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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第七章:フロル、狙われる
32/44

32:脚の強化は大事だった


 その日の深夜のこと。

 フロルは何となくそわそわした気持ちが治まらず、ベッドの上でごろごろしていた。


(眠れない時は目を閉じているだけでも良いのだっけ……)


 以前に、そんなことを本で読んだ気がする。

 フロルが試していると、ふわり、と頬に風を感じた。


(ほど良い風が気持ち良い……あれ?)


 そう考えて、フロルはおかしいなと思った。

 どうして部屋の中で風が吹いているのだろう。ベッドへ入る前に窓は施錠してカーテンだって閉めている。部屋のドアだって同じだ。だから風を感じるはずがない。

 では、一体何か。そう考えて浮かぶのは侵入者の存在だ。


(誰かいる……?)


 フロルは寝返りを打つフリをして、そっと体の向きを窓の方へと変える。

 そして薄っすらと目を開くと、そこには――。


 ――自分をじっと見下ろす影があった。


「っ⁉」


 あまりにも驚いて、フロルは目をカッと見開き悲鳴を上げかけた。


「お静かに。……フロル様、助けに参りました」


 しかし、その直前に影は、人差し指をフロルの口の前で立てて、穏やかな声でそう言った。

 聞き覚えのある声だ。思わず出かけた悲鳴が引っ込んだ。


(誰だったっけ……)


 人竜国で聞いた声だ。フロルが思い出そうとしていると、目もだんだんと慣れてくる。

 癖のあるアーモンド色の髪に三白眼の瞳、少し怖さを感じる整った顔立ちをしていて、


「ルーナ様も心配しておられましたよ」


 ――その言葉でフロルは影が誰なのかを思い出した。


「レイさん?」


 頭に浮かんだ名前を口に出す。

 そう、確かレイという名前の人竜国の王城に勤める武官の男性だ。

 宝石竜との話に出た魔族の血を引く人竜国の姫君で、母親違いの姉ルーナの側近である。


 フロルはレイとほとんど接点がない。

 直接話をしたのも彼が王城で働き始めた頃に少しだけで、ルーナの側近になってからは姿を見かけるたびにじっと睨まれるようになった。もしかしたら話をした時に、レイに何か嫌なことを言ってしまったのかとフロルは思っている。


 だからレイの声を聞いたのも久しぶりだった。

 しかし、何故かその声は、妙に優しい響きが感じられる。

 何かを企んでいるのかもしれないとフロルは警戒しつつ口を開いた。


「レイさん。夜中に異性の部屋に押し入るのは、マナーが良くないですよ」

「…………っ!」


 平静さを装ってフロルが言うと、レイは表情を強張らせた。

 変に刺激してしまっただろうか。フロルが内心冷や汗をかいていると、


「フロル様が、私の名前を、憶えて……っ」


 ……レイは何故か感極まった顔で、そんなことをぶつぶつと呟きながら、自分で自分の体を抱きしめて震え出した。


(何ごと……?)


 その胡乱な様子に、フロルはポカンと口を開く。

 するとレイの後ろの方から、うんざりしたようなため息が聞こえた。

レイの存在に気を取られていて気付くのが遅くなったが、彼の背後にも何者かが数人いるのが見えた。全員、夜の闇に紛れ込みやすいように、黒い衣服を身に纏っている。


「レイ、お早く。守りの魔法が強くて、誤魔化すのもそろそろ限界です」


 呼び掛けられたレイは腕を下ろすと、自分を落ち着けるように、ふー、と長く息を吐いた。


「……分かった。フロル様、少々失礼いたします」


 レイは不機嫌な様子でそう返し、フロルの前で少し屈んだ。そしてこちらへ手を伸ばしてくる。


(あっ、攫われそう……!)


 瞬間的にそう判断したフロルは、


「《脚力強化(レッグ・フォルテ)》!」


 と呪文を唱えた。トーから教わった脚力強化の魔法である。言い終えると同時に、フロルの脚にほんわりと温かさのある魔力の光が集まる。

 それを見てレイは顔色を変えた。


「……ッ、《沈黙(サイレンス)》!」


 そして少し焦った様子で何かの魔法を使う。するとフロルは喉にひんやりとした魔力を感じ、その直後に閉塞感を覚えた。


「フロル様、いつの間に魔法を」


 レイの呟きが耳に入る。その驚きは当然だろうなとフロルは思った。

 フロルは人竜国で魔法を使うことも、学ぶこともなかった。だから使えるなんて思いもよらなかったのだろう。


 ――その動揺が、一瞬の隙を生んだ。


(今だ……!)


 フロルはベッドから飛び出すと、部屋のドアへ飛びついて鍵を開ける。そして素足のまま廊下へ飛び出した。

 ぱたぱたと廊下を走りながら、助けを呼ぼうと口を開く。

 しかしフロルの喉からは、呼吸音だけが零れるだけで声は出てこない。


(なるほど、あの魔法ってそういうものでしたか!)


 走りながら喉に手を当てる。閉塞感はまだ続いている。

 効果はいつ切れるか分からないが、この魔法を使われる前に、自分の魔法を使うことが出来て良かったとフロルは安堵した。


(ありがとうござます、トー! 実に慧眼!)


 脚力の強化は本当に重要だった。拳を強化していたところで、レイたちのように戦いに慣れた者を相手に、上手く立ち回るのはまず無理だ。

 フロルはトーに感謝しながら魔王城の廊下を走る。


 魔王城内の構造は、まだ把握出来てはいないが、それでもアイルの部屋くらいは近いし覚えている。

 あそこまで辿り着くことが出来れば、きっと何とかしてくれるだろう。

 フロルがそう考えながら走っていると、不意に、右脚に何かが巻き付いた。


「っ⁉」


 軽く引っ張られ、フロルはバランスを崩してその場に倒れ込む。

 慌てて顔を向けて確認すると、脚には淡く光る蔦のようなものが巻き付いていた。

 その蔦はフロルが走って来た方向から伸びている。レイと一緒に来た侵入者が持つ杖から、その蔦が伸びているのが見えた。

 恐らく魔法で出したものだろう。まずい、とフロルは冷や汗をかく。


「お前、何という危険な魔法を使ったんだ! 後で覚えておけ!」

「拘束用の魔法でも柔らかい奴ですよ⁉」

「フロル様が転んでしまわれたではないか! 後で覚えていろ!」

「ひい! 横暴!」


 しかし、そんなフロルを余所にレイたちは何やら揉め始めた。

 何故そうなったのかイマイチ良く分からないが、直ぐに捕まえに来ないのだけはありがたいと思いつつ、フロルはどうやってこのピンチを切り抜けるかを考える。


(蔦の長さは多少余裕がありそうですけれど……)


 それでもこの長さでは、アイルの部屋まで辿り着くことは出来ないし、走っている時に引っ張られれば、また同じように転倒してしまうだろう。

 ならば、今いるこの範囲で何か出来ないか――フロルはそう思いながら周囲を見回す。すると、ふと窓に目が留まった。


(近くに良いものがありました! これを割れば良い音がしそう!)


 声を出すことは出来ないが、音を立てることは可能だ。窓ガラスを割ればそれなりに大きな音を立てることが出来るだろう。もちろん器物損壊については申し訳ない気持ちもあるが、身を護るためには仕方がない。

 それに自分には宝石鱗がある。これを修理費用に使ってもらおう。


(後はどう割るかですよね、うーん……。拳では弱いですし、かと言って脚はここまで上がらない。そうすると……)


 ちょうど良いのは思いきり体当たりすることだろうか。

 大きな音を立てるなら窓から飛び出すくらいの勢いは必要だが、フロルの脚にはまだ魔法の蔦がしっかりと巻き付いている。拘束用の魔法だと言っていたので、そう簡単に外れるものでもないだろう。この魔法の蔦を命綱にすれば、窓から飛び出しても死んだりはしない――はず。


 若干の不安要素はあるし、脚を痛めるかもしれないが、今ここで捕まるよりはずっとマシだ。しかしそうは思っても、緊張感と危険行為への恐怖心で体がぶるりと震えた。


 その時ふと、窓ガラスの向こう側に広がる満天の星空が、フロルの目に飛び込んできた。

 キラキラと光る星々――その中に流れ星が現れた。


(……あ) 


 瞬きの間に夜空を駆けて行った光の軌跡。

 大丈夫だよとフロルを励ましてくれたかのような錯覚をフロルは覚えた。


(――行こう!)


 そう決意したフロルの行動は早かった。

 フロルは両腕で顔を庇って、右手側の窓に向かって、たんっと床を蹴って飛び込む。

 とたんに、ガシャンッ、と大きな音を立ててガラスが割れた。

 静かな魔王城にその音が響き渡る。

 

「フロル様っ⁉」


 それを見てレイが青褪め悲鳴のような声を上げて、こちらへ走って来るのが見えた。

 しかし、やはりフロルの方が早い。

 窓を突き破ったフロルの体は、独特の浮遊感と共に空中へ放り出される。

 飛び散ったガラスの破片が肌や服を傷つけ、それらと一緒にフロルの体は重力に従って、真っ逆さまに落下して行く。


 風がフロルの体を叩きつける。息をするのも少し苦しいくらいだ。

 しかしフロルにはもう恐怖心はなく、それどころか何故か妙に気分が良かった。


(風、気持ちが良いなぁ)


 そんな呑気な感想を抱けるほどに。何となく口の端も上がる。


「フロル!」

「フロルさん!」


 そうしているとフロルの耳に、二人分の信頼できる声が届いた。


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