはほっと胸を撫でおろした。


「別に問題にしてもらっても構わな」

「構います! ありがとうございます! 感謝します、魔王様!」

「もう、本当に感謝です! 最高! 何たる聡明!」

「わー! すごい! ありがとうございます!」


 レイがとんでもないことを口走りかけた瞬間、彼の仲間たちが大声でそれを遮った。だいぶわざとらしかったが、彼らはだらだらと冷や汗を流しながらも必死で笑顔を作り、レイを止めている。


(大変そう……)


 フロルは他人事のように心の中で呟き、次の瞬間ハッとした。


(……って、それではいけませんでした! 私、こんなでも人竜国の王族ですよ!)


 ぼーっと眺めているのではなく、彼らの言動を集中して聞き取り、まずそうな言葉が発されそうな時に止めるのは、人竜国の王族である自分の役目である。

 フロルは両手で頬を軽く叩いて気合いを入れると、カッと目を見開いた。


「フロル、勇ましい顔をしてどうしたの?」

「今から私は蝶のように舞い蜂のように刺すフロルです」

「そっかぁ、フロルは成長しているんだねぇ」

「微妙に嚙み合っていないし、意味が分からないのよ」


 胸を張って宣言するフロルに、宝石竜はぱちぱちと拍手をし、そこへネーヴェがツッコミを入れた。


 まぁ、それはともかくである。

 せっかく気合いを入れたのだから、自分も尋問に協力しようとフロルは思った。


 どうやら彼はフロルと宝石竜のファンらしいから、自分たちが聞けば答えてくれるかもしれない。

 そう考えたフロルは、レイに近付いてしゃがんで視線を合わせた。すると彼は頬をポッと赤く染めて、あたふたとし始める。


「推しと……これほどに近く……!」


 ……様子におかしさはあるが、フロルに対する態度は、アイルたちへ向けられたものと違って柔らかさがあった。

 これなら話をしてくれそうだとフロルは口を開く。


「レイさん。根源結晶から魔力を抜いたのは、ルーナが指示をしたということでよろしいですか?」

「半分は仰る通りです」

「半分?」

「はい。元々の計画は、別の者が企てたものでした。ルーナ様は偶々それを知って、計画を乗っ取って利用したのです。人竜国の王族に存在する不届き者を一層するために」

「なるほど?」


 フロルはふんふんと相槌を打つ。

 レイの言葉が真実であれば、遅かれ早かれ似たような事態になっていたかもしれない、ということだ。

 今回の場合はゼッテルを心配した(ミラ)のおかげで計画が露呈したため、取り返しのつかない事態となる前に止められたが、そのまま実行されていたら危なかったかもしれない。

 ある意味で良かったとフロルは心の中で呟く。


「ですがそれは、魔王国側にとんでもなく迷惑が掛かりますよね?」

「魔王国側で良からぬことを企んでいる者たちも捕まるので、結果を見ればお互い様(イーブン)かと」

「…………」


 レイはしれっとした顔で言い切った。その言い草に、これは本当に悪いと思っていないなとフロルは察して、アイルとトーの顔をちらりと盗み見る。二人は渋面になっていた。すぐさま否定しないところを見ると、痛いところを突かれたのかもしれない。

 しかし、フロルには疑問だった。


お互い様(イーブン)……)


 何だかそれは、少々よろしくな言い回しに思える。


「悪いことをしたのと、悪いことをした人がいたのとでは、だいぶ違います。悪いことをした人が悪いのは明白ですよ」


 だからフロルはきっぱりと否定する。


 確かに件の計画が、ルーナの横やりが入らずに実行されていれば、人竜国側だけではなく魔王国側も責任を取る必要があっただろう。

 けれど事前に止めることが出来たし、そもそもアイルたちは外交問題とならないように行動していた。

 それなのに止めた側が、実際に行動を起こした側と同じというのは、フロルには納得が出来ない。


「国民のしたことで他の国に迷惑を掛けてしまったならば、王様が責任を感じるのは当たり前ですけれど、魔王国はまだそうなっていません。それなのに、その言い方で事実を捻じ曲げようとするのはいけませんよ」


 フロルはレイの目を見つめ、首をゆっくりと横に振った。するとレイは呆然とした表情を浮かべた後、がくりと項垂れて震え出す。


「わ、私は……私はフロル様に、何と言う醜い言い訳をしてしまったのだ……っ」

「私にと言うよりは魔王国にでは」


 一応、フロルはそう言ったが、レイの耳には聞こえていないようだ。後悔と懺悔の言葉をぶつぶつと呟く彼の両目からは、ぼろぼろと涙まで零れ落ち始めた。


「フロル様、申し訳ありません、申し訳ありません! どうか、どうか嫌わないで……っ、フロル様に嫌われたら私はもう生きていけません……! ああっ、ですがこんなことを言うのも烏滸がましい! 私は何と愚かなのだ! いっそのこと、このままお魚さんの餌になります……! 最期に推しとこうしてお話することが出来て、レイは大変幸せでございました……っ」


 そして額を地面にこすりつけてそんなことを言った。

 ひいっ、とフロルは青褪めて軽く仰け反った。レイの感情と思考の振れ幅があまりにも大きすぎる。

 このままでは本当に実行してしまうのではないだろうか――そう焦ったフロルは、レイの肩をがしっと掴むと、がくがくと揺さぶる。


「戻って来てくださいレイさん! 大丈夫です、包み隠さず全部話してくれたら嫌いじゃありませんよ!」

「……っ! 話します! 何でもお話しいたします!」


 励ますついでに要求も伝えたら、レイはパッと表情を輝かせて頷いた。

 とりあえずお魚の餌になるのは廃案に出来たようだ。


「あの子、良い仕事するなぁ」

「本当ですねぇ」


 アイルとトーのしみじみとした呟きを聞きながら、フロルは安堵の息を吐いたのだった。

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