37:感情の振れ幅が大きすぎる
「取り乱してしまい、大変失礼いたしました」
それからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したレイは、魔法で拘束されて石畳に正座をしながら、フロルと宝石竜に向かって深々と頭を下げた。
彼の後ろには、同じ様に魔法で拘束された他の仲間たちが、とんでもなく青い顔で項垂れている。自分たちが今後どうなるかを想像して、生きた心地がしないのだろう。
「だからレイの部下を続けるのは嫌だったんだ……」
「何であの狂犬がリーダーになれるんだ……」
「異動願いが受理されていたら、こんなことには……」
レイの仲間たちは口々にそう嘆いていた。時折、レイに恨みがましい視線まで向けているのを見ると、人間関係はあまり上手く行っていなさそうである。
(何だか大変そうですねぇ)
他人事ながらフロルはちょっとだけ気の毒になった。
そのままちらりとレイの方へ目を遣ってみたら、彼は恍惚とした表情で、
「はぁ……推しと推しが同じ場所に……ここは楽園か……?」
と様子のおかしなことを口走っている。先ほども彼の口から出たが、推しって何だろうとフロルは思った。
「……魔王様、思ったよりもあっさり捕まえられましたね」
「そうだな、さすがに想定外だが……ま、簡単に済むのはありがたいよ。いくら理由があるとは言え、フロルや宝石竜様の前で、人竜国の人間を痛めつけるのは、ちょっとな」
アイルとトーは若干引き気味の顔でそう話している。
もう少し抵抗される前提でフロルたちは作戦を立てていたのだ。だから、あまりにもあっさりと捕縛することが出来たので、実のところちょっと拍子抜けしていた。
「ま、それはそれとして……」
アイルは腕を組むと、捕らえた者たちの顔を順番に見ていった。そしてレイのところでぴたりと視線を止めて腕を組む。
「あのな、本当にこういうことはやめてね? 捕まえるつもりではいたが、やらないに越したことはないんだからな? 外交問題になったらどうするつもりでいたんだ」
アイルは始めにそう釘を刺した。
外交問題になったらという仮定の話ではなく、すでになっているはずなのだが、どうやらアイルは大事にしないつもりのようだ。たぶん、捕縛に協力した宝石竜の顔を立ててのことだろう。
魔王国側が事を荒立てないでいてくれることに、フロルはほっと胸を撫でおろした。
「別に問題にしてもらっても構わな」
「構います! ありがとうございます! 感謝します、魔王様!」
「もう、本当に感謝です! 最高! 何たる聡明!」
「わー! すごい! ありがとうございます!」
レイがとんでもないことを口走りかけた瞬間、彼の仲間たちが大声でそれを遮った。だいぶわざとらしかったが、彼らはだらだらと冷や汗を流しながらも必死で笑顔を作り、レイを止めている。
(大変そう……)
フロルは他人事のように心の中で呟き、次の瞬間ハッとした。
(……って、それではいけませんでした! 私、こんなでも人竜国の王族ですよ!)
ぼーっと眺めているのではなく、彼らの言動を集中して聞き取り、まずそうな言葉が発されそうな時に止めるのは、人竜国の王族である自分の役目である。
フロルは両手で頬を軽く叩いて気合いを入れると、カッと目を見開いた。
「フロル、勇ましい顔をしてどうしたの?」
「今から私は蝶のように舞い蜂のように刺すフロルです」
「そっかぁ、フロルは成長しているんだねぇ」
「微妙に嚙み合っていないし、意味が分からないのよ」
胸を張って宣言するフロルに、宝石竜はぱちぱちと拍手をし、そこへネーヴェがツッコミを入れた。
まぁ、それはともかくである。
せっかく気合いを入れたのだから、自分も尋問に協力しようとフロルは思った。
どうやら彼はフロルと宝石竜のファンらしいから、自分たちが聞けば答えてくれるかもしれない。
そう考えたフロルは、レイに近付いてしゃがんで視線を合わせた。すると彼は頬をポッと赤く染めて、あたふたとし始める。
「推しと……これほどに近く……!」
……様子におかしさはあるが、フロルに対する態度は、アイルたちへ向けられたものと違って柔らかさがあった。
これなら話をしてくれそうだとフロルは口を開く。
「レイさん。根源結晶から魔力を抜いたのは、ルーナが指示をしたということでよろしいですか?」
「半分は仰る通りです」
「半分?」
「はい。元々の計画は、別の者が企てたものでした。ルーナ様は偶々それを知って、計画を乗っ取って利用したのです。人竜国の王族に存在する不届き者を一層するために」
「なるほど?」
フロルはふんふんと相槌を打つ。
レイの言葉が真実であれば、遅かれ早かれ似たような事態になっていたかもしれない、ということだ。
今回の場合はゼッテルを心配した者のおかげで計画が露呈したため、取り返しのつかない事態となる前に止められたが、そのまま実行されていたら危なかったかもしれない。
ある意味で良かったとフロルは心の中で呟く。
「ですがそれは、魔王国側にとんでもなく迷惑が掛かりますよね?」
「魔王国側で良からぬことを企んでいる者たちも捕まるので、結果を見ればお互い様かと」
「…………」
レイはしれっとした顔で言い切った。その言い草に、これは本当に悪いと思っていないなとフロルは察して、アイルとトーの顔をちらりと盗み見る。二人は渋面になっていた。すぐさま否定しないところを見ると、痛いところを突かれたのかもしれない。
しかし、フロルには疑問だった。
(お互い様……)
何だかそれは、少々よろしくな言い回しに思える。
「悪いことをしたのと、悪いことをした人がいたのとでは、だいぶ違います。悪いことをした人が悪いのは明白ですよ」
だからフロルはきっぱりと否定する。
確かに件の計画が、ルーナの横やりが入らずに実行されていれば、人竜国側だけではなく魔王国側も責任を取る必要があっただろう。
けれど事前に止めることが出来たし、そもそもアイルたちは外交問題とならないように行動していた。
それなのに止めた側が、実際に行動を起こした側と同じというのは、フロルには納得が出来ない。
「国民のしたことで他の国に迷惑を掛けてしまったならば、王様が責任を感じるのは当たり前ですけれど、魔王国はまだそうなっていません。それなのに、その言い方で事実を捻じ曲げようとするのはいけませんよ」
フロルはレイの目を見つめ、首をゆっくりと横に振った。するとレイは呆然とした表情を浮かべた後、がくりと項垂れて震え出す。
「わ、私は……私はフロル様に、何と言う醜い言い訳をしてしまったのだ……っ」
「私にと言うよりは魔王国にでは」
一応、フロルはそう言ったが、レイの耳には聞こえていないようだ。後悔と懺悔の言葉をぶつぶつと呟く彼の両目からは、ぼろぼろと涙まで零れ落ち始めた。
「フロル様、申し訳ありません、申し訳ありません! どうか、どうか嫌わないで……っ、フロル様に嫌われたら私はもう生きていけません……! ああっ、ですがこんなことを言うのも烏滸がましい! 私は何と愚かなのだ! いっそのこと、このままお魚さんの餌になります……! 最期に推しとこうしてお話することが出来て、レイは大変幸せでございました……っ」
そして額を地面にこすりつけてそんなことを言った。
ひいっ、とフロルは青褪めて軽く仰け反った。レイの感情と思考の振れ幅があまりにも大きすぎる。
このままでは本当に実行してしまうのではないだろうか――そう焦ったフロルは、レイの肩をがしっと掴むと、がくがくと揺さぶる。
「戻って来てくださいレイさん! 大丈夫です、包み隠さず全部話してくれたら嫌いじゃありませんよ!」
「……っ! 話します! 何でもお話しいたします!」
励ますついでに要求も伝えたら、レイはパッと表情を輝かせて頷いた。
とりあえずお魚の餌になるのは廃案に出来たようだ。
「あの子、良い仕事するなぁ」
「本当ですねぇ」
アイルとトーのしみじみとした呟きを聞きながら、フロルは安堵の息を吐いたのだった。




