25:ゼッテルの理由
氷竜ネーヴェの守護する山にある根源結晶。
そこから魔力を奪った理由についてゼッテルは話し始めた。
フロルの言葉に元気に返事をしてくれていた彼だったが、今は打って変わって真面目な表情になっている。そこには少し苛立ちのようなものも感じられた。
「……根源結晶から魔力を奪ったのは、人竜国より優位に立つためです」
「優位?」
「ええ。……この計画はもともと、人竜国が行ったことにする予定だったのです。すべての悪事は人竜国が、魔王国を害そうと思って行ったこと。そうなるはずだったのですよ」
「大体予想通りだな。だが、その理由は何だ?」
「……人竜国側に非があるとなったら、魔王国側から人竜国側への要求を強く伝えられるでしょう」
ゼッテルは睨むように細めた目をアイルへと向ける。まるでお前がちんたらしているからと、責めているような眼差しだ。
その目と言葉がフロルには意外だった。アイルたちから人竜国と魔王国を仲違いさせようとしている者がいると聞いていたからだ。
だからてっきりゼッテルの目的もそれだと考えていたのだが、彼の口振りからすると意図が違うように感じられた。
もちろん出会った時からあった、人竜国への嫌悪感のようなものは未だに残っているが、どうやらそれだけではなさそうである。
そう思いながら見ていると、ゼッテルはくっ、と顔を上げた。
「そうなれば、これまでのように人間に頭を下げて、宝石鱗を融通してもらう必要はなくなる。ただでさえ、そう多く数を得られないのです。これが成功すれば、無理にでも宝石鱗を手に入れられる!」
ゼッテルは自分の胸を手のひらで叩き、やや怒鳴るようにそう言い放った。話をしている間に感情が昂ってきたのだろう。言葉遣いもだんだん荒くなり、目も血走っている。
そんなゼッテルにトーが苦い表情になった。トーは視線をやや下へ落とし、首をゆっくりと横へ振る。
「……愚かな。その企みが露呈すれば、宝石鱗を融通してもらうことすらできなくなってしまうでしょう」
「何が愚かだ! もっと早く交渉できていれば、先代の黒竜様は……黒竜様はまだ生きていたかもしれないだろう……っ!」
ゼッテルは悲痛な声で叫んだ。歯を食いしばり、拳を握りしめ、ゼッテルは怒りで震えている。くしゃりと歪んだその顔は、まるで泣いているようだとフロルは思った。
それを見てアイルは軽く目を見張った。
「お前、そんなに先代の黒竜様のことを……」
「……っ、くそ……!」
ゼッテルは吐き捨てるようにそう言うと、視線を地面へ落とした。硬く握りしめられた拳は、肌に爪先が食い込んで血が滲んでいる。そうしてると、ゼッテルの周りに魔力のオーラが浮かび始めた。メリエラの時にも見えたあれだ。昂った感情が魔力のオーラとなって体の外へ漏れているのだ。
その色は深い紫色と濃い青色。怒りと悲しみの色だ。
(何も言わない方が良い……んでしょうね、私は)
それを見守りながらフロルはそう思った。
フロルだけがこの場で唯一の人竜国の人間だ。普通であればゼッテルのその感情をぶつけられるのは、自分だったはずなのだ。しかし、ゼッテルはフロルに気を遣ってくれているようで、ひどい言葉も鋭い眼差しも、決してフロルへ向けることはなかった。
我慢してくれているのだ。だからフロルは何かを言わない方が良い。ゼッテルが必死で堪えている感情を不躾に刺激して爆発させては、彼に対して失礼だ。
――そう思った時、ゼッテルの手から血の雫が滴って、床にぽちゃんと落ちるのが見えた。
(ああ、でも、このくらいは……いいのかな)
そう思ってフロルは彼に近付いた。気配は察しているだろうけれど、ゼッテルはこちらを見ない。フロルは気にせずに、自分側にあるゼッテルの右の拳を両手でそっと包んだ。
そこで初めてゼッテルはフロルへ顔を向けた。驚いて目を見開き、困惑気味にフロルを見ている。
「血が出ていますよ」
「……っ、ぁ……はい……」
声を掛けるとゼッテルの拳が少しだけ緩んだ。
フロルはそのままゼッテルの手をゆっくりと解き上向きにすると、ハンカチを取り出し、血が滲むそこへそっと押し当てる。
ゼッテルはフロルとハンカチを見て、形容し難い複雑な表情を浮かべた。
「……ありがとうございます」
けれど小さな声でお礼は聞こえた。フロルはにこっと控えめに微笑んで返す。
それからフロルはアイルの方へ顔を向けた。話を中断させてしまったことに対して、軽く頭を下げて謝ると、彼は大丈夫だと言うように心なしか柔らかい表情で首を横に振って応えてくれる。
「……それで、ゼッテル。お前にその話を持ちかけたのは一体誰だ? 根源結晶に手を出すなんて、お前が考えたものではないだろう。そのくらいの分別があるのは知っている」
少しだけ間を空けてアイルはゼッテルに質問を続けた。そうなのかとフロルは思った。
ゼッテルが周囲から問題視される行動を取っているのは、アイルやトー、メリエラの言葉からも分かる。だが決して越えない一線もあるのだろう。
「…………」
「ゼッテル様」
ゼッテルの視線が彷徨い、アイルの質問に答えるか否かを迷った素振りを見せた時、ルルが呼びかけた。彼女はゼッテルの服の裾を指でつまみ、軽い力でくいくいと引っ張る。
「もうこれ以上、意地を張っても仕方ないですよ~。ゼッテル様は愚かですけれど、黒竜様が大好きだったってことだけは、ルルも知っていますから~。そのために頑張りたかっただけでしょう~?」
鼠の獣人の少女は、優しい笑みを浮かべてゼッテルを見上げていた。フロルは彼女の容姿から、どこか幼い印象を受けていが、その眼差しはまるで母親のようだった。
「ルル……」
ゼッテルは少し驚いた顔になって、それから複雑な表情を浮かべる。彼はルルの瞳をじっと見つめた後、自身の目をぎゅっと強く閉じて、ややあって長くため息を吐いた。
「……詳しい名前は知りませんが、人竜国に住む魔人の血を引く王族と言っていました」
そしてゼッテルはそう答えたのだった。




