27:擬態姿の宝石竜
アイルたちが小さくなった事件から数日後。
フロルは魔王城のバルコニーでアイルと香茶を飲みながら、根源結晶から奪われた魔力がどうなったかについての話を教えてもらった。
キューブ状に固めた魔力は、王都から少し離れた海中に保管されていたそうだ。
魔力を感知されないように特殊なコンテナの中に入れて沈められたそれは、やはりかなりの量だったらしい。
準備が整い次第船を出して、そこを通過する際に回収する手筈となっていた、とゼッテルは白状したとアイルから聞いた。
それに併せて今回の企みに加担した者たちも捕らえられている。アイルがちょうど目をつけていた者たちだったらしく「いや~、すっきりした!」と晴れ晴れとした顔をしていたのが印象的だった。
「それでは、後は魔力を戻すだけなんですね。どうやるんですか?」
「根源結晶に近付ければいいだけだな。元がひとつのものだから、自然と吸収されるんだ。だが、勝手に近付くわけにはいかないから、ネーヴェ様待ちになるな」
そう言ってアイルは空を見上げた。
氷竜ネーヴェには宝石竜へ、根源結晶の件やフロルの件について伝言をお願いしている。それが終わってこちらへ戻ってきた時に、一度魔王城へ立ち寄ってくれることになっているのだ。
あの華やかで面白い氷竜とまた会えるのは楽しみだなと思いながら、フロルは香茶をひと口飲む。
(まぁ私については、ネーヴェ様の伝言がなくても、さすがに気付いているでしょうね)
そしてそうも思った。フロルがいないことにまず母が気付くだろうし、そこから父へ報告が行けば捜索してくれるだろう。周囲から邪険に扱われていたフロルでも、両親は自分を愛してくれている。そのことを知っているからこそ、フロルは心が折れずにやってこれたのだ。
(そう言えば、私を生贄にしようとしていた人たちは、お父様にどう言い訳をするつもりだったんでしょ)
フロルの父は女性関係が本当にどうしようもないが、それでも妻と子供を全員を平等に愛している。そのことは国民のほとんどが知っている事実であるし、実際に近くで父を見ている妻や子供がそれを分からないはずがない。
フロルに対しての嫌がらせを放置しているから、国のためになるはずの行動を咎められたりはしないと思っていたのだろうか。
(あれは法に触れていないからなんですよね)
彼女たちはフロルに対して嫌がらせはしてきた。しかし暴力を振るわれたことも、命の危機に晒されたこともない。
それは父王の怒りを恐れてそこまでする度胸がなかったからだが、そのことを彼が知っても厳しく咎めることはなかった。
けれど別に見て見ぬふりをしていたなどではなく知っていて、それが人竜国の法律に違反していなかったから罰しなかっただけだ。
父はフロルのことを心配して、悪意のある場からなるべく遠ざけようとしてくれていたし、それとなく注意もしてくれていた。
魔王国との交流会の場にフロルが参加しなかったのもその関係だ。
しかし、彼女たちは一線を越えた。フロルを生贄に差し出すことは、殺害しようとしたのと同じことになる。
事実を知った父王は、今回の件に関係した者たちを探し罰するだろう。複数の妻を平等に愛し、子煩悩な一面も持ってはいるが、それと同時に父は王でもある。
相手がどのような立場の者であろうとも、法を犯した者に対しては家族の情など考慮せず、公平に判断する人なのだ。
そんなことを考えていたら、アイルの「お、来たな」との呟きが聞こえた。顔を見ると、彼は相変わらず空を見上げている。おや、と思ってフロルも同じ方向へ顔を向けると、遠くの空に青く輝く鱗を持つ竜と、六色に輝く宝石の鱗を持つ竜が並んで飛んでいるのが見えた。
「宝石竜様、ネーヴェ様!」
わあっ、と歓声と共にフロルは立ち上がる。
――そう、空を飛んでいたのは氷竜ネーヴェと、人竜国を守護する宝石竜だった。
青空を飛ぶその姿は優美で、フロルは両手をぶんぶん大きく振る。ややあってフロルに気付いたのか、彼らは空中で縦に旋回し応えてくれた。
それから二匹は魔王城のバルコニー上まで飛んでくると、パッと光って、その姿を人間種の姿へと擬態する。そして床へ軽やかに着地した。
フロルは宝石竜が擬態した姿を初めて見た。赤、青、黄、緑、橙、紫の六色をグラデーションのように重ねた長髪に、同じ色の瞳、そしてとても優しそうな顔立ちの青年だ。
彼は着地後すぐにフロルの方を見たと思ったら、バッと両手を開いてこちらへ駆け寄ってきた。
「フロル~~! ごめんよ~~!」
「あ!」
宝石竜が半泣きの表情でフロルに抱きつこうとした直前、いつの間に近くに来ていたアイルが、フロルをひょいと持ち上げて回避させた。軽やかに移動させられたフロルは、目をぱちぱちと瞬いてアイルの方へ顔だけ向ける。
「わお。アイル、力持ちですね。私も今度持ち上げたいです」
「そうかい? 褒めてくれてありがとう。だけど俺を持ち上げるのは勘弁してね」
「大丈夫です。脚を強化する魔法は覚えましたので、次は恐らく腕です」
「聞いて? 何も大丈夫じゃないぞ?」
「んっふっふ」
そんな話をしていると、宝石竜は楽しそうにくすくす笑い出した。その表情や声はフロルがよく知る宝石竜のものだ。人竜国を離れてまだそんなに時間が経っていないのに、何だかとても懐かしく感じる。
「宝石竜様、こんにちは! 擬態のお姿、初めて見ました!」
「俺もだな~。先日ぶりです、宝石竜様。魔王国の王アイルです」
「はーい、こんにちは。うんうん、二人共、ちゃんとご挨拶ができてえらいねぇ」
宝石竜はにこにこ笑いながらそう応えてくれた。幼い子へ接するような言い方にアイルは少し面食らっていたようだが、フロルは慣れっこだ。
「会いたかったよ、フロル。私のかわいい子。無事で良かった」
「宝石竜様……」
「だぁーから心配ないって言ったでしょう。なのにあんた、あたしの話を聞きやしないんだから」
そうしていると、ネーヴェも呆れ顔でフロルたちの近くへとやってきた。
「ネーヴェ様、こんにちは! ありがとうございます!」
「あら、いいわね。感謝の言葉は気持ちがいいわ。……うん、顔色もいいわね。魔王国の食事は美味しい? ちゃんと食べられている?」
「とても美味しいです! 何ならおかわりもさせてくれます!」
「そう、それなら良かったわ。国が違うと食文化も違うから、そこだけは気になっていたけれど……問題なさそうね。でも、食べ過ぎも注意よ? 過度なカロリー摂取は美容の天敵。ころころになっちゃうわよ」
「コロコロフロル……語彙が良いですね。悪くないです」
「悪いのよ」
ネーヴェは半眼になって、フロルの頬をそれぞれの手の指でむにっと摘んだ。美容がどうのと言っているネーヴェの指は絹のようになめらかで、頬を摘まむ指もさほど力が入っていないのでまったく痛くない。使う言葉のわりに行動が優しい竜である。
にへへ、とフロルが笑っていると、ネーヴェは苦笑して手を離した。




