22:竜の言葉は分からない
そろそろお昼の時間になるであろう頃。
部屋でフロルがベールを外して一息つきながら、今日の昼食は何かなとソワソワして時計を見上げていると、
「ピキュ――――!!!」
――べしゃり。
叫び声とドアに何かがぶつかる音が同時に聞こえて来た。
「何ごと?」
ぎょっとしてドアを開けてみれば、床には目を回した黒竜が倒れている。
「あらら、大丈夫です?」
「キュ……」
声を掛けてはみたが、弱々しい返事が返ってきただけだ。
これは大変と、フロルはしゃがんで黒竜を両手でひょいと持ち上げる。
「黒竜様、アイルかトーに回復魔法をかけてもらいます?」
「キュ……キューイ……」
そう尋ねると、黒竜は尻尾をぴくぴく震わせながらフロルの腕に、すり、と顔をすり寄せてきた。
ちょうど宝石鱗が生えている箇所である。
「あ、なるほど?」
何となく言わんとしていることを理解して、フロルは黒竜を膝の上に乗せた。
それから空いた手で袖を捲り、宝石鱗をぺりっと剥がすと黒竜の口へ近付ける。
すると黒竜は、はむ、と宝石鱗を口にくわえて食べ出した。
それから少しして、黒竜の目がぱっちりと開く。
「キュ!」
先ほどよりも力強い声で黒竜は鳴いた。どうやら回復したようだ。
それを見てフロルは、
「宝石鱗にはそんな効果が……!」
なんて、ちょっと感動していた。
ご馳走とか魔力がどうのというのは知っているが、回復の力もあるなんて驚きである。
まぁ、それはともかくだ。
「何があったんでしょうねぇ」
そう呟いて黒竜を見つめる。
この子の様子から考えると、何か大変な目に合ったのは何となく分かった。
しかしフロルには黒竜の言葉が分からない。
(確かアイルやトーは言葉が通じていましたよね)
アイルの執務室で話をしていた時に、彼らが黒竜と意思疎通しているような雰囲気で会話をしていた気がする。ならば二人に通訳してもらうのが一番ではないだろうか。
そう考えたフロルは、黒竜を抱き上げると部屋の外に出て、アイルの執務室を目指して歩き出した。
「キュ?」
「私、まだあなたの言葉が分からないんですよ。申し訳ない」
「ミキュ」
「おっ、今のは頑張れと応援された感じですかね! 分かりますよ、私でも!」
「キュー」
自信満々にフロルが言えば、黒竜は首を横に振る。
違ったようだ。この幼竜は意外とはっきり物を言うタイプのようである。
そんなことを考えながら歩いていると反対側の通路から、何やら慌てた様子のトーが顔を出した。
あ、とフロルは思ったが、急いでいる相手を呼び止めて大丈夫だろうかと少し悩んだ。
「おや、フロルさん。黒竜様もご一緒だったのですね」
するとトーの方から声を掛けてくれたので、ほっとして彼に近付く。
「こんにちは、トー。今、お忙しいですか?」
「どうなさいましたか?」
「実はついさっき、黒竜様が部屋のドアにすごい勢いで激突しまして」
「えっ! お怪我はされていませんか⁉」
「宝石鱗をあげたら回復してくれました。そういう効果もあるんですねぇ」
「ああ、それはあれですね。宝石鱗で魔力を補充して、自己再生能力を上げたんですよ。守護竜の特徴です」
「へぇー!」
フロルが感心しながら黒竜へ目を遣ると、ちょっと得意そうな顔になっていた。
言葉は分からないが、この表情ならば喜んでいるんだろうなということはフロルにも分かる。
(そうそう、言葉!)
そこでフロルはハッとなって、黒竜をトーの顔の高さまで持ち上げた。
「それで、トー。黒竜様が何を言っているか聞いてもらえませんか? どうも伝えたいことがあるみたいで」
「キューイ! キュキューイ!」
すると黒竜もトーに向かってそう鳴き始める。
トーは相槌を打ちながら黒竜の話を聞くと、
「……なるほど。どうやら黒竜様の目の前で、魔王様たちが行方不明になったみたいですね」
とフロルに教えてくれた。
えっ、とフロルは目を見開く。
「それは大変! でも魔王様たちということは複数人ですか?」
「ええ。魔王様を含めて三人だそうです。……実は私も先ほど、魔王城の中で一瞬、不可解な魔力反応を察知しまして。現場へ向かうところだったのです」
「となると何かの魔法が使われたってことですよね」
「キュー! ミキュー!」
「二人が持っていたぬいぐるみの目が光ったら、魔王様たちの姿が消えたそうです。急いで現場に向かわなくては……!」
トーはそう言うと走り出した。
それを見てフロルも、
「あ、私も行きます! 黒竜様の足として! 足のフロル、行きます!」
と彼の後ろに続く。
目撃者である黒竜を抱いているし、話を聞いてしまった以上は気になる。
なので一緒に走って行くと、少しして件の現場に到着した。
そこには黒竜の教えてくれた通り、デフォルメされた黒竜のぬいぐるみが落ちている。
「なっ⁉ 数量限定品の黒竜様のぬいぐるみですって……⁉」
ぬいぐるみを見てトーが驚愕の表情を浮かべた。
何なら黒竜が宝石鱗を食べたのを見た時と同じくらいの驚きっぷりだ。
それほどにすごいものなのかと思いながら、フロルはぬいぐるみを眺める。
すると、
「~~~~! ~~~~!」
……ぬいぐるみが突然呻き声を上げながら、ガタガタと縦に振動を始めた。
ひいっ、とフロルは軽く慄く。
「トー! トー! ぬいぐるみがとんだホラーですよ! だからこその数量限定品⁉」
「い、いえ、あのぬいぐるみにそんな機能はなかったはずですが……」
「キュイ! キュキューイ!」
身を寄せ合って怯えるフロルとトー、そして黒竜。
二人と一匹の前で、ぬいぐるみはなおも揺れ続け――
「激しい! あまりにもシェイキング!」
「ひい、ばけもの!」
「キュキューイ!」
その振動が最高潮に達した時、
「うおりゃぁ――――っ!」
などと、やたらと漢らしい叫び声と共に、ぬいぐるみがポーンッと宙を舞った。
「わあ、飛んだ」
「飛びましたね」
「キュ」
天井近くまで跳ねたぬいぐるみを目で追いながら、フロルたちはポカンと口を開ける。
そうしていると、先ほどまでぬいぐるみがあった場所から、
「はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った……」
「た、たす、助かった……」
「ぬいぐるみ怖いです~……」
そんな声が三つ聞こえた。
おや、と思って視線を下に向けると、そこには――
「アイル?」
――とんでもなく小さくなったアイルとゼッテル、ルルの姿があった。




