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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第七章:フロル、狙われる
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36:かわいいいもうと?


 花壇の影から、まるで生える(・・・)ように侵入者たちは姿を現した。

 それに気が付いてフロルは足を止める。

 夜色のフードを深く被っているため顔はよく見えないが、たぶんレイたちだろうとフロルは声を掛ける。


「レイさんですか?」


 名前を呼ぶと先頭にいた人物の肩がびくりと跳ねた。そしてゆっくりとフードを外す。その顔はやはり昨晩会ったレイだった。

 しかしレイは何故か不安そうな顔をしながら、フロルの表情をうかがうように、そっとこちらへ視線を這わせる。


「……フロル様」

「こんばんは、レイさん、皆さん」

「……っ」


 とりあえず挨拶をすると、レイはバッと手で口を押えた。


「やっぱり、聞き間違いでは……っ! ああっ、私の名前を、フロル様がご存じでらっしゃる……っ!」


 そして感極まったようにそう悶え始めた。すると彼の後ろにいる他の侵入者たちから「始まってしまった……」など、うんざりしたような声が聞こえてくる。


「あの、えっと……大丈夫です?」

「私の心配まで……っ、くっ、今日が命日になりそうですが、私は大丈夫です……!」


 今度は手で左胸を押えてレイは苦しげにそう言ったが、大丈夫ではなさそうである。


(ですがとりあえず囮役は成功……!)


 色々と気になる部分はあるが、レイをおびき寄せることが出来たので、フロルの仕事はこれでひと段落だ。何となくやり切った気持ちになりながら彼らの様子を見ていると、


「人竜国へ帰りましょう、フロル様。今ならばフロル様にとって人竜国での暮らしは、これまでよりも居心地が良くなっているはずです」


 レイはそんなことを言いだした。一体何の話だろうかとフロルは首を傾げる。


「いえいえ、お気になさらず。私はこれからもこちらにおりますよ。住んでもいいよってアイルから……魔王国の王様から許可をいただいておりますし!」


 フロルは手を胸に当ててにっこりと微笑む。レイは「ぐっ」と何かを堪えるような声を漏らした後で、首をゆるゆると横に振った。


「確かにこの国の方が住みやすいと思います。ですが、ルーナ様があなた様のために、王城の環境を整えているのです」

「ルーナが? えっと、何故です?」

「あなた様のことを、かわいい妹だと思っていらっしゃるからです」

「かわいいいもうと……」


 思わずフロルは棒読みになった。

 言われた言葉がいまいち理解出来なくて頭の中で反復する。言葉の意味は分かるけれど、それと状況が結びつかないのだ。


(……あっ! なるほど、これもレイさんの作戦かもしれないですね!)


 合点がいってフロルは胸の前でポンと手を叩いた。甘い言葉で懐柔して、そのままフロルを攫ってしまおうという魂胆なのかもしれない。

 なるほどと思いながらフロルもまた首を横に振る。


「んっふふ、お気遣いありがとうございます。ですが、さすがのフロルにも嘘というのは分かりますよ。魔王国側にも不利になるような状況はご遠慮します、ええ、とても!」

「フロル様……何て、何てお優しい……!」

「…………」


 思ったのと違う反応があってフロルは狼狽えた。

 何かを言うとすべて肯定的な表現が返ってきてしまう。今までにこんな相手にフロルは会ったことがない。

 嫌味や悪意への対処方法はいくつも思いつくのに、レイのようなタイプは初めてだ。表情からも心情を上手く察することができない。

 これが未知との遭遇なのかと、若干失礼なことをフロルが考えていると、


「動くな」


 一瞬の風を感じた直後、アイルやトー、そして魔王城の者たちが一斉に現れ、レイたちの首などに武器を突きつけていた。

 おお、とフロルは拍手をする。アイルたちがどのタイミングで動くかは聞いていたけれど、実際に目にすると迫力が違う。


「警備の穴を、わざわざ作っていただいたことは理解しています。これが罠だということも承知の上です」


 しかしレイは動揺一つ見せない。彼の仲間たちは「だから嫌だったんだ……」「人の話聞かねぇもん……」などと嘆き出す。しかしレイはそんなことなどまったく気にしていないようだ。


「だからこそ、フロル様を助けたいと思う私の本気を見ていただきたく、こうして真正面から(・・・・・)伺いました」


 そう言いながらレイはアイルの方へ鋭い眼光を向ける。真正面から、という部分を強調している辺り、昨晩アイルに言われた「堂々と」との言葉を意識しているようだ。


(真正面とは……?)


 使い方が違う気がしたが、とりあえずフロルは口を閉じておいた。トーからよく言われる「お口にチャック」は今だと思ったからだ。


「フロルがドン引きしているから、おかしなことを言うのはやめな」

「フロルさんがドン引きするなんて本当に相当のことですよ」


 するとどういう解釈をしたのか、アイルとトーはそんなことを言った。

 えっとフロルが二人を見る。アイルとトーは分かっていますよ、という顔をしていた。まったく伝わっていない。フロルはガーンと軽くショックを受ける。


「……うちの子、そういう感じなの?」

「あんたも大概よ」


 すると宝石竜とネーヴェもこちらへとやって来た。

 新たな人物の登場にレイの目もそちらへ向けられる。最初は怪訝そうにしていたレイだったが、宝石竜の姿を視界に捉えた瞬間、これでもかというくらい目を見開いた。


「……っ⁉ 宝石竜様⁉ な、何故、こちらに……」

「あ、私の擬態姿を知っている子なんだね。うん、私はね、フロルの様子を見に来たんだよ。ジェスからも頼まれたし、私も心配だったからね。それなのに、ねぇ、一体何をしようとしているのかな?」


 慌てふためくレイに宝石竜は淡々と問い質す。普段の穏やかで柔和な雰囲気ではなく、少し冷たさの感じる声だ。

 フロルが驚いて宝石竜の顔を見ると、六色の美しいその瞳が、ゾッとするほどに鋭くなっていた。

 怒っている――のかもしれない。どうしたのだろうとフロルは少し心配になった。宝石竜のこんな様子をフロルは見たことがない。

 固唾を飲んで見守っていると、少しして宝石竜の体から力が抜けて、彼はほんわりとした顔をネーヴェへ向ける。


「ねぇ氷竜、こんな感じで良かった?」

「確認しなきゃ完璧だったわよ。台無しよ」


 どうやら場の空気に合わせて演技をしてくれていたようだ。ネーヴェはしようもないといった様子で嘆息する。


「あ……」


 そうしているとレイも緊張の糸が途切れたのだろう。小さく声が漏れた。

 フロルが彼の方へ顔を向けた、その時。


「うわああああああ! 宝石竜様あああああああ! 擬態のお姿を初めて見たああああああああ!」


 ――魔王城の中庭に絶叫が響き渡った。


 その場にいたレイ以外全員の肩が跳ねる。


「な、何だ……?」

「うわああああああああ!」

「うるさっ⁉」


 レイは滝のような涙を流しながら叫び続けている。だんだん収拾がつかなくなってきた。

 フロルはどうしたものかと思いながら「あ、そうです!」と呟いて、レイの仲間の方へ近付く。


「あの、これはどういう状態ですか?」

「いえ、その、えっと……レイはファンなんですよ」

「ファン?」

「宝石竜様とフロル様の……」


 レイの仲間たちは視線を逸らしながら、とても気まずそうにそう言った。

 フロルは目を丸くして、


「……ファン?」


 もう一度同じ言葉を呟いたのだった。


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